ブリギッテの弓の稽古
オリガについて庭園の外れにある射場へと入る。よく庭園を散歩しているので射場があるのは知っていたが足を踏み入れたのは初めてだ。馬場も射場も春宮内には一通り備えている。
オリガが持ってきてくれた胸当てをドレスの上から着ける。セシリアもブリギッテも袖が大きく膨らんだりしていない比較的簡素なドレスで、着替えなくても問題ないとオリガが判断したのだ。
渡された練習用の弓の弦を軽く引っ張ってみる。練習用とはいえかなり弾性があり、これを引くのかという気持ちになる。
「まず私が射ます」
オリガはそう言うと、矢をつがえて的へと狙いを付けた。ひゅうっと矢が風を切る音がして、矢は的に吸い込まれるように刺さった。わずかに的の中心を外れている。
「すごいわ、オリガ。弓もうまいのね」
「的が動いていないので当たりはします。動いていれば当たるかどうかはわかりません」
謙遜というわけではなく、淡々と事実を述べている調子でオリガが言う。
ブリギッテは声も出ない様子で、ほぅっとため息だけを吐いた。
オリガはセシリアとブリギッテに向き直ると続けた。
「弓には引き方があって、力任せに引けばいいというものではありません。が、筋力があるに越したことはありません。その分、強い弓が引けるようになりますからね」
オリガの言葉に、護身術のとき同様、体力訓練からやらされるのかと思ったが、オリガはセシリアとブリギッテに弓の基本的な引き方を教えてくれた。
力で引くのではない、というのはわかったが、それが実践できるかはまた別の問題だ。
一番弱い訓練用の弓を、セシリアもブリギッテも引き切ることはできた。
だがセシリアはそこから保つことができず、弾かれるように手を離してしまった。
ブリギッテはきちんと姿勢を保つことができ、弦を放した瞬間、低く鈍い音が鳴った。
「もうすぐにでも矢を射れそうじゃない」
「ブリギッテ様、はじめてにしては上出来です」
その後は、セシリアはとにかく弓を引けと放っておかれ、オリガはブリギッテに付きっきりで指導していた。ブリギッテはオリガの言うことに、真剣にうなずいていた。
最後にブリギッテが矢をつがえて射ってみたのだが、矢はまっすぐに飛ばず途中で失速し落ちた。
「初日でここまでできれば十分です。お兄様がたがお使いになっているとすればかなりの強弓だと思いますが、家にある一番弱い弓を探して練習なさるとよいと思います」ブリギッテに向かってオリガが言う。
「私は全然だめね」セシリアがオリガに弓を渡しながら言う。
「セシリア様は普通です。ブリギッテ様が筋がいいのです。セシリア様は王太子妃なのに頼めばやってくださるところは、私は好きですよ」
「オリガ、私のことをそういう風に見ていたのね」
「弓もできるに越したことはありませんから。攻め込まれたときに役に立つでしょう」
「なぜいつもそういう話になるのかしら」セシリアはため息を吐くとブリギッテに向き直った。
「今日はどうだったかしら」
「その、楽しかったです。自分で体を動かして、なにか結果が出るというのはおもしろいですね」
「そうなのよ、疲れるけれどおもしろいのよね。もちろんまたいらっしゃるわよね」
「ご迷惑でなければ」
「迷惑なんてそんな、やるだけやってみましょう。弓が使えるようになったら、案内人を雇ってブリギッテだけで狩りに行ってしまえばいいのだわ」
「そんなこと、考えてもみなかったです」ブリギッテが驚いて言う。
「まあ、それはやりすぎかもしれないけれど、どうぞここでは自由に過ごしてくださいね」
「ありがとうございます」
「そろそろ戻りましょう」
セシリアとブリギッテが春宮に戻ると、ヒルデガルトとマルティナはすでにレッスンを終えて二人を待っていた。
セシリア、ヒルデガルト、マルティナ、ブリギッテ、エドワード、イヴリンの6人で卓を囲む。
話題は、ブリギッテのこととなった。何をしていたのか、ブリギッテが小さな声で説明する。ブリギッテが話し終わると、ヒルデガルトとマルティナが次々に口を開いた。
「お茶会だけでもと思ったのだけれど、ブリギッテも楽しめたようでよかったわ」ヒルデガルトが言うと、マルティナが続ける。
「ブリギッテが狩りに行きたいなんて全然知りませんでしたわ。言ってくれれば私も何か考えましたのに」
「いえ、そんな」
「ブリギッテのお兄様がたは過保護すぎるのですわ。大切なのはわかりますけどもう少しブリギッテの気持ちを考えてもいいと思いますわ」
マルティナは圧は強いが、友達思いなのだろう。圧が強すぎてブリギッテが話しづらそうではあるが、そのことについてはセシリアは口をつぐんだ。
ヒルデガルト、マルティナ、ブリギッテの三人で会うのは久しぶりらしく、お茶会は先週よりも騒がしく過ぎていった。
ふっと話がおさまったときに、ヒルデガルトが言った。
「ひとつ提案があるのだけれど」
「提案、ですか」何を言われるかとセシリアがびくびくしながら答える。
「お茶会にもう少し人を呼んでみたらどうかしら」
「もっと人を増やすんですか」
「もちろんセシリアの負担になってしまうのでそれは申し訳ないのだけれど、私達にだって気楽に集まれる場所があってもいいと思わない」
「それは……そうですが一応、アレ……王太子殿下にご裁可いただかないと。それに私はまだ正式な王太子妃ではないのですし、あまり自由にするのは」
「セシリアの頼みならば殿下はお許しになるでしょう。それに私達に気をつかわなくとも『アレクサンドル』とお呼びになればよろしいのに」
「いえ、それは」セシリアは顔に血が上るのが自分でもよくわかった。
「まあ、よろしいですわ。とにかくよろしくお願いしますわね」
ヒルデガルトは莞爾と微笑んだ。




