第11話 魔王を倒すのは道具が重要です
【00:13:10】
玉座の間に、湿った肉を刻む音と、魔王の絶叫、そして俺の荒い呼吸音が響いている。
ザシュザシュザシュッ……!
「ぐ、がぁ……っ!貴様……いつまで……いつまで続ける気だ……ッ!」
魔王ガノンが苦悶の声を上げる。
足(アキレス腱)を断たれ、体勢を崩した彼に対し、俺はただひたすらにナイフを振るい続けていた。
だが、魔王の肉体は頑強だ。
レベル1、初期装備のナイフによる攻撃など、本来なら蚊に刺された程度にしか感じないだろう。皮膚一枚を切り裂くのがやっとだ。
しかし、俺が狙っているのは「同じ傷口」一点のみ。
硬い皮膚を裂き、肉を断ち、その奥にある骨と神経を、数百、数千回と叩き続ける。
防御力の上から無理やりダメージを通す「定数ダメージ」の蓄積。
通称、「皮剥ぎ(削りプレイ)」。
「はぁ、はぁ、はぁ……ッ!まだだ、まだ倒れないのか……!」
悲鳴を上げているのは魔王だけではない。俺の腕も限界だった。
秒間10連撃近いペースでの屈伸と突き。
乳酸が筋肉を焼き、肺が酸素を求めて悲鳴を上げている。指先の感覚はとっくになく、ナイフの柄を握る握力も消えかけている。
それでも、リズムを止めるわけにはいかない。
一瞬でも手を止めれば、魔王の硬直が解け、反撃を受けて俺が死ぬ。
削り切れ。
1ダメージを1万回積み重ねれば、神だって殺せる。
【00:16:45】
戦闘開始から、すでに3分以上が経過していた。
俺の足元には、魔王から流れ出たどす黒い血が水たまりを作っている。
「が、はっ……。ば、馬鹿な……。我の体力が削らられている…だと……?」
魔王の膝が、ガクリと折れた。
巨体が傾き、ズズンと地響きを立てて床に伏せる。
もはや立ち上がる力も、指一本動かす力も残っていないようだ。
金色の瞳から光が失われ、荒い息だけが漏れている。
「貴様……本当に人間か……?その貧弱な体で……数千回もの斬撃を……」
「……ただのゲーマーだよ。お前を倒す手順を、何万回も練習しただけのな」
俺は震える手で汗を拭い、ナイフを構え直した。
魔王の命の灯火は、あとわずか。
ここでトドメを刺せば終わり――ではない。
魔王には「最後の足掻き」がある。
命が尽きる瞬間、彼は自らの魂を燃やして広範囲自爆魔法「メテオ・エンド」を発動するのだ。
これは回避不能の即死攻撃。
まともに食らえば城ごと消し飛び、この死闘はすべて水の泡になる。
これを防ぐ方法はただ一つ。
彼が詠唱を始める前に、「別の行動」を強制させて詠唱をキャンセルすることだ。
俺は攻撃の手を止め、腰のポーチからあるアイテムを取り出した。
町長の家で手に入れた「上級傷薬」だ。
まだ少しだけ残っている、鮮やかな青色の液体が入ったビン。
本来なら、傷ついた自分や味方を癒やすための慈悲のアイテム。だが、今の俺にとってはこれが最強の「武器」になる。
「終わりだ、ガノン」
「な、何を……貴様、何をする気だ……」
魔王が口を開き、最後の力を振り絞って呪文を唱えようとした瞬間。
俺はその「上級傷薬」のビンを、彼の口の中に全力で突っ込んだ。
「むぐっ!?」
「飲め!回復の時間だ!」
俺は魔王の顎を蹴り上げ、強制的に嚥下させる。
ゴクリ。
喉が鳴る音が静寂に響いた。
その瞬間、魔王の体に緑色の光が淡く輝いた。
回復エフェクトだ。
だが、それと同時に彼が唱えようとしていた禍々しい詠唱の気配が、霧散して消え失せた。
「な……!?詠唱が……消えた……!?」
魔王が目を見開き、自分の喉元を押さえる。
当然だ。
この世界の法則において、「アイテムによる回復行動」は、他のあらゆる行動よりも優先順位が高く設定されている。
瀕死のキャラクターが回復アイテムを使用された場合、世界は「攻撃」や「詠唱」を即座に中断し、「回復するという結果」を最優先で処理するのだ。
たとえそれが、敵である勇者から無理やり飲まされたものであっても。そしてそれが、世界を滅ぼす自爆魔法の詠唱中であっても。
法則は絶対だ。
「回復した」という事実が、「自爆する」という未来を上書きして消し去ったのだ。
「――チェックメイトだ」
俺はナイフを逆手に持ち直し、無防備になった魔王の眉間に切っ先を突き立てた。
わずかに回復した体力など、脳天への一撃の前では無意味だ。
ズドォォォォン!!
強烈な閃光が走る。
魔王の身体に亀裂が走り、内側から光が溢れ出した。
断末魔の叫びすら上げられないまま、世界の支配者は光の粒子となって崩壊していく。
【00:17:15】
玉座の間に静寂が戻る。
後に残されたのは、俺と、主を失った玉座だけ。
俺はその場に大の字になって倒れ込んだ。
「はぁ……はぁ……、終わった……」
腕が鉛のように重い。指が痙攣して動かない。
たった一人のボスを倒すのに、これほど消耗したのは初めてだ。
やはり、レベル1での強行突破は無茶が過ぎたかもしれない。
視界のタイマーを見る。
17分15秒。
予定より3分ほどオーバーしたが、それでも世界記録更新のペースだ。
「終わった……か」
俺は重い体を起こし、魔王が消えた後に残された装飾品――ドロップアイテムを拾い上げようとした。
その時だ。
「ゆ、勇者……?」
背後の扉が、ギギギと音を立てて開いた。
そこには、盾を構えたまま震えているアリアの姿があった。
彼女は扉の隙間から、消滅していく魔王の光とボロボロになって佇む俺を見て呆然と立ち尽くしている。
「ま、まさか……本当に……一人で……?」
「ああ。なんとかな」
俺は振り返り、力なくサムズアップした。
「魔王討伐完了だ。所要時間、召喚から17分15秒。……さて、エンディングだ」
そう。
これで終わりのはずだった。
魔王を倒せば、世界は救われ、感動のフィナーレが訪れる。
そして俺は元の世界に帰るか、この世界で英雄として生きるかを選ぶことになる。
それが、この世界(物語)の絶対的なルールだ。
だが。
【00:17:30】
15秒経過。
……何も起きない。
ファンファーレも鳴らない。視界が暗転もしない。
女神の声も聞こえない。
ただ、アリアが恐る恐る近寄ってくる足音が、カツン、カツンと響くだけだ。
「……おい、どうなってる?」
俺は空を見上げた。
視界の端にある赤い数字。
タイマーは、まだ無機質にカウントを続けている。
【00:17:35】
止まっていない。計測終了していない。
冷たい汗が背中を伝う。
魔王は倒した。ラスボスは消えた。なのに、なぜ物語が終わらない?
「勇者よ!すごい!本当に倒したのか!?」
アリアが駆け寄ってきて、俺の手を両手で握りしめる。
彼女の温かい体温。感触。
息遣い。
それがやけに生々しく感じられた。
(まさか……『真のラスボス』がいるのか……?それとも……)
俺の脳裏に、嫌な予感が過る。
俺はずっと、ここを「よく知っているゲームの世界」だと思って攻略してきた。
だが、もしここが、ただのゲームのコピーではないとしたら?
俺の知っている攻略手順(RTAルート)が、ここに来て初めて「通用しない」事態に直面していた。
次話もよろしくお願いします!




