第005話「脅迫するご令嬢(フレイヤ視点)」
カチャカチャカチャと食器だけが響く食堂の中で私は心の中で思わず『誰か会話しろよ!!』と突っ込みながらステーキを食べていた。
男爵であるタイム家。
その評判は一言いえば娘のおかげで成り上がれた傲慢準貴族と言うものだ。
と言うのも実はタイム家はその当主であるクロム・タイムですら現在の地位は準男爵で、男爵以上の地位に居るのは子爵のリリーだけなのだ。
何故なら、リリーが使える時の魔法はいわゆる国宝級の魔法なので、他国からの戦争の抑制力になるほどだからだ。
現に時の魔法を使っていたこの国の初代国王は、ソウル家の初代当主とのたった二人だけで数多の国を落としてこの国を作り、その死が伝えられるまでどの国もこの国に対して戦争を起こさなかったと言われているほどだ。
特に相手の居場所を予知して、その場所に行き、時間跳躍して相手を殺して元の時間軸に戻ると言う未来予知と時間跳躍の二つで行った暗殺は伝説的で、ただそこにいるだけにも関わらず体が血まみれになっていったと伝説になっているほどだ。
そのため、時の魔法が使えるものは平民、貴族関係なく最低でも子爵の地位に付けられるのが国の恒例となっており、またその両親も体裁だけだが、最低でも男爵の地位が与えられ、結果クロム・タイムは体裁だけの男爵になれたのだ。
しかし、体裁だけでも男爵になれたことに満足すればいいものそれに満足できなかった男爵は日常的なストレスや劣等感を執事やメイドに体罰と言う形で発散した結果、現在の傲慢準貴族と言う悪評が広まったのだ。
因みにリリーはまだ死に戻り前の状態でも時間跳躍と未来予知は魔力が足りず不可能だったが、それでも時間を止めたり、自分を加速させたり出来、戦力としては一個師団以上のものとして扱われた。
結果、その魔法が悪用された場合の被害と魔法を使わせずに抑制力として使い潰した場合の被害を天秤にかけた結果、殺した方が被害が少ないと周囲の貴族が国王に進言したほどリリーの魔法は強力だった。
「では、私はこれから昼まで仕事に行く。
お前たちは大人しく寝ていろ」
「……行ってらっしゃい」
「はい、お父様。
いってらっしゃいませ」
……そう考えるとリリーに冤罪をかけたのはやっぱり敵国の誰かが怪しいのかな。
そんなことを考えながら、食事が終わるや否や愛人の元へ向かう男爵へ向けて私は機械的に軽く頭を下げる。
「では、私も部屋へ行きますので、リリー。あなたは部屋に入っていかないように」
「承知いたしました。お母さま。
おやすみなさい」
男爵が居なくなるや否や颯爽と執事兼愛人と一夜を過ごそうと自室へと向かう夫人。
そんな夫人へ私は仮面のような笑顔を浮かべながら見送った。
その後、夫人を見送った私は何度も入ったことのあるリリーの自室へと入り、服を適当に着替えベッドに体を沈めた。
「はぁ、昔から悪評は知っていたとはいえ良くここまで家族仲を悪くできるわね。
と言うより、むしろよくこんな破綻している家庭でリリーのような子が育ったわね」
きっと人の振り見て我が振り直したんだろうけど、もし私がこの家で生まれてたらきっと王子の婚約者の立場を使って我儘放題の性格最悪な傲慢令嬢になりそうわね。
「……と言うか、今日は本当に疲れたし、眠たい……」
でも、今は決して眠っちゃいけない。
何せこのまま何も行動しなければジークが死んじゃうんだし、やることを全部終わらせるまで正直今は眠る時間すら惜しいのよね
そんなことを思いながら、私は服と顔と髪に暖炉に残った灰を適当に付けた後、煤けた服を適度に破り、それを隠すように黒色のローブを着る。
「あとは重点的に手に灰を付けて、ボロボロな手を作って……っと、これなら少なくとも貴族とは思われないわね。
あと護身用として……これが丁度いいかな?」
独り言を呟きながら私はリリーの机が偶に使っている木製のペーパーナイフを手に取り、軽く柄を回して具合を確認した。
クルクルと手遊びするかのようにナイフを回した私は最後にナイフを壁に向けて投げるが、軽い衝突音がするだけでナイフは壁に刺さらず地面に落ちた。
「はあ、この手の武器は慣れているけどやっぱりペーパーナイフはなぁ……殺傷能力が低すぎるのよね。
とは言っても、厨房に行ってすぐに使用者が分かるナイフを使う訳には行かないし仕方ないか。
と言うわけでリリー、ごめんなさい。ちょっと数枚だけ借りるわね」
そう呟きながら両手を合わせて遥か先に居るリリーに謝罪しながら私はリリーの宝石箱の奥にこっそり入っていた金貨を数枚手に取り、屋敷を出ていったのだった。
暗い王国の道をフードを深く被りながら歩いた私は目的地に着くなりその扉を叩いた。
「すみません。まだ空いてますか?」
「ああ、はいはい。まだ空いているって、お嬢ちゃんどうしたんだい? こんな夜に一人で」
「いえ、ちょっと言付けを貰ったのですぐに手紙を出したいのですが、これでなるべく安い羊皮紙を十枚とインクのレンタルをしてもらっても大丈夫ですか?」
目的地である商業組合に入った私は顔を見られないようにより深くフードを被りながら目の前の髭がぼうぼうのおっさんの手に数枚の金貨を渡した。
「ああ、金は大丈夫だけど本当に大丈夫か? 嬢ちゃん、憲兵に……」
「すいません。私こう言うのなので早くしていただけると……」
「これはタイム家の!! ああ、嬢ちゃん。分かった。早く手配しよう」
やっぱり過去に自分の罪を押し付けてメイドを処刑したと言う悪評が立っているタイム家の家紋だな。
服にあるその紋章を見せただけで、私をタイム家のものだと(実際に今の私はタイム家だけど)思ってくれたみたいで、すぐにインクと安い羊皮紙を渡してくれた。
「……えーと、確か。ファーム家にはこれで……カウ家にはこの情報、プリース家にはこの情報っと。
よし、こんな感じかな?」
やっぱり重要じゃない情報は結構忘れちゃうな。思い出すのに結構時間たっちゃった。
「ただでさえ、うん十年前の話もあるしね……っと。
すみません。これらの手紙を出したいので、お釣りはいらないのでこの金額で至急渡しておいてください。
あとインクも書き終わったので、片づけて置いてください」
「ああ、分かった。それで残った羊皮紙はどうする? いらないのならこっちで勝手に処分するが」
「いえ、こちらは手紙を出す序に買うように言付けされたものなので、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
そう言って手紙をおっさんに渡すと、私は買った羊皮紙の残りを懐に入れ軽く頭を下げた後、組合を後にした。
「さてと、それじゃあやることやったし今日はもう帰って寝ようかな」
数分ほど暗い道を走り、誰にも顔を見られていないことを確認した後、大きな欠伸と一緒に体を大きく伸ばす。
「これで少しでもパーティーの人数が減ると良いな」
そんなことを呟きながら、私は少しだけ荒くなった息を整えながらタイム家へ向けて歩を進めるのだった。
翌日。
「ま、不味い。この情報が外に出たら……」
テイムの魔法によって成功し、莫大な富を手に入れたことで成り上がった第一王子派の貴族、ファーム家の当主は至急見るようにと言われた手紙の内容を見るや否やプルプルと体を震わせる。
そこには十年前にタイム家と行った悪行の詳細や第一王子を王にするためにはどうするかと言う会合をした時の会話の内容の一部が記載されていた。
それは正にそれぞれの事件の当事者としか思えないほど詳細であり、見られたら言い訳できないほどのものだった。
加えて、その手紙の一番最後には……
『第二王子のパーティーを欠席しろ。さもないとこれらの情報を全て公表する』
と記載されており、それは呪いバチによって第二王子を暗殺する計画を知っているぞと暗に伝えられていた。
「誰だ。誰がこのことを……」
手紙を届けた組合によればタイム家の使用人が手紙を出したと言っていたが、そんなことはありえない。
何故ならこの話は、まだあくまで候補の一人だがタイム家自身が自分の娘の婚約者である第一王子を王にし、その娘を王妃にすることで、自分たちにとって都合の良い法や大臣を作ると言う計画だったからだ。
そんな案の発案者であるタイム家の使用人が手紙を出すなど、ありえない。
無論、あくまでタイム家の夢想に付き合うつもりなど更々無いうえ、タイム家の妄想に付き合った結果第二王子を暗殺し、そのことが露見した結果、一家が全員処刑される可能性を考えれば計画の参加はノーの一言で終わるだろう。
だが、それでも時の魔法を使えるご令嬢を脅せる父親が王子を殺した計画に加わったという情報の価値は高く、その価値だけで自分たちはこの計画に参加し、今まで準備をし続けた。
だが、自分たちは全部計画が露見されていないことを前提でタイム家の妄想に付き合っていたのだ。
なら、今ここでタイム家との繋がりを断てば、少なくとも今後第二王子が何かしらで死んでも自分たちは一切関係ない、悪趣味な妄想をしていたと言えばそれで済む状況だ。
加えて、十年前の悪行は既に替え玉が処刑されている上に、十年前のことを再調査するなどタイム家のご令嬢でも今は不可能だということは知っている。
ならばやることはただ一つ。
「こんなことを書かれた以上、もうタイム家とは付き合うことは出来ないな」
そう呟きながらファーム家の当主は用意していた呪いバチに殺虫剤を与え殺した後、タイム家に関わるすべてのものを捨て始めた。
そして、それは他の家でも同じであり――――
「ま、流石に誰もまだ関わっていないことで処刑されるなんて嫌だよねー」
会合に誰も来ないこの現状に怒りの声を漏らすクロム男爵の声を聴きながら、私は紅茶を一口飲むのだった。
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