秘密の食事
二日目の昼も過ぎた。
昨日の夕食も昼食と同じく、薄いスープとパンだった。夕食後、我慢ができずアレクが持ってきてくれた焼き菓子を全部食べてしまった。
朝食はなかなかに薄い麦粥だった。午前中の早い時間からずっと、アレク、というかアレクが持ってきてくれる食べ物のことを考えている。
自分はこんなに意地汚い人間だったのかとがっかりもしたが空腹には勝てない。
礼拝室に通じる扉の近くに椅子を置き、そこでアレクが来るのを待つ。聖典は広げているものの内容が全く頭に入ってこない。
午後のお茶の時間くらいになってようやく、扉が静かに叩かれた。
アレク以外は考えられないのだが、万が一のことも考えて扉越しに聞く。
「アレク?」
「すいません。遅くなってしまって」
扉を開けると昨日と同じく大きな籠を持ったアレクが立っている。ただし今日は籠が2つに増えている。
「入っても?」
「どうぞ」
アレクは部屋を見回して迷った末に、テーブルの近くの床に籠を置いた。
「相変わらず落ち着かない部屋ですね。昨日は大丈夫でしたか」
「なんとかね」
「今日は忙しくて昼を食べ損ねまして、ご一緒してもよろしいですか。ここで食べておかないと夜まで食べられそうにないんで。それとも未来の王太子妃殿下と食事をご一緒するのは不敬ですか」
「そんなとんでもない。一緒に食べましょう」
「ありがとうございます」
本当はひとりのほうが気楽なのだが、食事を運んできた人間を無下にはできない。
アレクは籠を覆っていた布を机に広げ、籠の中から食べ物を取り出し机の上に手際よく並べていく。
野菜や干し肉を挟んだのサンドイッチ、塩味のケーキ、たっぷりのクリームで飾り付けられたケーキ、シンプルな焼き菓子、新鮮な果物、ドライフルーツとナッツなどで机はいっぱいになった。どれも一口サイズで今日は服が汚れることを気にせずにすみそうだ。
「時間的にお茶の時間なので今日のメニューはこんな感じです。その代わりお茶は昨日よりいいやつですよ」
アレクがポットからカップにお茶を注ぐ。お茶の良い香りが立つ。温かそうな湯気を見るだけでほっとする。
「どうぞ召し上がってください」
席についたアレクに勧められカップを口に運ぶ。香りが豊かで確かに昨日よりも高価そうなお茶だ。
お腹の中から温まるとより空腹が感じられてくる。ほぼ初対面の人間と食事をするのは気が引けるが、またお腹が鳴らないうちにと、きゅうりのサンドイッチへ手を伸ばす。
一口で口に入れる。柔らかいパンとしゃきしゃきとしたきゅうりの食感が口に広がる。
「おいしい」
「よかったです」
そう言ってアレクもサンドイッチを口に運ぶ。ひとつひとつの所作が美しく、近衛騎士にしても相当家格の高い家出身なのではないかと感じる。
「殿下はあと二日、大丈夫そうですか」
「……、え、あ、私のこと?ええ、なんとか大丈夫だと思うわ」
「貴女は王太子妃になられるのだから、これからは『殿下』と呼ばれるのですよ。早く慣れなくては」
「殿下、殿下ねえ」
「ご不満ですか」
「不満というか、本当に私が王太子妃になるのかしら、と思って。実感がないのよ」
「ありませんか」
「その、心構えも何もできないまま来てしまったものだから。王太子殿下もどういう方か全く知らないし」
「不安ですか」
「不安は不安だけれど、王太子殿下がどういう方かとかこの先の生活がとか、そういう不安じゃなくてもっと違ったものなのよ。あなたには説明しづらいのだけれど」
「そうですか。王太子殿下は……良い方ですよ。あなたを決して悪いようにはなさらない、と思います」
アレクはそう言って塩味のケーキを口に入れた。
「そうだ、暇つぶしも持ってきたんですよ」
アレクはテーブルにかけた布の端で手をぬぐうと、籠から本を三冊取り出した。
一冊目は大きく分厚く、たくさんの人に読まれたのか深い色に変色したのしぼ皮と金属で重厚な装丁がなされている。
「これはグザヴィエ憲章、国の基本となる決まり事が書かれています。読んだことはありますか」
「少しは知っているけれど、きちんと読んだことはないわ」
「俺の一番のおすすめです。次はこれ」
二冊目は先程の本より一回り小さく大分薄い。濃紺の布で装丁してある。
「これは近隣の国の地図です。画が美しいのでながめているだけでも楽しいですよ」
三冊目はセシリアがよく知っている本だった。赤い厚紙の装丁で表表紙に金文字で題名が印刷されている。幼い頃から何度も繰り返し読んだおとぎ話だ。
アレクはなぜセシリアの好きな物語を知っているのだろう。それとも偶然だろうか。
「これは、気分転換用です」
アレクはセシリアの前に一冊ずつ大きい順に積み重ねてた。
「読むも読まないもあなたの自由です。お暇だろうと思って」
「ありがとう。助かるわ」
「俺はそろそろ行きますね」
アレクは食事の片付けを始めた。
はじめは気詰まりだったが、アレクと食事するのは思いのほか楽しかった。
そのまま一人で食事を続けるのはなんとなく気が乗らず、セシリアは自分の分も片付けはじめた。
「まだ召し上がっていてください」
「いいの、一旦片付けるわ」
「そうですか」
ふたりで残ったケーキやドライフルーツを籠にしまう。まだまだ食べ物はたっぷりある。
アレクはまた明日も来ると約束して帰っていった。
真っ白な部屋には、セシリアと籠いっぱいの食べ物と本が三冊残された。
やっぱりこれは王太子妃として勉強しろということなのだろうか。
セシリアは椅子に座り直し、重たいグザヴィエ憲章を開いた。