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第17話「二つの街」

 朝の六時に——ギアが叫んだ。


 「二箇所同時! クロックハイムの第二街区とツァーンベルクの中央広場!」


 ベッドから飛び起きた。寝癖のまま。メガネをかけた。


 二箇所同時。クロックハイムとツァーンベルクで同時発生。今まで同時に出たのはフェーダーとの初共闘の八体——しかしあれは同じ場所だった。二つの街で同時は——初めて。


 スマートに対処する方法はなかった。


 ルストとフェーダーに伝書鳩——この世界の蒸気式通信管——で連絡した。「クロックハイム第二街区に大型。ツァーンベルクにも大型。二つ同時」


 ルストからの返信。「俺はクロックハイムを抑える。ハンマーで時間を稼ぐ。お前はツァーンベルクに行け」


 フェーダーからの返信。「私はルストと一緒にクロックハイム。逆位相で遅くする」


 分断。


 ベルが一人でツァーンベルク。ルストとフェーダーがクロックハイム。


 ツァーンベルクは——左回りの街。前に一度戦った。左手で戦わなければいけない。


 蒸気機関車に飛び乗った。始発。四十分。


 四十分。


 長い。座席に座ったが——座っていられなかった。立ち上がって窓際に張りついた。車窓を流れる畑。風車。朝もやの中を蒸気機関車が走っている。のどかな景色。しかし——のどかに見えるだけだ。ツァーンベルクの地下では歯車が食われ続けている。一分ごとに。


 「ギア。ツァーンベルクの被害——推定できる?」


 「大型なら——一分間に歯車三枚のペースで食う。四十分で百二十枚。中央広場の歯車機構は二百枚。着いた頃には——半分以上食われてる」


 半分。ベルが着く前に。


 手を握った。右手。利き手。——しかし今回は左手で戦う。右手を握っても意味がない。


 左手を握った。ぎこちない。力の入れ方が右手と違う。毎日練習しているが——右手ほど自然には動かない。


 三十五分後。ツァーンベルク駅が見えた。窓から——蒸気の色が暗い。クロックハイムと同じ。ジャミングが蒸気管に影響している。


 飛び降りた。走った。中央広場に向かって。


 見えた。


 大型ジャミング。歯車型。左回り。広場の歯車機構を——食っている。ギアの予測通り、半分以上の歯車がすでに失われていた。石畳が陥没している。噴水が止まっている。


 人がいない。避難したのだ。広場に——ベル一人。


 一人。


 ルストがいない。フェーダーがいない。カリンがいない。逆位相で遅くしてくれる人がいない。ハンマーで道を開けてくれる人がいない。核の位置を教えてくれる人がいない。


 全部——一人でやる。


 変身した。左手にステッキを持ち替えた。歯車翼が逆回転を始めた。


 「ギアシフト——フォーティファイブ!」


 左手で。不慣れな手で。しかし——手が覚えている。前にこの街で左手の感覚を掴んだ。あれから毎日、左手で歯車を組む練習をした。お父さんに教わった通り。


 ステッキが金色に光った。しかし——いつもより弱い。左手だから。利き手の七割の出力。


 四十五度の光の軌跡が——左回りの螺旋を描いた。右回りとは鏡像の螺旋。大型の中心軸に——届け。


 がちん。


 矯正。崩壊。金と銀の粒子が——ツァーンベルクの空に散った。


 勝った。しかし——左手が痺れている。全力の矯正を左手でやるのは——まだきつい。指が動かない。三十秒ほど——左手を振って感覚を戻した。


 広場を振り返った。陥没した石畳。止まった噴水。食われた歯車の残骸。——勝ったが、被害は出た。半分の歯車が失われた。復旧に何日かかるか。


 しかし今はクロックハイムが心配だ。


 すぐに蒸気機関車に戻った。クロックハイムへ。四十分。また四十分。往復で八十分。その間にルストとフェーダーは——変身もできない、魔法少女でもない二人が、大型ジャミングと戦い続けている。


 車窓を見た。クロックハイムの方角——蒸気の色が戻りかけている。暗さが薄れている。ルストとフェーダーが——抑えているのだ。二人で。ハンマーとオルガンで。


 クロックハイム駅。走った。第二街区に。


 路地裏に——二人が座り込んでいた。


 ルストのハンマーが——欠けていた。大型ジャミングの歯にぶつけて。鋼のハンマーの頭に——亀裂が入っている。


 フェーダーの指が——震えていた。逆位相を二十分間維持し続けた負荷で。


 「……倒せた?」


 「倒してない。——追い払った」


 ルストが言った。


 「逆位相で遅くして、ハンマーで歯を何本か折った。ジャミングが——退いた。食うのをやめて、地下に潜った」


 倒していない。追い払っただけ。地下に潜ったジャミングは——まだいる。また出てくる。


 「……ベルは?」


 「ツァーンベルクは倒した。ギアシフトで」


 「一人で?」


 「一人で」


 ルストが——少し笑った。しかし笑いの奥に——悔しさがあった。俺たちは追い払うのが精一杯だった。ベルは一人で倒した。


 「ルスト。あんたとフェーダーがクロックハイムを守ってくれなかったら——私はツァーンベルクに行けなかった」


 「……わかってる」


 「二つの街を同時には守れない。一人じゃ。——四人でも厳しい」


 フェーダーが膝を抱えて言った。「大時計を直さない限り——同時発生は増える。摩耗が進むから。来月は三箇所同時かもしれない。来年は——」


 「直す。だから——準備を急ごう」


 ベルが手を差し出した。ルストに。


 ルストが——欠けたハンマーをもう片方の手に持ち替えて、ベルの手を握った。


 フェーダーが立ち上がった。


 三人で——歩いた。第二街区の路地を。朝の街を。


 二つの街を同時に守る力は——まだない。しかし二つの街を同時に支える仲間は——いる。

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