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異世界転生RTA 〜レベル1のままラスボスへ直行します〜  作者: たまユウ


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第1話 イベントスキップは基本です

新連載です!よろしくお願いします。

【00:00:00】


 目が覚めた瞬間、最初に目に飛び込んできたのは、その不気味な数字だった。

 視界の中央、何もない空間に、鮮烈な赤色で刻まれたデジタルフォント。

 瞬きをしても消えない。視線をずらしても、眼球に焼き付いたように追従してくる。


「……な、んだ……これ……?」


 夢か?それとも、PCモニタの見過ぎで焼き付きでも起きたのか?

 俺は起き上がろうとして、体が鉛のように重いことに気づく。

 激しいめまい。吐き気。

 背中には硬い石の冷たさ。空気は埃っぽく、どこか古びた油の匂いがする。

 少なくとも、ここは俺の部屋じゃない。


(おい、嘘だろ……誘拐か?拉致か?)


 恐怖で心臓が早鐘を打つ。

 混乱する頭で、俺は必死に周囲を見渡した。

 高い天井。石造りの柱。揺らめく松明の炎。

 そして――俺を取り囲むように見下ろしている、奇妙な格好の集団。


「……おお……!」


 豪奢なローブと王冠を身につけた老人が、大げさに両手を広げた。

 周囲には、全身を銀色の甲冑で固めた騎士たちが、緊張した面持ちで直立不動の姿勢をとっている。


「ついに成功したか!伝説の勇者よ!」

「……は?」


 老人の声が、広間に反響する。

 勇者?成功?

 状況がまったく飲み込めない。俺はただ、視界の邪魔をする「0」の羅列越しに、老人を呆然と見つめるしかなかった。


「よくぞ参った、異界の魂よ!ここはサンドリア王国。我々は滅びの運命を回避するため、古の秘術を用いて貴殿を召喚したのだ!」


 ――サンドリア王国。

 その単語が耳に入った瞬間、俺の背筋に冷たいものが走った。

 聞き覚えがある。いや、聞き覚えなんてもんじゃない。

 サンドリア王国。勇者召喚。滅びの運命。

 そして、この王の顔。あの女騎士の鎧のデザイン。

 まさか。嘘だろ。


(『サンドリア・クロニクル』……?)


 それは、俺が人生のすべてを費やし、何千回、いや何万回とクリアしてきた、あの「神ゲー」にして「中毒ゲーム」の名だ。

 俺はこの光景を知っている。

 このオープニングを、親の顔より見た。


 現実逃避しようとする俺の視界で、突如、その「異変」は起きた。

 ピ、と電子音が脳内に響く。

 視界の中央に張り付いていた赤い数字が、動いたのだ。


【00:00:01】


 一番右の桁が1になった。

 続いて、2、3、と無機質にカウントアップを始める。


「……!」


 俺は息を呑んだ。

 これは幻覚じゃない。

 これは――「タイマー」だ。

 ゲーム画面には存在しないはずの、しかし俺にとってはあまりにも馴染み深い、RTAリアルタイムアタック用の計測タイマー。


 なぜこれが見える?

 ……いや、理由は重要じゃない。


 重要なのは、俺が「ここ」を知り尽くしているということ。

 そして、このタイマーが動き出したという意味だ。

 恐怖が、急速に別の感情へと塗り替えられていく。



 俺の名は相馬そうま

 あらゆるゲームを最速でクリアすることに命を懸ける、RTA走者。


 もし、ここが俺の知る『サンドリア・クロニクル』の世界で、俺にだけタイマーが見えているなら。


 俺がやるべきことは、怯えることじゃない。


 ――計測開始スタートだ。


 ドクン、と心臓が大きく跳ねた。

 さっきまでの吐き気は消え失せ、代わりに脳髄が痺れるような興奮が駆け巡る。

 俺は震える手を止め、自身の服を確認した。

 粗末な布の服。ポケットの中は空。

 間違いない。初期装備だ。


「……勇者よ?どうした、気分でも優れないのか?」


 俺が黙り込んで衣服を探っているのを不審に思ったのか、国王――サンドリア王が顔を覗き込んでくる。

 俺は無言で立ち上がった。


 視界のタイマーは【00:00:15】を刻んでいる。

 

 15秒経過。

 ……遅い。あまりにも遅い。


 俺の知るゲームの最速記録なら、今の時間帯ですでに操作可能になり、最初のコマンドを入力している頃だ。


「あー、もう大丈夫だ。それよりじいさん、話が長い」

「なっ……!?」


 俺の言葉に、周囲の空気が凍りついた。

 震えていた若者が、突然冷徹な眼差しに変わったのだ。彼らが困惑するのも無理はない。


 国王の傍らに控えていた、燃えるような赤髪の絶世の美女でもある女騎士が一歩前に出る。

 アリアだ。この国の騎士団長であり、生真面目すぎて融通がきかないヒロイン。


「貴様!サンドリア国王陛下になんという口の利き方を!召喚されたばかりで混乱しているのは分かるが、無礼にも程があるぞ!」


「あー、はいはい。設定は分かった。要するに魔王を倒せばいいんだろ?魔王城は北の果て、極寒の地『デスペラード』だろ?」

「は?な、なぜそれを……?」


 アリアが目を見開く。

 当たり前だ。何万回行ったと思っている。

 俺は彼女の驚愕を無視し、その場で軽くジャンプした。


 着地。次に屈伸。

 ……体が軽い。

 現実の肉体感覚とは違う。この独特の浮遊感、着地の硬直時間。

 間違いない。キャラを操作していた時に感じていた感触と同じだ。


 ならば――「あれ」も使えるはずだ。


「おい!聞いているのか勇者!」


 アリアが肩を震わせている。

 俺は脳内で、ここからの最適チャートを構築する。

 正規ルートなら、この後アリアから「サンドリアの剣」を受け取り、城の中庭でチュートリアル戦闘を行う。

 だが、この国王の長話と、アリアの説教。これらを真面目に聞いて装備を受け取るには、ゲームプレイ時間的にも3分は掛かる。

 初期装備の攻撃力上昇値ごときに3分を使うのは、RTA的に見れば致命的な「ロス」だ。


 最初の町で民家のタンスを漁ってナイフでも拾ったほうが、トータルのタイムは縮まる。


 結論。

 このイベントはスキップ推奨。


「話は終わったか?じゃあ行くわ」

「行くとは、どこへ!?」

「魔王城」

「はあああああ!?正気か!?レベル1の丸腰で何ができるというのだ!死にに行くようなものだぞ!」


 アリアの悲鳴に近い叫び。

 ごもっともだ。まともな神経ならな。

 だが、俺は玉座の間の出口――巨大な扉の方を見なかった。

 代わりに見つめたのは、部屋の南西の隅。

 石造りの柱と、壁が交差する、直角の「角」だ。


(あそこの継ぎ目……ゲームと同じなら……)


 RTA走者の記憶が告げている。

 あの不自然な影の落ち方。


 『サンドリア・クロニクル』初期バージョンに存在した、有名な「抜け穴」だ。

 もしこの世界がゲームを完全に再現しているなら、あそこから「壁抜け」ができる。初期バージョンではなければ詰みだがやる価値はある。

 そうすれば、城門を通る際に発生する長い手続きや、門番との会話イベントをすべて無視カットできるはずだ。


「おい、待て!出口はあちらだぞ!」


 俺が扉とは逆方向へ歩き出したのを見て、国王が玉座から立ち上がった。


「勇者よ!せめて支度金を!これを持っていけ!」


 国王が金貨の詰まった革袋を差し出そうとする。

 俺は足を止めずに首を振った。


「いらん。受け取って袋をしまう動作だけで5秒ロスする」

「ご、5秒……?何を言っている……?」

「あと、その革袋の重さによる移動速度低下も懸念される。今は身軽でいたい」


 俺は早口でまくし立てると、床を強く踏み込んだ。

 ドンッ、と蹴る音が響く。


「なっ、速い!?」


 アリアが驚愕の声を上げる。

 俺は今、ただ走っているのではない。

 進行方向に対して、わずかに体を斜めに向けて走っている。

 この世界ゲーム特有の仕様――「斜め移動時は座標移動速度が1.5倍になる」現象を利用しているのだ。

 端から見れば、カニ歩きのように不気味に高速移動する変質者に見えるだろうが、背に腹は代えられない。


 【00:00:45】


 目標地点、部屋の隅まであと5メートル。

 俺の奇行に呆気に取られていた兵士たちが、ようやく動き出した。


「と、取り押さえろ!勇者様が錯乱している!」

「逃がすな!どこへ行く気だ!」


 遅い。

 俺は壁の角、その一点を見据える。

 俺の記憶が正しければ壁の角、32度から35度の間に「穴」がある。

 走る。

 壁が迫る。

 普通なら激突して止まるか、鼻を折る場面。


「あぶない!」


 アリアの悲鳴が聞こえた。

 だが、俺は止まらない。減速なし。

 衝突の瞬間、俺は万が一の衝撃を想像し一瞬身体を膠着させながら覚悟を決めた。


(頼むぞ、ゲームと同じであってくれ……ッ!)


 ヒューーー!!!


 衝撃の音はなく、代わりに聞こえてきたのは風の靡く音だった。

 成功だ。


「え?」


 誰かの間の抜けた声が遠ざかる。

 俺の体は分厚い城壁の石材を透過すりぬけ、何もない「城の外」の空中に放り出されていた。


 眼下にはサンドリアの街並み。

 振り返れば、城の壁の断面が見える。

 俺は空中で体勢を整えながら、冷静にタイムを確認した。


 【00:00:58】


 1分切り。

 悪くない。城からの脱出時間としては世界記録ペースだ。


 さて、ここから着地までの落下時間を使って、今後のチャートを再構築するとしよう。



 これが、異世界転生した俺のサンドリア王国RTAの始まりだった。







ここまでお読みいただきありがとうございました!

次話以降もよろしくお願いします。

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