第052話「密かに動く者(バサナイト視点)」
54話で犯人特定、60話で2章終了の予定なので、良かったら最後までよろしくお願いします。
■05月18日 深夜:レオン死亡から三日、ヴラドとグリューン死亡から半日経過
「はぁ、うるさいな」
フレイヤとリリーが互いの調査のために別れてから数分後、ピッキングして入った嬌声に満ちた犯人たちの部屋のドアをこっそりと調べていたバサナイトと呼ばれている女は溜息を吐く。
(でもまあ、そのおかげでこうして多少の物音立てても、気づかれないことを考えれば逆にこれくらいうるさいほうが良いか。
それにしても……ドアノブにあったロープの痕跡は確認できた。
確かにこれならレオンを殺したうえでこの部屋に戻ることは出来る。
だけど、この方法ならどうしてもこの部屋の窓にロープを使った傷が出来てしまうはずだけど、それが無かった。
つまり、違う方法で脱出したと言う事か?
いや、でもここまで証拠が揃っているのなら、その可能性は少ない。
と言うことは、脱出の際にもう一手間かけたと言うことか?
だとすればどうやってやった?
……いや、逆だ。
この部屋でロープを使った時点で窓にロープの傷を付けない方法は無数にある。
つまり必要なのは犯人がロープを使って、レオンの部屋から脱出した痕跡は残さずに逃げたと言う証拠を見つけることだ。
でも……)
レオンの事件は発生からすでに3日経ってる。
それくらい時間があれば、周囲に大量の目があるこの状況でも簡単に証拠を消すことはできる。
特に脱出の際に使ったロープに関しては燃やしたり、切り刻んで川に捨てたりとやり方はいくらでもある。
「だとすると、犯人を追い詰めるとしたら第二皇女と第四皇子の証拠を見つけた方が効率的だけど……あの毒々しい体を除けば第二皇女の遺体は特に負傷などはなく、最後に見た時も脂汗も大量に出ていて明らかに異常で、あの状況なら頭も動かない状況のはず。
このことから、恐らく第二皇女は二人と違ってトリックも無く普通に殺された可能性が高い……いや、むしろトリックを考えてその準備をする方が大変だし、準備中に事件を起こそうとしていることが発覚する可能性がある。
何よりトリックを使わないこと自体が最高のブラフになる可能性もあるし、そのことを考えれば、恐らくトリックは使われていない可能性が高い」
例えばだが、犯人かその仲間が第二皇女に体調が悪いなら医務室に連れていくと言って、犯行現場の扉の近くにまで行かせ、誰も居ないことを確認してからその場で毒殺し、そのまま犯行現場に入り、第四皇子の死体を並べると言う単純な行動と、時間差で発症する毒を相手にこっそりと摂取させ、上手く第二皇女を誘導し部屋に入った時に毒殺されるような細かいトリックを組んで毒殺した場合、どちらの方が犯人を特定できるかというと普通なら後者の方が特定しずらい。
だがしかし、他の二つがトリック前提の殺害をされたと言う前提がある場合、話が違う。
連続殺人犯が似たような凶器を使って似た犯行をするように、顕示欲が高い人間や一度でも犯行が成功した人間は、次の犯行を行う際に自分が他人からすごいと思われるような行動をとる。
だから、通常、同一犯による犯行だった場合、トリックを組まれていたことが確定しているような犯行なら、次の犯行もトリックを組まれていたと考えた方が推理は進む。
つまり逆説的に言えば、トリックが組まれている犯行が二つあった場合に、一つがトリックを組んでいないものを含めれば、推理する方はトリックを使っているか、使っていないかの判定から行う必要があり、通常より多くの労力が必要になる。
そして、こういったブラフのような犯行は協力者が複数いて、しかもその協力者同士の仲が良ければよいほど発生し―――――
「今回はその条件が揃っているし、何よりトリックを単純にすればするほど証拠も簡単に消せる。
……だとしたら、証拠を見つける希望があるとしたらまだ半日しか経過していないトリック前提となっている第四皇子の事件の証拠しかないか。
でも、第四皇子の事件は殺害方法も含めて分かっていないことが多いけど……取り合えず、頭の中を整理してみるか。
えーと――――」
・第四皇子は死体が発見するまでの間、行方不明になっていて、第三皇子と女帝の二人でその行方を探していた。
・第三皇子は行方不明なことが発覚した際に、一番部屋に近い第二皇女ではなく女帝にそのことを伝えていた。
・このことから第三皇子は女帝との協力者の可能性が高いし、第二皇女の絶叫から、首吊り、死体発生までのタイミングが良かったことから協力者は確実に居る。
・あの首吊りが起きるまでの間、全員が第四皇子の行方を捜していたことからあの場所に死体を置いたのはあの首吊りが起きてから死体を発見するまでの間。
・第二皇女と第四皇子の遺体は同室で発見された。
・首にあったロープから恐らく第四皇子の死因は首で絞められたことによる絞殺。
・ロープにはレオンと第二皇女と同じように先端が焼かれていた。
・手足は拘束は無く、絞殺にも関わらず抵抗した痕が無かった。
・死体がずぶ濡れだったことから何かしらの理由で濡れるような環境に居た。
・ホテルの近くには川があるが、口や髪に藻や泥など川に居れば着く汚れが無かった。
・第四皇子は吸血鬼病で日が出ている状態での外出は不可能かつ、死体の肌の白さから外出はしていないか、完全に日が入らない環境下に居たことは確定している。
・首吊りからあの部屋に戻って、遺体を置くことはほぼ不可能。
このことから考えるに、恐らくあの部屋に遺体を置いた順番は第二皇女、第四皇子の順――――
「――――いや、待て。
何で遺体をわざわざ第二皇女と第四皇子を同じ場所にした?
より詳細な遺体の時間を知らせる必要がある第四皇子はともかくとして、第二皇女はあの首吊りが起きるまでは生存していたことが確定している。
ならば、第二皇女は部屋を移動せずにその場で殺して、第四皇子は別の部屋に置けばいいし、その方が労力も犯行の露見の可能性も少なくて済む。
それをしなかったと言うことは――――もしかして、第二皇女を殺したのはもっと別の理由があった?」
ぐるぐると巡るバサナイトの頭。よほど集中していたのだろう。
気づけば、先ほどまで部屋に響いていた嬌声が止まっており、寝室の扉が開きかけそこから数名の男女が部屋から出かけていた。
(不味い!! ここで私が居たことを知られたら、犯人たちにその事実を利用されて、下手をすれば犯人に仕立てられる。逃げないと!!
窓からの脱出は――――距離が遠いうえに視線を隠すようなところが無い。
だとすれば、遮蔽物の多い、露天から!!)
そう判断したバサナイトは全力で走り、露天風呂へと入る。
他の部屋とほぼ変わらない露天風呂。
そこから脱出しようと露天の柵に足をかけ、飛び降りようとした瞬間。
(……何あれ)
不意に視線の端に映った本来は風呂場にはあり得ないもの。
ずぶ濡れになった大き目の旅行バックを見つけた。
(くそっ、もしかしたら犯人たちがここに来るかもしれない。
そのことを考えたら、今すぐ逃げたほうがいい。
だけど……今は犯人を捕まえる証拠が一つでも欲しい!!)
そう判断したバサナイトは柵から手を放し、旅行バックの前に腰を下ろし、その外観を確認する。
(露天風呂か何かの理由で洗ったからか? 随分と濡れているけど……あれ? 取っ手に複数の傷が……それにこの大きさ、子供一人なら余裕で入る。
と言うことはもしかして!!)
開けた時の音すら気にせずに盛大に旅行バックを開いた私は目を見開いてその中身を確認し――――
「あった……白い髪の毛。
やっぱり、これは後で犯人たちが処分する物なのか。
と言うことはもしかしてレオンと第二皇女の証拠も――――無いか……って、あれここに何か硬いものが入ってる」
そう呟いた私はピッキングで使った道具で少しだけ切れ込みを入れるとバッグの内布の中に入っていた何かを取り出した。
「銀の……それも取っ手だけが変色しているスプーン?
……待てよ。銀が変色するのは……ああ、そうか。そういう事か。
確かにこの方法なら第四皇子は抵抗も出来ずに死ぬし、第二皇女は常に毒を摂取させ続けられる」
そして第二皇女と第四皇子の事件の全てを知ったバサナイトは開いた旅行バックを閉じ、スプーンのみ懐に入れると、そのまま露天風呂から犯人たちの部屋を脱出した。
「第二皇女、第四皇子。
あなたがどうやって殺されたか。分かりました。
必ず、この証拠を持って、貴方達の恨みを晴らさせます」
誰も居ない月夜の中、二人が犠牲となった部屋に向けて目を閉じて数秒ほど、殺された二人に黙祷を奉げたバサナイトは、目を開くと大きく伸びをする。
「さてと、あとはどうやって今回の証拠を公爵や夫人たちに渡すかだけど――――まあ、何時もの方法で良いか」
そう呟いたバサナイトは乱れた服を直すとそのままホテルの中へと戻っていくのだった。
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