ふたりで朝食を 二日目
夕食が終わり、一旦私室に戻る。
夕食の間はアレクと話していたので眠くはなかったのだが、寝間着に着替えたころから眠たくてたまらなくなった。
体は痛くて動きがぎこちない上に、立ったまま眠りそうなセシリアをオリガが寝室まで送り届ける。
セシリアは寝室に入るとよろよろと寝台のところまで歩き、吸い込まれるように倒れ込んだ。
夜に話をしようとアレクに言われていたのに、とても起きていられそうにない。アレクに悪いなと思いながらセシリアはあっという間に深い眠りに落ちた。
セシリアが次に目を開いたときにはもう朝だった。
昨日と同じくアレクに揺り起こされて目を覚ました。
「うっ」体を起こそうとして思わず声が漏れる。体中が痛い。
「大丈夫か」
アレクが笑いながらセシリアを引き起こす。アレクは手を添えてセシリアを寝台からおろし、朝食の卓へとつかせた。
エスコートと言うよりまるで介護のようだ、とセシリアは湯気を立てる朝食の食べながら思う。
「眠ってしまって昨日はすみませんでした。私から話をしたいと言ったのに」
「いや、かまわない。こうなるとは思っていたからな。初日からここでの生活がいやになってしまっただろうか」
「いやではありません。フリードマン先生のお話はおもしろかったですし、オリガは……ちょっと厳しすぎますけど体を動かすことは嫌いではないですよ」
「そうか。フリードマン先生の講義は出てもらうが今日の午後はゆっくり過ごせばいい。オリガにもやりすぎないように言っておく」
「ありがとうございます」
体中が痛む中、護身術の稽古をしなくていいことになったのにはほっとしたが、セシリアには気にかかっていることがあった。
昨日フリードマンに指摘された行儀作法ともうひとつ、ダンスのことだ。結婚を諦め社交界に出ることのなかったセシリアはダンスを習ったことがなかった。気を遣ってか両親もそれに言及することはなかった。
「あの、フリードマン先生から私の所作についてはお聞きになられましたか」
「ああ、聞いた。心配しなくていい。行儀作法については侍女頭のリュドミラに頼もうと思っている」
「それだけではないんです。私、ダンスもできないんです」
「ダンスができない」アレクが驚いてつぶやく。
流石のアレクもセシリアがダンスを全く習っていなかったことは想定外だったようだ。
「ダンスは必要ですよね」
「そうだな」
「私は社交の場に出ることがなかったので、なにもできないのです。平民の娘と変わりません。やはり王太子妃は私よりもっとふさわしい……」
「俺はお前がいい。お前以外を俺の妻にするつもりはない」セシリアを遮ってアレクが強く言い切った。
「お前が嫌ならば無理強いはしないが、大公家令嬢ならば本来やるはずだったことを今からやり直すのだと思ってやってはくれないだろうか」
「……」
確かにダンスや行儀作法を習っているカタリナを見て何も思わなかった、と言えば嘘になる。
セシリアは大分昔に自分の気持ちに蓋をしてしまって本当は自分がどう思っているのかすっかりわからなくなっていた。
顔を上げると、アレクがじっとセシリアを見つめている。
恋愛や結婚を早いうちに諦めたセシリアには、アレクの気持ちは芯の部分では理解できなかった。それでもこれだけ熱心に乞われたならばそれもいいと思えた。
セシリアが小さくうなずくと、アレクの雲の向こうに青空が感じられるような灰青の瞳がふっと緩んだ。
「よかった」心底ほっとしたような笑顔は意外なほど幼い。
「ダンスは相手が必要だろう。いつでも俺が相手をする」
「そんな殿下自ら恐れ多い」
「アレク、だ。あと敬語もやめろ」
「急には無理です」
「そうだな。何事ももっと時間をかけるべきだな」
アレクはお茶を飲み干すと立ち上がった。
「もう少し話していたいがもう時間だ。また夜に話をしよう」
アレクが寝室の扉を開ける。扉の陰に、セシリアを迎えに来たのであろうオリガの姿が見えた。アレクがオリガに何か話しているのが聞こえる。
話し終わるとアレクはそのまま立ち去った。オリガは開いたままの扉をノックするとセシリアに声をかけた。
「セシリア様、お迎えにあがりました」
オリガはあきらかに不満そうな顔をしている。アレクに今日は休みにしろと言われて不服なのだろう。
「今日はお休みだけれど、あなたが私の体力を考えてやってくれるのならば、私ももっと頑張るわ」
セシリアはオリガがなんだか気の毒な気がして言った。気の毒だとも思ったが、頑張ろうと思ったのも本当だ。
セシリアの言葉を聞くと途端に嬉しそうな顔になってオリガはうなずいた。
オリガのことを不愛想な子だと思っていたけれど、自分の興味のあることには驚くほど表情豊かだ。
セシリアとオリガはゆっくりと自室へと戻った。
 




