第20話「壊れたオルガン」
フェーダーのオルガンは——三分の一しか動かない。
先日ジャミングの共鳴に引き込まれたとき、内部の弦と歯車が過負荷で壊れた。中央の鍵盤がごっそり死んでいる。高音域の一部と低音域の一部だけが生きている。
「直すには——内部の歯車を全部外して組み直す必要がある。弦も張り替えないと」
ルストの工房。作業台の上にオルガンが解体されている。小さな歯車が二十個以上。弦が何十本。蒸気パイプが蜘蛛の巣のように走っている。
「歯車は俺が鍛える。弦は——」
「弦は私が張る。音の調整は弾く人間がやらないと——他人じゃ音色がわからないから」
フェーダーが歯車の一つを持ち上げた。小さな歯車。直径五ミリ。音程を制御する歯車。歯が一本欠けている。
「ベル。この歯車——組み直せる?」
「五ミリか……ステッキの内部歯車と同じサイズ。やれる」
三人が作業台を囲んだ。ルストが歯車の素材を炉で熱している。ベルが壊れた歯車を外して配列を確認している。フェーダーが弦の張力をメモしている。
カリンは窓際で手帳に記録している。「オルガン修理。歯車二十三個。弦四十二本。蒸気パイプ七本」
穏やかな午後だった。工房の炉の火が赤い。ハンマーの音が規則的に響く。かん。かん。かん。
ベルの指が小さな歯車を組んでいる。ピンセットで。一つずつ。噛み合いを確認しながら。
——この時間が好きだった。
戦闘ではない。魔法でもない。ただ壊れたものを直す時間。歯車を組む時間。手が動いている時間。
三つ目の歯車を組み終わったとき——。
ギアの翅が橙色に光った。
「……嘘でしょ」
「小型。二体。工房の裏」
フェーダーのオルガンは解体中。使えない。ルストのハンマーは炉の横。ベルのステッキはバックパックの中。
「修理中なのに——!」
「ジャミングは修理日も休まないわよ」
ベルはバックパックからステッキを取り出した。メガネを外した。
「ロードアウト——アイアン・ブート!」
工房の扉を蹴り開けて飛び出した。裏の空き地。小型ジャミング二体。歯車型。工房の基礎の歯車を食っている。
——この歯車を食われたら、工房の炉の排煙機構が止まる。炉が使えなくなる。オルガンの修理が——。
「食わせない——!」
一体目。歯車翼で飛んだ。ステッキを当てた。ギアシフト・フォーティファイブ。金色の光。がちん。崩壊。
二体目——。
二体目が工房の壁面に食いついていた。壁の中の排煙歯車を。もう半分食われている。
ステッキを構えた。しかし壁面に当てたら——壁が壊れる。工房が崩れる。ルストの炉が——。
「ベル! やれ! 壁は俺が直す!」
ルストの声。工房の中から。
「壁を壊してもいいから——歯車を守れ!」
壁を壊す。歯車を守る。壊してもいい場所と、守らなければいけない場所。——技術者の判断。
ステッキの出力を絞った。最小限の光で。壁面のジャミングだけに。精密射撃。
収束光を——ジャミングの核だけに当てた。壁を貫通しないように。歯車に当たらないように。金色の光の線が髪の毛一本分の精度で——核だけを射抜いた。
ギアの粉が光に乗って核に触れた。金色に一瞬輝いて——砕けた。
壁面のジャミングが散った。金色の粒子が工房の窓から差し込む午後の光に溶けた。
壁は——無事だった。小さなひびが入っただけ。排煙歯車は——半分食われたが、残りの半分は生きている。
変身を解いた。工房に戻った。
ルストが壁のひびを見て言った。「……精密だな。よく壁を壊さなかったな」
「壊したら怒るかと思って」
「歯車を守れって言っただろ。壁は壊していい」
「壊さなくて済んだからいいでしょ」
フェーダーが笑っていた。解体されたオルガンの前で。「早く直さないと——次が来たとき、私が使えない」
三人が作業台に戻った。修理の続き。四つ目の歯車。五つ目。ルストが弦を鍛えている。フェーダーが張力を確認している。
夕方までに——鍵盤の半分が復活した。三分の一から二分の一に。まだ完全ではない。しかし前よりは——鳴る。
フェーダーが鍵盤を叩いた。テスト。高音。中音の一部。低音。
音が——工房に響いた。不完全な音。抜けている音域がある。しかし——あの旋律の輪郭が聞こえた。歯車のモチーフ。
「……まだ半分だけど」
「半分あれば十分。三分の一でも戦えたんだから」
「音痴の人に言われると説得力ないわね」
「ひどい」
工房の窓から夕日が差し込んでいた。橙色の光。歯車と弦と蒸気パイプが作業台の上に散らばっている。修理の途中。まだ半分。
しかし——半分でも動く。半分でも歌える。
壊れたら直す。半分でも動く。音痴でも歌う。
修理は——まだ続いている。




