第049話「苦しみながらも進む令嬢たち」
■05月17日 午後:レオン死亡から二日半、ヴラドとグリューン死亡から半日経過
「はぁ、はぁ、はぁ……時間は……頑張っても往復で45……いえ、トリックの準備の時間を考えれば約一時間ですか」
「そうみたいだな。タイム嬢」
自室から第四皇子が吊るされた場所までの時間の計測のために全力疾走した私とソウル公爵は肩で息をしながら、荒れた呼吸を整える。
「タイム嬢。凄い汗だな。
タオル、必要か?」
「……は、はい。……ひ、必要です」
そう言って私に白く柔らかそうなタオルを渡す公爵。
その表情には一切の打算も悪意も無く、ただただ私の状況を心配する優し気な表情だった。
しかし、そんな公爵に反して、私の体は公爵の顔を見た瞬間に無意識であの時の断首された時の記憶が蘇ってしまい、体が恐縮してしまう。
「吐いた時からずっと、顔色が良くないですよ。
無理をしているようなら休んで良いわよ?」
「い、いえ、大丈夫です。ソウル夫人。
気遣いありがとうございます」
そしてそれは公爵夫人に対しても同じで私の体はどうしても強張った挙動をしてしまう。
「……本当に大丈夫なんだな」
そんな私の挙動に不安感を抱いたのか、心配そうな怪訝そうな表情を公爵たちは浮かべてくれる。
(大丈夫だ。あれはただの幻覚。
こんなにも私を心配してくれるこの二人があんなことする訳がない。大丈夫。大丈夫)
そんな優しい公爵たちの言動を前に、これ以上失礼なことをしてはいけないと思った私は、まるで言い訳をするかのように、心の中で呟きながら呼吸を整える。
「はい、少し色々なことがあって、精神的に疲れただけだと思うので大丈夫です。
あと、タオルありがとうございます」
そして、あの悪夢の光景を頭の奥に押し込めた私は二人に対して笑顔で返事をしたのだった。
■05月17日 夜:レオン死亡から三日、ヴラドとグリューン死亡から半日経過
「はぁ、はぁ、つ、疲れましたが……これで全部の計測が終わりました」
「私たちも終わりました……こんなに運動したのは久々です」
「みんな、お疲れー。
全員分の水を用意しておいたから喉が渇いていたら好きに飲んで良いよ。
あ、因みに毒味は既にやっておいたから安心してね」
「あ、ありがとうございます。フレイヤ……」
息も絶え絶えになりながら部屋に戻った汗だくの私たち。
そんな私たちに数個の水の入ったコップの前でソファーに寝転がりながら本を読んでリラックスしていたフレイヤは労い(?)の言葉を投げる。
そんな彼女の言動に一瞬イラっと来たが、水を用意してくれたことは単純にありがたく、私は彼女に礼を言いながら、公爵、夫人、オズル、レイの四人と一緒に水を飲むのだった。
「……なるほど。
第三皇子は体がずぶ濡れだったことと、首に抵抗線が無かったこと以外は特に違和感が無く、逆に第二皇女の体は長年毒か、暴行を受けた痛々しい痕があったと」
「うん、それ以外は特に部屋の中も含めて違和感はなかったけど……はぁー、死体見るのは慣れているけど第二皇女のあれは久々にきつかったー」
水を飲んだ後、備え付けの露天風呂で汗を流し、軽い休憩で息を整えた私たちは私たちは別に行動していたフレイヤがまとめた調査結果を見ながら、その感想を言い合っていた。
「確かに女帝と国王との事件現場の確認の同伴をした際に第二皇女の遺体を見たが、あの状態は異常だったな。
となるとやはり第二皇女は毒殺と言う事か?」
「うーん、解剖した結果を見ないと何とも言えないけど、体の状態を見ても毒殺はほぼ確定だと思う。
でも……」
「第四皇子の時と同じくタイミングが良すぎることか?」
「ううん、違うよ。
長年毒か暴行を受けていてい無いと出来ないあの症状以外何も証拠が見つけらなかったことからもうトリックは分かったよ。
まあ、トリックと言っていいか分からない凄まじく単純なものだけどね」
「そうなんですか!?
じゃあ、何が問題なんですか?」
「問題と言うか何というか……どうやってあの体の赤黒い痣と強烈な臭いを維持し続けたかが分からないんだよね」
「? それが何か意味があるんですか?」
「うん、一つだけね。
何せ、帝国内ならともかくとして、毒味もされるし、防犯もきちんとされるこのホテル内でどうやってあの体の状態を続けたのか分からないんだよね。
もう末期状態だったから無意味だったと思うけど、いつ終わるか分からないこの停戦の話し合いと安心安全な環境に居続けたら、毒なら排出で完治する可能性があるし、暴力でも年齢を考えれば自然に治癒されて生き残る可能性があるんだよね。
そのことを考えるとここまで複雑な犯行を行う犯人のイメージ像と少しぶれるんだよね」
「……むしろその可能性があったからまだ話し合いから三日しか経っていないこのタイミングで犯行を行ったんじゃないか?」
「うーん、レイのその考えもあるんだけど……でも、犯行動機もまだ分からないし……まあ、取り合えずは一旦はトリックは分かったし、気にしなくて良いか。
まあ、私の調査結果はこんな感じかな?
それで、お父さんたち、そっちの計測結果は?」
そう言って、フレイヤはここから第四皇子が吊るされた場所まで到着時間の計測結果の詳細を訊ねると公爵はそれに応えるように口を開いた。
「俺とタイム嬢が進んだルートは大きく分けて三つ。
ホテルを出て、橋を渡り、川に沿った道沿いを進み現場に行く方法。
ホテルを出て、橋を渡るのではなく船に乗って、そのまま現場に行く方法。
そして、事前に犯行現場に行って、移動用のロープを用意した上で、ホテルを出て、川に行き、ロープを使って現場に行く方法。
この三つだが……どれも良くて往復30分、長いと一時間半かかった。
スカジはどうだった?」
「私とオズル、そしてレイ様の三人も似た検証を行いましたが、こちらの検証も同じような結果でした。
どうやっても、往復には約一時間前後かかりました」
そう、私たちはあの事件の後から今までずっと、あの黒い布が吊るされた場所まで行く時間を計測していたのだ。
一見無駄に見えるであろうこの言動だが、この検証を行っていたのには一つ理由がある。
それはあの黒い布が吊るされ、停止までの時間があまりにもタイミングが良かったからだ。
と言うのも、首を吊るされてから対象の意識が消えるまでの時間は平均で10秒もかからず、最長でも1分経てば確実に意識が消えるからだ。
つまりあの黒い布を吊るした人物は私たちが窓を見れる状態であることを知ったうえで吊るしたということだ。
何故なら、第四皇子の殺人事件において犯人が最も重要視するべきことは何時第四皇子が殺されたか、そして何時まで第四皇子が生存していたかを私たちに判断させることにあるからだ。
と言うのも、第四皇子はあの事件が起きるまでの間、行方不明の扱いで、捜索の最中に起きたあの首吊りの後に死体が発見された。
つまり、首吊りの直前まで生存していたことを私たちが確認していた第二皇女とはうって変わり、第四皇子は首吊りの件さえなければ誰でも犯行が可能だと理由で犯人を攻めれる状態だったと言うことだ。
要するに、何時殺されたかが確定しない限り、行方不明になってから死体が発見されるまでの間の約数時間、確実なアリバイが無い人間は全員容疑者となってしまう可能性があると言うことだ。
そして、それはこの計画を企てた犯人にとって都合が悪い。
何故なら、死亡時間が分からないと言うことは、当てずっぽうの推理でもその否定が難しく、そして逆に何時死んだことを知っていると言う、その知識が下手をすれば自分が犯人だと言うことを無意識で自供してしまう可能性があるからだ。
もちろん、検視の結果である程度は死亡時間が分かる可能性もあるが、それでもその時間は正確ではなく、数時間前後の時間の幅はある。
ゆえに、犯人にとって一番重要なのはほぼ全員にどのように、何時殺されたかを認識させることこそが一番重要であり、そして、それらを考慮した結果、犯人は首吊りと言う手段を取った。
何故なら、首吊りは早く吊るせばいつ死んだか分からない死体が出来上がり、逆に遅すぎた場合、吊るされた事実を全員が確認する前に首吊りが完了する可能性があるからだ。
つまり犯人に求められるのは証言者が複数人いて、かつその人物たちが首吊りが完了し、体が動かなくなるまで見続けてられる状況とタイミングを認識した上で第四皇子を殺すと言う一瞬でもミスしたら全てがご破算となる状況下で犯行を犯さなければならないと言うことだ。
もちろんこれが数分程度で辿り着ける距離内での犯行ならば不可能ではない。
多少の時間のズレがあっても、例えば先ほどまで死体が無かった場所に吊るされた死体があればその数分の間に犯行が行われたと認識できるからだ。
だがしかし、片道だけでも三十分、往復で一時間かかるとなると話は別になる。
何故なら、私たちが丁度全員が犯行を視認出来る状態を判断し、その上で三十分もの距離を移動し、数分以内に私たちに吊るされる光景を見せるなんて瞬間移動染みたことを魔法なしで行わなければいけないからだ。
そして、それは例え犯人との協力者がいても同じだ。
例え協力者が事前にあとは吊るすだけの状態で待機していたのだとしても、どのタイミングで、どのような方法で今がその瞬間だと犯人が協力者に伝えるたか分からない限り、首吊りのタイミングはずれてしまうからだ。
ゆえに、身体能力がこの中で一番群を抜いているフレイヤ以外の私たち四人でその計測を行ったと言うことだ。
「……なるほど、どうやっても片道30分以上はかかると言うことは今回も協力者前提の犯行と言う事か」
「そうですね。そうじゃない限りはこの方法は不可能です」
そして、その結果、どんな方法をとっても、ここから走って吊るすなんて芸当は不可能と言うことが分かった私たちは、フレイヤの言葉に大きく頷き、肯定した。
そう、どんな方法を使っても30分以上かかると言う事実から、私たちもすぐさま今回の犯行も誰かが協力していたこと前提となる犯行に導けた……のだが……
「問題はどうやってそれを伝えたかなんだよね」
「そうですね。休憩の間に公爵やレイたちと話し合いましたが、私たちもそこが一番の問題となってしまいました。
と言うのも、私たちがあの首吊りが起きたと知ったのは、殺された第二皇女のあの悲鳴が原因だったからです。
これがもし他の人物だった場合は、話は別ですが第二皇女となると……」
「まあ、殺された人物がそんなことする訳無いよね」
「はい、そうです。
あと可能性があるのは、あの時第四皇子の部屋に一人居た女帝ですが、叫び声が聞こえてからその後合図を送っても、それは既に吊るされた後の話で意味が無いです。
つまり、女帝も犯行は不可――――フレイヤ? どうしたんですか?」
「…………」
そこまで言うと、不意にフレイヤは急に真剣な顔になって何かを考え始めた。
「…………」
しかし、そんな私の声にフレイヤは何の反応もせず、ただひたすら考え続ける。
「……これは偶然? それとも……黒幕の仕業?
いや、でも死に戻り前はこんな事件は起きてなかったはず……だとしたら偶然の可能性が高いはず……
……あれ? ……死に戻り前はこんな事件は起きていなかった……起きていなかった……」
ブツブツと独り言を呟くフレイヤだが、その顔は徐々に青くなっていき、脂汗が額からどんどん滲んでいく。
「フレイヤ? どうした? 大丈夫か?
顔色悪いぞ」
「……起きていなかった……起きていなかった……」
まるで何か見たくない現実を見ないように自分に言い聞かせるように同じことを呟くフレイヤ。
その顔色はドンドン悪くなり――――
「う……そ……もしかして……この事件が起きたのは……」
「フレイヤ! どうしたフレイヤ! フレイヤ!!」
そして、その顔色が限界にまで達したと同時にフレイヤは倒れるのだった。
2章終わりまであと少しなので、良かったら最後まで付き合ってくれると幸いです。
感想、評価があるとやる気につながるのでもしよかったらお願いします。
また、良かったらブックマークもお願いします。




