第008話「この娘は本当に自分の娘か?(公爵視点)」
「さてと、フレイヤ。即興でかなり困ったが、あんな感じで良かったのか?」
「はい、二人とも十分です。協力ありがとう」
私の言葉に微笑むフレイヤ。
その顔はリリー嬢のものだが、笑顔の形は娘そのもので、私は自身の予想を再度確信した。
「それにしてもありがとう。流石の二人だね。
私の悟って欲しいことを分かってくれて助かったよ」
「まあ、娘のことだからな。流石に分からなかったら親失格だよ」
リリー嬢にはフレイヤに用事があると言って離れたが、実はそれは嘘で本当の狙いはフレイヤとリリー嬢を離すことが目的だったからだ。
何故なら、フレイヤは故意にリリー嬢とフレイヤが入れ替わっていること。
そして、リリー嬢に聞かれたくないことを話したいことを私に暗に伝えていたからだ。
まず最初の疑問はフレイヤは何故リリー嬢に呪いバチのことを知らせなかったと言うことだ。
もちろん説明する時間が無かった可能性も無いわけじゃないが、それなら手帳に呪いバチの生態を軽く書けばいい。
それを書かなかったと言うことはフレイヤはリリー嬢が私たちに呪いバチについて質問して、それを元に私たちがリリー嬢を怪しむことを狙っていたと言うことだ。
無論、それだけなら特に入れ替わっている以外には疑問には思わなかった。
しかし、先の会話でリリー嬢はフレイヤは入れ替わりを元に戻すことは出来ないと言う間違った情報を話し、フレイヤもそのことを認めた。その瞬間に私は一気にフレイヤはリリー嬢に何かを隠していることを確信した。
確かに、魂の魔法は死亡などで体から魂が離れたものにしか基本効果は出ないし、触れることも出来ない。
だが、貯金箱の中に居れば、お金を自由に操れるように常に触れ続けている自分の魂だけは例外で、一時的に死亡状態になると言う危険はあるが自分の魂を操って相手の体に自分の魂を入れることで、相手の魂を操ることはできる。
それをすれば入れ替わりを元に戻すことは出来る。
だが、リリー嬢はそのことを知らないのに加えて呪いバチと同じくフレイヤは私たちにしか分からない嘘を吐き、そのことから私たちはあることを悟った。
フレイヤはリリー嬢に何かを隠していて、それを私たちに伝えたいと思っていると。
「それじゃあ早速だけど――――」
「待て、フレイヤ。その前に一つ確認させてくれ」
何処から出したのか手品のようにいきなり書類を出したフレイヤを静止し、私は軽く深呼吸をした後、一番確認したいことを娘に尋ねた。
「フレイヤとリリー嬢は何年後の未来からここまで来た?」
その言葉に驚いたような表情を浮かべるフレイヤ。しかし、その瞬間。その目は今まで見たことない冷たい表情へと変わった。
それこそこの子は本当に自分の娘なのかと思うほどの色に。
「何で分かった。私はそのことは二人に隠そうと思ってたのに」
妻ですら繋ぐ手に力が入るほど冷たい台詞。
その言葉に固唾を飲みながら私は意を決して口を開いた。
「まず最初に疑問に感じたのはリリー嬢が二日後のパーティーで呪いバチを警戒し始めたことだ。
確かに第二王子は呪いバチには注意する必要があるが、それはあくまで他国に移動する際の場合のみだ。
それを警戒すると言うことはフレイヤとリリー嬢は第二王子が呪いバチで死ぬことを確信していると言うことだ」
「…………」
私たちの全身。細胞の一片すら見逃さないような鋭い娘の視線に嫌な汗が流れるが私は会話を続ける。
「次に疑問を感じたのはリリー嬢とフレイヤが入れ替わっていることを隠していたことだ。
最初は先も言ったように入れ替わったこと以外は特に疑問を感じはしなかったが、昨日初めてあったはずでまだ第一王子の婚約者候補に過ぎないリリー嬢が呪いバチの対処を本気で考えていることと、フレイヤの言動をほぼ完璧に真似出来、部屋の移動も特に迷わなかったこと。
そして、タイム家でも特にご令嬢が変わったなどと言った情報が出なかったこと。
これらのことを合わせると一つの仮定が浮かんだ。
二人は互いの言動、屋敷の内部構造を知るほどの旧知の仲だということだ」
「…………」
「だが、私たちは今まで二人が家で会っていることも話したことも知らない。
加えてリリー嬢はあの時の魔術を使える人間だ。
なら、未来から何かしらの理由。少なくとも第二王子の殺人を阻止するためにリリー嬢の魔法を使って過去に来たという考えに達するのは妥当だろ?
だからフレイヤ。教えてくれ。
二人は何年後の未来からやってきた? そして未来にはどんなことがあった?」
「……そうだね。
まっ、私も詰めが甘かったかな?」
そこまで言うとさっきまでの鋭い視線は一気に緩み、普段通りの穏やかなフレイヤの雰囲気に変わる。
「そうだね。二人が察しているように私は七年後の未来から来た。
理由はジークが暗殺されるのを阻止して、それからリリーが冤罪で処刑される未来を変えることよ」
「なっ、時の魔術を使えるリリー嬢が処刑だと? それも冤罪だと?」
私の言葉にフレイヤは大きく頷く。
ありえない。ただでさえ時の魔術が使えるだけではなく、王宮でも第一王子との仲の良さを知らされていているリリー嬢が処刑だと?
そんなもの、相当な理由がなければ実行されるわけがない。
だが、フレイヤが嘘をついている様子はないことから恐らくそれは事実なのだろう。
「私は親友のリリーを救えなかった。だけどやり直しの機会を与えられた今度こそリリーを救いたいの。
もちろんただとは言わない。これから二人には今から私がここから七年の間に起きること全てを共有する。
この情報があれば、あらゆる先手を打つことが出来るはずよ。
だからお願い。どうかリリーを助けるために、私に協力してください」
そう言って、一切ふざけることなく頭を下げるフレイヤ。
その光景を見て、私は思わず反射的にその頭を撫で、妻はフレイヤの隣に座り背中をそっと撫でた。
「協力してくださいなんて他人行儀なことを言うな。フレイヤ。
お前が協力して欲しいならいくらでも協力してあげるよ。
私たちは家族なんだから」
少しでもこの子が自分の娘か疑ったことが恥ずかしい。
むしろ他人のためにここまで動ける娘に育ってくれたことに誇りを感じているよと言う言葉を手のひらに込めてその頭をさらになでる。
そんな私たちの思いが伝わったのか、フレイヤは少しだけ涙を浮かべ……
「今までずっと大変だったのでしょ? 友達を救えなくて辛かったのでしょ?
今は私たちしか居ないんだから精いっぱい泣きなさい。
大丈夫。内緒にしてあげるから」
「う、ぐっ……」
妻のその言葉に、今まで張りつめていた感情が決壊したのか、静かに泣き始めるフレイヤ。
その涙を拭うように私たちはフレイヤの体を抱きしめるのだった。
現在並行で短編物を書いています。
そっちも完成したら上げるので、もしよかったら見てください。
感想、評価があるとやる気につながるのでもしよかったらお願いします。