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第2話「ロッキンリブで激ヤバ 排骨麺本舗・大先生」

【あらすじ】

部品調達の帰り、空腹で暴れだしたチセ。豚骨ラーメンへの執念が炸裂するなか、悠は仮想中継地点“大黒橋SA”の記憶を辿る。

そこには、強烈なインパクトを放つ筋肉系店主・大先生が営む謎の排骨麺屋があった──。

そして始まる、大先生算。理論と肉と油が支配する仮想グルメ、炸裂!


本作作品は作者の飯趣味による洒落です。


電脳駆動ブレード本編はこちら https://ncode.syosetu.com/n1623kc/

カクヨム https://kakuyomu.jp/works/16818622171550650327

Nolaノベル https://story.nola-novel.com/novel/N-86c1be5b-df28-44d1-9f2c-ccf6b33a2f71

挿絵(By みてみん)

 HODOへの帰還ルートをγは、今日も蜂の羽音のような駆動音を響かせ滑らかに飛んでいた。

 無理させさせなければ、γはすこぶる機嫌が良い。


 ……が、後部座席の空気は重い。


「ねぇ、腹が減った」


「……はいはい、あと十五分で帰還ブロックだって」


「十五分も耐えられない。これは空腹じゃない、災害だよ」


 背後からじわじわと密着してくる気配。

 膝が肋骨を押し上げてくる。一定のリズムで()()()()()と無言の圧が加わる。


「ちょっと、近い……操縦中だから……」


「じゃあ早くラーメン屋寄って」


「どっちみち行動ログ取られてるし……さっきまで緊急部品輸送中だったの、もう忘れたのか?」


「忘れてない。でも腹のほうが緊急性高い」


 悠は深く息を吐いた。背中のチセは軽い――はずなのに、なぜか圧がある。

 精神的な意味で。


「ラーメンは……帰ってからにしようぜ。それにアジエがまかない作ってくれてるかもだし」


「アジエのまかないは好きだけど、今じゃない。今はラーメン。しかも……」


 チセは言葉を切って、重々しく告げた。


「豚骨じゃなきゃヤダ」


「……選り好みのフェーズじゃねーか……」


「こだわるに決まってるでしょ? あれはただのスープじゃない。魂だよ」


 チセは真顔で言い放った。悠は後ろを振り返りたくなる衝動を押し殺す。


「だって、あの濁り、脂の層、漂う骨の香り……脳が満たされるんだよ?」


「満たされちゃいけない方向じゃないのか? それ……」


 腹を空かせたチセは厄介だ……。

 普段はなんとなく他人を避けてるし、何かに興味など持つそぶりもない彼女が食事のこととなると目の色が変わる。


「白濁スープに溶け込んだコラーゲンとカルシウム。あと謎成分。たぶん幸福物質とか」


「謎成分って……そんなもの入ってたらなんかの事故だぞ……」


「ラーメンっていうのはね、ジャンルじゃなくて()()なの。心がラーメンを求めているなら、そこにあるのはラーメン。わかる?」


「わからないな。確かに腹は減ってるけどさ……」


 このモードのチセはよく喋る。

 インター・ヴァーチュアでの食事は所詮、擬似体験だ。

 正直、一日、抜いたところで満腹中枢をダマしてるだけで栄養も減ったくれもない。

 だが、チセはまるで抜いたら倒れると言わんばかりに飯にこだわるのだ。


 やっかいとはいえ、チセの方から積極的に話をしてきてくれるので悠にとっては案外、このモードのチセを喜んではいた。


「でしょ? だからラーメンじゃん!」


「……お前、今完全に自分の理論で会話ループしてたよね?」


 悠は肩を落とした。

 確かに積極的に話しかけてくれるのは良いが、ここまでテンションが高いチセを見るのは久しぶりだった。

 それが、よりによってラーメンで、しかも()()()()()()()というのも全く色気がない……。

 正直、ライノとつるんでる時と対して変わらない状況に悠は釈然としない気持ちでいっぱいだった。


 チセはリアルのことはまったく話さないが、この食事のこだわりと執着はリアルでも変わらないのだろうか?

 悠はふとあの携帯の中に密かに保存している写真を思い出した。


 細くて、華奢。

 一年前の写真だが、今もあまり変わらない。

 この小さい体で、現実(リアル)でも食うのだろうか……。

 チセの食いっぷりは凄まじい。

 明らかに現実(リアル)であればカロリーオーバーまっしぐらだ。

  

「……でもさ」


 そのエネルギーとカロリーはどこにいくのだろう、悠はふと考え、ぼそりとつぶやいてしまった。

 そして、考えるよりも先に、視線がチセの胸元へ落ちた。

 

 チセは着痩せするタイプだ。

 あの写真で悠はよく知っている。


「やっぱり……そこに行くのかぁ」


「……どこ見てんの?」


 一言、低い声。

 次の瞬間、悠の背中に肘鉄が突き刺さる。


「いったーっ! 違う違う、今のは事故っ、脳内独り言が口に漏れただけで……!」


 肘鉄の余韻を背中に抱えながら、悠は無言でハンドルを握り直す。


 チセは後ろで腕を組み、なおもぶつぶつと「細麺じゃダメ」「マー油は欲しい」「チャーシューの厚みはね」と小さな声で注文を続けている。


 もう、完全に注文前のモードだ。


「……はぁ、やれやれ」


 困った……ラーメン屋。

 パシフィック・ゲートからも離れたこんな場所でそもそも店自体……。

 いやまてよ……。

 悠は、ふと思い出した。


 数ヶ月前、ライノと部品輸送で立ち寄ったネクサス・リンクの中継ステーションエリア――大黒橋SA。


 中継エリアにしては妙に活気のある場所で、観光モールのような店が集まっていた。

 その中にひときわ強烈なインパクトを放っていた一軒の屋台があったのを思い出した。


 「排骨麺本舗・大先生」。


 店主は、筋肉と熱量の塊のような男だった。

 鎖帷子のような頭巾をかぶっていたが演出なのだろうか……。

 ライノですら驚くほど分厚い体を窮屈な調理服に押し込んだようなあの姿を思い出した。

 それにあの、排骨麺のボリュームの強烈さ。

 初見で胃も思考もやられかけたが、スープのコクと排骨の旨さはガッツリと記憶に残っていた。


「……そうだな。チセ、お前さ」


「なに」


「HODO戻る前に、ちょっと寄り道しようか」


「え、どこに?」


「ネクサス・リンクの大黒橋。そこにラーメン屋がある。たぶん、お前好みの()()()あるやつだ」


「いいの? ほんとに? 豚骨だよね?」


「いや……ベースは醤油だった気がする」


「は? 醤油? もしもーし! 聞いてた? わたし、豚骨って言ったよね?」


「いや大丈夫、その店――普通じゃないんだ。いろんな意味で」


 大黒橋SA──正式名称、Nexus Link Station 18:大黒橋ステーションエリア。


 そこは、オラクル・パシフィックゲートとゼロ・ホライゾンを接続するネクサス・リンクの中継点でありながら、なぜかフードコートや露天が雑多に入り混じる不可思議な空間だった。


 街道沿いの回廊を抜けた先、古びた屋台風の一角に、その店は確かに存在していた。


「……あった」


「なにこれ、ホントにラーメン屋?」


 チセは眉をひそめた。


 屋台というには大きすぎる一枚板のカウンター、電飾がギラギラ光る暖簾。

 そしてその中央、やたらと存在感を放つ――巨大な岩塩の塊。


「何あれ、調味料?」


「いや……看板代わり……かな? いや違うな、ただのインパクト勝負……?」


「へい、らっしゃい──」


 そのとき、湯気の向こうから現れた人影。


 チェーンメイルの頭巾。黒いサングラス。

 鍛え上げられた筋肉をピッチピチの長袖調理服に包み、胸には赤く勢いよく書かれた文字が光る。


 ()()()と。


「いらっしゃい……腹、減ってるな?」


「……なに、この人……」

「……あー、やっぱり記憶より濃いな……」


「それで、何ラーメン?」

 空腹で機嫌の悪いチセがトゲいっぱいで、疑問を投げた。


「ベースは醤油だ……だがな、ただの醤油じゃねぇ」


「ふーん……豚骨じゃないなら、別にいいかな。だって、美味しいの? 排骨麺って。聞いたことない」


()()()()()()……だと……?」


「お前ら! よく聞けェッ!!!」

 突然、店主が腕の筋肉に血管を浮き立たせ叫び出した。


「まずな、HODOで一番人気の麺匠HODO屋。うちがやつらのラーメンと勝負したら勝率は確かに五十%ある。HODO屋は安定してる、無難、万人受け。だが! それは言い換えれば――無個性! 無感情! 無反応だ!」

 いきなり、有名店をディスり出した店主に悠は思わず後退りした。

 心配してチセを見ると無表情だ。

 

「次ッ!二郎堂MAXシールド本店。時に豚の餌とも呼ばれる、量に特化した脂と麺でフルボディアタック。奴らの暴力的ボリュームは伊達じゃねえ。奴らは高さとデカさと濃さでうちのラーメンを打ちのめそうとするだろう。その暴力的な満腹度で、勝率は三十三と三分の一パーセントだとしよう!」

 店主は巨大な力こぶを作るとそこにキスをした。

 悠の顔は引き攣っていた。

 チセはというと……やっぱり無表情だった。


「じゃあ俺様は!? 俺様のロッキンリブ排骨麺は……六十六と二分の三パーセントの勝率! なぜか! それは、俺様の排骨は()()()()()()()()()()だからだ!」

 店主はニヤリと笑い、勢いよく人差し指を振って続ける。


「そして、相手がビビっていたら? 勝率は自動的に減衰! 二郎堂の奴らは俺の骨入りリブを見ただけで精神デバフが入るッ!よって奴らの勝率はマイナス十五パーセントだァァァッ!!」

 さらに拳を握り締めうなずき始める。


「計算してみろォ!!六十六と二分の三パーセント + 五十パーセント ー 三十三と三分の一パーセント答えは 百四十一と二分の三パーセント! これが、俺の麺の味覚支配率だッ!つまりッ!!おまえの満腹中枢はッ! 既に勝負の前に決着済みッ!」

 

 一気にまくしたて、結論を出した店主は「うわっはっはっはっ!」と豪快に笑いだす。


「な、なんだこれ……」

 悠はひきつった半笑いで椅子にのけぞる。

「どこからどう見ても数字がおかしいから……勢いだけじゃねーか……」


「す……すごい理論だ……!」

「はぁ!?」

 

 驚いて振り返ると、チセの目はなぜかキラキラとしていた。

 

「その演算、いったいどこのモデル? 実装値は? どこに収束するの?」


「収束などしねぇッ! 終わらないからこそ、麺だッ!そして、これぞ、()()()()だ! わかったか!」


「はい、すごいです! 大先生!」


「ところで……お嬢ちゃん、見たところボリュームが欲しいんだな?」

 大先生は湯気の向こうからチセをまっすぐ見据える。

 チセは目を逸らさず、コクリと頷いた。


「なら――これだッ!大先生の看板メニュー、ロッキンダブル排骨麺だ! 今日はサービスだ、さあ食ってけ!」


 ドン!

 まるで雷鳴のような着丼音。


 赤いラーメン丼は金縁の特注器、中央に赤い闘の文字。

 そして中身――ロッキンリブ排骨が二枚。

 スープの面積の9割を覆う、黄金色にカリッと揚がった骨付きリブ。

 炙りの香ばしさと、焦がしニンニクのパンチ。

 スープから立ち上る湯気の中に、もはや麺の姿はない。


 それはラーメンという名の鎧だった。


「で、でか……」

 悠は思わず声を漏らす。

 その横でチセは、完全に目をキラキラさせていた。


「すごい、構造が……層になってる……!」


「見てるだけで油っぽい……胃が……胃が後退していく……」

 悠は椅子にぐったりと寄りかかる。

 思わず、鼻腔に押し寄せる強烈な油の匂いにうっぷと込み上げる。


 チセは一切迷わず、レンゲを手に取った。

 一口、スープをすくい――口に含む。


 ――その瞬間、チセの目が一瞬だけバグった。


 虹彩が一閃、瞳孔が揺れ、仮想演算層にノイズが走る。


「……っ」


「お、おい!どうした……大丈夫か?」

 悠が慌てて顔をのぞき込む。


 チセは、ゆっくりと頷いた。

「……これは……くうっー。……うっ、うまい!」


 空腹の電脳娘は、静かに満たされていった。


 ――完食まで、わずか七分。


 丼の底に沈んだスープには、うっすらと脂の膜が揺れていた。

 湯気は立ちのぼり続けているのに、ラーメン丼の前に座る少女はすでに箸を置いている。

「ごちそうさまでした」

 

 チセは静かに立ち上がり、背筋を伸ばすと――。

 

「大先生」

 その声は、どこまでも真剣だった。

 まるで国家元首に謁見するかのような表情で、彼女は言った。


「……また来ます!」


 背後で照明が一段強く灯る。


 大先生は力強く頷いた。

「おうともッ!いつでも来なさい」


「次は……替え玉ありで、お願いします!」

 チセはそう言い残し、スッと身を翻して屋台を出る。

 その一連の所作に、一切の迷いも恥じらいもなかった。


 悠はやや遅れて立ち上がる。

 ぐるぐると胃の中で重たい脂が反響している。

 なのに不思議と、心は軽かった。


「……ま、いいか」


 彼は思う。

 こうして満腹になったチセを見ると、なんか……世界が少しだけ平和に見える。


【本日のレシピ】


――


【スパイシー排骨(カレー風味)レシピ】

 材料:

•豚スペアリブ(骨付き):600グラム

•長ねぎ(青い部分):1本

•生姜スライス:4枚

•酒(紹興酒):120ミリリットル

•水:2リットル(ひたひた)


手順:

1.スペアリブを軽く水洗いし、フォークで全体に二十〜三十か所穴を開ける

2.鍋に湯を沸かし、スペアリブを2分湯通しして血抜きする

3.湯を捨て、新たな鍋にスペアリブ・ねぎ・生姜・酒・水を加え、弱火で六十〜九十分煮る(やわらかく骨離れが良くなるまで)

4.茹で上がったら水気を切り、粗熱をとる


 ※湯で終わった鍋の中は越して出汁になります。スープで利用できるのでとっておきましょう。


【スペアリブ用・カレースパイシー排骨マリネ】

 材料:

 香味素材

 •にんにく(すりおろし):1片分(約小さじ1)

生姜すりおろし:同上

 液体調味料ベース

•醤油:大さじ2

•酒(紹興酒):大さじ1

•砂糖:小さじ1〜1.5(カラメル感を加える)

•オイスターソース:大さじ1(コク)

•ごま油:小さじ1(香り付け)

 カレー&スパイス構成(下記をよく混ぜる)

 •カレー粉:小さじ2

 •クミン(粉末):小さじ1/2

  •コリアンダー(粉末):小さじ1/2

  •チリパウダー:小さじ1/4〜1/2

  •シナモン(粉末):小さじ1/4

  •クローブ(粉末):ひとつまみ

  •ジンジャーパウダー:小さじ1/4

 ホールスパイス

 •八角:1個(中央に割りを入れて香りを出す)

•山椒のホール:10粒前後

•ローリエ:1枚


 材料をジップロックに投入し、肉を入れて寝かす。

 冷蔵庫で三〜十二時間が目安(推奨は一晩)


 漬け終わったら

•表面の漬け液を軽く拭き取り、卵+片栗粉で揚げ衣をつけて、百七十〜百八十度で揚げる

•スパイスが多いので焦げやすい点に注意(百七十度前後がベスト)


•油を切って、できれば網の上で数分休ませる


 【ラーメンと盛り付け】

  スープ

•鶏ガラだしスープ:八〇〇ミリリットル

•醤油:大さじ1

•塩:小さじ1/2

•胡椒:少々

•ごま油:小さじ1

•スペアリブ作成時にできたスープ適量で割る


 麺と薬味

•中華細麺(生または乾麺):2玉

•もやし:適量(茹でておく)

•青ねぎ(小口切り):適量

•刻み海苔(お好みで):適量


 スープの準備

1.鍋に鶏ガラスープを沸かし、醤油・塩・胡椒で味を整える。

2.仕上げにごま油をたらして、スペアリブ作成時にできたスープ適量で割り風味をプラス。


麺の茹でと盛り付け

1.中華麺をパッケージ通りに茹で、湯を切って丼に入れる。

2.熱いスープを注ぎ、茹でたもやしをのせる。

3.揚げた排骨を中央にドンとのせ、青ねぎと刻み海苔を散らす。

完全な不定期連載です。

作者の息抜きです。

ちなみに、レシピは実際に作者が作ったものでありんす。

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