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王国じまい、はじめます!  作者: 七嶋璃
身替りの王太子妃
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言い訳

セシリアは、残り少ない午前中を荷物の整理をして過ごした。実家から運び込まれた数少ない荷物をしかるべき場所にしまっていく。実家でも人手が少なく自分でできることは自分でやっていたので、手慣れたものだ。

王太子妃になるような立場の令嬢ならば、侍女にやってもらうのだろうが、荷の少なさに引け目を感じて断った。

その後は、食堂に案内され昼食をとった。

食堂は豪奢なシャンデリアの下に、六人掛けのテーブルが置いてある。

壁には大きな風景画が、テーブルの上には花柄を織り出したテーブルランナーが、さらにその上には美しい装飾の燭台と葡萄や林檎が盛られた果物籠、赤を基調にした花が生けられた大ぶりの花瓶が置かれていた。

アレクの言葉通り、アレクはおらずセシリアの食事が一人分用意されていた。

給仕を受けながらゆっくりと食べる。精進潔斎のあいだにも思ったのだが食事がとにかくおいしい。

問題が完全に解決した訳では無いが、隠し事がなくなり気を張らなくてもよくなったこともあり、お腹がとにかくすいていた。

出された食事を全部平らげ、おかわりをするかどうか迷った末、初日からはやりすぎだと思ってあきらめた。

そのかわりと言ってはなんだが食堂を出るときに果物籠から林檎を一つ、ポケットに入れた。

一旦自室に戻ると休む暇もなく春宮(とうぐう)内を案内された。

半白髪をきっちりとまとめ上げた侍女頭のリュドミラとセシリア付の侍女オリガにあちこち連れまわされる。正直全然覚えられる気がしない。覚える以前にセシリアはあまり方向感覚がよくなく、慣れない場所だと迷ってしまうことが多い。

一通り春宮内を見終わってやっと自室へと戻る。お茶の時間はとうに過ぎている。

ふうと息を吐き、食堂から持ってきた林檎でも食べようかと思い、オリガが部屋の中にいることに思い当たった。オリガは見事に存在感を消し、ひっそりと部屋の隅に佇んでいる。

「オリガ、なにかほかに仕事があれば済ませてきていいわ」

「私は王太子妃殿下付きの侍女ですので、これが仕事です」

「……そう」

よく知らない人間と部屋にふたり、というのは落ち着かない。

実家ではマリアムが一応セシリアとカタリナ付きの侍女、という名目だったがいかんせん使用人が少なく、マリアムは姉妹の仕事よりも針仕事や細々とした雑用をこなしていることが多かった。

結果、セシリアはひとりで気ままに過ごすことが多かった。

王太子妃ともなれば誰かが常に控えているのは当然で、このような不自由もあるのか、と気が重くなる。

気にしない気にしないと心のなかで唱えつつ、ソファに腰かけ、アレクに渡された重たいグザヴィエ憲章を取り出す。テーブルに本を置き、読むともなしにぺらぺらとページをめくる。そのあいだもオリガはじっと立っている。

「あなたも座ったら。ずっと立っているのは疲れるでしょう」どうしても気になってセシリアがオリガに声を掛ける。

「いえ、結構です」

「私が落ち着かないから座ってほしいの」

オリガはかぶりを振ってかたくなに固辞した。普通に頼んでは座ってくれそうにない。

セシリアはポケットから林檎を取り出しテーブルの上に置いた。

「あなたも食べない?」

「結構です」

セシリアはドレスの袖で林檎を拭くとそのままかじりついた。オリガが微かに目を見開く。

新しい王太子妃は下品な女だと噂が立つかもしれない。だが、噂話もセシリアの耳に届かなければ、セシリアにとっては噂話はないも同然だ。セシリアの知ったことではない。そもそも神隠しにあった娘だ、現時点で何を言われているかもわからない。そこにさらにひとつ悪評が加わったところでどうということはない。

セシリアは、林檎をきれいに食べ終わると芯を屑籠に投げ入れた。

「お茶が欲しいのだけど頼めるかしら」

「かしこまりました」

オリガは全く顔色を変えずに退出した。

突飛な行動をして、オリガを動揺させたくて林檎を丸かじりしてみたものの、セシリアには特に考えはなかった。しかもオリガは大して動揺しておらず、セシリアの目論見は外れた。

ただ行儀の悪いところを見せただけになってしまった。セシリアは若干後悔しつつグザヴィエ憲章を読んでいると、オリガがお茶の支度をして戻ってきた。

お茶を注ぐオリガをセシリアは観察する。

切れ長の目と小さな鼻と口が整ったバランスで配置されている。整っているが故に特徴をつかみづらい、そういった顔だ。

背はセシリアより少し低いくらいで、身ごなしに無駄がないというか隙がない。

明らかに侍女の身のこなしではない、とセシリアはお茶を飲みながら思う。

監視でもされているのだろうか、監視されたところで困ることはなにもない。

セシリアはオリガを気にしないようにグザヴィエ憲章を読み進めた。

読むといっても憲法なので特に面白いということもない。たまに、こんな決まりがあるのか、と興味深く感じる部分もあった。

そうこうしているうちに夕食の時間になり、セシリアはオリガに食堂へ連れて行ってもらった。まだひとりで行ける自信はなかった。

食堂には約束通りアレクも来ていた。

六人掛けのテーブルに向かい合わせで座る。話すのに声を張らなければいけないほどではないが、隔たりを感じる。その距離が今のセシリアには安心できた。

「春宮の初日はどうだったかな」アレクがたずねる。

「広くてしばらくは迷いそうです」

「徐々に覚えてけばいい。オリガがいつもそばにいるだろうから」

「それなんですが、彼女はいったい何者なんです?なんだか侍女という感じには思えませんが」

「あれは貴女の護衛だ」

「護衛、ですか?」

「別に特段、命を狙われている、というわけではない。保険だ。それにオリガには貴女に護身術を教えてもらおうと思ってな」

「護身術ですか?」

「それもすぐにどうこうというわけではない。いざというとき、自分の身を守れたほうがいいだろう」

「はあ」気のない返事になってしまうのはいまいち実感がわかないからだ。

「ということで今貴女付きの侍女は、侍女の仕事に慣れていないオリガしかいない。実家から呼び寄せたい者がいれば手配するが」

「それは、ありがたいですけど、うちも人手不足なので」

「シーラッハ家には十分な支度金を支給した。それに呼び寄せた者の給金は春宮から出る。問題はないはずだ」

「そうですか、ありがとうございます」

母には悪いがマリアムに来てもらおうとセシリアは心に決める。

しばらくの沈黙の後、アレクが言いにくそうに切り出した。

「いまさらと思うかもしれないが、今回のことについて言い訳をさせてくれないか」

「はあ」ますます気のない返事になる。もう過ぎてしまったことだし、シーラッハ家にとってはうまく収まった。それにセシリアは腹を立てるほどアレクのことを知らない。

セシリアに構わずアレクは続ける。

「我が国と隣国のシュタイルハイム帝国との関係があまり良好でないのは知っているだろう」

セシリアはうなずいた。他国の情勢に疎いセシリアでもそのくらいは知っている。

「どうも動きがきな臭くて、国境近くで3ヶ月近く軍事演習を行っていた」

「王太子殿下、自ら、ですか」

「アレク、だ」

「……アレク自らですか」

「そうだ。きちんと牽制になるよう、かといって挑発しすぎないよう、なかなか塩梅が難しくてな」アレクはふっと息を吐いて続けた。

「本当はこういうことが得意な奴がいるんだが、今、外遊中でな。俺は許可した覚えはないが」アレクはため息交じり言った。

「まあそんなこんなでこちらの状況を把握できなくてこんなことになってしまった、というわけだ」

「そうですか」

「怒らないのか」

「私は……怒る立場にはありませんから」

アレクは、一瞬ぐっと感情が動いた顔をしたがすぐに再び深い溜め息を吐いた。

「お前は俺が思っているより、ずっと……」アレクは言いかけてやめた。給仕に身振りでほとんど終わっていた食事を下げるように合図する。

「いや、やめておこう。お茶を」

手際よく食事が片付けられ、食後の菓子とお茶が供される。

アレクは自分のお茶と菓子を持って、机の角を挟んでカタリナの右隣へ座った。

昼間の婚約式での正装に黒貂のマント姿より大分威圧感は少ないが、それでも知らずのうちにセシリアの背筋が伸びる。

「セシリア、今後のことは決めたかな」

「はい、とりあえずここに残ろうと思います」

セシリアの言葉を聞いて、アレクはほっとしたように微笑んだ。

「私がここに収まるのが一番いい方法だと考えました。それに半年は婚約期間、なんですよね」

「そうだ」

「半年後にもう一度身の振り方を考えさせていただきたいです」

「わかった。ただし婚約期間はみっちり王太子妃教育はさせてもらう。それでいいな」

そう言うとアレクは大きな手をセシリアに差し出した。セシリアはアレクの手のひらにそっと触れるとがっちりと握り込まれた。

婚約式のときも感じたが、分厚く硬い手のひらから鍛錬を積んでいることが読み取れる。

セシリアも負けずとアレクの手を握り返した。

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