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12月7日

震える。

この時期の、朝の寒さは異常だと思う。

ただでさえ気温が低いと言うのに、凍えるような風がびゅうびゅうと吹いている。窓なんて開けようもんなら、身体が凍ってしまう。

耐え難い寒さによって、ボクは自然と目を覚ます。

現在時刻は7時ジャスト。

学校が始まるのは9時からなので、急がなくても間に合う時間帯。


「─────」


───おかしな夢を見た。

夢の内容は単純で、1人の女性がただうずくまって泣いている夢。

ボクはその光景に心を打たれたが、声をかけようとはしなかった。

どうしてか、それは何かの禁忌に触れる気がして。


涙が落ちる。

その度に彼女は咽び泣いて、嗚咽を鳴らす。

まるで───

まるで何かを悔いて激しく自責しているようで、


ボクはソレをただ眺めていた。

決して手が届く事の無いその有様を、一途に見つめていた。

その夢が、ボクにとって何を示しているのかなんて分からない。

ないし、それで何かが変わるかも分からない。

──それでもどうしてか、ただ泣き続けるその在り方が、ボクの頭から離れそうにない。


「──んっ」


まだ睡眠状態から覚め切っておらず、硬直している身体を無理やり起こしてベッドから出る。

瞬間に、冷たい床の感触が足裏に伝わる。

それがより一層寒さを際立たせる。



自宅を出て歩く事数分。

僅かな時間でも、外に出ていれば身体は冷えきってしまう。

空気が凍えるような気温のせいで、思わずぶるっと震えてしまう。

本当に、何か防寒具を持ってくるんだったと心で叫ぶ──

家からここまでの距離はそう遠く無い。

考え事をしていれば、一瞬の内に着いてしまう。



いつもの段取りで、素早く自分の教室の自分の席へと赴く。

───教室は、いつもより騒がしかった。

数人が束になって集まり話し込む女子生徒。

束にならずとも、声を張って会話する男子生徒。

騒がしい。の種類は十人十色となっている。

それぞれがそれぞれの形を成して音を形成させている。

確かに、ボクのクラスは静かな方では無いのだけれど、それにしたって騒がしすぎる。一体何故なのだろうか。


───と。


「おはよう柚貴ゆずき


園田(そのだ)翡翠(ひすい)

ボクの中学以来の友人で、何かと腐れ縁がある。

いつも通りの元気さで、ボクに駆け寄ってくる。

最近は上機嫌だ。──なんでも、他校の1つ歳下の男の子と親しくなったそうだ。


「おはよう翡翠。今日は早いじゃん? どうしたの? いつもは遅刻常習犯なのに」

「たまたまだよ、たまたま早く起きちゃったってだけ」


珍しい事もあるものだ。

もしかすると、今日は世界が終わるのかもしれない。


(───あ、そういえば・・)


「ねえ翡翠。少し聞きたいんだけどさ。なんか教室が騒がしい気がしてならないのだけど、一体どうしたの?」


何気、今1番気になる情報だ。

何か特別な事でもなければ、こんなになる事もあるまい。


「あれ、柚貴聞いてないの? ほら、今日から転校生が来るんだってさ。

しかもその子が内の学年、そんでもって内のクラス。そんなこんなで、皆の話題だよ」

「なにそれ? 転校生とか、本当に聞いてないんだけど?」

「いやいやホームルームで話してたって。うんっと──先週くらいかな。

あ、確か柚貴、先週いない日あったよね? その日かな多分」


ツイてないと言うべきなのだろうか。

ボクはそういう大事な日に限って欠席だったりするのだ。

ボクの所へ来る前、翡翠も何やら女子達と話し込んでいたな。

何を話していたんだろうか。


「ねぇ翡翠。それで女子達は転校生について何を話してたの?」

「ん?まあ……。女の子なのか男の子なのかって所からだね。その辺、詳しく聞かされてないからね。私達」


───成程。性別すら知らされていないのか。

なんでだ───?

普通、それくらい伝えるべきじゃなかろうか。

担任が伝えそびれたのか、或いはわざとなのか。


「───あ、やば。もうホームルーム始まるじゃん」


言い残し、翡翠は自席へと戻る。


(それにしても転校生か…・・)


ボク自信、転校生が来る。だなんてイベントに遭遇した事が無い。漫画や小説の世界なんかじゃあ、割と顔なじみのイベントであるが、現実にはそうそう起きまい。

なんだか新鮮だなと思いつつ、意味もなく窓を見つめている。

───と。

教室のドアが開き、男は入ってくる。で、クラス全員の視線がその1点に集中される。


「はい、みんなおはよーう」


第一に、頼りのなさげな声色。

それだと言うのに妙に説得力のある迫。

このクラスの担任である彼は、もう10年来の教員らしい。

10年もの間この仕事をやっていれば、それなりに言葉に重みが増すと言うものだろう。生徒からの頼がそれを物語っている。


「まぁ──なんだ。先週から言っていた通り、今日からこのクラスに、新たな仲間が増えます! はい、拍手!」


「「「──────」」」


30代後半の男が、頑張って声を張り上げた所で、生徒が反応するはずもなくただ教室が静まりこける。


「なんだよみんな……。テンション上げよーぜ? な? とまぁ、座興はここまでにして。いいよ、入って来な」


言われ、教室の扉は開かれる。

刹那の内に、全員からの眼力を受ける少女。

──何となくだが、嫌そうな顔をしている気がする。

担任の男に案内され、言われるがまま教卓の前へと赴く少女。肩につかないくらいの長さでみだらに切りそろえられている。黒い髪が綺麗に靡くが、──やはり雑なヘアカットが悪目立ちする。

動き一つ一つが華奢で、まるで人形であるかのようにすら見える。


───沈黙が続く。


「────?」


不自然な程に間延びした沈黙の後、彼女はその目線だけで担任教師に助けを乞うた。


「───あ。そうだった。ゴホンッ。彼女は、家庭の事情で転校してきた、観柳斎かんりゅうさいミラちゃんだ。

まぁ多分、色々分かんない事だらけだと思うからよろしくしてやってな」


何も言わず、ぺこりと頭を下げる少女。

視線がうつらうつらし、挙動不審。

まるで何かに怯えているようでいて、不安そうななのはその表情から見て取れた。


「はい! まぁそういう事だから! 出席とってくぞ! あ、観柳斎、1番後ろの、空いている席に座ってくれ。

相川〜」


そうして、観柳斎ミラが転校して初めての出席確認は始まった。


(まぁ……最初は誰でも緊張するよなぁ…)


彼女は、ちゃんとこのクラスに馴染めていけるだろうか。

ちゃんと友人はつくれるだろうか。

───どうしてか、ボクは彼女に気を惹かれ、無意識の内に要らぬ心配をかけていた。

家庭の事情とはよく言ったものだ。

大抵の場合。転校理由なんて単純なもので、引越しだとか偏差値の問題だとかだろう。では何故それを隠すのか。単純に説明が面倒だったのか、或い、人には知られたくないものなのか。



出欠席の確認は終わり、生徒は皆、伸びをし始める。

かく言うボクも、安堵していた。

───油断していた。


「あぁ、そうだ。まぁお前らの事だから忘れてる訳ないだろうが、今日は午前で終わりだからな。皆すぐ帰れよ~」


早帰りの日程は、大抵の生徒が覚えている。

その空いた時間───午後には何をするか。など、各々予定を組み立てているのだ。


さて、ボクは午後は何をしようか。

家でゆっくりまったりと過ごしてもよし。

はたまた翡翠辺りの友人を数人誘って何処かへ出かけるというのもいいな。


「あ、そうだそうだ。宵崎、お前は午後も残って、観柳斎に学校を案内してやれ」


─────は?

─────葉?

─────破?


瞬間、脳内の思考が停止する。


「───先生? なんでボクなんですか?」


単刀直入にする。


「いやぁ───だってお前、会長じゃん」

「─────」


絶句。

それと似かよった状態。

当然。

周知の事実だったのだ───、

それもそのはず。


ボク───宵崎よいざき柚貴ゆずきは、この学校の生徒会長だった。

学校の代表、顔と言ってもいい役回り、それが生徒会。

───の、会長がボク。

転校生、しかも同じクラス。ともなれば、案内するのは、ボクか。


───面倒だ。

というか面倒すぎる。

折角の早帰りだと言うのに、残って案内しろだ?

悪態をつきたくもなる。


─────あぁ、今日も空が綺麗だ。


「じゃあそういう訳だから、頑張ってね──会長♪」



そうして、半日が過ぎ去り、



今に至るという訳だ。


───しばしの沈黙。

互いに思う事があるのか、何も言い出せずにいる。

刻々と過ぎ去りゆく時間。

どこからか聞こえてくる柱時計のメトロノームに揺らされる。

吹く柔らかでいてひんやりとした風に、知らず身体を震わす。


「───」


黙りほうける。

何を喋っていいかも判らず、少しだけ俯く。


(───よし!)


「えっと・・・観柳斎さん! 学校案内とか、もういいよね。まずは仲良くなろう」

「───仲良く?」

「うん! これからボクらは友達になる訳だしね。そうだ、友達なら下の名前で呼び合おうよ! ──あ」


──まずい。

自分からそんな事を言った手前、もう引くことは出来ないが、この子の名前を忘れてしまった。なんといっただろうか。


「ミラ……です…」

「そっか! じゃあミラさんよろしくね。えっと、ボクの名前は分かる? 朝のホームルームでしか言ってなかったから覚えてないかな」

「柚貴さん……宵崎柚貴さん──」


ボソッとした声。

聞き取りずらく、迫力の無い言葉。

それでもその言葉は明らかにボクの名前を捉えていた。


「覚えててくれたんだ。嬉しいよミラさん、それと、ボクは柚貴でいいよ。敬語も必要ない」


少し馴れ馴れしいのかもしれない。

だがこれでいいのだ。

関係を親しくするには、何かしらのインパクトが必要なはずだ。


「分かり、──分かった。じゃあ、柚費……も、ミラでいいよ……」



ミラとの話が終わり、学校を出る頃、辺りはすっかり暗くなっていた。冬が近づいて来る事で、空が深淵に包まれるのも平行して早くなる。


本当に困った話だ。

何をしようかと心を密かに踊らせていたと言うのに、居残りとは。

まぁ、転校生と、少し距離が縮まったのはいい事かもしれない。

──だが、実際の所、まだ親しいという間柄には到底なれそうにない。

それもそうだと納得は出来る。会って数時間でそんな関係を創るのは難しいものだ。

問題は、

彼女自身が、明らかに人と距離を作っているという事だ。

人見知りと担任は言っていたが、それとは少し違う気もする。受け付けていないのではなく、──拒絶している。

少なくともボクの目に彼女はそう写った。


(まあ、まだまだ日はあるしな)


多分、友人と言えるのかは定かではないが、間違いなく彼女にとって最初の知り合いはボクになった訳だ。

そうなれば、否が応でも関わっていく事になる。

だが、関係ならこれから創ればいい。

流れゆく時を有効に活用し、彼女と親睦を深めていけばいい。


「───え?」


目を丸くした。


人が……倒れている?


見た所、怪我はしていない。

それに、別に気絶していると言った訳でも無さそうだ。

───詰まるところ、酒に酔って寝ているのだろう。

(まぁ───起こすか……)


流石に道のど真ん中で寝ているのは危険だ。

起こす事にした。


「大丈夫ですか?」


声をかけるが、起きる気配も無し。

仕方なく身体を揺さぶった。


「あ、起きた」


サラサラとした綺麗な黒髪を揺らし、彼女は目を覚ました。

30代前半くらいだろうか。

お世辞にも血色のいい顔をしているとは言えないが、顔立ちはそれなりに整っていた。

それでも、その、元の素材がいいだけに、非常に残念なのは状態である。

目にクマができ、瞳もうつろうつろで顔もやせ細っている。

放心状態と言ったような顔つきで、じっとボクを見つめる彼女。


「───あぁ……。えっと、大丈夫ですか? こんなとこで寝たら風邪ひきますよ?」

「なんだこりゃ、なんだこの悪夢は。神はどれだけ私を責めるんだ? そんな事、私自身が1番分かってるってのに」


───???


瞬時に、ボクの脳内はハテナの文字で埋め尽くされる。

どういう事だ?

悪夢?

神?

もしかするとボクは、関わっちゃいけないタイプの人を呼び起こしてしまったのかもしれない。

逃げるべきだろうか。いや、今更ひけない。ひくことなんて出来やしない。


「ごめんなさい、えっと、何か気にさわりましか?」

「はっ! 何から何まで!」


逃げるべきか?

逃げるべきだ。

だが何故だ……?

無性に、ボクはこの女が気になる。


とうとう何も言わずに見つめ合う。

───と。


「へ? ねえ、私の事、殴ってみてよ」

「──は!?」


いきなりそんな事を言われたんで、素っ頓狂な声が出る。

殴れ、だと!?


「あぁ、ごめん。えっと、別に殴んなくてもいいや、とりあえずほっぺつねってもらっていい?」

「怒りませんか?」

「怒らないわよ」


言われるがまま、ボクは彼女の頬をつねった。

───柔らかい感触が指を伝い、瞬時に痛みつける。


「痛ったいわよ!」

「えぇ!? 怒んないって言ったじゃないですか!」

「ってことは───もしかして……」


何かに気づいた素振りをする彼女。


「そっか、そっかそっかそうなんだ……私」


今一度思うが、一体どういう状況なのだろうか。

何が何だかさっぱりだ。


「そうだ! ねぇ、今って───」





「────え?」


瞬間、彼女は再び気絶するように眠った──。



訳が分からなくて、ボクはその場を直ぐに離れた。

こうして、一日は終わった。

───どうやら、今日は少し冷えるらしいので、毛布を一枚増やすとしよう。


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