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異世界転生RTA 〜レベル1のままラスボスへ直行します〜  作者: たまユウ


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2/15

第2話 移動手段は「後ろ向きジャンプ」が最適解です

【00:01:05】


 ヒュオオオオオッ!

 鼓膜を叩く風切り音。

 城壁の「継ぎ目」をすり抜けた俺の体は、重力に従ってサンドリアの城下町へ真っ逆さまに落下していた。

 高さは30メートル。現実なら即死確定の高さだ。

 だが、俺は冷静に視界のタイマーと地面の距離を測っていた。


(落下ダメージ……よし、あれなら死なない)


『サンドリア・クロニクル』には、有名なバグ技がある。

 どんな高い場所から落ちても、着地の瞬間に「前転ローリング」を入力すれば、システムが「落下」ではなく「ただの移動」だと勘違いして、ダメージがゼロになるのだ。

 物理法則もへったくれもないが、RTA走者にとっては常識である。

 地面が迫る。石畳のザラついた質感が見える。

 3、2、1……今だ。

 俺は着地のインパクトに合わせ、前方に回転をした。


 ザシュッ!


 小気味よい効果音と共に、視界がグルンと回る。

 本来なら骨が砕ける衝撃が来るはずのタイミング。だが、俺の体は地面に叩きつけられることなく、まるで氷の上を滑るようにスムーズに前方へ転がった。

 回転の勢いで立ち上がる。無傷だ。


「なっ……人が降ってきたぞ!?」

「城の方から飛び降りたのか!?」


 周囲の町人たちが騒ぎ始める。当然だ。物理法則を無視した挙動に、彼らも混乱しているのだろう。


 だが、彼らの驚愕に付き合っている暇はない。

 俺は即座に周囲を見回し、現在地を特定する。

 ここから目指すべき「北の城門」までは、直線距離でおよそ800メートル。普通に走れば2分はかかる。

 そんな悠長な時間はかけられない。


 【00:01:15】


 俺は目的地の方角を確認すると、くるりと回れ右をして、北門に背中を向けた。


 これから行うのは「移動」だ。

 俺は背中を向けたまま、後方へ向かって小刻みにジャンプを開始した。


 タンッ、タンッ、タンッ、タタタタタタッ!


 連続バックジャンプ。これもまた、このゲーム特有のバグに近い仕様だ。

 通常、「前方ダッシュ」には空気抵抗をシミュレートした速度制限が設定されている。しかし、なぜか「後方への小ジャンプ」にはその制限が極端に緩い。


 接地した瞬間に再ジャンプを続けることで、加速が無限に蓄積されていくのだ。

 結果、普通に走るよりも1.5倍近い速度で移動できる。


「どけえええええッ!」


 俺は叫びながら、人混みをバック走で縫うように駆け抜ける。

 この大通りのマップ構造、露店の配置、街の人達の歩行ルートはすべて頭に入っている。後ろを見る必要すらない。


「う、うわあああっ!?」

「なんだこいつ!後ろ向きに突っ込んでくるぞ!」


 街の人たちが悲鳴を上げて左右に散開していく。

 傍から見れば、猛烈な勢いで背中からカッ飛んでいく不審者そのものだろう。だが、背に腹は代えられない。

 その時だった。

 進行方向とは逆、つまり俺が向いている城壁の方角から、激しい蹄の音が轟いた。


「待てええええええッ!勇者ああああああッ!」


 ヒヒィィン!

 猛烈な勢いで石畳を蹴り、追いかけてくる白馬が一頭。

 鞍に跨っているのは、先ほどの赤髪の女騎士――アリアだ。


 さすがは騎士団長。城門を通らずに壁を抜けた俺を、正規ルートの門を開けて全力で追いかけてきたらしい。


「貴様!城壁から飛び降りて無事だと思えば、今度はなんだその奇妙な動きは!」


 アリアが馬を飛ばして並走してくる。

 馬の速度と、俺のバックジャンプの速度はほぼ互角。

 人間が馬と並走している、しかも後ろ向きで。その異常な光景に、沿道の住人たちが口をあんぐりと開けている。


「チッ、馬か。さすがに速いな」


 俺は後ろ向きに跳ね続けながら、正面(進行方向逆)にいる彼女と目を合わせた。


「当たり前だ!というか、なぜこっちを見ている!? 進行方向を見ろ!器用すぎて気持ち悪いぞ!」


「前を向くと遅いんだよ。この世界の空気抵抗の設定がガバガバなんだ」


「意味が分からん!頼むから止まってくれ!騎士団長としての私の威厳に関わる!」


 アリアが悲痛な叫びを上げる。

 確かに、召喚した伝説の勇者が、初日からバック走で町を爆走し、それを騎士団長が追いかける図など、国の恥以外の何物でもない。


 だが、俺には止まれない理由がある。


 【00:01:45】


 現在地、商店街エリアの中腹。

 俺の脳内チャートでは、ここで一つの重要な分岐点がある。

 今の俺は、所持金ゼロ。武器なし。

 このままフィールドに出れば、最初のスライムにすら苦戦してタイムロスになる。最悪、即死してタイトル画面(永眠)行きだ。


 RTAにおいて、初期火力の確保は最重要課題だ。

 俺はバックジャンプの勢いを殺さないまま、アリアに声を張り上げた。


「おい騎士団長!この先に『町長の屋敷』があるな?」


「は?あ、ああ。あるが……それがどうした?」

「ちょっと寄る。5秒で済ませるから待ってろ」

「よ、寄る?挨拶か?それなら私も同席して、正式な手順で――」


 アリアが少しだけ手綱を緩め、安堵の表情を浮かべた。

 彼女の思考ルーチンでは、「屋敷に寄る=訪問=足が止まる」という計算が働いたのだろう。

 だが、甘い。

 俺は左足で地面を強く蹴り、ジャンプの軌道を強引に修正した。

 目指すは、商店街の一等地にある立派なレンガ造りの屋敷。その玄関ポーチだ。


 タンッ!


 俺はトップスピードのまま、勢いよく屋敷の敷地内へバックで飛び込んだ。


「たのもー」


 挨拶はした。礼儀は尽くした。

 次の瞬間、俺は反転すると同時に、閉ざされた玄関のドアを思い切り蹴り飛ばした。


 バゴォォォォン!

 木製のドアが悲鳴を上げて吹き飛ぶ。

 本来なら「ノックする」を選択し、住人が出てくるのを待つ必要がある。

 だが、このゲームにおいて、キックは鍵のかかっていない一般民家のドアを「破壊可能オブジェクト」として処理する。


 ドアが開くモーションを待つより、破壊した方が0.8秒速い。常識だ。


「なっ!?勇者がドアを蹴飛ばした!?」


 背後でアリアの絶叫が聞こえる。

 彼女が馬から飛び降り、慌てて追いかけてくる足音がした。

 だが、俺はもう止まらない。

 屋敷の廊下をスライディングで滑り抜け、リビングへと突入する。


 そこには、優雅に昼食を摂っていた恰幅の良い町長とメイドの姿があった。


「ひぃっ!?な、なんだお前は!?ドアがいきなり……!」


 優雅に昼食を摂っていた町長が、フォークを取り落として仰天している。

 当然だ。自宅のドアを蹴破られて「旅の方ですか」などと呑気なことを言う人間はいない。この世界の人々は、プログラムされた人形ではなく、生きた人間なのだから。


 だが、俺にとってはその「人間らしい反応」こそが最大のタイムロスだ。

 俺はわめき散らす町長を完全に無視し、部屋の最奥、暖炉の横に置かれた「宝箱」へと直行した。



 ここからが、今日最初の難関バグ技だ。






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