第7話 理論上、マグマの上は走れます
【00:10:05】
転移の光が収まった瞬間、俺たちを襲ったのは「今まで感じたことのない熱さ」だった。
「あ、あつ……っ!?な、なんだここは!?」
アリアが悲鳴を上げる。
無理もない。さっきまで肌寒い神殿にいたのに、瞬きした次の瞬間には、視界すべてが真っ赤に染まった灼熱地獄に放り出されたのだから。
俺たちの目の前に広がっているのは、ドロドロと煮えたぎる赤黒い液体――マグマの大海原だ。
天井は遥か高く、鍾乳石のように尖った岩盤が垂れ下がっている。
ここは魔王城の地下最深部、「紅蓮の地底湖」。
本来なら、城の正門から突入し、数多のトラップと中ボスを倒した末にたどり着く、ラストダンジョンの一画である。
「う、嘘だろ……?ここは魔王城の地下なのか?一瞬で……?」
「そうだ。ショートカット成功だな」
俺は汗を拭いながら、視界のタイマーを確認する。
10分経過。
神殿のギミックを正攻法で攻略していれば、今頃はまだ第一層でパズルを解いている時間だ。
大幅な短縮だ。
「成功なものか!見ろ、行き止まりだぞ!」
アリアが指差す先、俺たちが立っているのは、マグマの海に浮かぶ小さな岩の孤島だった。
対岸――上の階層へと続く階段がある陸地までは、およそ50メートル。
その間にあるのは、触れれば骨まで溶けるマグマのみ。橋はない。
「詰んだ……。完全に詰んだ……。こんな場所、船も出せないし、氷魔法の使い手もいない……」
「諦めるな。道はある」
「どこにだ!マグマしかないじゃないか!」
「そのマグマの上を行くんだよ」
俺は屈伸運動を始めた。
アリアが「は?」と口を開けたまま固まる。
「いいかアリア。この世界の熱伝導の法則について考えたことはあるか?」
「ね、熱伝導……?触れば熱い、それだけだろう!」
「甘い。触れてから『熱い』と感じ、皮膚が焼けるまでには、コンマ数秒の遅延がある」
これは屁理屈ではない。
この世界のダメージ判定の仕様だ。
マグマなどのダメージ床は、接触してから「0.5秒後」に最初のダメージ判定が発生する。
つまり――0.5秒以内に足を離せば、ダメージは発生しない。
「理論上、沈む前に次の一歩を踏み出し、熱が伝わる前に足を離し続ければ、マグマの上はただの地面だ」
「暴論すぎる!そんなこと人間ができるわけがない!」
「やるんだよ。世界を救うために」
俺はアリアに向き直り、両手を広げた。
「来い。おんぶだ」
「はあ!? な、何を……」
「お前の重装備じゃ沈む。俺が担いで走る」
「いや無理だろ!貴様だって装備重量があるし、そもそも二人分なんて支えられるわけが――」
「大丈夫だ!これを使う」
そう言って俺は袋から、《力の丸薬》を出してそのまま飲み込んだ。一時的に力を5倍にする禁止レベルの薬だ。
俺は有無を言わさずアリアの手首を掴み、強引に背負い上げた。
重い。さすがは全身鎧。だが、バフがかかっている今の俺ならいける。
「きゃぁっ!?ば、馬鹿!降ろせ!死ぬ!二人まとめて心中する気か!」
「舌を噛むなよ。リズムが命だ」
俺は岸壁のギリギリに立った。
深呼吸。
視界のタイマーと、マグマの波の周期を合わせる。
3、2、1……ゴー!
俺は岩場を蹴り、真っ赤な海へと飛び出した。
「いやああああああああッ!!」
アリアの絶叫が木霊する。
俺の足が、マグマの表面に着水する――その直前。
タンッ!
空中で足をバタつかせ、水面(マグマ面)を「蹴った」。
正確には、足裏がマグマに触れた瞬間に、全力で跳躍を入力した。
接地時間、0.1秒以下。
ズブ、と足が沈むよりも早く、俺の体は反発力を得て再び宙に舞う。
「あ、熱く……ない……?」
背中のアリアが呆然と呟く。
当然だ。ダメージ判定が発生する前に離脱している。
タンッ、タンッ、タンッ!
俺はマグマの上を、まるで忍者の「水蜘蛛」のように跳ね続けた。
連続ジャンプ。
接地時間を極限まで減らし、慣性を殺さずに加速し続ける移動テクニックだ。(ゲームの世界だからこそできる技だ)
傍から見れば、マグマの上を高速でスキップしている変質者だが、背に腹は代えられない。
「す、すごい……。本当に燃えてない……。貴様、実は水の精霊の加護持ちなのか?」
「ただの足技だ!」
会話をしている余裕はない。
連続ジャンプのタイミングが一度でもズレれば、その瞬間に足が沈み、二人まとめて黒焦げだ。
集中しろ。
マグマの飛沫が頬を掠める。熱い。だが、本体に触れなければ死にはしない。
残り10メートル。
対岸が迫る。
だが、そこで俺は最悪の光景を目にした。
ゴボオオオォォッ!
対岸のマグマ溜まりから、巨大な火柱が上がった。
その中から姿を現したのは、燃え盛る身体を持つ巨大なトカゲ――火竜サラマンダーだ。
「で、出たああああッ!火竜だ!」
「チッ、湧き位置そこかよ!」
サラマンダーが大きく口を開ける。
喉の奥で、灼熱のブレスが輝き始めた。
空中にいる俺たちには、回避する術がない。着地を狩られる。
「終わりだ……!空中でブレスを食らっては……!」
「まだだ!アリア、盾を構えろ!」
「え?」
「俺の前に盾を出せ!ブレスの衝撃を利用して飛ぶ!」
俺は叫びながら、最後の跳躍でサラマンダーの正面へと突っ込んだ。
自殺行為?
違う。これは「ダメージブースト」だ。
敵の攻撃を受けた際の「ノックバック(吹き飛ばし)」を利用して、通常では届かない距離や速度を稼ぐ荒技。
「くっ、わかった!信じるぞ勇者!」
アリアが俺の肩越しに小盾を構える。
直後、サラマンダーの口から極太の火炎ブレスが放たれた。
ドゴォォォォォォン!!
凄まじい衝撃。
盾が赤熱し、アリアの腕が悲鳴を上げる。
だが、その衝撃は俺たちの体を後方へ――つまり、対岸の地面の方へと猛烈な勢いで吹き飛ばした。
「ぐぅぅぅぅっ!」
俺たちは火だるまになりながら放物線を描いて対岸の地面へと叩きつけられた。
ザザザザッ……。
地面を転がり、ようやく静止する。
「……い、生きてる……?」
アリアが煤だらけの顔で顔を上げる。
俺は即座に懐から「上級傷薬」を取り出し、自分とアリアの頭に振りかけた。
HP回復。
ギリギリだった。
「礼を言うぞ、トカゲ野郎。おかげで最後の一押しが稼げた」
俺はマグマの向こうで悔しげに咆哮するサラマンダーに手を振り、対岸の階段を見上げた。
【00:10:45】
この階段を上がれば、いよいよ魔王城の心臓部。
魔王の玉座までは、あと少しだ。
次話もよろしくお願いします!




