第34話「カリンの決意」
カリンは——いつも後ろにいた。
戦闘のとき。ベルが飛んで、ルストが殴って、フェーダーが音を出して——カリンは後方で手帳に記録していた。ジャミングの種類。出現時刻。撃破方法。被害状況。全部書いていた。
書くことが——カリンの仕事だった。戦えないから。歯車を組めないから。音を出せないから。ハンマーを振れないから。
記録者。ただの記録者。
——そう思っていた。
ある朝。時計塔の図書室で。カリンは設計図を広げていた。アルト・マイスターの大時計の全体図。ベルのバイパス計画の設計を詰めている。
設計図の数値を手帳に書き写しながら——気づいた。
「この歯車配置。初めて見た心臓部のジャミングと——構造が同じ」
大時計の歯車配置と、ジャミングの内部構造が——同じ設計に基づいている。当然だ。ジャミングは大時計の歯車から生まれるのだから。しかし——。
「つまり——設計図を読めば、ジャミングの内部構造も読める。核の位置も。弱点も」
カリンの手帳には——二ヶ月分のジャミングの記録がある。出現場所。種類。サイズ。撃破にかかった時間。核の位置。
記録と設計図を照合すれば——次のジャミングの構造を予測できる。出現場所から大時計のどの歯車が摩耗しているかがわかり、そこから生まれるジャミングの構造がわかり、核の位置がわかる。
「記録は——武器になる」
◇
その日の放課後。第七街区。ジャミング大型。
四人で出撃した。ベルが変身した。ルストがハンマーを構えた。フェーダーが逆位相を始めた。
カリンは——前に出た。
後方ではなく。手帳を開いたまま。戦場の端——しかし見える位置に。
「ベル! この大型——第七街区の主軸歯車から発生。設計図の座標でいうとB-7区画。この区画の歯車配置は非対称型。核の位置は——中心軸ではない!」
「中心じゃない——?」
「第三歯車の裏! 中心軸から左に十五度ずれてる! 設計図の非対称配置のせい!」
ベルの目が——見開かれた。今まで中心軸を狙っていた。しかし——核は中心にあるとは限らない。設計図を読んだカリンにだけわかる情報。
「フェーダー! 回転パターンは!」
カリンが手帳をめくった。第七街区のジャミングの過去の記録。回転パターンの統計。
「七十二度で右回り! 過去三回とも同じパターン! 逆位相は四十八ヘルツ!」
フェーダーが鍵盤を叩いた。四十八ヘルツ。金色の波紋が広がった。ジャミングの動きが鈍った。
「ルスト! 第三歯車の位置は——正面から見て左側! 歯の厚みが薄い! 一撃で折れる!」
ルストが走った。左側。ハンマーを振った。歯が折れた。第三歯車の裏が——露出した。核が見えた。中心軸から左に十五度。カリンが言った通りの位置。
「ベル——今!」
ベルが飛んだ。核に向かって。カリンが指示した正確な位置に。無駄な動きがない。探す必要がない。位置がわかっているから。
「ギアシフト——フォーティファイブ!」
琥珀色の光が走った。ギアの粉が光に乗った——金色の粒子が琥珀色の光の線に沿って核に向かって飛んでいく。粉が核に触れた瞬間、核が金色に染まった——正しい角度を思い出すように。そして砕けた。
一発。正確な位置に正確な角度で当てたから。エネルギーのロスがない。
金色の粒子が散った。
二発でも三発でもなかった。一発。一割五分の出力で——一発。カリンの情報が、ステッキの出力不足を補った。
◇
戦闘後。四人が路地裏に座った。
「カリン。すごかった。核の位置が——ぴったりだった」
「設計図と記録の照合。——ずっとやりたかったの。記録はただ書くだけじゃない。使うもの。分析するもの。予測するもの」
「でも——前に出るの、怖くなかった?」
カリンのメガネの奥の目が——揺れた。
「怖かった。すごく。手帳を持つ手が震えてた。——でもね、後ろにいると、情報を伝えるのに一秒遅れる。一秒で——ベルの飛ぶ角度が変わる。ルストのハンマーが空振る。フェーダーの周波数がズレる。一秒が——命取りになる」
「だから——前に出た」
「記録者は後方にいるべき——って思ってた。でも違った。記録は使われてこそ意味がある。使うなら——使われる場所にいないと」
カリンが手帳を閉じた。今日の戦闘記録。「戦闘指揮初実践。設計図と過去記録の照合による核位置特定。一割五分出力での一撃撃破を確認」
「カリン」
ベルが言った。
「あんたは——五人目の歯車だ」
「五人目?」
「ベルの手。ルストの目。フェーダーの耳。ギアの光。——カリンの記録。五つの歯車。全部が噛み合って——一つの機械が動く」
カリンが——微笑んだ。メガネの奥で。ベルと同じ丸い銀のフレーム。
「……記録者は、歯車だったんだ」
記録が武器になった日。カリンが歯車になった日。四人の連携が——五人の連携に変わった日。




