最終話 世界を救うのに、あと何分かかりますか?
【00:00:55】
魔王は倒れ、世界は救われた。
誰もがそう確信し、歓喜に震えていた。
――ズズズズズズッ……!!
突如、地底の底から突き上げるような、不気味な振動が世界を揺らした。
城の崩壊とは違う。星そのものが悲鳴をあげているような揺れだ。
「な、なんだ!?まだ揺れるのか!?」
王様が玉座にしがみつく。
俺の視界の端で、静止していた黄金色のタイマーが、カチリと音を立てて再び動き出した。
【00:01:00】。
数字の色が「赤」へと変わっていく。
「……おいおい、嘘だろ?」
俺は嫌な予感を覚え、魔王が座っていた玉座の跡地――その奥に広がる奈落を覗き込んだ。
そこから、ドロリとした漆黒の闇が溢れ出していた。
魔王ガノンの魔力とは比較にならない、原初的な絶望の気配。
『……な、何ですか、これは……!?』
頭の中に、女神の動揺した声が響いた。
さっきまでの威厳ある声とは違う。心底驚いている声だ。
『魔王の玉座の下に……これほど禍々しい「何か」が眠っていたというのですか?ガノンの魔力が巨大すぎて、私の目ですら感知できなかった……!』
「つまり、魔王が強すぎて、結果的にこの『真のヤバい奴』の気配を隠しちまってたってことか」
俺は舌打ちした。
ゲームではなかったが、この世界での正規ルートであれば、勇者は旅の途中で世界各地の異変を調査し、この「真の脅威」の存在に気づくイベントがあったのかもしれない。
だが、俺は全てのイベントをスキップしてここまで来てしまった。
結果、何の準備もないまま、いきなり蓋を開けてしまったのだ。
「グルルルゥゥゥッ……!!」
奈落から、山のような巨体が這い出してきた。
不定形の闇。その中心に輝く、巨大な単眼。
邪神が咆哮するだけで、空間にヒビが入る。
「ひぃぃぃッ!あ、あんな化け物、どうすればいいんじゃ!」
「勇者よ!その剣であれを斬れないのか!?」
アリアが叫ぶ。
俺は即座に反応した。
考えるより先に体か動く。俺は邪神の懐に飛び込み、渾身の力で「次元穿孔」を放った。
空間ごと切り裂く必殺の一撃。
魔王すら葬った最強の刃が、邪神の核を捉える――。
ガィィィン!!
硬質な音が響き、俺の手首に強烈な痺れが走った。
斬れない。
空間ごとはじき返された。傷一つついていない。
「なっ……!?」
『ダメです……!私の力でも、あの邪神の存在を解析できません……!あれはこの世の理の外にいる存在……今の私たちには手出しができません!』
女神の悲痛な声が響く。
万事休すか。
誰もが絶望に沈みかけた、その時だ。
「……ま、待て。理の外……?虚無の邪神……?」
王様が、震える声で何かを呟いた。
その顔には、恐怖とは別の、ある記憶を手繰り寄せるような色が浮かんでいた。
「わしは……聞いたことがあるぞ。王家の書庫の奥深くに眠る、禁忌の伝承を……」
「伝承だと?」
「うむ。『星の底より出ずる虚無は、いかなる刃も通さじ。彼を滅ぼし得るは、この世界そのものの輝き……七つの精霊石の加護のみ』と」
王様の言葉に俺の思考がバチリと繋がった。
七つの精霊石。
それは世界各地のダンジョンに隠されている収集アイテムだ。
火の山、氷の洞窟、風の塔、深海の神殿……。
本来なら長い冒険の果てに集め、最強装備を作るための必須素材。
もちろん、RTA中の俺は「全スルー」している。
所持数、ゼロ。
「つまり、その石を集めて武器を作らなきゃ、こいつには1ダメージも通らないってことか……」
俺の声が乾いた音を立てる。
詰んだ。
このボスを倒すためのフラグ(精霊石)がない状態で戦闘が始まってしまっている。
今から取りに行く?徒歩で世界一周すれば数ヶ月はかかる。
その間に世界は邪神に飲み込まれ、消滅するだろう。
王様がへたり込む。
アリアが剣を取り落とす。
――いや。
俺は、ニヤリと笑った。
「……ははっ」
「勇者?気が触れたか?」
アリアが呆然と俺を見る。
俺は視界のタイマーを見上げた。
【00:01:30】。
まだ1分半しか経っていない。
このゲーム(世界)は、まだ終わっちゃいないんだ。
「アリア立て。王様もだ」
「は?何を……」
「まだ詰んでない。むしろ、ここからが本番だ」
俺は魔王の大剣を背負い直し、アリアに向き直った。
「王様、その伝承が確かなら、勝機はある。石さえあればいいんだな?」
「そ、そうじゃが……石は世界中に散らばっておる。今から集めに行く時間など……」
「あるさ。俺たちには『足』がある」
俺はアリアの手を強く掴んだ。
「行くぞ、アリア」
「ど、どこへ!?」
「世界一周旅行だ」
俺は邪神に向かってではなく、邪神に背を向けて全力でダッシュした。
目指すは、先ほど俺が開けた「王都への次元の裂け目」。
「逃げるのか!?勇者!」
「違う!『回収』しに行くんだよ!おい!お前達も早く王都に戻れ!」
俺は叫びながら、次元の裂け目に飛び込んだ。
「おい邪神!俺を殺したいなら万全の状態で復活しろよ!ただし――それでも俺には勝てないがなッ!」
挑発に乗ったのか、その場で力を溜め込むような姿勢を見せる邪神。
【00:01:45】
俺たちは王都の玉座の間に戻ってきた。
だが、止まらない。
俺はそのまま窓を蹴り破り、外へと飛び出した。
「ちょ、ちょっと待て!説明しろ!」
「いいかアリア!今から俺たちは、世界中に散らばる7つのダンジョンを巡り、全てのアイテムを回収し、最強装備を作ってから、あいつを倒す!」
「はあああ!?今からか!?邪神が復活しかけているのに!?」
アリアが悲鳴を上げる。
だが、俺の脳内には既に、新たな「攻略ルート」が構築されていた。
移動は全て「魔王剣の次元穿孔」でショートカット。
雑魚戦は全無視。
ダンジョンの構造はすべて頭の中に入っている。
精霊石を回収し、その場で現地合成。
「本来なら何十時間(ゲームプレイ時間で)もかかる冒険だ。だが、今の俺なら……」
俺はアリアを抱えたまま、北の方角――次なる目的地「極寒の氷窟」へ向けて、空間を切り裂く構えを取った。
「3時間……いや、2時間でコンプリートしてやる!」
俺は大剣を振るう。
ザンッ!!
空間が裂け、向こう側に吹雪き荒れる雪山が見えた。
「しっかり捕まってろよ、アリア!ここからは『100%回収RTA』の時間だッ!!」
「い、意味が分からーんッ!!」
「お前がいないとゲットできない精霊石があるんだ!着いてきてもらうぜ!」
アリアの絶叫と共に、俺たちは新たなエリアへとワープする。
俺たちの新たな冒険が始まった。
女神の呆れた声が、空に響く。
『……本当に、貴方という人は……。どうかご武運を、最速の勇者よ』
俺の異世界転生はまだまだ終わらない。
遥か前方、魔王の城の上空を覆うのは、静かに滅びを溜め込む巨大な闇と絶望。
腕の中には、理不尽に巻き込まれた女騎士の絶叫。
そして眼前には、未だ攻略されていない広大な世界。
エンディングロールは、まだ流れない。
俺は視界の端で、無機質に時を刻み続けるタイマーを見つめ、静かに笑った。
俺のRTAはまだまだ終わらない。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
今作は、かなり書くのが難しくてなんども書き直して作りました。
昔のゲームで知っている方があまりいないかもですが、クロノ・トリガーというゲームで開始早々ラスボスと戦える方法があります。実は今作は、その設定を思い出して書き始めたのがきっかけです!
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