性格極悪少女とキーナンバー
10月第二週の三連休の最終日。
かつては体育の日と言われた休日であった。
しかし、昨今は残暑が厳しく運動会をするには不向きな季節となっていた。
なので、四辻橋駅の近くにあるチョコロビットを作っている東都製菓のホールでは一寸した近隣住民の芸術祭があるのだが、毎年異様に盛況であった。
綺羅はホールの椅子に座り
「父は仕事なのか休暇なのか分からないな」
と呟いた。
隣に座り悠は笑顔で
「しょうがないだろ」
町内会の人の頼みだし
「毎年楽しみにしている人も多いからな」
と告げた。
2人の視線の先の舞台では『皐月勇仁主演の舞台劇』が繰り広げられていた。
パーフェクトクライムの資料集
綺羅は劇が終わり舞台で挨拶をする父親の勇仁を見て
「役者は父の天職だな」
と呟いた。
スポットライトを浴びてお辞儀をしているだけなのに華やかな空気が溢れてくるのだ。
まさにカリスマである。
悠は頷いて
「そうだな」
クラスメイトに良く父に似ていると言われるんだが
「そうじゃないんだなぁってこういう時思うな」
と笑みを浮かべた。
綺羅は悠を見ると
「悠は悠だから俺は良いと思う」
とにこっと笑った。
悠はそれを見ると
「綺羅のこの空気もお父さんから引き継いだものなんじゃないかなぁ」
と心で呟いた。
有無を言わせない迫力と言い、人の目を惹きつける空気。
容貌だけではなく場を変える空気を綺羅は持っているのだ。
だが。
気付いていないだけで悠もまた場を変える空気を持っていたのである。
ただ、父親の勇仁や綺羅とは方向性が違うだけなのである。
功一が悠の側にいるのは悠から溢れる落ち着いた穏やかな空気が好きだからである。
知らぬは本人ばかりということである。
勇仁は幕が下りると東都製菓の社長から労いのチョコロビット詰めの袋をもらい
「ありがとうございます、息子と娘が大好きで」
と笑顔で答えた。
社長はそれに
「それは嬉しい」
是非、我が社のCMに
と告げた。
勇仁は頷いて
「是非」
と答えた。
息子の悠がチョコロビット大好き人間であることを知っているのでCMに出れば撮影で使ったチョコロビットをもらえるので密かに『ラッキー』と考えていたのである。
意外と貧乏性であった。
服を着替えてメイクを落とし、舞台の袖から館内へ出ると声援を送る人々に会釈で応え、綺羅と悠に合流した。
「土産だ」
とチョコロビット詰めの袋を悠に渡した。
悠は中を見ると
「凄い!今年の新作のチョコロビットちょこばかりも入ってる」
ありがとう、お父さん
と満面の笑顔を浮かべた。
一袋300円で満面の笑みだ。
綺羅はそれを見て
「悠の満面の笑み…安すぎだろ」
と心で突っ込んだ。
芸術祭に参加するのは近隣の人々と知る人ぞ知るなので、家族サービスをしている皐月勇仁に割り込む人間はいなかった。
舞台では写真撮影も動画撮影もOKな上に芸術祭の会場内なら撮影OKなのでそれで満足することにしているのである。
変に邪魔をして『来年から参加しません』と言われると大変なことになると誰もが知っているからである。
三人は芸術祭の展示部門の作品なども見て回った。
父親の勇仁は俳優だが芸術方面にも明るく
「この絵画は素晴らしいな」
と絵を見て笑みを浮かべた。
悠も笑顔で
「この青と緑のコントラスト本当に良いよな」
と頷いて答えた。
綺羅はフムッと二人を見て
「この感性は親子だな」
悠は父似だな
と心で呟いた。
綺羅自身はそう言う感覚が薄いのだ。
勇仁は綺羅と悠に
「夕食はどうする?」
食べて帰るか?
と聞いた。
綺羅はそれに
「ほっこりのから揚げ弁当が良い」
と告げた。
悠は笑って
「綺羅はあそこのから揚げ弁当好きだよな」
と告げた。
綺羅は頷いて
「外はからっと中はジューシーで適度な醤油風味が素晴らしい」
と答えた。
勇仁はそれに
「よし、じゃあ駅前のデパートに寄って弁当を買って帰ろう」
と足を進めた。
悠も頷いて
「じゃあ、俺はほっこりのビーフシチューライスにする」
と呟いた。
太陽はまだ高く時間も午後2時を迎えたばかりであった。
三人はチョコロビットの工場を離れ駅に向かって進み、ちょうど駅の高架を登った時に悲鳴を耳にした。
デパート…つまり綺羅たちのマンション側の階段を降りた辺りからの悲鳴であった。
三人はワラワラと人が集まり出した現場に差し掛かり、綺羅は人々の間から見える倒れている男の姿に目を細めた。
「階段から転落したみたいだが」
そう言って男の側に行くと慌てている人々を見て
「父、救急車!」
と叫んだ。
勇仁は頷くと携帯を取り出し
「わかった」
と救急に連絡を入れた。
綺羅は男の耳の側で
「しっかりしろ!」
名前を言えるか?
と呼びかけた。
悠も男性の様子を見ると
「階段から落ちたようだから」
とそっと正面に向かせると呼吸などを確認した。
「息、していないみたいだけど」
勇仁は救急を呼ぶと
「応急処置だな」
と言い、手で脈を測り
「脈が止まっている」
と呟いた。
綺羅はそれに頷いて
「だったら、心臓マッサージと気道確保」
と告げた。
悠は男の顎を引いて口を開けさせた。
人々はオロオロと垣根を作って遠巻きに見守っていたのである。
勇仁は外の騒ぎに降りてきた駅員に
「AEDをお願いします!」
と告げ、人工呼吸を仕掛けた時に救急車が到着し、駅員が持ってきたAEDを使い心臓マッサージと人工呼吸をして救急車に乗せて立ち去った。
綺羅は男が倒れていた場所を見つめ
「これは」
と呟くと
「悠、携帯貸してくれ」
と悠から携帯を受け取るとくしゃくしゃに握られたように残っていた紙を写真でとった。
そして、遅れてやってきたパトカーに目を向けた。
警察官が降りてきて
「ここで転落事故があったと通報がありましたが」
と告げた。
それに勇仁が
「今、落ちられた人は救急車で運ばれました」
と言い
「ここに倒れられていました」
と指をさして説明した。
周りの人々も頷き
「はい」
「そうなんです」
と告げた。
警察官は頷いて
「なるほど」
というと
「それでその状況は?」
と聞いた。
が、勇仁は
「私たちが来た時には既に落ちた状態で人も集まっていました」
と答えた。
それに男性が
「俺が階段降りていたら横手からゴロゴロって」
と言い
「それで震えながら何か握ってそのまま」
と告げた。
同じように女性も慌てて
「そうそう、びっくりして…オロオロしていたら」
その…皐月勇仁さん達が救命処置を
と告げた。
綺羅は警察官に
「その紙が、これだ」
と指をさした。
警察官はその紙を手に
「?メモのようだが」
と言い、女性と男性に
「誰かに押されたとか」
不審人物がいたとかは?
と聞いた。
男性は首を振り
「俺は後ろからだったから」
それに人も多かったし
と呟いた。
女性も頷いて
「ええ、けっこう混雑していたので」
もしかしたら足を滑らせたのかもしれないですね
と言い、周囲の人々も口々に囁き合っていた。
綺羅と勇仁と悠は簡単な事情聴取だけ受けて解放され、温か弁当屋ほっこりでお弁当を買うと家に戻った。
最後までお読みいただきありがとうございます。
続編があると思います。
ゆっくりお待ちいただけると嬉しいです。




