第12話 エンディングが始まりません
【00:17:45】
魔王は消滅した。
玉座の間には、勝利の静寂が訪れているはずだった。
だが終わらない。
俺の視界の端で、空中に浮いているタイマーは無慈悲に時間を刻み続けている。
(なぜだ?魔王は討伐したはずだ。次は自動的にエンディングへ移行するはず……)
俺は焦燥感に駆られ、玉座の周りを歩き回った。
何かが足りない。俺の知っている「攻略チャート」と何かが食い違っている。
「勇者よ!終わったな!これで世界は平和に……」
「まだだ。何かがおかしい」
笑顔で駆け寄るアリアを制し、俺は彼女の肩を掴んだ。
「アリア、この世界の『伝承』を教えろ。魔王を倒した後、具体的にどうなると伝えられている?」
「え?そりゃあ……勇者が『女神の涙』を捧げ、女神アルテミス様を降臨させて世界を浄化する……とされているが」
俺の動きが止まった。
女神の、涙?
「……おい。その『女神の涙』ってのは何だ?」
「何だとは……勇者が王様から授かる秘宝ではないか。旅立ちの際に受け取らなかったのか?あっ…!!」
――思考が凍りついた。
王様。旅立ちの際。
俺の脳裏に、開始直後の記憶が蘇る。
【00:00:15】。俺は王様の話を「長いから」という理由で無視し、窓からバックジャンプで飛び出した。
「……持ってない」
「そういえば、お、お前確か…」
「王様の話を聞かずに窓から飛び降りたからな」
アリアが絶句し、顔面蒼白になる。
「う、嘘だろう?あれがないと魔王の残留魔力を浄化できないんだぞ!?浄化できなければ、暴走した魔力で城ごと大爆発……『大厄災』の再来だ!」
【00:18:30】
ズズズズズッ……!!
言葉を裏付けるように城が激しく揺れ始めた。
崩壊の予兆だ。魔王の消滅地点から、どす黒い霧が噴き出し始めている。
「しまっ……!バッドエンドルートか!」
俺は舌打ちした。
「女神の涙」を持っていないため、正規のエンディングイベントが発生しないのだ。というか「女神の涙」ってなんだ!?そんなのゲームにはなかったアイテムだ。
くそっ。今から王都に戻る時間はない。
詰んだか?
いや、RTA走者に「詰み(リセット)」はない。あるのは「リカバリー」のみ。
「落ち着けアリア。鍵がないならドアを壊せばいい」
「は? 何を言って……」
「この玉座の裏だ。この壁の向こうに『女神の間』があるはずだ」
俺は玉座背後の黒曜石の壁を指差した。
実はこの黒曜石の壁の奥には、エンディング専用のエリアがある。頼むからこの部屋はあってくれ。
「た、確かに伝承には書いてあるが……あそこは『女神の涙』を鍵にしないと開かない魔法の扉とも書いてあって……」
良かった、この部屋はあるのか。
「関係ない。壁抜けで強引に入る」
俺は床に落ちている、魔王の巨大な剣を指差した。
「アリア、その剣を持ってこい。そして、この壁に向かって全力で『突き』を放つんだ」
「はあ!?壁を突いてどうする!?いくら魔剣でも城壁に穴など開かんぞ!」
「開くんだよ。この剣には『次元穿孔』という隠し効果がある」
俺は魔王の大剣の、怪しく光る刀身を指差した。
「こいつは物理的な装甲じゃなく、空間そのものを貫く剣だ。壁に突き刺せば、一瞬だけ『裏側』へと繋がるトンネルが開く」
「空間を……貫く……?」
「ああ。本来は敵のガードを無視するための必殺技だが、壁に使えばショートカット用の『扉』になる。お前が突いて穴を開けろ!俺がその裂け目に飛び込む!」
通称「次元抜け」。
魔王の剣の特殊効果を利用して、本来鍵などがないと行けない場所へ無理やり移動する裏技だ。
「正気か……?空間に穴を開けるなど……」
「時間がない!城が崩れるぞ!やれ!」
ドゴォォォン!!
天井が崩落し、玉座が粉砕された。猶予は数秒。
「くっ、わかった!よくわからないが信じるぞ!」
アリアが覚悟を決め、魔王の大剣を構えた。
俺は来るべき衝撃に備えて体勢を整える。
「行くぞッ!うおおおおッ!」
ガギィィィィィン!!
凄まじい金属音と衝撃波。
剣先が壁を貫いた瞬間、壁がぐにゃりと歪みその先に部屋が見えた。その部屋が見えた瞬間に俺はアリアの腕を引っ張りながら部屋に駆け込んだ。
【00:19:15】
勢いよく駆け込んだため、俺たちは二人とも地面に倒れていた。アリアは今の衝撃で気を失っているようだ。
でもどうやら助かったらしい。
目の前には白亜の壁と清らかな泉。
そして中央に佇む、慈愛に満ちた女神像。
「女神の間」。どうやらなんとかたどり着いたようだ。
「……着いた」
俺はよろめきながら泉へ近づいた。
この像に触れれば、強制的にエンディングが始まるはずだ。
俺は震える手を伸ばし、女神像の足元に触れた。
【00:19:45】
――その時。
『……勇者よ。よくぞ参りました』
頭の中に、直接響くような美しい声。
俺はビクリと肩を震わせる。
「……女神、さま?」
『ええ。貴方の勇気ある行動により、巨悪は討たれました。さあ、掲げなさい。貴方が携えてきた『女神の涙』を。その輝きこそが、私の力をこの世界に繋ぎ止め、溢れ出した魔力を浄化する唯一の鍵となります』
女神像が、優しく温かい光を帯び始める。
それは紛れもない祝福の光だ。
彼女は待っている。俺が「鍵」を差し出すのを。
だが…。
俺の手には何もない。
「……ないんだ」
『……え?』
「『女神の涙』は……持ってきてない」
俺の言葉に、女神の声から感情が抜け落ちた。
光が明滅する。
『持っていない……?あれが無ければ、私は現界できません。暴走する魔王の魔力を受け止める器がないのです。それでは、浄化どころか……世界は……』
ズズズズズ……!!
部屋の激しい揺れが、彼女の言葉を証明していた。
天井に亀裂が入り、黒い霧が封印の間にまで滲み出してくる。
浄化の術式が成立しない。
世界崩壊のカウントダウンは、もう止められないところまで来ている。
『ああ……なんということ……。これでは、全てが無に帰してしまいます……』
女神の嘆きが響く。
やはり、重要フラグアイテムの欠損は致命的だった。
俺のRTAは、ここで「詰み」だ。
視界のタイマーが赤く点滅し、エラーを告げている。
だが、その時。
女神像の瞳が、カッと見開かれた。
そこにあるのは拒絶ではない。決死の覚悟のように見えた。
『……いいえ。終わらせはしません』
女神の声が力強く響いた。
『勇者よ。貴方が魔王を倒した事実は真実。その魂まで無に還すわけにはいきません。……私の残る全ての力を使って、因果をねじ曲げます』
「ねじ曲げる……?何をする気だ?」
『もう一度、やり直しなさい。失われた「鍵」を取り戻し、今度こそ正しい結末へたどり着くために』
カッ!
女神像が砕け散り、眩い光が俺を包み込んだ。
それは浄化の光ではない。
「時」そのものを操作する、禁断の奇跡。
視界のタイマーが、赤から「紫色」へと変色し始めた。
【00:20:00】
そして、数字の進み方が変わる。
停止ではない。
猛烈な勢いでの「逆回転」だ。
(……時間が、戻っている!?)
背筋に悪寒が走るのと同時に慌ててあるものを掴んだ。
今起きていることは、ゲームオーバーでもなければリセットでもないだろう。
これは、この世界の女神が俺に与えた、最初で最後の「コンティニュー」だ。
ズズズ……。
世界が崩壊する音も、隣で倒れているアリア息づかいも、すべてが逆再生の彼方へと遠のいていく。
意識がホワイトアウトする直前、俺は紫色のタイマーが【00:00:00】に向かって巻き戻っていくのを見た。
次話もよろしくお願いします!




