表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/32

第20話「壊れたオルガン」

 フェーダーのオルガンは——三分の一しか動かない。


 先日ジャミングの共鳴に引き込まれたとき、内部の弦と歯車が過負荷で壊れた。中央の鍵盤がごっそり死んでいる。高音域の一部と低音域の一部だけが生きている。


 「直すには——内部の歯車を全部外して組み直す必要がある。弦も張り替えないと」


 ルストの工房。作業台の上にオルガンが解体されている。小さな歯車が二十個以上。弦が何十本。蒸気パイプが蜘蛛の巣のように走っている。


 「歯車は俺が鍛える。弦は——」


 「弦は私が張る。音の調整は弾く人間がやらないと——他人じゃ音色がわからないから」


 フェーダーが歯車の一つを持ち上げた。小さな歯車。直径五ミリ。音程を制御する歯車。歯が一本欠けている。


 「ベル。この歯車——組み直せる?」


 「五ミリか……ステッキの内部歯車と同じサイズ。やれる」


 三人が作業台を囲んだ。ルストが歯車の素材を炉で熱している。ベルが壊れた歯車を外して配列を確認している。フェーダーが弦の張力をメモしている。


 カリンは窓際で手帳に記録している。「オルガン修理。歯車二十三個。弦四十二本。蒸気パイプ七本」


 穏やかな午後だった。工房の炉の火が赤い。ハンマーの音が規則的に響く。かん。かん。かん。


 ベルの指が小さな歯車を組んでいる。ピンセットで。一つずつ。噛み合いを確認しながら。


 ——この時間が好きだった。


 戦闘ではない。魔法でもない。ただ壊れたものを直す時間。歯車を組む時間。手が動いている時間。


 三つ目の歯車を組み終わったとき——。


 ギアの翅が橙色に光った。


 「……嘘でしょ」


 「小型。二体。工房の裏」


 フェーダーのオルガンは解体中。使えない。ルストのハンマーは炉の横。ベルのステッキはバックパックの中。


 「修理中なのに——!」


 「ジャミングは修理日も休まないわよ」


 ベルはバックパックからステッキを取り出した。メガネを外した。


 「ロードアウト——アイアン・ブート!」


 工房の扉を蹴り開けて飛び出した。裏の空き地。小型ジャミング二体。歯車型。工房の基礎の歯車を食っている。


 ——この歯車を食われたら、工房の炉の排煙機構が止まる。炉が使えなくなる。オルガンの修理が——。


 「食わせない——!」


 一体目。歯車翼で飛んだ。ステッキを当てた。ギアシフト・フォーティファイブ。金色の光。がちん。崩壊。


 二体目——。


 二体目が工房の壁面に食いついていた。壁の中の排煙歯車を。もう半分食われている。


 ステッキを構えた。しかし壁面に当てたら——壁が壊れる。工房が崩れる。ルストの炉が——。


 「ベル! やれ! 壁は俺が直す!」


 ルストの声。工房の中から。


 「壁を壊してもいいから——歯車を守れ!」


 壁を壊す。歯車を守る。壊してもいい場所と、守らなければいけない場所。——技術者の判断。


 ステッキの出力を絞った。最小限の光で。壁面のジャミングだけに。精密射撃。


 収束光を——ジャミングの核だけに当てた。壁を貫通しないように。歯車に当たらないように。金色の光の線が髪の毛一本分の精度で——核だけを射抜いた。


 ギアの粉が光に乗って核に触れた。金色に一瞬輝いて——砕けた。


 壁面のジャミングが散った。金色の粒子が工房の窓から差し込む午後の光に溶けた。


 壁は——無事だった。小さなひびが入っただけ。排煙歯車は——半分食われたが、残りの半分は生きている。


 変身を解いた。工房に戻った。


 ルストが壁のひびを見て言った。「……精密だな。よく壁を壊さなかったな」


 「壊したら怒るかと思って」


 「歯車を守れって言っただろ。壁は壊していい」


 「壊さなくて済んだからいいでしょ」


 フェーダーが笑っていた。解体されたオルガンの前で。「早く直さないと——次が来たとき、私が使えない」


 三人が作業台に戻った。修理の続き。四つ目の歯車。五つ目。ルストが弦を鍛えている。フェーダーが張力を確認している。


 夕方までに——鍵盤の半分が復活した。三分の一から二分の一に。まだ完全ではない。しかし前よりは——鳴る。


 フェーダーが鍵盤を叩いた。テスト。高音。中音の一部。低音。


 音が——工房に響いた。不完全な音。抜けている音域がある。しかし——あの旋律の輪郭が聞こえた。歯車のモチーフ。


 「……まだ半分だけど」


 「半分あれば十分。三分の一でも戦えたんだから」


 「音痴の人に言われると説得力ないわね」


 「ひどい」


 工房の窓から夕日が差し込んでいた。橙色の光。歯車と弦と蒸気パイプが作業台の上に散らばっている。修理の途中。まだ半分。


 しかし——半分でも動く。半分でも歌える。


 壊れたら直す。半分でも動く。音痴でも歌う。


 修理は——まだ続いている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ