第6話 聖剣は抜くと時間がかかるのでインテリアにします
【00:08:30】
古代神殿の内部は、ひんやりとした静寂に包まれていた。
外の荒野とは異なり、ここは清浄な空気が流れている。苔むした石壁、崩れかけた柱、そして奥へと続く暗い回廊。
かつて神々を祀っていた神聖な場所だ。
だが、俺たちの足音はその静寂を台無しにしていた。
ビチャッ、ビチャッ、ビチャッ!
湖に飛び込んだせいで全身ずぶ濡れの俺とアリアが、猛スピードで廊下を駆け抜けていく。
もちろん、俺は後ろ向きだ。
神殿内部は通路が狭いため、バックジャンプ走法ではなく、視界確保のために横向きのカニ走り(サイドステップ走法)に切り替えている。
「くしゅんっ!うぅ……寒い……」
背後でアリアがくしゃみをした。
濡れた鎧が重そうだ。騎士団長としての凛々しさは見る影もなく、今はただの水も滴る迷子の子犬のようである。
「我慢しろ。あと少しで熱いくらいの場所に出る」
「あ、熱い場所……?まさか温泉でもあるのか?」
「似たようなもんだ。マグマだけどな」
「マグマ!?」
アリアの素っ頓狂な声を無視し、俺は角を曲がった。
目の前に現れたのは、床一面に敷き詰められた怪しげなタイルと、壁に並ぶ無数の石像だ。
神殿の第一ギミック、「審判の回廊」。
正解のタイルを踏まなければ、壁の石像から高火力の魔法弾が発射され、侵入者を黒焦げにする即死トラップ部屋である。
正規ルートでは、壁に刻まれたヒントを解読し、慎重に一歩ずつ進まなければならない。
「勇者、止まれ!嫌な予感がする!」
アリアが警告する。
彼女の勘は鋭い。だが、俺は止まらない。
「ヒント解読に1時間。慎重に進んで数十分。(ゲーム感覚で)とんでもないロスだ」
「何の話だ!罠があるぞ!」
「あるな。だが、作動しなければただの床だ」
俺は迷わずタイルに足を踏み入れた。
ただし、タイルの「真ん中」ではない。
俺が選んだのは、タイルとタイルの継ぎ目――わずか数ミリの隙間だ。
タタタタタッ!
俺は直線を走るのではなく、ジグザグに、まるでダンスを踊るような奇妙なステップで回廊を駆け抜けていく。
「ひぃぃっ!?勇者、どこを歩いている!?」
「『安全地帯』だ!ついて来い!」
この罠には設計上の穴がある。
石像の感知センサーは、タイルの中心部分にしか反応しない。境界線ギリギリを歩けば、センサーは「誰もいない」と誤認して沈黙し続けるのだ。
俺の背後を、アリアが必死の形相でトレースしてくる。さすがは騎士団長、足運びの技術は高い。
【00:09:10】
無傷で回廊を突破。
続く大扉を蹴り破り、俺たちは神殿の最深部へと到達した。
そこは、ドーム状の巨大な広間だった。
天井からは神々しい光が差し込み、部屋の中央には、一段高くなった祭壇がある。
その祭壇に突き刺さっているもの。
黄金の柄、白銀の刀身。
伝説の聖剣「エクスカリバー」だ。
「おお……!あれこそは……!」
アリアが感嘆の声を漏らし、その場に膝をついた。
彼女の瞳が輝いている。
「伝承にある通りだ……。選ばれし勇者のみが抜くことを許される、破邪の聖剣!勇者よ、さあ!あの剣を手に!」
彼女の言う通り、本来ならここで聖剣を引き抜き、ファンファーレと共に「勇者の証」を手に入れるのがシナリオだ。
だが。
「いらん」
俺は即答し、祭壇へと駆け寄った。
「は?い、いらんとはどういうことだ!?魔王を倒すにはあの剣が必要なんだぞ!?」
「あの剣、抜くのにかかるモーションが長すぎるんだよ」
俺の記憶が正しければ、聖剣を引き抜くイベントは以下の手順で進む。
1.剣を掴んで踏ん張る(5秒)
2.光が溢れ出す(10秒)
3.剣が抜け、高々と掲げる(5秒)
4.ファンファーレと同時に、剣の由来を語る天の声が流れる(40秒)
合計1分のロスだ。
しかも、この剣の攻撃力は「80」。
確かに今のナイフよりは圧倒的に強いが、後半のエリアでは火力不足になる中途半端な性能だ。
そんなもののために1分も使えない。
「そ、そんな馬鹿な理由で……!?」
「それに、俺の用があるのは剣じゃない。この『台座』の方だ」
俺は聖剣には目もくれず、剣が刺さっている石の台座の裏側に回り込んだ。
アリアがふらふらと立ち上がり、絶望した顔で近寄ってくる。
「信じられん……。聖剣を無視する勇者など……」
その時だった。
ゴゴゴゴゴゴ……ッ!
部屋全体が激しく振動し始めた。
祭壇の奥、巨大な石壁が崩れ、瓦礫の中から巨大な影が姿を現す。
岩の塊で作られた巨体。赤く光る単眼。
聖剣の守護者、ゴーレムだ。
「魔物!?守護者が目覚めたのか!」
アリアが即座に腰に携えた鉄の剣を構える。
「勇者!聖剣を抜け!その剣でなければあの怪物は倒せん!」
正論だ。あのゴーレムは物理防御が極端に高く、聖剣の「神聖属性」でなければダメージが通らない設定になっている。
まともに戦えば、レベル1の俺たちなど5秒でミンチだ。
だが、俺は動じない。
ゴーレムが完全に起き上がり、戦闘態勢に入るまでには「登場演出」がある。それは両拳を身体の前で打ち付け合い威嚇するポーズだ。
その時間は約15秒。
その15秒こそが、俺にとっての勝利条件だ。
「アリア、こっちへ来い!台座に乗れ!」
「は!? な、何を言って……」
「いいから乗れ!置いていくぞ!」
俺はアリアの手を引っぱり、強引に聖剣の突き刺さった台座の上へと引き上げた。
神聖な祭壇の上に、土足で二人乗り。
罰当たりもいいところだが、今は緊急事態だ。
「勇者、後ろ!来るぞ!」
ゴーレムが咆哮を上げ、巨大な拳を振り上げた。
その影が俺たちを覆い隠す。
死の予感にアリアが悲鳴を上げる。
俺は台座の上でしゃがみ込み、聖剣の根元にある「小さな窪み」に指を突っ込んだ。
ここだ。
この台座には「隠しスイッチ」が存在する。
このスイッチは発売されてたから数年間見つからなかった裏技の一つだ。俺が324回目の周回の時にたまたま剣を抜かずに台座をずっと調べていたら見つけたのだ。数分間ひたすら台座を調べないと見つからない隠し設定だった。
カチリ。
指先にスイッチの手応えがあった。
【00:09:45】
「さらばだ、ゴーレム。その鈍重な拳では俺には届かない」
俺がつぶやいた瞬間。
ゴーレムの拳が振り下ろされる直前。
シュンッ!!
俺たちが乗っていた台座の床が、音もなく消失した。
正確には、台座の下に隠されていた「転移魔法陣」が起動し、俺たちを飲み込んだのだ。
ドゴォォォォン!!
頭上でゴーレムの拳が台座を粉砕する音が聞こえた。
だが、その衝撃が届くよりも早く、俺たちの体は光の粒子となってその場から消え失せていた。
「いやあああああああッ!落ちるぅぅぅぅぅッ!?」
暗闇の中、アリアの絶叫が遠ざかっていく。
転移成功。
行き先は、魔王城の地下深くに広がる灼熱のエリア――「紅蓮の地底湖」だ。
通常プレイなら、後半まで訪れることのないラストダンジョンの一部。
そこへ、俺たちはレベル1のまま殴り込みをかける。
【00:09:55】
視界のタイマーは、まだ10分を切っている。
世界記録更新のペースは、依然として維持されていた。
次話もよろしくお願いします!




