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第15話「地下の唸り」

 準備を始めた。


 グロックの承認がなくても——できることはある。


 ルストが鍛冶場で歯車の合金を実験している。設計図に記された千年前の配合比を再現しようとしている。カリンが設計図の全ページを手帳に書き写している。原本はグロックが預かったから。フェーダーが大時計の地上部分の歯車の振動数を、一枚ずつ記録している。


 ベルは——地下に潜っている。一人で。放課後に。


 大時計の地下。管理室を避けて、別のルートから。グロックに見つからないように。触らない。約束は守る。しかし——見ることまでは禁じられていない。


 毎日、地下を歩いている。歯車の配置を目で覚えている。どの歯車がどの歯車と噛み合っているか。どの軸がどの方向に回っているか。いつかバイパスを作るときのために。


 そして——唸りを聞いている。


 大時計の唸り。七十度の噛み合いが生む低周波振動。お父さんの工房で聞いたことがある音。「この音がしたら歯車を止めろ」。


 この音が——日に日に大きくなっている。


 摩耗が進んでいる。噛み合いが浅くなっている。唸りが——街の地上にまで漏れ始めている。地面に耳を当てれば聞こえる。まだ微かだが。


 水曜日の放課後。


 いつものように地下を歩いていたとき——唸りが、変わった。


 低周波が——高くなった。一瞬だけ。振動のパターンが乱れた。不規則になった。


 ギアの翅が橙色に変わった。


 「三体——来る! 同時に!」


 壁面の歯車の隙間から——黒い光が三箇所で同時に漏れた。七十度のズレから。三体のジャミングが凝縮を始めている。中型。


 「三体同時——!」


 メガネを外した。ステッキを握った。


 「ロードアウト——アイアン・ブート!」


 「魔法少女アイアン・ベル——起動!」


 変身の光が地下空間を照らした。巨大な歯車が金色に染まった。千年の歯車がベルの存在に反応して——微かに輝いた。


 三体のジャミングが同時に実体化した。中型。歯車型。黒い歯が壁面の歯車を噛み始めた。


 一人で三体。ルストもフェーダーもいない。


 しかし——準備してきた。毎日地下を歩いて、歯車の配置を覚えた。どの歯車がどこにあるか——全部、頭に入っている。


 「ギア。三体の位置——三角形の頂点になってる」


 「それが何?」


 「三体が三角形の頂点にいるなら——中心に一発撃てば、反射で三方向に飛ぶ」


 地下の壁面は歯車で覆われている。金属の歯車。光を反射する。


 収束光を——一発。三体の三角形の中心に向けて。


 ステッキの歯車エンブレムが回転した。ギアの粉が光に乗った。金色の線が地下空間を走った——歯車模様の軌跡を描きながら。


 光が中心点に到達した瞬間——壁面の歯車に当たって反射した。金属の表面が光を三方向に分けた。


 三本の光の線が——同時に三体のジャミングに到達した。


 しかし収束光は靄型への技だ。歯車型には——矯正が要る。


 「収束光で止めるんじゃない——目眩ましよ!」


 三体のジャミングが——光に怯んだ。動きが一瞬止まった。金色の光が黒い歯車を照らして——目が眩んだように。


 その一瞬で——走った。


 歯車翼の蒸気推進。地面を蹴って飛んだ。一体目のジャミングの内側に飛び込んだ。ステッキを中心軸に——がちん。矯正。崩壊。金色の粒子。


 着地。蒸気を噴射して方向転換。二体目に向かって。飛んだ。内側に。がちん。崩壊。


 三体目——。


 三体目が壁面に張りついていた。歯車を食っている。しかし食いながら——ベルの方を向いた。二体が倒されたことを——感知している。


 黒い歯がベルに向かって動いた。


 避けた。歯車翼で。横に飛んだ。壁面の歯車を蹴って跳ねた。天井近くまで。


 天井から——急降下。歯車翼の蒸気を全開にして。ステッキを下に向けて。


 ジャミングの上から——中心軸に。


 「ギアシフト——!」


 ステッキの歯車エンブレムが金色に輝いた。四十五度の光の軌跡が空気中に残った。


 がちん。


 矯正。


 三体目が——崩壊した。


 金色の粒子が地下空間に充満した。千年の歯車が金色の光を反射して——地下全体が一瞬だけ、金色の洞窟になった。


          ◇


 変身を解いた。メガネをかけた。


 膝が震えている。三体同時は——きつかった。しかし——やれた。一人で。


 「ギア。今の——ギアシフトって叫んだやつ。何あれ」


 「あなたが叫んだんでしょ。私は知らないわよ」


 「でもステッキが——いつもより光った。エンブレムが金色になった」


 「感情よ。あなたが『やる』と決めた瞬間に——ステッキが応えた。蒸気歯車の魔法は技術と感情の融合。計算だけでも動くけど、感情が乗ったとき——出力が跳ね上がる」


 技術と感情の融合。


 計算で角度を出す。技術で歯車を組む。しかし最後の一押しは——感情。怖い、でもやる。守りたい。直したい。その想いが——魔法になる。


 「……かっこいい名前つけちゃった。ギアシフト」


 「悪くないわよ。次からは——ちゃんと角度も叫びなさい。ギアシフト・フォーティファイブ。四十五度の矯正。それがあなたの技の名前」


 ギアシフト・フォーティファイブ。


 必殺技の名前ができた。


 ベルは地下から這い出した。夕方の空。煙突のシルエット。


 唸りは——まだ聞こえている。地下から。しかし今は——少しだけ弱い。三体のジャミングがいなくなったから。摩耗の進行が——ほんの少し、遅くなった。


 モップで拭いただけ。蛇口はまだ開いている。


 しかし——拭き続ける。蛇口を閉める準備が整うまで。

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