第006話「事件について話すご令嬢」
■04月05日 午前:ジーク暗殺まであと二日
「な、なるほど。それで私のところに避難したと言うことですか」
「まあねー。流石に『何でだー。これからどうすればいいんだー』なんて叫んでいる人とは近くに居たくはないよ」
「確かに私でも近くには居たくはないですね。
それにしても暗殺の可能性を少なくするためとはいえ、返送して貴族に脅迫文を書くなんて結構凄いことしましたね。フレイヤ」
「あははは、そんなに褒めないでよ。照れるじゃない」
「いえ、褒めてはいないですよ。凄いとは思いますけど」
そう言って私は、早朝から馬車で来たフレイヤに紅茶を出す。
「……でも、本当にお父様はジーク様の暗殺に関わっていて、国家に反逆するつもりだったんですね」
確かに怪しいところは昔からたくさんあったし、現に死に戻り前にお父様は王に毒を盛っていたことから、父は冤罪ではないとは思っていた。
でも、本当に自分の家族がそんなことをしていたとは思いたくはなかったし、心の底ではそうならないことを願っていた。
だからだろうか、それでもその可能性が無いことを知ると心に来るものがあった。
だが、そんな私を前にフレイヤは少し悩んだ表情を浮かべる。
「いや、実はタイム男爵は国家反逆はしたけど、ジークの暗殺には関わっていない可能性があるのよね」
「へ? それはどういう事ですか?」
「……うーん、実はリリーも知っていると思うけどジークの暗殺に関わっていたとして何人もの貴族が処刑されたでしょ?
その時、実は私魔法を使って処刑された彼らの魂の情報を読み取ったの」
「ああ、そういえばフレイヤはそういう魔法を使えましたね。確か死後一時間以内の人間の魂から生前の記憶を読み取れるんでしたっけ?」
「そうそう、その通り。まあ、使うと気分かなり悪くなるし、読み取れる記憶もあくまでその人が強く残っている記憶だけって言う使いづらい魔法だけどね。
実際に脅迫文の一部も死に戻り前の時に彼らが処刑された時に読み取ったものだったしね」
「で、その結果、彼らは誰もジーク様を殺していなかったということですか?」
「うん、確かに彼らはテイムの魔法を使って用意した呪いバチを使うのを待っていた。
でもそれはパーティーが終わった後にする予定で実は殺された時に呪いバチを使った人は居なかったのよね。
まあ、もしかしたらせっかちさんが独断でやったて言う可能性が無いわけじゃないけど……」
「でも普通に考えれば、王子。それも次期国王の最候補であるジーク様を暗殺するなんて大それたことをする人たちがそんなことするわけないですよね」
「そうだね。でも、逆に言えば暗殺した人は少なくともタイム家に関わっていてかつ、暗殺する意思のあるテイムの魔法が使える人の可能性が高いはずよ。
だからまだ油断は出来ないけど、今日の男爵の様子から取り合えず彼らは全員タイム家とは手を切ったから止められる可能性は高くなったはずよ」
「そうですね。少なくとも今はお父様のことよりも、暗殺を止められる可能性が高くなったことを喜ばないといけないですね」
「そうそう、その調子。リリーは笑顔が良いんだから塞いでいるよりも明るい方が良いよ」
彼女の言葉に分かりましたと頷いた私を見たフレイヤは、昨日と同じように手帳にペンを走らせ始めた。
「それじゃあ、さっそく昨日の続きをしましょうか」
そう言って、フレイヤが見せた手帳には現状分かっている第二王子のジーク暗殺事件の情報が記載されていた。
■情報
・グラスと酒瓶には毒が無く、毒見の結果から葡萄酒には毒類は一切入っていないことから毒殺はありえない。
・ジークの死ぬまでの様子から呪いバチを使われた可能性が大。
・呪いバチを使っている以上は犯人はジークが一度刺されていることを知っている人物。
・タイム家は今回のパーティーでジークを殺す計画を立てていることから、犯人とタイム家は繋がっている可能性あり。
・犯人はパーティーに参加している。
・ジークが刺されるタイミングはタイム家から献上された葡萄酒を飲んでから数分以内の間。
・グラスと酒瓶には呪いバチの痕跡はなかった。
・第一王子は今回の事件に関わっていないことは確定。
・ジーク死後に連続してレイとリリーにとって都合の良い事件が起きたことから犯人は第一王子の派閥の貴族の可能性大。
「……こうして見てみますとやはり一番怪しいのは毒見の方でしょうか?
例えば、毒見後にグラスを渡す際に呪いバチを使ったり……とか」
「うーん、どうだろ?
確かに毒見をした人は第一王子派の人だったけど、でも逆に怪しすぎない?
実際に事件の直後に真っ先に捕まった人だったし、そもそもあの人が使えるのはテイムの魔法じゃなかったはずよ。
そんな人が呪いバチを使うなんて自分が刺される可能性の方が高くてむしろそれ以外の方法を使うんじゃない?」
「言われてみれば確かにそうですね。となると……レイ様の母親であり、王の愛人の一人のあの方でしょうか?」
あまり考えたくはないが、自分の息子が王になるために邪魔なジーク様を殺すなんてことを考えないとは言えない以上――――
そんなことが不意に頭に浮かぶが、フレイヤは即座にその言葉を否定した。
「それも無いと思うよ。
レイの母親のレイヤさんはジークの乳母だったし、何より王妃とレイヤさんは親友だしね。
それに彼女自身もジークの死には悲しんでたし、私にレイと同じくらい愛していると伝えてたしね」
「なるほど、それなら可能性はすくないですね。
因みに王妃とレイヤさんはどれくらいの仲なんですか?」
「どれくらいって……うーんそうだな。
二人で王と一緒に寝屋に行って、三人で出てくるのが日常な程度?」
「ね、寝屋に三人で……って」
そ、そういう事を三人でしたってことですよね……
「まっ、元々妊娠で王に禁欲させてる最中に他の女に手を出すよりも――って理由で許可された唯一の人だからね。
それに一応一妻一夫が原則でも、平民も貴族も隠れて愛人を囲うってのは珍しくないからね。
まあ、タイム男爵や夫人みたいに大っぴらに隠す気も無く愛人と遊ぶ人は珍しいけどね」
「そうですね。
それに反してソウル公爵と夫人は互いに想いあっていてとても羨ましいです」
「そうだね」
フレイヤのちょっと照れたような素っ気ないその言動を見た私は思わず口を上に上げるが、すぐに思考を話の続きに戻す。
「……でも、レイヤさんがありえないとなるともう一人の愛人のアシェイムド様でしょうか?
確か第八王女のノウビリティー様の生母の人で、少なくともジーク様の派閥ではないですよね?
アシェイムド様は貴族だからその娘のノウビリティー様は少なくともレイよりも派閥は出来やすいし、ジーク様を殺せば自分の娘が王に……ってことはないですか?」
実際に王の愛人である以上は、ジーク様が過去に呪いバチに刺されたことも知っているはずだし、パーティーの参加もしているからやること自体は出来なくはない。
しかし、私の回答に対してフレイヤは少し困ったような表情を浮かべていた。
「その可能性も無いわけじゃないけど……
でも、王妃の娘は全員まだ生きているし、優先権的には彼女達の方が王になる可能性が高いからその可能性は低いと思うわよ。
むしろ王の気を引くためや、現状の訴えのためにジークを殺したって方がまだ分かるけど……まあ、流石に貴族である彼女がそんな馬鹿な理由で王子を殺すなんて考える訳ないと思うから彼女もほぼ無いと思うわね」
「え? 王の気を引くためって、どういう事ですか?」
愛人である以上はレイヤさんのように王の寵愛を受けているはずでは?
「んー、私も完全にそうだとは言えないんだけど、噂では単純に王族と血の繋がりを持つための関係で王族のパーティーにだけ偶に参加して、戴冠式にも一般貴族程度の扱いで実質王城の居候みたいな立ち位置らしいのよね。
実際に第八王女を設けて以降は王は顔すら見せてないらしいし、レイヤさんとは話をした私だって彼女とは顔すら合わせたことなかったしね。
権力的には恐らくレイヤさん以下で、過去に王を誘っても一瞥すらされなかったと聞いたこともあるわ。
序に言えば、ノウビリティーも形式的には王女の立ち位置だけど、王にはパーティーでしか合わないし権力も権利も無いうえに成人したら廃嫡されるって噂もあるくらいだし尚更ないでしょうね」
「そ……そうなんですか。それなら確かに彼女はありえなさそうですね」
な、なんか凄いドロドロした話を聞いてしまったような気がしますね。
「取り合えず、さっきの話は追加で書いたけど。
さてと、ここからどうするかな……」
そう呟いて、鼻と上唇の間にペンを挟みながら考えるフレイヤ。
そんなフレイヤを見ながら私は視線を追加で記載された箇所に合わせた。
■関係者情報
・毒見係:第一王子派な人物のため、殺害する動機はあり。
テイムの魔法は使えないため、呪いバチで殺すのはほぼ不可能。
反面、常にジークの傍に居たため、殺す機会は一番多いが、逆説的に殺されたときに真っ先に疑われる。
・レイヤ:レイの生母で王の愛人の一人で、王妃と同じくらいの寵愛を受けている。
ジークが死ぬことで自分の息子のレイが王になるのが確定するため動機はある。
普段の言動とジークの乳母なことからジークを殺すような雰囲気は見えない。
・アシェイムド:第八王女の生母で王の愛人の一人だが、血の繋がりを持つだけの関係で寵愛は受けていないと噂されている。
王妃の娘が生きている以上は娘が王になる可能性は皆無なため、犯行動機が無い(妄想していたら別だけど)。
寵愛を受けていないがために王の気を引くためにジークを殺した可能性の方がまだ高いが、ほぼない。
うーん。こうして見てみても誰も怪しくないな。
精々毒見係の人が怪しいけどそれでも可能性はほぼ無いな。
「フレイヤ。ちょっと部屋に入って良いかい?」
「はーい、ちょっとだけ待って」
そんなことを思いながらいろいろなことを考えていると不意にドアがノックされ、奥からソウル公爵の声が聞こえた私は返事をするや否やフレイヤと一緒に手帳などを隠し、先ほどまでしていたことの証拠を全て消した。
その後、息を軽く整え、この時フレイヤならどんなことをするかと言うことを考えながら、ドアを開いた私はそのまま公爵とその後ろに居た夫人を部屋の中に入れる。
「何かあった? 今リリーが来ているから後にして欲しいんだけど」
「いえ、フレイヤ様。急に来た私の方が悪いのですから公爵の方を優先してください。
すみません。ソウル公爵。
もしご予定があるようなら私は帰り――――」
「フレイヤ。随分とお嬢様らしい言葉を使うじゃないか。
常にそうしてくれると私としても安心なんだが、せめてパーティーの時くらいはそうしてくれないか?
逆にタイム嬢。私と妻の前では娘の真似はしなくても良いよ。
せっかくの君の素晴らしい点が娘によって打ち消されたら男爵に申し訳ないからね」
「「へ?」」
公爵がフレイヤに向けたその言葉を聞き、内容を理解すると同時に私とフレイヤは素っ頓狂な声を漏らしてしまった。
何故なら、公爵がフレイヤと私のことを言ったその視線は入れ替わった姿に向けてではなく――――
「二人とも話してもらえないかしら?
何故、二人は入れ替わっているの?」
その中身に向けて話していたからだ。
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