王妃のダンスレッスン2
その後しばらくは、午前中はダンス、乗馬、自由時間、午後は護身術という日々を過ごした。
ダンスと乗馬のときはアレクも一緒なので、一緒に過ごす時間が増えた。
乗馬はまだ不安だが、大分乗れるようになった。なによりも馬に乗るのは楽しい。
馬の世話もなるべくするようになった。忙しくなければ、朝食後に着替えて厩に顔を出すようになった。
馬にブラシをかけていると、自然と王宮へ出かけるアレクを見送ることになる。
さっきまで一緒に朝食を食べていたというのに、見送ってもらうのはまた別らしく、アレクは子どものような笑顔を浮かべて出かけていく。
そんなに嬉しいのならば、馬の世話をするついでだし、アレクを毎朝見送るのも悪くないかなと思う。自分の行動でだれかが嬉しそうにしているのは、セシリアも悪い気はしない。
乗馬ほどではないが、ダンスもおもしろい。
アレクと踊るのも慣れて、頭で考えなくても体が動くようになった。そんなに話すわけではないが、踊りながら会話もできるようになった。
「そういえば、俺は一度カタリナと踊ったことがある」
「え」セシリアは驚きのあまり、今まで一度も踏んだことのないアレクの足を踏んでしまった。
「……っ」声にならない声を上げてアレクが動きを止める。エドワードのピアノも止まる。
「ごめんなさい。大丈夫ですか」
そのままの勢いで、アレクの胸にすがりつくようにセシリアが聞く。
「いや、俺こそ驚かせるようなことを言って悪かった」アレクはセシリアの腰に回した手を緩めず、ルシアに言った。「義母上、続けてください」
「そう。もういい時間だし、あと一曲だけ踊って終わりにしましょう」
ルシアの合図でエドワードがピアノを再開する。セシリアが習ったなかで、一番ゆっくりとした曲だ。曲に合わせて滑るように移動していく。
「さっきはすまなかった」
「いえ、こちらこそすいませんでした。カタリナはそんなに社交界に出ていたわけではないですけれど、お会いになったんですね。……あの、カタリナはどんな様子でしたか」
「特に変わった様子はなかったが、何か気になることでも」
「いえ、カタリナは駆け落ちするほどの相手がいたということは、社交の場に出ることも気がすすまなかったはずです。そのことを思うと、どんな気持ちで出ていたのかと」
「そうだな、カタリナに限らず気がすすまず出ている人間は少なからずいるだろう。誰もそんな素振りは見せないがな。俺はセシリアを先に見知っていたので、似ている、と思った」
「そんなに似ていますか?顔はあまり似ていないと思うんですが」
「いや、顔も姉妹とすぐわかるくらいには似ているぞ」
そこで曲が終わり、セシリアとアレクは離れてお辞儀をする。
ピアノのそばに集まりルシアから細かい注意点を聞き、そのまま他愛のない話になる。
「社交界ってやっぱり大変なんですね。私は出てないのでわからなかったのですが」
「そうね。楽しい人にはいいけれど、苦手な人もいるでしょうね。アレクサンドルなんか、なにかと理由をつけてほとんど行ってないのよ」
「俺は必要がなかったから行かなかっただけです」
「そうよね、アレクサンドルははじめからセシリアに決めていたものね」
「まあ、そうですが」アレクがもごもごと小さな声で言う。
「セシリアと踊りたいという理由だとしても今こうしてダンスの練習もしてくれているから、私は別にかまわないのだけれどね」
「義母上」アレクがとがめるように言う。
「だって本当のことでしょう。実際に社交や外交の場に出るとセシリアとアレクサンドルが踊ることはほぼないと思うわ。こちらがホストならばゲストと、ゲストならホストと踊ることが多いから」
「別に俺はセシリアが誰と踊っても構いません。儀礼上のことなので。でも練習相手が誰でもいいのならば、俺でも構わないでしょう」
「アレクサンドルはセシリアを独り占めしたいのよね」
「俺は……婚約式のあとは時間が取れなかったので、今時間を作っているだけです」
「そうね。今日はここまで。また今度ね」
ルシアは笑って流すと、楽士のエドワードと帰っていった。
「義母上の言ったことは真に受けないでくれ。あの人は俺をからかって遊んでいるだけだから」
「仲がよろしいようでよかったです」
「仲がいいというか……まあ、それはいい。俺が相手というのはやはりやりにくいだろうか。俺は特にうまくもないし」アレクは少しためらい、セシリアにたずねる。
「いえ、やりにくいということはないです。それにルシア様も一番はじめにアレクと踊れれば大体の殿方と踊れるようになるとおっしゃっていたじゃないですか。それに、アレクといるのも最近慣れてきました」
「慣れた、か。まあ、顔を合わせるたびにぎょっとされた頃にくらべれば進歩したか」
「あれは……すいませんでした」
「まあ、いいさ。ひとつ確認しておきたいのだが、慣れた、とはまさか兄のように思っているとかそういう話ではないだろうな。その、セシリアには兄がいるだろう」
「そうですね。兄、というのは違うと思います。うまく言えないのですけれど」セシリアは頭のなかで兄のコンラッドの顔を思い浮かべて首を振った。
「そうか、ならいい。俺たちも行こう、セシリア」
セシリアは差し出されたアレクの腕をとった。アレクがセシリアに目をやり、微かに笑う。
セシリアは思いの外、ここでの生活に馴染んでしまったと思いながら、つられるように笑みをこぼした。




