第12話「噛み合わない七十度」(前編)
三週間で——二十八体。
ベルが倒したジャミングの数。カリンの記録。手帳の三ページ分。
魔法少女になって三週間。最初は週に二、三体だった。先週は八体。今週は——まだ火曜日なのに、すでに六体。
増えている。
「出現頻度が加速してる」
カリンが時計塔の図書室で言った。手帳を広げて。グラフを描いている。縦軸が出現数。横軸が日付。右肩上がりの曲線。
「このペースだと——来週には一日三体。再来週には一日五体」
「……一人じゃ無理だ」
ベルは椅子の背にもたれた。放課後。四人が図書室に集まっている。ベル。ルスト。フェーダー。カリン。
ルストがハンマーの柄で肩を叩きながら言った。「俺とフェーダーがいれば三体同時はいける。この前の夜戦で証明しただろう」
「十五体は?」
「……きつい」
フェーダーがオルガンの鍵盤を撫でながら呟いた。「逆位相で十体以上を同時に抑えると——指が追いつかない。精度が落ちる」
四人で戦っても——増え続けるジャミングにはいずれ追いつけなくなる。
「根本的に何かが——おかしい」
ベルが言った。
「ジャミングを倒しても倒しても湧いてくる。蛇口を閉めずにモップで拭いてるみたいだ。——蛇口はどこにある?」
カリンが手帳をめくった。百年前の記録のページ。
「百年前の大発生のとき——記録に『大時計の鼓動が乱れた』とある。大時計の歯車の回転が不安定になって、その直後にジャミングが大発生した」
「大時計が——ジャミングを生んでる?」
「証拠はない。しかし相関はある」
グロックは「大時計に欠陥はない」と言った。しかしカリンのデータは——大時計とジャミングの関連を示唆している。
「見に行こう」
ベルが立ち上がった。
「大時計の地下。もう一度。今度はグロックさんの管理室じゃなくて——もっと奥。心臓部の近くまで」
◇
日曜日の早朝。
時計塔の地下。鉄の扉。ギアが錠前を開けた。
四人が石の階段を降りていく。ベルが先頭。ステッキの蒸気光で足元を照らしている。ルストが二番目。ハンマーを持っている。フェーダーが三番目。オルガンを首から下げている。カリンが最後尾。手帳に歩数を記録している。
前回は管理室までしか行かなかった。今日は——もっと奥へ。
階段が尽きた。横穴に入った。天井が低い。巨大な歯車が壁面を覆っている。回転する歯車の間を縫って歩く。蒸気が漏れている。暑い。湿度が高い。
「……音が変わった」
フェーダーが立ち止まった。
「歯車の回転音。さっきまでは安定してたけど——ここから先は、ムラがある」
回転ムラ。歯車の噛み合いが浅くなっている区間。摩耗が激しい区間。
さらに奥へ。
通路が広くなった。天井が高くなった。
——見えた。
大時計の心臓部。
前回よりも近い。巨大な歯車の中心軸が——見えている。直径五メートルの主歯車。その周りを囲む副歯車。蒸気管が蜘蛛の巣のように走っている。
そして——。
「ベル。あれ」
ルストが壁面を指さした。
壁面の歯車の一つ。直径一メートルほどの歯車。他の歯車と噛み合って回っている。しかし——噛み合いの角度が。
「七十度」
ベルの目が捉えた。
あの歯車の噛み合い角度。七十度。ジャミングと同じ角度。
隣の歯車を見た。七十度。その隣も。七十度。
全部——七十度だった。
大時計の心臓部の歯車は——全て七十度で噛み合っている。
「……これが——設計」
声が震えた。
ジャミングだけが七十度なのではなかった。大時計自体が——七十度で設計されている。千年前のアルト・マイスターが——七十度を選んだ。
ジャミングは大時計の七十度から生まれている。歯車の噛み合いのズレ——摩耗によって七十度の噛み合いが崩れたとき、そのズレのエネルギーがジャミングとして実体化する。
ジャミングを倒しても、大時計が七十度で回り続ける限り——また生まれる。摩耗が進むたびに。噛み合いがズレるたびに。
「蛇口を見つけた」
ベルの声が——低かった。
「大時計の七十度。これが——全部の原因」
カリンが手帳に書いている。震える文字で。「大時計の心臓部。全歯車の噛み合い角度——七十度。ジャミングの発生源と一致」
ルストが壁面の歯車に触れた。「歯の摩耗がひどい。七十度で千年回り続けたら——こうなる。歯が薄くなって噛み合いが浅くなって——ズレが生まれる」
フェーダーが耳を澄ませた。「歯車の回転音——不協和音がする。正しく噛み合っていない音。千年間ずっと——この音が鳴り続けてたの」
四人が——大時計の心臓部の前に立っていた。
千年前の設計。七十度の噛み合い。理論上の最短距離。材料の節約。千年前の設計者アルト・マイスターが選んだ角度。
しかし——千年分の摩耗を計算に入れていなかった。
その時——壁面が、揺れた。
◇
七十度の歯車の噛み合いの隙間から——黒い光が漏れた。
光。しかし照らさない光。闇の光。歯車のズレから生まれるエネルギーが、目に見える形を取った。黒い光が渦を巻いて、凝縮して、歯車の形を取り始めた。
ジャミング。
大型。
大時計の心臓部から——直接生まれた。四人の目の前で。七十度のズレのエネルギーが結晶化して、黒い歯車の怪物になった。
ベルの金色の光と、ジャミングの黒い光が——対面した。金と黒。正しい角度の力と、歪んだ角度の力。
「これが——発生の瞬間——」
カリンが手帳に書こうとした。しかし手が震えている。大型。建物の二階分。通路は狭い。逃げ場がない。
「変身して!」
ギアが叫んだ。
メガネを外した。ステッキを握った。
「ロードアウト——アイアン・ブート!」
「魔法少女アイアン・ベル——起動!」
装甲。翼。蒸気。狭い通路で歯車翼が壁面に擦れた。火花が散った。
ジャミングが動いた。黒い歯が壁面の歯車を食い始めた。ここは心臓部の近く。ここの歯車が食われたら——影響が街全体に及ぶ。
「フェーダー!」
「わかってる——!」
逆位相の音。ジャミングの動きが鈍った。しかし大型だ。完全には止まらない。
ルストが前に出た。ハンマーを構えた。「収束光で靄を——いや、歯車型だ。矯正しかない」
「狭い。私が飛び込む隙間がない」
歯車型ジャミングの内側に入って中心軸を矯正する——最初の戦いで使った方法。しかし通路が狭すぎる。ジャミングの歯と壁面の隙間に体が入らない。
「カリン! 設計図に——この区画の歯車の配置はある!?」
「ある——! 壁面の歯車の裏に空洞がある! 蒸気管の点検用通路!」
「ルスト! 壁を——!」
「了解——!」
ルストがハンマーを振った。壁面の石を砕いた。蒸気管の点検用通路が露出した。狭い。しかしベルの体なら通れる。
ベルが通路に飛び込んだ。壁面の裏側。歯車の裏。ジャミングの背後に出た。
背後から——中心軸が見える。
ステッキを突き出した。歯車エンブレムを中心軸に。四十五度。
がちん。
噛み合った。矯正した。
ジャミングが——震えた。崩れた。黒い破片が金色に変わって散った。
通路の中に金色の粒子が充満した。蒸気と混じって。四人の顔を照らして。
勝った。
しかし——。
ベルは壁面の裏側から、大時計の歯車を見ていた。点検用通路から見える歯車の裏側。千年分の摩耗。薄くなった歯。浅くなった噛み合い。
そして——七十度の角度。
今倒したジャミングが生まれた、その場所。同じ歯車。同じ角度。このまま放置すれば——また生まれる。明日にも。明後日にも。
倒しても——直していない。
蛇口は開いたまま。




