天衣無縫のソフィア
マコトはソフィアの語りの中にある親切な人達について、やや引っかかりを憶え、疑問をぶつける。
「ママ? その人たちって、親切心はもちろんあると思うけど、多分、ママの美しさ、話し口調やその声に惹かれての行動だよね? 大勢に取り囲まれるでしょ?」
「あら? そそ、そうなのかしら?」
ソフィアは自身の容姿を自覚している。当然鏡を見て知っている姿は、周囲が絶賛していた、自身の母親アイリの美しさに段々と似てきたからだ。
しかしそれに対する自意識は薄かった。
幼少期に可愛らしいと褒められたことは子どもに対する賞賛の類で、訳あって少し早めに親元を離れ、ジンと結ばれてからは、また別の理由から人目を忍ぶ日々を繰り返してきたソフィアだった。
家族以外から褒められることは殆どなかったため、見慣れた自身の容姿を必要以上に称賛される機会もなかったわけだ。
それゆえに誰に対しても別け隔てのない自然体で接するから、相手も気後れすることのない自然な会話を為せている。
そのためざっくばらんなただの顔見知り的関係性の上で皆と意思疎通を図ることができているとソフィアは思っている。
「そういえば話し始めてふと振り返るといつの間にか囲まれちゃっていたような……」
実際もそうであることは間違いないのだが、相手からすれば、見目麗しいソフィアに対して、容姿に関する好感を持って接していることは否めない。
特に初顔や会話を為す関係性よりも遠い人たちも、そのときの自分の周りにいることは確かで、そのような人たちは美しい見た目から興味を抱いて寄ってきていることは間違いなさそうだ。
「でもみんないい人よ? 我も我もって、こぞって意見をくださるの。すごく助かってる……」
そして、マコトの言により、ふとその事実を認識させられたソフィア。
「でも、うーん。そういうこと?」
ふと、自身に対して綺麗だと思ってくれている輩、その存在、その心持ち……
「……なの……かなぁ?」
に意識が向く……と、途端に恥ずかしさがフツフツと込み上げては、次第に膨れ上がる。
「……って、え? つまり……」
マコトの指摘を受けると、その認識の深まりに伴い、ソフィアは次第に頬を紅く染め上げ、ふるふると打ち震えながら俯いていく。
マコトは溜息をひとつ漏らし、想像される情景を続ける。
「やっぱりね。普通はみんなそのまま通り過ぎるけど、その愛らしい声に誘われて、声の主の身振り手振りに癒やされつつ、それでも前に出るのはおこがましいのか、自然と後ろが膨れ上がるみたいだよね? 美しすぎるのも困ったものだね、パパ?」
「オ、オレか? あ、まぁ、そうなんだけど……これは贅沢過ぎる話で、美しすぎる妻、身に余る幸せではあるけど、みんながみんな振り返るから、ヤキモキしちゃうのも事実ではあるかな」
ジンは、日頃思っていたことだが言えなかった内容を告げる。
もちろん隠していたわけではなく、ワザワザ話す内容でもなかったからだ。
しかし、聞かされるソフィアにとっては、自覚がなかったとはいえ、見方によっては美貌をひけらかし相手の好意に付け入っているようにも捉えられなくはないことに改めて気付く。
そして、そんな、まるで厚顔無恥にも思える自身の振る舞い……を振り返れば振り返るほどに、浮かび上がる情景はよりいっそう恥ずかしさを極めるようだ。
羞恥のあまり戦慄きながら俯き加減は最大に、ソフィアは額をテーブルに押し付ける。それを見かねたジンがフォローの言葉をかける。
「あ、まぁその、ソフィア? そんなに気にすることはないよ。実際ソフィアは絶世の美女だと思うし、そんなソフィアからもしも妖艶に微笑みかけられたら、今にも天に昇りそうなほどの喜びや心を射抜かれるくらいの衝撃を受けるかもだけど、そう感じさせないほどの屈託のないソフィアの天真爛漫な笑顔と振る舞いに邪な他意がないことくらい、ほとんどの人が感じ取っていると思うよ。稀に変な思い違いをする輩がいるかもしれないから、それには注意を払ったほうがいいけど、そうじゃないなら、友人的な好意に対して、ソフィアもこれまで通りの友人的な好意で返してあげる、でいいんじゃないかな」
「マコもそう思う。ママが綺麗なことは、そこにいるみんなの共通する認識だし、それを変えることなんてできるわけないもん。ただ、何も気付かないでいたら予想もしてなかった結果が待っているような気がするけど、キチンとわかった上で、好意をいい感じに捉えて、関係性? を保った大きすぎない感謝で返してあげるのなら、何も問題ないんじゃない?」
「そうだな。マコトもいいこと言うなぁ。オレもマコトと同意見だ。それで、その、なんだっけ? 誰かが秋刀魚のことを調べてくれたんだっけ?」
思わぬ意気消沈ぶりのソフィアに向けて、話が整ったところでジンは話題を振り戻す。話題を振られたソフィアは、我を取り戻しつつ、元の話題の次の話を思い起こし、やや臆しつつも話を切り出す。
「そそそ、そうよ。秋刀魚のことを調べてくれた人がいて、漁獲業者さんが言うには、秋刀魚は確かにこの辺りでは捕れないらしいのだけど、その、太平洋にいるはずの秋刀魚が数匹だけど、こちらの海域に時々紛れ込むことがあるらしいの。私が秋刀魚を欲しがっていることを話したら、もしも紛れ込むことがあったら分けてくれることになって、先日入手したばかりの新鮮な秋刀魚だったわけなのよ」
「お、マジか。それはありがたい。いやぁ、ソフィアのお知り合い、凄い人脈が築けたものだな。さすがソフィアだね」
「あははは。そうでしょ? そのことが凄いでしょ? って言いたかったことだけど……でもなんか今は、私も浅はかだったかなぁ〜って思い始めて、喜びとそうじゃない部分で、なんかどっこいどっこいだね」
「ああ、さっきは変な言い方をしちゃったからアレだけど、豊かな人脈は人生を渡り歩く上でとても強力なものだから、確かな人脈なら多いに越したことはない。そんな確かな人脈はお互いに好意を抱ける相手じゃなければ築くことはできないと思うんだ。その意味で見目、発言、振る舞い、声などの魅力があることは強力な武器でもあるし、ただ望んだだけでは手に入れることができないものが資質として備わっていることは誇りでもあると思うんだ。だから、ソフィアもこれまで通りのソフィアらしさを振りまいていく、で問題ないと思うよ?」
「マコもそう思うし、綺麗で賢いママの姿は絶対誇らしい。それに何よりマコが大好きなところでもある。素敵なママの子に生まれてこれて本当に幸せだよ?」
「あああ、ありがとう。二人とも。なんか気が抜けちゃったなぁ。少し繰り返しになっちゃうけど、市場で知り合う人たち、みんないい人で、わたしが結婚して子どもがいることも知っていて、生活を応援してくれている感じなの。だから、これまで通り、お知り合いの和として大切にしていくことにするわね」
「そうだね。それでいいと思う。あと、その懇意にしてくれた友人の関わる業者さんの名前、会社名かな? それがわかるなら調べといてくれる?」
「え? ジンが何かをしてくれるってこと?」
自分には懇意にしてくれるお知り合いたちに、何かを返すことまでは考えが及ばなかったところに、ジンが名乗りを上げてくれているように思え、ソフィアはそれを確かめるように問う。
「うん。たぶんその業者さんは問題ないと思うけど、特に貿易系の会社が絡んでいる場合、どこかで別の悪い業者に繋がっていて何か火の粉が飛んでこないとも限らないし、ソフィアを含むおれたち家族を護るだけじゃなく、その業者さんだって、影響を受けないとも限らないから、調べるだけはやっておきたいと思っているんだ」
ジンの機転と内容を聞き、良いアイデアであると、目を輝かせるソフィアは、心が満たされることで顔の表情も柔和する。心から素直に滲み出る感謝をソフィアは還付したい思いとともに素直な言葉で返す。
「なるほどね。わたしたちの生活を応援してくれる人たちだから、わたしたちにできる応援で返してあげるってことね。さすがね。頼りになる旦那様でよかったわ」
すると、先程までの会話の流れをなぞるようにジンは言葉を綴りだす。
「ソフィアが声を掛けて、ただ嬉しそうに笑顔で返すだけで、好意を寄せてくれるその人たちは満足に思ってくれるかもしれない……」
「あー、もう言わないでぇ〜。反省してるしそんな不敬な考えはしてないから〜」
皮肉のつもりではなく、ジンはソフィアスペックによる効果の再確認の言葉を並べただけだが、未自覚さを懲りているソフィアは大慌てで触れてほしくない旨を乞う。しかし、話を持ち出したジンの意図はその続きにあるようだ。
「あはは。でもそれだけじゃなくて、見えないところだけど、心を尽くしていることがあるとしたら、今じゃないけど、それはいつか何かで伝わることもあるかなってことなんだ。それは何かが起こることを期待するわけじゃないけど、そんなときにもしも助けてあげられるとしたら、そこで得られる信頼感はそれこそ青天井。堅い絆で結ばれる人間関係って素敵なことだと思う。日本人って簡単に他人を信じちゃうけど、外国人から信頼を得ることは難しいことだからなおさらね」
―― そうそう、こんなときに裏でいろいろなことを調べてくれて、表では何もなかったかのように振る舞うのがパパの信条っぽい。
―― 何をどう調べて判断しているのかはよくわからないけど、いつもどこかでいつの間にか救われているんだよね。
そこからは様々な話題に飛び火しながら、夕食の幸せな時間はゆっくりと過ぎていく。マコトはそれぞれの話題に興じながらも、脳裏ではジンに関わる記憶を振り返る回想が展開していく。
―― なにやら難しいほーりつてきな問題が絡むときには「いんがかんけい」みたいなことばも零れてきたりする。
―― なんのことだかマコにはさっぱりなのだけど、そこから少したった頃には、立ちはだかっていた壁のような問題事もいつの間にか乗り越えていて……。
―― そんなときには、笑顔咲くきらきら未来にそーぐーすることができるって、ママが幸せそうに言ってたな。
―― とくに算数や理科? 的なことにもむちゃくちゃ詳しいらしくて、とても頼りになるらしい。
―― なんだかとってもあたまのよい優しさみたい。
―― あたまをつかって誰かをしあわせににできるなんて、すごくスマートでカッコよすぎる~。
―― そんなところにママもズキューンってきたのじゃないかなぁ?
―― 法律関係ってやたら難しそうだから、マコは好きじゃない。
―― だから将来お嫁さんになるときは、小難しい人は嫌だけど、パパみたいに優しく頼れて、ほーりつ関係は、ぽいっと丸投げできる人がいいかな。あははは。
美味しい食事と、楽しい語らいの時間はあっという間に過ぎていく。
「「「ごちそうさまでした!」」」
夕食を終えると、ジンはやり残している片付けに戻ることを告げる。
「じゃあ、オレは作業に拡げたものをかたしてくるから、ソフィア? 夕食の片付けよろしくね。その後で、皆でお風呂に入ろっか?」
お風呂タイムもこの家族の大切で楽しい語らいの時間だ。
身体が温められて程よく解されるこの時間は、のんびりとして特別な話題などのない、心の零す気持ちよさの発露の声がほとんどとなるが、疲れも一緒にお湯で流した綺麗な身体で、何も考えず裸を寄せ合い息を吐く。そんな日本人ならではのお風呂文化に異国生まれのソフィアもすっかり慣れ親しみ、ただただ息を吐くだけが堪らなく気に入っているらしい。
だから、毎日のことだが、今日も一日を締めくくるこの時間のことを、示し合わせる言葉を聞くだけで、予測される幸福感から、皆の顔の表情に幸せの笑みが宿る。まるでパブロフの犬のように。
「わかったわ。任せて。マコちゃは自分のお風呂のお着替え準備できる?」
「はーい。大丈夫。皆のバスタオルも準備しとくね」
「お! マコちゃも少し気が利くようになってきたわね。じゃあお願いしようかしら」
「任せて! マコだって日々成長してるんですーっ!」
「ふふっ、そうよね。じゃあ任せるわね」
「はーい」
マコトは夕食の片付けをするソフィアの背中を見ながら、お風呂の準備に取り掛かる。ビデオを見たりする以外のそんな合間の時間は、マコトにとっては専ら回想タイムとなる。
一般的には妄想ともいうが、幼いながらも時間は有限であると感じているマコトにとって、何かの作業をしながら思考が止まっているのはもったいないと考えているから、隙間時間があるときも常に思考は止めない考え方のようだ。
今は夕食の片付けで背を向けているソフィアを見ているが、いつもありがとう、という思いから、再び妄想は展開されていく。
―― ママはパパよりもっと優しい。
―― って言い方したらパパは拗ねちゃいそうだけど、ママのやさしさって、ほかの誰ともくらべようがない、そう、偉大なの。
―― いつも包まれているような安心感で、まるで女神さまみたいな……。
―― って、ほんとうの女神さまがいるのかはわからないけど、パパじゃなくても一目惚れしちゃうよね~。
―― マコもお話しするときは混ぜてほしいけど、難しすぎることばはまだ苦手だから、話についていけないこともたまにある。
―― そんなときは、わかってるふりをして、心の中にメモメモ。
―― あとできっちり調べておくのだ。
―― あはははぁ。
―― 知らないことは恥ずかしいことかもしれないけど、こういう機会学習のほうが一番学習効果があがるんだよね。
―― というわけで、マコはハーフなんだけど、生まれたときに真っ黒な髪と瞳だったから、名前も日本人の名前で「まこと」になったんだって。
―― もしもママみたいな金髪碧眼だったら、どんな名前を付けてくれたのかなぁ?
―― なんとなく興味があるから、こんどママに聞いてみよぉっと。
そうして夜は更けていき、今日も一ノ瀬家の一日が無事幕を閉じるのだった。




