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第23話「四十五度」

 実験は——工場の裏で行った。


 お父さんの工場。ベルが子供の頃から出入りしていた場所。工場の排熱ダクトの歯車機構——小さな歯車が八枚。七十度で噛み合っている。


 「これを——四十五度に変える。バイパスで」


 作業台の上にバイパス用の歯車が並んでいる。ルストが鍛えた歯車。設計図の配合比に従った合金。カリンが手順を手帳に書き出している。フェーダーが排熱ダクトの歯車の振動数を読んでいる。


 「振動数四十七ヘルツ。ダクトの歯車の回転は安定してる。——バイパスの歯車と同調させるなら、同じ四十七ヘルツから減速して——四十二ヘルツで切り替え」


 「材料は十分。歯の厚みも設計図通り。精度は〇・〇五ミリ以内に収まってる」


 「手順は——まずバイパスの歯車列を本線の横に設置。蒸気を通して回転開始。フェーダーが本線とバイパスの回転を同調させて——同じ速度になった瞬間に、ベルが切り替え用の歯車を噛み合わせる」


 三人の声。三つの役割。


 ベルは手袋をはめた。歯車を握る手。


 「——やろう」


 ルストがバイパス歯車を本線の横に設置した。蒸気管を仮接続した。蒸気が通った。バイパスの歯車が——回り始めた。四十五度の噛み合いで。


 「回ってる——! 四十五度で——!」


 「まだよ。ここからが本番。同調して切り替えないと」


 フェーダーがオルガンの鍵盤に手を置いた。半分しか動かない鍵盤。しかし——十分な音域。


 音が鳴った。


 本線の歯車の振動と同じ音。四十七ヘルツ。同調。そこから——ゆっくりと音を下げた。本線の回転が引かれて減速していく。同時にバイパスの回転が安定していく。


 二つの回転が——近づいていく。四十七ヘルツ。四十六。四十五。四十四。四十三。


 「四十二——同速! 今!」


 ベルが切り替え用の歯車を——本線とバイパスの間に噛み合わせた。


 手が——覚えている。四十五度の角度。お父さんに教わった角度。ステッキで何度も矯正した角度。


 かちん。


 噛み合った。


 本線の蒸気が——バイパスに流れ始めた。七十度の歯車列を通っていた流れが、四十五度の歯車列に切り替わった。


 衝撃——なし。先代のように歯車が砕けることも——なかった。同調が完璧だったから。同じ回転速度で切り替えたから。


 排熱ダクトの歯車が——四十五度で回っている。七十度から四十五度に。バイパスで。本線を止めずに。


 「……動いてる」


 ベルの声が震えた。


 「動いてる。四十五度で。止まってない。壊れてない。——直った」


 小さな歯車八枚分。排熱ダクト一基分。大時計の規模に比べれば——砂粒のようなスケール。


 しかし——原理は同じ。


 バイパスで、止めずに、七十度を四十五度に切り替える。——できた。


 「やった——!」


 フェーダーが叫んだ。カリンが手帳に「実験成功」と書いた。ルストが——何も言わずに、バイパスの歯車を見つめていた。自分が鍛えた歯車が。四十五度で回っているのを。


 「……いい歯車だ」


 ルストが呟いた。


 ギアが翅を全開にした。金色の光の粉が四人に降り注いだ。


 「おめでとう。——しかし本番は大時計よ。このスケールの何百倍」


 「わかってる。でも——できることがわかった。理論じゃなくて。手で」


          ◇


 工場を出た。夕方。四人で。


 帰り道——ギアの翅が橙色に変わった。


 「大型。第三街区」


 「……空気読んでほしいな、ジャミング」


 走った。第三街区に。


 大型ジャミング。歯車型。商業地区の主軸歯車を食っている。


 変身した。


 「ロードアウト——アイアン・ブート!」


 「魔法少女アイアン・ベル——起動!」


 大型。しかし——今のベルは、さっきバイパスの切り替えを成功させた手で戦っている。四十五度の確信がある手。


 フェーダーが同調を始めた。ジャミングの回転と同じ音。そこから減速。動きが鈍っていく。


 ルストが前に出た。ハンマーで歯を折った。道を開けた。


 カリンが叫んだ。「核の位置——設計図から推定! 中心軸の三番目の歯車の裏!」


 道が開いた。核の位置がわかった。同調で動きが遅い。


 ベルが飛んだ。歯車翼の蒸気推進で。ジャミングの内側に。中心軸に向かって。


 ステッキを構えた。歯車エンブレムが金色に輝き始めた。さっきの実験で確信した四十五度。理論でも経験でもなく——手が知っている角度。感情が乗った角度。


 「ギアシフト——」


 ステッキが金色に爆発した。歯車エンブレムが光を放って——巨大化した。エンブレムの光の影が、ジャミングの内壁に巨大な歯車紋章を投影した。


 「——フォーティファイブ!」


 四十五度の光の軌跡が空気中に刻まれた。金色の線。歯車模様。ステッキが中心軸の歯車に触れた瞬間——。


 光が走った。


 中心軸から。全ての歯へ。ジャミングの全体を金色の光が走り抜けた。全ての歯車が一瞬だけ——四十五度に矯正された。


 一瞬ではない。


 今回は——保持された。バイパスの実験と同じ。切り替えた角度が保持された。感情の光が——角度を固定した。


 ジャミングが——静かに、砕けた。


 爆発ではなかった。静かな崩壊。全ての歯車が正しい角度になった瞬間——歪みのエネルギーが消えて、ジャミングを維持する力がなくなって。黒い歯車が一枚ずつ金色の粒子に変わって——空に昇っていった。


 静かで——美しかった。


 第三街区の上空に金色の粒子が舞い上がった。夕日と混じって。商店街のガス灯と混じって。買い物帰りの人々が空を見上げた。


 子供が指さした。「金色の雪——!」


 雪ではない。ジャミングの残滓。しかし——金色の粒子が夕日に照らされて、本当に雪のように降っていた。街全体に。


 ベルは——ジャミングの内側に立っていた。内側はもうない。金色の空間の中に。


 ステッキを下ろした。歯車エンブレムの光が消えていく。しかし四十五度の軌跡が——まだ空気中に残っていた。金色の線。歯車の紋章。


 ギアシフト・フォーティファイブ。


 ベルの必殺技。四十五度の矯正光。技術と感情の融合。歯車を正しい角度に導く——魔法。


 「……完璧」


 ギアが肩の上で呟いた。


 「百点。文句なし。——今のは百点よ、ベル」


 初めてだった。ギアが百点をつけたのは。

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