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王国じまい、はじめます!  作者: 七嶋璃
身替りの王太子妃
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ヴィクトル

国の歴史を教えてくれたフリードマンの授業が終わり、アレクに言われていた軍部の人間から軍の説明を受ける日になった。

セシリアは今まで軍人に会ったことがなく、緊張していた。

軍部には貴族の子弟も多いので社交の場に出ていれば会う機会もあったのだろうが、学校を卒業してほとんど引きこもっていたセシリアには全く縁がなかった。

やはり(いかめ)しい人なのだろうか。セシリアは机に頬杖をついてため息を吐く。

セシリアが机に覆いかぶさり伸びていると、扉がはっきりとした音で叩かれた。

「はい」セシリアは立ち上がり扉のほうを向き待ち構えた。

扉から入ってきた男は伸ばした黒髪を後頭部で無造作にまとめていて、黒い軍服がよく似合っていた。年はアレクと同じぐらいだろうか。思ったより若い。

「セシリア・フォン・シーラッハです。よろしくお願いいたします」セシリアは膝を折り頭を下げた。

「ヴィクトル・ミハイロヴィチ・オルロフです」

ヴィクトルは低く深みのある声で名乗った。大きな手が差し出される。手を握ると、がっちりと握り返される。

紫紺の瞳が楽しそうに笑っていて、面識があっただろうかといぶかしく思うが、ないはずだ。一度会っていたら忘れないだろう。

左眉の上に傷跡があり強面だが、そこはかとない色気があり、女性にもてそうなタイプだ。

挨拶が終わり早速、軍の構成や制度について説明を受ける。これはさほど時間がかからずその後、近隣諸国との軍事的関係についても説明を受ける。

近隣諸国との軍事的関係は複雑だったが、ヴィクトルの説明は簡潔でわかりやすかった。婚約の行き違いの原因となった、アレクが国境近くで軍事演習を行った事情も詳しく説明してもらった。

説明も一通り終わり、世間話的にヴィクトルの軍での実際の生活を聞く。

「やっぱり軍での生活は大変なんですね」

「慣れれば平気ですよ」

「王太子殿下も同じような生活をされるんですか。しばらく国境近くで軍事演習を行っていたとおっしゃっていました」

「ああ、あいつですか」ヴィクトルがにやりと笑う。「あいつも演習中は俺達と同じように生活をしていますよ」

「オルロフ中隊長は王太子殿下と親しいのですか」

「そうですね、殿下とは幼年学校から一緒で……」

ヴィクトルの言葉は扉が勢いよく開くけたたましい音にかき消された。セシリアが扉を振り返り見るとそこにはアレクが立っていた。

「失敬」セシリアと目があったアレクはそう言うとヴィクトルに歩み寄った。

「ヴィクトル、いつ帰ってきた」

「昨晩だが」

「なぜここにいる」

「ソボレフ大隊長に代わってもらった」

「なぜ帰ってきたことも代わったことも報告しない」

「貴様は俺の上長じゃないからな。報告の義務はない」

「それはそうだが」

「あの、あの」止めなければという気持ちで、言い合うふたりにセシリアが割って入る。短い付き合いだが、こんなに感情を露わにしているアレクははじめてみた。

「すまない、セシリア。驚かせて。こいつが俺が国を留守にする原因になったやつだ」

「ああ、あの」セシリアは、アレクが軍事演習を任せようと思っていた人間が外遊に出ていて自分が行くことになった、と言っていたことを思い出した。

「別に婚約を邪魔しようと思ったわけではない。婚約のことは知らなかったんだ。外遊だってちゃんと許可はとったさ」

「一言あってもいいだろう」

「だったら貴様こそ婚約のことについて一言あってもよかったんじゃないか。王太子妃殿下は上級学校時代から大層ご執心だったご令嬢だろ」

「馬鹿、言うな」

声を荒らげている男性をあまり見たことのないセシリアは、はじめこそ驚いたがふたりとも本気で怒っているというわけでもなさそうだ。

「セシリア、こいつのいうことは聞かなくていい」

「軍の説明すごくわかりやすかったですよ」

「俺に関してのことは、です。ヴィクトル、余計なことは言ってないだろうな」

「余計なこととはなんだ。そのためにわざわざ王宮から戻ってきたのか」

「お前に任せるとあることないこと言うだろう」

「俺は嘘は言わんさ。王太子妃殿下に言われて困ることがあるから急いで来たんだろ」

「そんなことなど、ない」

「随分と仲がよろしいんですね」セシリアが正直な感想を口にする。

「どうしてそうなる」アレクが心底嫌そうな声で聞き返す。

「オルロフ中隊長には気を許していらっしゃるようなので」

「ただの腐れ縁だ」

「そうそう、ガキの時分からの付き合いってだけですよ」

「殿下のお心を許せるご友人にお会いできて光栄です」

「アレク、だ。セシリア、俺の話を聞いていたか」

「もちろんです」

「へえ」セシリアとアレクのやり取りを面白そうに見ていたヴィクトルが言う。

「俺もヴィクトルでいい。王太子妃殿下もセシリアでいいか」

「なぜそうなる」アレクが反発する。

「アレクの(きさき)だったら俺が親しくしても別に構わないだろ」

「どういう理屈だ」

「私は別に構いませんけど」

「セシリア、それは」

「本人がいいって言ってるんだから別にいいだろ」

「俺はよくない」

「アレクの意見はきいていない」ヴィクトルはきっぱりと言い、立ち上がった。

「そろそろ時間だ」

「もうそんな時間ですか。この後、ご予定はお有りですか」

「予定は特にない。通常の軍務予定だ」

「よろしければ昼食でも一緒にいかがですか」

「セシリア」抗議するようにアレクが言う。そんなアレクを無視してヴィクトルが答える。

「いいね。お言葉に甘えて馳走になろうか」

「今日は俺もここで食べる」アレクが慌てて付け加える。

「行こうぜ。王太子殿下」ヴィクトルがアレクの肩に手を置き、笑いながら言った。

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