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第26話「守護者」

 二度目の侵入。


 今度はバイパスの材料を持ち込んだ。ルストが鍛えた歯車。六枚。四十五度の噛み合い。一枚ずつ布に包んで、バックパックに入れて。ルストの最高傑作。何日もかけて鍛えた歯車。


 心臓部の点検用通路に歯車を並べた。まだ設置しない。配置の確認だけ。どの位置にどの歯車を置くか。カリンの設計図と照合しながら。


 「一番目はここ。主軸の第三歯車の横。スペースが——ぎりぎり」


 ベルが歯車を石の床に置いた。二枚目。三枚目。カリンが位置をメモしている。ルストが壁面の既存歯車との距離を目で測っている。フェーダーが既存歯車の振動数を耳で確認している。


 三枚目を並べたとき——空気が変わった。


 温度が下がった。息が白くなった。壁面の蒸気管から漏れていた暖かい蒸気が——止まった。


 「来る——」


 ギアの翅が全部消えた。光を完全に消した。恐怖。精霊が恐怖で光を消すのを——初めて見た。


 壁面から——白い光が滲み出してきた。


 ヴェヒター。


 前回は遠くから見た。心臓部の壁面から滲み出して、ベルたちを観察して、去った。顔見せだった。


 今回は——違った。


 白い翼が壁面を突き破るように現れた。六枚。歯車の形をした翼。前回と同じ——しかし大きさが違う。前回の倍はある。翼の一枚がベルの身長より大きい。


 翼の中心に体がある。歯車の集合体。しかし今回は——もっとはっきり見えた。人型に近い。頭の位置に、巨大な歯車がある。目のように。光を放つ歯車の目。


 白い光が——通路全体を照らした。影がなくなった。ベルの影も。ルストの影も。歯車の影も。全ての影を消す、圧倒的な白い光。


 「……大きい」


 フェーダーが後ずさった。オルガンを抱きしめている。


 ヴェヒターがベルたちの方を——向いた。歯車の目が。光が——ベルの手元に注がれた。並べた歯車を。四十五度の新しい歯車を。


 見ている。判定している。千年前の設計にある歯車か。ないか。


 「まだ触ってない。設置してない。並べてるだけ——」


 赤い光が——走った。


 ヴェヒターの翼から。白が赤に変わった。六枚の翼が同時に。通路全体が赤く染まった。警告色。血の色。


 赤い光の触手が六本——六枚の歯車に向かって同時に伸びた。


 「させない——!」


 ベルがステッキを構えた。変身していない。しかしステッキの蒸気を噴射して——赤い触手に当てた。


 すり抜けた。蒸気が赤い光を通り抜けた。物理攻撃が——ヴェヒターに通じない。ジャミングと違う。ヴェヒターは大時計そのものの一部。プログラム。——ステッキの蒸気で倒せる相手ではない。


 ルストがハンマーを振った。赤い触手に。ハンマーの鋼が赤い光に触れた瞬間——弾かれた。ルストの腕が跳ね返された。


 「硬い——! いや硬いんじゃない——質量がない! 光だ! 叩けない!」


 赤い触手が六枚の歯車に——触れた。


 歯車が——弾かれた。赤い光の衝撃で。六枚の歯車が通路に散らばった。一枚が壁に当たって火花を散らした。ルストが鍛えた歯車。何日もかけた歯車。


 「ルストの歯車が——!」


 ルストの顔が——白くなった。しかし歯車を拾おうと手を伸ばした。赤い光がルストの手の前に壁を作った。触れるな、と。


 「並べるだけでもダメ——!」


 ヴェヒターにとっては、新しい歯車の存在自体が「侵入」だった。大時計の中に、千年前の設計にない歯車が入ること自体が——守護者のプログラムに抵触する。


 赤い光が広がった。通路全体を。天井を。床を。退路を——塞ごうとしている。赤い光の壁が螺旋階段の入口に向かって迫ってくる。


 「退却——!」


 四人が走った。螺旋階段を駆け上がった。ベルが最後尾。振り返った。赤い光が階段の下から追ってくる。しかし——三十段ほど登ったところで、赤い光が止まった。それ以上は追ってこない。ヴェヒターの範囲は心臓部の周辺だけ。


 しかし止まった赤い光が——ゆっくりと白に戻っていく。白い光が階段の下に佇んでいる。去ったのではない。——待っている。次に来たら、また。


 地上に出た。息を切らして。膝に手をついて。


 「……歯車を持ち込んだだけで——」


 「守護者のプログラムは『変化の排除』よ。新しいものは全て排除する。千年前の状態を維持することが——ヴェヒターの使命」


 千年前の状態。七十度。壊れた設計。それを——守り続けている。


 「攻撃も通じない。俺のハンマーも、お前の蒸気も——あれは歯車じゃない。プログラムだ。物理的に壊せない」


 ルストが散らばった歯車を拾っていた。赤い光が消えた後、螺旋階段の途中まで戻って。六枚のうち五枚は回収できた。しかし一枚が——亀裂が入っていた。赤い光の衝撃で。ルストの最高傑作の一枚が。


 ルストの指が——亀裂を撫でた。何も言わなかった。しかし顎が動いた。歯を食いしばっている。


 「力ずくは——無理だな」


 「力ずくじゃない。——別の方法がある」


 ベルが考えている。時計塔の前に座り込んで。メガネの奥の目が——遠い。何かを組み立てている目。歯車を組むときの目。


 「ヴェヒターは『変化』を排除する。新しいものを検知して弾く。——なら、新しくないように見せればいい」


 「見せれば?」


 「大時計の既存の歯車と同じ振動数。同じ素材感。同じ温度。——新しい歯車を『古い歯車の交換部品』に偽装すれば、ヴェヒターのプログラムが『変化』と判定しないかもしれない」


 「偽装……歯車を」


 「フェーダー。古い歯車と同じ振動数を新しい歯車に与えられる? 外見は四十五度だけど、振動だけ七十度の歯車に擬態する」


 フェーダーの目が——輝いた。蒸気楽師の目。音で歯車を操る者の目。


 「やったことない。——でも理論上は、共鳴で振動数を上書きできる。歯車に音を染み込ませるの。新品の歯車に千年分の振動を纏わせる」


 「やってみよう。次の侵入で」


 ルストが亀裂の入った歯車を見つめた。


 「……この一枚は鍛え直す。亀裂を塞いで。もっと強く。——あの赤い光に弾かれても砕けない歯車を」


 四人が立ち上がった。時計塔の前から。


 守護者は強かった。力では勝てなかった。しかし——守護者は「プログラム」だ。プログラムには——入力がある。入力を変えれば——出力が変わる。


 技術者の戦い方で——天使を通り抜ける。

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