第1話「バグ密度ぎっしり 元祖海軍カレー、整いました」
本作作品は作者の飯趣味による洒落です。
電脳駆動ブレード本編はこちら
https://ncode.syosetu.com/n1623kc/
カクヨム
https://kakuyomu.jp/works/16818622171550650327
Nolaノベル
https://story.nola-novel.com/novel/N-86c1be5b-df28-44d1-9f2c-ccf6b33a2f71
γのエギゾーストリンクを締め直していたチセは、ある種の異常を検知した。いや、異常というより、異変。
もしくは悲鳴。
お腹の。
きゅるるるる。
静かな整備ドックに、空腹音が可愛げもなく響き渡った。
「……ちょっと、うるさい」
自分の腹に向かってそう呟いたが、腹の虫は遠慮がない。
「……腹、減った」
もう、だめだ。
整備集中モードの副作用だ。
仮想とはいえ、脳の稼働が上がればエネルギーも食う。
しかも彼女は、演算効率と引き換えに「燃費の悪さ」という致命的欠点を搭載されていた。
「ちっ……またハラヘリ・エラーか」
腕組みしたまま、整備ドックの天井を見上げる。
「何か、食べたい……いや、食べねばならない……」
燃費の悪い電脳娘。
それがチセだ。
外見はクール、中身は三時間おきに燃料(=ごはん)を要求する暴れ馬。
HODOの屋台マップを脳内に展開しながら、どこへ行こうかと考える。
屋台、カフェ、再現系の高級フレンチ、デジたこ、ラーメンRAM256……そのとき、ふと脳裏に浮かんだのがあの店だった。
ミツエおばちゃんが言っていた。「本当にお腹が空いてるときだけ現れる幻の店」があると。
その名も《YOKOSUKA DOCK》。
元祖海軍カレー――明治から続く味。
データのはずなのに、泣いた人すらいるという。
「よし、行こう」
4層港湾区・HODOの外れ。
倉庫群の裏通りを抜け、古びたネット層にアクセスする。
通常のナビゲーションでは到達不能な領域。
深層構造を手動で辿っていくと、そこには確かに存在していた。錆びた鉄板看板に描かれた錨、《YOKOSUKA DOCK》の文字。
引き戸を開けると、仄かにスパイスと玉ねぎの焦げた香りが鼻をついた。
ノイズ交じりの湯気に包まれたその空間は、どこか現実の時空すらねじ曲げているような質量を持っていた。
女将のアバターが、まるで何十年も変わらずそこにいたかのように立っていた。
「おや……お腹が減ってるのね」
「カレー、ください」
「はい。よくここに辿り着いたわね。……本当にお腹が空いた者にしか、ここの扉は開かないの」
「そんなスクリプト、どこにも書いてなかったけど」
「情報じゃなくて、空腹が鍵なのよ。心のね」
チセは一瞬だけ眉をひそめたが、無言で頷いて席についた。
店内を見回す。木製のテーブル、煤けたランプ、油の染み込んだ壁、奥には鉄鍋とレンガのストーブ。
時代考証を超えて、情報密度の塊が視界に流れ込んでくる。
照明すら演算負荷が高そうで、脳の一部がヒートアップし始めている。
ぐつぐつと煮込まれる音。
スパイスの香りと肉の甘味、玉ねぎが溶けた芳醇な香りが空間に満ち、空腹という名の本能を刺激して止まない。
やがて、深めの白い皿に盛られたカレーが届いた。
滑らかなブラウンのルウ、その奥に融け込んだ野菜の名残、銀のスプーンが添えられている。
傍らには手作りらしいアップルチャツネの小鉢。
湯気の粒子ひとつまでが演出ではなく実在しているようだった。
チセは一口、すくって食べる。
「……っ」
目を閉じた瞬間、世界が軋んだ。
視界の端に、わずかなノイズが走る。
仮想世界特有のそれではない。
もっと根深く、システムの基盤ごと震わせるような歪み。
まるで、過去の記憶そのものがデータ化され、目の前に転送されてきたかのようだった。
甘味、苦味、酸味、そしてコク。全てが調和している。
だがそれだけじゃない――映像が浮かぶ。
古びた木造の食堂。
鉄臭い空気。
白衣の料理人。
頬に煤をつけた少年兵が、無言でカレーをかき込んでいる。
明治三十七年――『海軍割烹術参考書』。
軍人の体力維持のため、栄養と保存性、炊事効率を極限まで追求した料理法。
五時間煮込む牛肉スープは、まさに情報の抽出行為。
焦がさぬよう、飴色になるまで炒めた玉ねぎは――忍耐の結晶。
野菜の切り方。ルウの撹拌温度。チャツネの甘味配合。
――すべてが、計算され、記録され、受け継がれてきた。
これは、ただの食事ではない。
ひとつの文化であり、戦略だ。
「手間が、違う……」
アバターの女将が微笑んだ。
「手間暇惜しまず、心を込めれば、それはきっと届くのよ」
皿の底が見える頃には、チセの演算モジュールもややオーバーヒート気味だった。
食べ終わり、チセは静かに頭を下げた。
「……ごちそうさまでした」
立ち上がり、扉に向かう。
「次は……スイーツ、だな」
彼女の胃袋は、まだまだ終わらない。
【本日のレシピ】
――
【海軍式カレーのためのスープ(出汁)の作り方】
※所要時間:約4〜5時間(丁寧に作る本格派)
材料(約2L分のスープ)
•牛すね肉 or 牛すじ肉:300g(または牛骨)
•鶏ガラ(中抜き・ぶつ切りでも可):1羽分 or 2〜3本
•玉ねぎ:1個(皮付きのまま縦半分)
•人参:1本(皮つきのまま乱切り)
•セロリ:1本(葉つきが望ましい)
•にんにく:2片(潰す)
•生姜:1片(薄切り)
•ローリエ:1枚
•黒胡椒(粒):小さじ1
•水:約2.5L
(※煮詰めて2L程度に仕上げる)
――
作り方
【1】アク抜き(下茹で)
1牛すじ・鶏ガラをたっぷりの水で一度沸騰させ、アクが出たら湯を捨てる
2表面の汚れや血合いを流水で丁寧に洗い流す
【2】煮込み(4〜5時間)
1大きな鍋に下処理した牛肉・鶏ガラ・野菜・スパイス類をすべて入れる
2水2.5Lを注ぎ、中火でゆっくり加熱 → 沸騰直前で弱火に切り替える
3弱火でコトコト4〜5時間煮込む
(アクが出たら都度丁寧に取り除く)
4水が減ってきたら、少量追加して2L程度の量を保つ
【3】漉す
1ざる or キッチンペーパー等で丁寧に漉して、澄んだスープにする
2濁りが少ない、黄金色の上品な出汁が完成!
――
【旧海軍風カレー用・自家製スパイスルウレシピ(6人分)】
ルウのベース材料:
•小麦粉:大さじ4(30g)
•ラードまたはバター:大さじ2(25g)
•スープ or ブイヨン:適量でのばす(約300〜400ml)
――
スパイス配合(乾燥パウダー/混合して使用)
※計 大さじ3程度の配合になります
スパイス名分量(目安)備考
カレー粉(市販の赤缶等)大さじ1.5ベースの香りと色。必須。
クミンパウダー小さじ1土っぽい香り、カレーらしさの核
コリアンダーパウダー小さじ1柑橘系の香り、やや甘みもある
ターメリック小さじ1/2色味と抗菌作用(やや苦味あり)
シナモンパウダー小さじ1/4甘い香り。隠し味に
クローブ(粉末)ひとつまみ重厚感を出す。入れすぎ注意
黒胡椒(粉)小さじ1/2刺激的な辛さ
チリペッパー(粉)小さじ1/4〜1/2辛さ調整用(お好みで)
ジンジャーパウダー小さじ1/4温かみと香り
ガーリックパウダー小さじ1/4にんにくの風味補強(生と併用可)
――
ルウの作り方
1鍋またはフライパンでラード(またはバター)を中火で加熱
2小麦粉を加えて焦がさないように10〜15分炒め、きつね色に
3火を止めて、混合したスパイスを一気に加え、余熱で香りを立たせる(約30秒)
4少しずつブイヨンを加えながらダマにならないよう混ぜてのばす
5とろみがついたら完成!そのまま具材の煮込み鍋に投入して全体をなじませる
――
仕上げの味付け
•醤油(小さじ1):日本的なコク
•ウスターソース(大さじ1):甘みと酸味の補正
•牛乳 or コンデンスミルク(50ml程度):まろやかさを補う(当時のレシピの特徴)
――
『海軍割烹術参考書』に基づくカレイライスのレシピ(6人分)
材料:
•牛肉(または鶏肉):適量(角切り)
•玉ねぎ:適量(みじん切り)
•人参:適量(さいの目切り)
•じゃがいも:適量(さいの目切り) 
•自家製スパイスルウ:旧海軍風カレー用・自家製スパイスルウレシピ(6人分)を参照
•塩:適量
•米:適量
•スープ(牛骨や鶏ガラから取ったもの):適量
•福神漬けなどの漬物:適量
作り方:
1米を研ぎ、スープで炊飯する。
2旧海軍風カレー用・自家製スパイスルウレシピ(6人分)にスープを少しずつ加えて、ルウを伸ばす。
3別の鍋で牛肉、玉ねぎ、人参を炒め、スープを加えて煮込む。
4じゃがいもを加えてさらに煮込み、具材が柔らかくなったら、ルウを加えて混ぜ合わせる。
5塩で味を調え、さらに煮込む。
6炊き上がったご飯とともに皿に盛り付け、チャツネなどを添えて提供する。
――
【海軍カレーに合う!和風リンゴチャツネのレシピ】(作りやすい量)
材料:
•リンゴ(ふじ・紅玉など):1個(200g前後/皮付きでOK)
•玉ねぎ(みじん切り):1/4個(約50g)
•おろし生姜:小さじ1/2
•おろしにんにく:少々(お好みで)
•りんご酢 or 米酢:大さじ2
•はちみつ or 砂糖:大さじ2(甘さ調整可)
•醤油:小さじ1(隠し味/入れすぎ注意)
•レーズン:大さじ1(なくても可)
•シナモンパウダー:少々(風味付け)
•クローブ or オールスパイス(あれば):少々
•塩:ひとつまみ
•水:50〜70ml程度
――
作り方:
1リンゴは皮ごと粗みじん切り(食感が残る程度)にする
2小鍋にすべての材料を入れて中火で加熱
3沸騰したら弱火にし、水分を飛ばすように15〜20分煮詰める
•時々かき混ぜて焦げないように注意
•ジャムより少しゆるいペースト状がベスト
4火を止め、粗熱を取って清潔な容器に入れる
――
完全な不定期連載です。
作者の息抜きです。
ちなみに、レシピは実際に作者が作ったものでありんす。




