第24話「歯車の子供たち」
三箇所同時だった。
第一街区。第五街区。第八街区。大型三体。同時発生。
予測通りだった。カリンのデータが示していた加速曲線の通り。摩耗が進行し、ジャミングの発生頻度が——限界に近づいている。
しかし——今回は備えがあった。
「フェーダー、第五街区。逆位相で大型を止めて。——止めるだけでいい。五分稼いで」
「五分。やる」
「ルスト、第八街区。ハンマーで歯を折って時間を稼いで。——無理しないで。逃げてもいい」
「逃げるか。俺が」
「カリン、時計塔の屋上から三箇所を監視。状況が変わったら蒸気通信管で指示」
「了解。手帳は——あとで書く」
「私は第一街区から潰す。一体ずつ。五分以内に」
四人が——散った。クロックハイムの四方向に。
◇
第一街区。中央市場。
大型ジャミング。歯車型。市場の地下歯車を食っている。朝の市場。人がいる。逃げている。
変身した。
歯車翼で飛んだ。市場の屋根の上に。上空からジャミングを見下ろした。
「ギアシフト——フォーティファイブ!」
急降下。ステッキが金色に光った。歯車エンブレムが巨大な光の紋章を投影した。中心軸に——一撃。
がちん。
矯正。崩壊。金色の粒子が市場に降り注いだ。りんごの山に。魚の箱に。パンの棚に。金色の粉がかかった食べ物が——一瞬だけきらきら光った。
二分。
蒸気通信管が鳴った。カリンの声。「第五街区——フェーダーが抑えてる。しかし大きい。五分もたないかも」
走った。第五街区に向かって。屋根の上を。歯車翼で短距離飛行を繰り返しながら。建物の煙突を蹴って跳ねて。蒸気の白い尾を引いて。
第五街区。運河沿い。フェーダーのオルガンの音が聞こえている。半分の鍵盤の——しかし力強い音。逆位相。大型ジャミングの動きが——遅い。しかしフェーダーの額に汗が浮いている。限界が近い。
「フェーダー! 交代!」
「……ありがとう——もう——指が——」
フェーダーの指が鍵盤から離れた。逆位相が切れた。ジャミングの動きが加速した。
しかしベルはもう飛んでいた。歯車翼全開。蒸気推進。ジャミングの内側に——。
「ギアシフト——フォーティファイブ!」
光。矯正。崩壊。運河の水面に金色の粒子が散った。水面が金色に染まった。運河が——一瞬だけ、金の川になった。
四分三十秒。合計。
蒸気通信管。カリンの声。「第八街区——ルストがまだ戦ってる。しかし——もう一体、第三街区に新たな発生!」
四体目。
「……四体同時——」
走った。第八街区に。
ルストが——戦っていた。大型ジャミングの歯をハンマーで折っている。歯が一本折れるたびに火花が散る。しかしルストの体にも——傷がある。肩から血が出ている。歯の破片が当たったのだ。
「ルスト!」
「遅い!——こいつの歯が硬い! 三本しか折れない!」
ベルが飛んだ。ルストが折った歯の隙間から——内側に。中心軸に。
「ギアシフト——フォーティファイブ!」
三度目の必殺技。光。矯正。崩壊。
しかし——三度目で、ステッキの蒸気が弱くなっていた。出力が落ちている。一日に何度もギアシフトを撃つのは——消耗する。ベルの体力も。ステッキの蒸気も。
金色の粒子が散った。しかし——いつもより薄い。光が弱い。
蒸気通信管。カリンの声。「第三街区——四体目。大型。商業地区。——ベル、もう一体いける?」
四体目。もう一発。ギアシフト・フォーティファイブを。
しかし——ステッキの蒸気がほとんど残っていない。三発撃った。一日の限界に近い。
「……いく」
走った。第三街区に。ルストが追いかけてくる。フェーダーも。指が震えているフェーダーが。肩から血を流しているルストが。
第三街区。商業地区。四体目の大型ジャミング。
変身は——維持している。しかし装甲が半透明になりかけている。エネルギーが尽きかけている。
「ベル。無理よ。もう一発は——」
「無理じゃない。——三人がいる」
フェーダーを見た。「同調して。半分の鍵盤で。回転を——遅くして」
ルストを見た。「歯を折って。道を作って。——肩、大丈夫?」
「聞くな。やれ」
フェーダーのオルガンが鳴った。弱い音。指が震えている。しかし——同調は精密だった。ジャミングの回転が遅くなっていく。
ルストがハンマーを振った。血が飛んだ。肩から。しかし歯が折れた。道が開いた。
カリンの声が蒸気通信管から。「核の位置——第二軸の根本。左寄り三十度!」
三人が道を作った。フェーダーの音で遅く。ルストのハンマーで道を。カリンの記録で核の位置を。
ベルが——飛んだ。
最後の飛行。歯車翼の蒸気が尽きかけている。推力が弱い。高度が足りない。
しかし——足りた。ぎりぎり。ジャミングの内側に。核の前に。
ステッキを構えた。蒸気がほとんど出ない。光が弱い。金色ではなく——白い。薄い光。
「ギアシフト——」
四発目。体力の限界。ステッキの限界。光が——消えかけた。
「——ベル」
ギアの声。肩の上で。
「私の光。使って」
ギアが翅を全開にした。四枚の翅から——光が流れ出した。ギア自身の光。精霊の生命力そのもの。金色の光がギアの翅からベルの肩に流れ、肩から腕に、腕から手に、手からステッキに——。
翅の光が消えていく。四枚のうち一枚が暗くなった。二枚が暗くなった。ギアの体が——小さくなっていく。光を渡しているから。精霊は光でできている。光を渡すことは——自分の命を渡すこと。
「ギア——やめて——」
「黙って受け取りなさい。——あんたの手を信じてるから」
ギアの光がステッキに流れ込んだ。
ステッキが——輝いた。ベルの感情とギアの光が融合した。技術者の手と精霊の命。二つが一つになった。
手が覚えている。四十五度。この角度だけは。どんなに疲れても。どんなに蒸気が切れても。手が——忘れない。
「——フォーティファイブ!」
光が——爆発した。
今までで最も強い金色の光。ベルの感情とギアの生命が融合した光。歯車エンブレムから放たれた光が核に触れた瞬間——核が金色に輝いて——砕けた。
四体目が——崩壊した。
金色の粒子が——第三街区の空に昇っていった。夕日の空に。一日で四体分の金色の粒子が——クロックハイムの空を覆った。
街全体が——金色に染まった。
四つの街区。四体のジャミング。四回のギアシフト・フォーティファイブ。四人の連携。
街の人々が——空を見上げていた。金色の空を。市場で。運河沿いで。工場地帯で。商業地区で。
子供たちが——走り回っていた。金色の粒子を捕まえようとして。手を伸ばして。笑って。
「きれい——! 金色の雪——!」
金色の雪。魔法の雪。ジャミングの闇が——四十五度の光に変わった、魔法の雪。
◇
変身が——解けた。
路地裏。四人が座り込んでいた。
ベルは壁にもたれていた。立てない。体中が痛い。ステッキの蒸気がゼロ。
ギアが——ベルの膝の上に座っていた。翅が四枚のうち二枚しか光っていない。体が小さくなっている。光を渡したから。
「ギア——大丈夫?」
「……平気よ。少し休めば戻る。——たぶん」
たぶん。ギアが「たぶん」と言ったのは初めてだった。
ルストが肩を押さえていた。血が止まっていない。
フェーダーが指を揉んでいた。震えが止まらない。
カリンが——手帳に書いていた。震える文字で。「大規模戦闘。四体同時。全撃破。負傷:ルスト肩部裂傷。消耗:ベル蒸気残量ゼロ。フェーダー指部痙攣」
四人が——顔を見合わせた。
ぼろぼろだった。
しかし——勝った。四体同時を。四人で。
「……これが限界だ」
ベルが言った。
「四体で限界。来月は五体同時かもしれない。来年は——十体。四人じゃ足りなくなる」
「わかってる」
「大時計を——直さないと。根本から。バイパスで。——ジャミングを倒し続けるだけじゃ、いつか追いつかなくなる」
「じいさんは——まだ何も言ってないぞ」
「うん。まだ。——でも待てる時間が、減ってきてる」
四人が——空を見上げた。金色の粒子がまだ漂っている。夕日が沈みかけている。
今日は勝った。しかし明日も勝てるかわからない。明後日も。来週も。
歯車は回り続けている。七十度で。摩耗しながら。ジャミングを生みながら。
しかし——四人は座っている。ぼろぼろだが——座っている。生きている。誰も欠けていない。
「帰ろう」
ベルが立ち上がった。膝が震えている。しかし——立てた。
手を差し出した。三人に。
「明日も——やるから」
三人が手を取った。立ち上がった。
四人で歩いた。夕暮れの街を。金色の粒子が舞う街を。
歯車の子供たち。千年前の設計者が「後世の技師」と呼んだ者たち。百年前の少女が一人でやろうとしたことを、四人でやろうとしている子供たち。
まだ——終わっていない。
しかし——止まってもいない。
歯車は回っている。
この街が動き続けるために。——まだ。




