第27話「壊せない壁」
三度目の侵入。
フェーダーが新しい歯車に「古い振動」を上書きした。半分の鍵盤で。七十度の噛み合いが生む四十七ヘルツの振動を、四十五度の歯車に纏わせた。見た目は新品。しかし振動は千年分の古さ。
心臓部に降りた。歯車を持ち込んだ。
ヴェヒターが——現れた。白い翼。白い光。
歯車を——見た。
赤い光が——来なかった。
「……通った」
偽装が成功した。ヴェヒターのプログラムが、新しい歯車を「交換部品」として認識した。振動数が古い歯車と同じだから。
しかし——設置しようとした瞬間。
歯車を壁面に当てた。本線の歯車の隣に。四十五度の角度で。
赤い光が——爆発した。
偽装は「持ち込み」までは通した。しかし「設置」は——通らなかった。歯車が本線に噛み合おうとした瞬間、角度の違いをヴェヒターが検知した。七十度ではない角度。四十五度。——異物。
衝撃波。歯車が弾かれた。ベルも弾かれた。壁に叩きつけられた。装甲が衝撃を吸収したが——背中が痛い。
「くっ——」
ヴェヒターの白い翼が——赤く染まっていく。全翼が赤。警戒モード。通路全体に赤い光が充満した。
「退却——!」
三度目の敗退。
◇
地上。時計塔の前。四人が座り込んでいた。
「持ち込みは通る。設置が通らない。角度が違うから」
「偽装の限界ね。振動は騙せても、物理的な角度は騙せない」
「なら——角度を騙す方法は——」
「ない。四十五度は四十五度だ。七十度に見せかけることは——物理的に不可能」
行き詰まった。
力ずくは通じない。偽装も限界がある。ヴェヒターのプログラムは——七十度以外の角度を許さない。
「……壊すしかないのか。ヴェヒターを」
ルストが呟いた。
「壊さない」
ベルが即答した。
「ヴェヒターは千年間、大時計を守ってきた。グロックさんと同じ。守り方が間違っているだけ。壊すのは——」
「じゃあどうする」
沈黙。
ギアが——口を開いた。翅が二枚しか光っていない。小さな声。
「……ヴェヒターのプログラムを、書き換えればいい」
「書き換え?」
「ヴェヒターは『千年前の状態を維持する』プログラムで動いている。そのプログラムの定義を——変えればいい。『千年前の状態』ではなく『最適な状態』を維持するように」
「そんなことできるの?」
「私にはできない。しかし——大時計の管理者にはできる。管理者権限。大時計のプログラムを更新する権限。グロックが持っている」
全員が——黙った。
グロック。五十年間大時計を守ってきた老人。「手を出すな」と言った人。壁の名前を毎日数えている人。——設計図を読んで泣いた人。
「グロックさんに頼むしかない」
ベルが立ち上がった。
「ヴェヒターを壊すんじゃない。プログラムを更新してもらう。守り方を変えてもらう。——グロックさんにしかできない」
四人が時計塔に入った。地下への扉を開けた。螺旋階段を降りた。
管理室の扉を——叩いた。
「グロックさん。お願いがあります」
沈黙。
長い沈黙。
扉が——開いた。
グロックが立っていた。目の下が暗い。眠れていない。しかし——目は、前回より少しだけ——澄んでいた。
「……聞こう」
聞こう。
「出ていけ」でも「触るな」でもない。——「聞こう」。
ベルは話した。ヴェヒターのこと。三度の侵入。赤い光。弾かれたこと。偽装の限界。そして——管理者権限による更新。
グロックは——椅子に座ったまま、全部聞いた。
聞き終えて——立ち上がった。
壁を見た。名前の壁を。
「……ヴェヒターは——儂の仲間だ」
声が静かだった。
「五十年間。儂が計器を読んでいる間、ヴェヒターは壁面で大時計を守っていた。二人で守ってきた。——二人とも、間違った守り方で」
グロックが——ベルの方を向いた。
「プログラムの更新は——儂にしかできん。管理者権限。先代から引き継いだ。——しかし更新したことは一度もない。五十年間、一度も」
「お願いします」
「すぐにはできん。手順がある。大時計の中枢に入って、管理石に触れて、新しい指示を——。時間が要る。準備が要る」
「待ちます」
「……待つな。準備しろ。ヴェヒターが止まった瞬間に——お前たちのバイパスを始められるようにしておけ」
ベルの目が——見開かれた。
グロックは——まだ「やれ」とは言っていない。しかし「準備しろ」と言った。ヴェヒターが止まった瞬間に始められるように。
それは——。
「グロックさん。それは——」
「聞くな。——帰れ。準備しろ」
四人が管理室を出た。
扉が閉まる直前——グロックの声が聞こえた。小さな声。独り言のような。
「……守り方を変える、か」
扉が閉まった。
四人が螺旋階段を登りながら——誰も喋らなかった。
しかし全員の足取りが——軽かった。




