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王国じまい、はじめます!  作者: 七嶋璃
身替りの王太子妃
11/39

ふたりで夕食を

汗をかいたので夕食前に風呂を使う。

オリガに重いものを持たされたり、走らされたりとこってりと絞られた。

お湯につかり手足を伸ばす。手も足も何もしていないのにかすかに震えている。

転んで擦りむいてしまったところにお湯がしみる。青あざもいくつかできている。

体のあちこちは痛むが、熱いお湯につかると疲れが溶けていくようだ。ぼんやりと湯につかっているうちに眠り込みそうになって慌てて顔を上げる。

柱や壁を頼りにしながら浴室を出ると、昨日と同じくオリガが待ち構えていた。

昨日と同じく髪と体の手入れをされて、しっとりと湿った髪はゆるやかに頭に巻きつけられた。

「すみません。髪の扱いに慣れていなくて、これで勘弁してください」

「全然大丈夫よ」

「ではこちらに着替えてください」

オリガが濃紺のイブニングドレスを差し出した。肩が大きくあいた見たことのないドレスだがカタリナのために母が誂えたものだろう。

正式な場では夕食時に着替えるというのはもちろん知っていたが、シーラッハ家では費用の問題もあって着替えていなかった。

そんなこともあって昨晩は着替えるということをすっかり忘れていた。

「えっと、これに着替えないと駄目かしら、昨日みたいに昼用のドレスではいけない?」

「昨日はすっかりお着替えを忘れていてすみませんでした。私も慣れていないもので」

「ってことはやっぱり着替えなきゃだめってことよね」

「お願いします。また侍女頭に叱られてしまいますので」

「わかったわ」

セシリアはイブニングドレスに袖を通す。着たことがないとは言わないが、数えるほどしか身に着けたことがなく落ち着かない。特に肩と胸元が大きく露出していてうすら寒い気持ちになる。

「ねえ、オリガ、変ではないかしら。こういうの、あまり着たことがなくて」

「よくお似合いです。セシリア様は大公家のご令嬢なのにお召しにならなかったのですか」

「機会がなくてね。家族は良くしてくれたけれど、嫁にいく宛てのない貴族の娘はいないのも同然だから」

大きくあいた胸元にはエメラルドの首飾りが飾られる。それは母がよく付けていたもので、持たせてくれたのかとありがたく思う。このエメラルドをセシリアに譲ったということは、母の手元にはこのような装飾品はもういくらも残っていないはずだ。

王太子妃になるということは、こういった意に沿わないことを我慢していくということなのだろう。その中でもイブニングドレスを着たくないなんていうことはほんの些細なことで、もっと大変なこともあるのだろう。

それでもいろいろなことを考え合わせると、セシリアが王太子妃になるということが一番いい道に思えたし、はじめてしまったからには半年はやり切りたいと思った。

セシリアは決意を新たにしおぼつかない足で立ち上がった。

食堂の前室に着くとアレクが椅子に座って、書類を読んでいた。アレクは顔を上げセシリアを見ると息をのんだ。

「遅れてすみません」

「いや、俺が早く来ただけだ」

アレクがセシリアをエスコートし食堂に入る。アレクがセシリアを席につかせて自分も席につくと、前菜が運ばれてきた。

セシリアは力の入らない手でフォークとナイフを握り、なんとか前菜を口に運ぶ。手はうまく動かないがお腹はぺこぺこだ。

「今日は着替えてきたのだな」

「はい、昨晩は失礼いたしました。私もオリガもすっかり失念しておりました」

「別に構わないが……いや、なんでもない」アレクはなにかを言いかけて途中でやめてしまった。その後もアレクは言葉少なだった。

今日のことをあれこれと聞かれると思っていたので肩すかしを食った気分だ。

どことなくよそよそしいし、怒っているのか。でも何に?セシリアには思い当たることはなかった。

だとすると昨晩と変わっていることといえば、やっぱり服装だろうか。

アレクのほうをうかがうと、ちょうど目が合った。何か言われると思ったが、アレクから目をそらされた。

このままもやもやしたままいるのはいやなので、セシリアは思い切ってアレクに聞いてみることにした。

「このドレス、やっぱり変ですか」

「え」

皿に目を落としていたアレクが顔を上げる。

「変ではない。よく似合っている」

「私、何かしました?」

「なぜそのようなことを」

「なんだかでん……、アレクの様子がおかしいので、私が何かしでかしたのかと」

「お前は何も悪くない。ただ……」アレクは一旦言葉を切り、少しためらったあと、セシリアの目を見つめて続けた。

「綺麗だ、と思って見ていただけだ。不躾に感じたのならすまない。俺は貴族のしきたりなどなくていいと思っているが、お前のそういう姿を見られるのは悪くない」

なんだかよくわからないうちに、頭に血が集まってくる。顔が熱くなり自分でも赤くなっていることがよくわかる。からかわれているわけではないだろうが、一応確認しておく。

「褒められ、てますよね」

「褒めている」笑いながらアレクが言う。

「俺の様子はよく見ているのに、俺が何を思っているかまではわからないんだな」

「人の考えていることなんてわかりませんよ」

「そうだな。まだまだ先は長そうだ」

アレクはつぶやくと席を立ち、昨日と同じ机の角を挟んでセシリアの右隣に座った。

「今からここで食べる。明日からもここにしてくれ。セシリアの主菜もここに」

アレクが給仕に言いつけると、給仕たちがアレクの食器と二人分の主菜を新しい席におく。

「今日の主菜は骨付きの仔羊肉だ。俺が食べやすく切ってやろう」

「……ありがとうございます」

大丈夫です、と断ろうと思ったがうまく切り分けられる自信もなかったし、肉が皿の外に飛び出たりカトラリーを落としてしまったり粗相をしてしまいそうだと思ったので、ありがたくお願いすることにした。

セシリアの前に、骨を外され小さく切り分けられた仔羊肉の皿が置かれる。

セシリアは遠慮なく仔羊肉をフォークで刺し、口に入れた。肉は柔らかく、ソースも絶品だ。

「お前は本当に見ていて飽きないな」アレクは柔らかく笑い続けた。

「それで、今日はどうだった?」

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