転生
僕の人生は終わった。
そのはずだった。
「あ゛ぁああああぁああぁぁぁああああッッ!!!」
小さな頭蓋に収まった脳みそが、ギシギシと痛む。記憶を詰め込まれた痛み。
―――何で。なんで思い出してしまったんだ!!? こんな記憶、忘れたままでよかった! 要らなかった!
両親への恨み、憎しみ、自分の生まれを呪った日々、歪んだ人格……そんなもの!!
わめき叫びながら、訳も分からず暴れる。思い出した全てを忘れたくて必死で叫んだ。そうすれば頭の中身を追い出せると信じたくて。
そうしている内に自分を包み込んでいる柔らかなものが動いたのを感じる。全身が凍りついたように停止した。叫ぶのも止めた。
……こんなに苦しいのに、まだ他人に怪しまれたくないなんて理性が残っていたらしい。それはそうだ。その辺の木片を喉に突き立てればきっと死ねるのに、そうしなかったのだから。
「あ……アルフ、さま…? 無事ですか…、なにか、さけんで…ケガは……」
「……ルシーシャ……」
僕と馬車に乗っていた、世話役のメイド。ルシーシャ。あぁ、覚えている。
『錠之内 晃』は崖から落ちて確かに死んだ。それも覚えている。
今、僕が動かしている身体は『晃』のものでは無い。『アルフ』のものだ。生まれてから今に至るまでの記憶を持った、4年と少しをかけてようやく馴染んできた幼い身体。
……憑依…いや…転生した、のか…?
動揺に伴って鼓動が早くなっていく。生まれ変わった? 信じられない……。
呆然としていると、どこからか獣の唸り声が聞こえるのに気付いた。僕を抱くルシーシャの身体が強張る。
そうだった。馬車で移動してる時に…何かに襲われたんだ。
周りを見渡すと、僕らが壊れた馬車の中に居るのが分かった。大岩の上に落ちたせいか、立派な馬車は真っ二つになっている。その裂け目の向こう側に黒くてデカい犬が3頭いる。こっちを見ている。
なんだよ。僕はまた死ぬのか。もういいよそれで。
あまりに馬鹿馬鹿しい展開に身体の力が抜けた。そうして死を待ち受けるつもりでいた。
なのに……ルシーシャは自分の背後へと僕を押しやる。
「あ……」
「私が…私が守りますから……だいじょうぶ、ですから…逃げて、逃げてくださ……」
ルシーシャは手に短剣を握っていた。なんだ、あいつら倒せるのか。王子付きの侍女だから戦闘に長けてるとか、そんな感じか。
………そんな訳がない。声が震えていた。身体だって震えてる。それなのに、あんな強そうなのから僕を守ろうとしている。
僕は、あぁ……僕に何ができる? こんな、こんなの見たら。どうすれば。何か、何か…!!
近づいてくる唸り声が思考を妨げる。やめろ。やめろよ。
転生…異世界転生だ。何かしらチートがあるはずだ。なんだよチートって。神様に出会った覚えなんか無い。ステータスオープン、鑑定、ああクソ、こっちに来るな!! うるさい!!
砂利を跳ねさせ駆けてくる音が聞こえた。
「ガァアアアッッ!!!」
「あ゛ぁああああッ!!! こ、のッ…!!」
「ギャウッ!!?」
見上げる背中。その華奢な肩に、獣が喰らいついている。その向こうにもう1匹、短剣を目に深々と突き立てられた獣が前足で宙を掻いているのが見えた。
そして。ルシーシャの肩から牙を抜いた獣が首を傾げる。喉笛を噛み千切ろうと口を大きく開けている。
あぁ、あぁ――――!!!!
「止めろおおおおおおぉぉぉぉッッッ!!!!」
手に掴んだ木片を振りかぶって、獣を刺そうとした。
身体が熱い。叫ぶ喉が熱い。
ルシーシャを押し倒しながら必死で腕を伸ばす。なんで、なんで届かないんだよ、くそっ、クソ!!
大きな獣に向かって藻掻く僕。届け、届け、とど…?
「あ……?」
違和感に気付いて周囲を見る。足元で目を見開き倒れているルシーシャ。大きく口を開けている獣。目を刺され、藻掻いたままの姿勢で止まっている獣。
時間が止まっていた。
「……あ、え、何でいきなり…ち、チート? いや……とにかく」
今の内に、こいつらを殺さないと。
歯を噛みしめ、木片を獣に突き刺そうと試みる。まるで刺さる気がしない。駄目だ。
武器……そうだ、ルシーシャの短剣。あれだ。
目を刺された獣のところまで歩み寄る。後ろ足で立って藻掻いていて、突き刺さった短剣が遠い。
よじ登ってやろうと背中の毛を握ってぶら下がった。
「っ!?」
ぐらりと獣の身体が傾き、咄嗟に飛びのく。動き出した!?
獣を見るとまるで引き寄せられたように不自然な姿勢で、固まっている。…僕が触れたせいで動いたのか。
前足を掴んで地面に倒し、目に刺さった短剣を押し込む。まずはコイツからだ。
グリグリと何度も短剣で獣の脳を掻き回す。二度と起き上がれないように。
肉を裂く感触が無くなってきて、やっと引き抜いた。……こんなもんだろう。
じりじりと身体が焼けるような感じがする。
「あと2匹……」
ルシーシャに噛みついた奴も、同じようにして殺した。動く術がないソイツを殺すのは呆気ないくらい簡単で、じわじわと嫌な感覚に襲われた。でもやるしかない。
全身が煮られているみたいに熱い。フラフラしてきた。早く、しないと。
最後の1頭は離れた場所でじっと僕を睨むように立っていた。なんだよ。仲間を殺されて悔しいのか?
ふさふさと生えたたてがみを掴んで、頭を下ろさせる。短剣を目に突き刺した。
熱さで朦朧とする意識をどうにか繋ぎ短剣を動かす。あとちょっとだ。コイツさえ倒せば。
何度かグリグリやっていると、掴んでいた獣の毛が指の隙間から溶けるように感触を無くしていった。
見ると、その獣は黒い煙になって消えようとしているところだった。
あぁ……やったのか……。
そう思った途端、ふつりと糸が切れたように身体から力が抜けてしまった。
ザアザアと頭の中で血潮の流れる音がする。遠く、喧噪の声が聞こえた。
どさっどさっと何かが倒れる鈍い物音。……時間が動き出したのか…。
膝を突く。もう一歩も動ける気がしない。
でも、やった。生き延びた。ルシーシャも、助けられた。
なんだよ。出来るじゃないか。絶望することなんてなかったんだ……。
あの時も……立ち向かっていれば……僕は………。
まあ、いいか…生きてる、し……。
笑いが込み上げてくるのを感じながら、僕は意識を失った。
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