1月9日
冬休みが明けると、生徒の顔は曇っていた。
教室に通う誰しもが、皆同じ表情をしている。
昨日まで休日だったというのに、疲れ切っている。否だ。恐らく、学校に通うと言う事自体を、拒絶している。
───仕方の無い事だろう。
誰だってそうだ。
この学校の冬休みは、特段別の学校に比べ長いという訳では無い。同時、短いという訳でもない。ほんの2週間の間。
その間、楽しいと思う事が多かったのならば、尚更だ。
突如として始まる、平日という苦痛。
それに耐えかねて、皆苦渋の面を浮かべるのだ。
それでもだ。
どれだけ嫌と言っても始まってしまったのだから仕方あるまい。
クラスの皆はそれぞれ話を始めている。
「ぬああああ。あぁ! くそ! また負けた!」
言いつつ、翡翠はボクの机を軽く叩く。
その衝動で、置いてあるトランプが弾け飛びかける。
「この冬休み期間、ずっと禊君とやってたってのに……。あんた強すぎでしょ」
どうやら、年が明けても尚、ボクのスピードの強さは健在なようだ。
スピード───2人のプレイヤーが対戦するトランプを用いたカードゲームの一種である。
「スピード」という名称の通り、上がりまでの速さが競われる。よってプレイヤーの判断力が重要となり、また対戦相手の場札を考慮したプレイが可能という特徴を持つゲームでもある。
昔、小学生の時に友人とやっていた影響で、それなりに腕は立つ。
───日く、ボクは当時の小学校で1番の強者だったという非公式武勇伝も顕在するほどである。
別に、誰かに自慢出来る程の特技とは言えないが、まぁ上手い上手いとめ称えられるのは悪気はしない。
「翡翠ったら、ホント飽きないねぇ~」
微笑を返す。
「まあね~」
翡翠を押し退けると、ふわっといい香りがして、視線を傾ける。
ミラが顔を覗かせてきている。
「あ、ねぇ柚希。始業式っていつからか分かる?」
「んっと確か、10時半からだね」
「じゃあもうすぐだね」
ミラに言われ、直ぐに答える。
恐らく、ホームルームか終わったら直ぐだ。
◇
始業式が始まり、ボク達の三学期は始まる。
───翡翠が倒れた。
と、言うのは少しだけ盛った情報。
なんでも、貧血症状が起きた事により、自己申告で保健室に駆け込んだそうだ。
なので、ミラと共に保健室に様子を見に来た。
「にしても、ホント何も無くて良かったね」
「そうだね。まあ、翡翠の事だから大丈夫とは思ってたけどさ」
保健室の隅で、ミラと顔を合わせる。
結局、翡翠は直ぐに体調を建て直した。そして、治った途端、直ぐに寝付いた。
───もう大丈夫らしいが、本人は授業をサボりたいとの事だ。全く。友人としてもため息がでかかる。
「そうだミラ、今朝のニュースは見た?」
「─────」
少しの沈黙。
「ほら、あれだよ。今朝の殺人事件について。まだ犯人捕まってないらしいね。怖いね~」
「───っ」
「ミラ……?」
「あ、ごめん。ちょっとボッーと」
「ごめんね、ニュースの話、嫌だったよね」
……
「その痣は、どうしたの?」
我ながら、無頓着だとは思う。
それでも聞かずには居られなかった。
彼女の右手首に、青アザができている。
一体どうしたと言うのだろうか。
「ん? なんの事?」
しらをこいている。
「手首、痣になってるよね。もしかして、この間のバトミントンで、とか?」
「うん、そうだよ。ラケットを振ったていた時に、自分でぶつけちゃってさ、馬鹿だよね、私も」
「そっか、、」
───嘘。
なのだろう。
即席で、この場で創り出した、偽りの言葉。贋作に過ぎない。
流石のボクとて、その痣が人為的なものである事くらい理解出来る。
誰かが過失にやってしまったものなのか。
ましてや自分自らか、それとも故意なのか。
「あ、そろそろ授業が始まるよ。戻ろうか柚希」
「───うん」
◇
1日は終わりを告げ、またこの帰り道に戻ってくる。
「お、きたきた。おかえり柚木。今日はやけに遅かったじゃないか、部活?」
「ううん。単に生徒会の仕事が長引いただけ」
「なんてったって会長さんだもんねぇ。偉い偉い」
「そりゃどーも」
夜道で話しかけられ、曖昧に返答する。
あれから───、
彼女に名を知られていると知った日から数日が経ち、ボクと彼女の仲は少しだけ縮まった。
と言っても、勿論縮めたくてそうした訳では無い。そうせざるを得なかった。
彼女の方がグイグイと押してきたのだ。
───怪しいところばかりで、むしろ大丈夫な箇所が見当たらないような人物だが、それなりに関係値が上がってしまった。
シトラス。
彼女は自らをそう呼称した。
認めたくはないが、一応は顔見知り位の仲には成った。
それだと言うのに。彼女はボクに真名を教えようとはしない。理由を考えてもみたが、結局何も思いつかなかった。
「どうしたの? 今日はやけに上の空じゃん、疲れた?」
「いや別に、まあ。疲れてたけど、あんたの顔みたらなんか吹っ飛んだ」
「何それ、お姉さん傷ついちゃうなぁ」
「……これでも褒めてんだよ一応」
「あらそう? そりゃあありがと」
「それで、今日はなんの用なの?」
「うん? 別に用なんてないけど。友達と話すのに、用が必要?」
理っておくと、彼女の年齢は31。
三十路をこえた女だ。
さてだ。
果たして、倍くらいの年齢の相手、それも時々帰り道に会うだけの関係は、友人と言えるのだろうか。
──まぁ、言えるのか。
友情に年齢なんて関係ない!みたいな事を、誰かが言っていた気もするし。
「学校の様子はどう? 皆は元気? お友達──確かミラちゃんだっけ?」
「まあ、そりゃあ皆授業なんて上の空だよ。なんなら、一人サボった奴を知ってる。ミラはまあ、元気だったよ」
「そっか」
そも、何故ボクは彼女と打ち解けたのだろうか。
何故か安心してしまうのだ。
───と。
忘れかけていた用事を思い出す。
今夜は早めに帰ってこいと、両親に言われていたのだった。
彼女と話している場合では無い。
「ボク、今日用事あるから帰るね、バイバイ!」
半ば強引に別れを切り出す。
こうでもしなければ、追いかけてすら来そうだからだ。
「柚希。───君は知るべきだと思うよ。"彼女”が、何故転校してきたのかを」
──────え?
急ぎ、彼女の方へと振り返る。
と、
「居ない……?」
全く、気になる事を言って何処かへいなくなるとは。こっちの身にもなって欲しいものだ。
何はともあれ、今日と言う日は終わりを告げた。