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1月10日

「おい宵崎どうしたんだよ急に」


日付は変わり、翌日となった。

ボクは学校につくやいなや、直ぐに担任の元へと足を運んだ。

彼女───ミラの転校理由を聞き出す為に。


「あのな宵崎。いくらお前らが友達でも、踏み込んじゃいけねえ領域っつうもんがあるんだよ。

いやまぁ分かるぜ? 知りたい気持ちもよ? それでもな? 観柳斎にとっちゃあ、知られたくねぇんじゃねえの? 友達だってんなら尚更な」

「─────」


こう言われては、何も返す事が出来ない。

ミラは、自分から転校した理由を話そうとはしない。その理由は、話す必要そのものを感じていないからなのか、それとも、話すという事が、ボクや翡翠にソレを知られる事を恐れているからなのか。

───きっと、後者なのだろう。

だって言うなら尚更だ。

単なる好奇心ってのも少しはあるのかもしれない。

それでもボクは、友人として理解したいのだ。


「家庭の事情で、と前に言ってましたよね? それは、彼女の両親が離婚したからですか?」

「───はぁ……」


ボクの言葉で、担任の男は押し黙る。

何となく、漠然と。

そんな気がしていたのだ。

彼女と会って数日の月日が経った。

その間、ボクは彼女と色々な事を話した。

業務連絡から趣味の話、割とプライベートな事も聞いたりした。

それで何となく結論付けた。


彼女は、親の話を、──いや違う。

それも、母親の話をされるのを嫌がっている。

一概に嫌がっている訳でもなし、どことなくその話題を避けているように感じるのだ。

誰かがそんな話を切り出すと、彼女はあからさまに話をずらす。

離婚───という点については、完全にボクの勝手な憶測にはなる。

単に母と仲が悪いだけなのかもしれないが、それだけではやはり転校する理由にもなるまい。


「宵崎、それは、お前の身勝手な推察か?」

「はい、そうなります」

「何の根拠があって、自身あって……。そんな素っ頓狂な事言ったかはわかんねぇがまぁ、大方あってるよ」


やはりだ。

彼女の両親は離婚していた

───担任の男は思考する。

そしてボクの顔をじっと見たあと、こう告げる。


「俺はな宵崎。生徒会の会長として、お前を信用してるから言うぞ。もしお前が誰かに公言したりでもすれば、俺もお前も社会的地位を失うぞ、それでもいいかか?」

「はい、必ずボクの中だけで押しとどめます」


───単純な口約束。

守られるのかどうかなんて定かでは無い。

それでも、ボクはこの人を借用しているし、彼もボクを頼してくれている。


「結論から言うと、観柳斎の母親、現、片桐 美眞みまは、──逮捕されたんだ」

「逮、捕……」


予想していなかった訳では無い。

離婚する理由なんて沢山ある。

一時の喧嘩が、壮大なものに繋がったりだとか。

その内の中の一つに過ぎないのだ。

彼女の母親は投獄されてしまっている。


「あの、罪状を───聞いてもいいですか?」

「.───ダメだ。こればっかりは、生徒には喋れねえ。それに、色々知った後で、観柳斎に今まで通り接する事がお前にできるのか?」

「それは──」


要らぬ気を使ってしまうかもしれない。

必要の無いお節介を焼いてしまうかもしれない。

それをされ、彼女は。それを知られ、彼女は。──嫌がるだろうか。


昨日の話、

昨日、ボクは彼女の手首の痣を見つけた。


「先生、ミラの手首に痣がありました」


一応、担任には伝えておくべきだろう。


「阿呆かお前は? そんな事、俺が知らねえと思ったかよ? これでも俺は教師っつう立場だ」


素直に驚いた。

──正直、ボクはこの人を舐めていた。


「それで、どうしたんですか?」

「俺も聞いたさ。でもあいつ──大丈夫大丈夫って言って、何も話そうとはしなかった。

心配かけない為についた嘘っつうのは、案外バレバレなんだぜ」

「心配───」

「まぁそんな暗い顔すんな宵崎。お前はお前で本当によくやってる」


ボクが、今のボクが、彼女の為にしてやれる事はなんだろうか。ボクは、どうしたらいいのだろうか。



「待ってミラ!」

「ん? どうしたの柚希」


今日1日、何となく、ミラとは話さなかった。

別に、気まずいという訳ではないのだ。

ただ、ボクが知らぬ内に彼女に要らぬ気遣いをしてしまうかもしれないから。

それでも、どうしても話したくて、声を掛けた。

もう放課後、彼女はこれから帰るところだろう。


「ミラ、さ。今日はどうだった? その、楽しかった?」

「ほんとどうしたの柚希? いつもはそんな事聞かないのに」

「いいから」


まずい。

こんな事を聞くために呼び止めた訳では無い。

それなのに、上手く舌が回らない。


「まあ、それなりに楽しかったよ。ほら、歴史とか、先生面白かったじゃん」

「そう───だね」

「ねぇどうしたの柚希?」


─────意を決した。

今朝の今で、こんな事は余計なお世話だって判っている。

けれど、この唇は止まらない。


「なんで、首元に、───痣が増えているの?」


「───ちょっと寝違えちゃってね」


嘘だ。

そんな訳が無い。

首に痣ができる理由なんて、1つしか無い。それに連日で痣ができるはずも無い。


「あはは、流石に分かるか──うん。嘘だよ」


───彼女は柔らかく微笑み、ボクへと言い放った。


「ミラ。それ、お父さんにやられたの?」

「───うん」


───。

虐待、か。

彼女は、───本当に強いな。


「ねえ、ミラ、お父さんは────嫌い?」


空気が緊迫する。

身の毛がよだって肌寒くなるのを感じる。

そして彼女は、恐る恐る、ゆっくりと。でも確実に、


「───わかんない」


そんな言葉を口にした。


……



ミラが虐待を受けていた。

「虐待」というのにも、幾らか形がある。

充分な食糧を与えない。

暮らす事のできるスペースを与えない。

暑さや寒さを凌ぐ事のできる衣服を与えない。

そして、

────身体的な暴力。


思考する。

どうしてだろうか。


───ストレス。

咄嗟に思いついたのはそれだった。少なくともひと月前には彼女の両親は離婚している。

妻が何らかの罪を犯し、投獄された。

それだけの事が起きたのだ。

ミラの父親にとっては重大な事だ。きっと今までの普通の生活そのものが崩れていった。

──崩壊したのだろう。

急激な状態、情景の変化は、言われようの無いストレスへと直結で繋がるだろう。

そうした時、そのストレスの発生源は何であろうか。


語るまでも無く、片桐美眞その人だろう。

にして現在、

そのストレスの原因ともなった人間の血を引く者を、自ら1人で養っていかなくてはならない。

結果───、

虐待へと繋がった。

恐らく、こんな所だろうか。



「───寒っ」


考え事の最中、ずっと吹き続けていた夜風が肌に浸透してくる。

堪えきれず、つい声に出てしまう。

例にもよってこの帰り道。

ここへ来るのは偶然でも何でもない。

ただ単に家までが近いというのだから、必然なのだろう。


「や、こんばんは柚希」


いつも通り、其の女は話しかけてくる。

こっちが悩んでいると言うのに、元気そうなものだ。


「こんばんは」

「突然にはなるが柚希。もし私がさ。片桐美眞の罪状を知っていると言ったら、どうする?」

「───は?」


震えた。

まるで、背中を冷たい何かでなぞられているかのような感覚。

なんと言ったのだ、今。

嘘だ、聞こえている。聞こえていた。

聞こえた上で、戸惑いが生じる。


「……うん、その反応。どうやらミラちゃんの転校理由について、上手く聞き出せたようだね、よく話してくれたね」


「本人に聞くわけないだろ、先生に聞いたんだ」

「ふうん。賢いね、やっぱ」


トクン。

トクン。

───と。

脈打つ鼓動が早くなる。

ボクはこんなにも落ち着かないというのに、彼女の方は彼女で、いつも通りにしていた。自分から切り出したのだから当然と言えば当然だ。


「それで、今一度問おう。どうする?」


判っている。

知っている。

ここでボクが言うべき言葉は、取るべき行動は一つだけ───、


「教えて欲しい、その、罪を」


答えた。

否。

聞いた。

長いように感じて、あまりにも短い時間。

喉からありとあらゆる感情が飛び出そうになるのを抑える。


だが、結論は一瞬で出た。


「───殺人だよ」

「さ……つ」


あまりにもシンプルな解答。

ここまでもったいぶっておいて、誰でも予測できる犯罪。

だがそれにして、犯罪の真骨頂。

彼女の罪状は殺人だった。

人を殺してはいけない。だなんて言う、当然の事。

それを、その至極当然のルールを破ったのだ。


「詳しい事は言っても無駄だから省く。彼女は、職場の人間を殺したんだ。それでバラして山に埋めた」

「────」


言葉が出てこない。

その事実を前に、唖然とするしかない。


「ま、こんな事言って、別に私が知っていてもおかしく無いんだよ。だってまぁ、ニュースで割と報道されていたし」

「でも、それがミラのお母さんだなんて分かるはずがない」

「その辺はまぁ、秘密だよ」

「───秘密」


……



彼女は、何でも知っている。

どうしてか、ボクの知らない情報も、ボクしか知らぬ情報も知っている。

だが、

それを指摘されると、直ぐに秘密だと言って誤魔化す。

今目の前にいる彼女は、何者なのだ。


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