第046話「第二の殺人 その四」
その4です。
楽しんでいただけたら幸いです。
■05月17日 午前:レオン死亡から二日経過
「ヴラド!! ヴラド何処に行った!?」
「ヴラド!! ヴラド!!」
「な、なんだ!? 何かあったのか!?」
叫び声に近い声に反射的に反応してしまった私たちは扉を蹴破るかのように開き廊下に出る。
すると十数メートル先のヴラド第四皇子の部屋の扉が全開に開いているのが見え、私たちは全開に開いている扉の前まで移動するとそこから部屋の中を見る。
そこには昼間だと言うのに真っ暗な部屋で女帝と第三皇子のアレクセイの二人がランプを片手に部屋を右往左往していた。
「お二人とも何かあったのですか? ヴラド皇子が何処に……などと言っていましたが、もしかして……」
「ああ、さっきまでヴラドの部屋で仮眠を取っていたんだが、目が覚めたらベッドで寝ていたはずのヴラドが居なくなっていて、それで女帝にその件について話をして、それで……」
「あんな風にヴラド皇子を探していたと?」
フレイヤの言葉にアレクセイは大きく頷く。
「確かに殺人事件が起きたこの状況では不安になるのは分かりますが、普通に何か用事や食事などで部屋を出たと言う可能性は無いんですか?」
「それはあり得ないわ。ヴラドは後天性の吸血鬼病よ。
このくらいの暗さやランプ程度の光量なら問題ないけど直射日光に当たればどうなるかくらい自覚しているわ。
そんな子がこんな真昼間に自ら暗いこの部屋から出るなんてありえないし、そもそもそんな事情が無ければ部屋に居ない程度でこれほど焦るわけないじゃない!!
馬鹿じゃないの!?」
「そ、そうだったんですね。
病気のことを知らなかったとはいえ、言われてみれば部屋にいない程度に焦ることはないですよね。
すみません。気が付かなくて……」
「全く、いくら屑な王国の馬鹿貴族とはいえ、少しは考えてから話しなさいよね」
頭を深く下げる私に向けて、女帝は舌打ちしつつ、こちらを馬鹿にするかのような台詞を吐くとそのままヴラド皇子の捜索を再開させ、反して私たちは一旦部屋を出て、廊下で立ち話を始める。
「それにしても、吸血鬼病か。
もし日の下に第四皇子が居たとしたら、早く見つけないと不味いな」
「公爵、早く見つけないといけないとはどういう事ですか?」
「それは……って、ああそうか。
吸血鬼病は王国どころか世界中から見ても珍しい病気ですからね。
第一王子のレイ様が知らないのも知らないのも無理はないですね」
そう言うと、ソウル公爵は簡潔に吸血鬼病について説明を始めた。
吸血鬼病は先天的、もしくは後天的に発病する原因不明の病で、その代表的な症状の一つに太陽の光を浴びると腹痛や吐き気だけではなく最悪、命を失ってしまうらしい。
つまり、もし現在ヴラド皇子が日陰に居るならともかく、最悪、日向に居る状態で気絶などしていた場合、下手をしたら――――
そんな最悪な想像をして、私の全身から一気に血の気が引いていくのを感じた。
「ど、どうしますか?
そんな危険な状態なら私たちも探索に協力した方が――――
いえ、停戦中とは言え敵国の皇子を助けるのなんて――――」
ぐるぐると助けるべきかそうでないかが頭の中を巡る。
そんな中、恐らく私たちの話し声が聞こえたのだろう。
「母――――いえ、我が国の女帝があのような言動を取ったにも関わらず、このような申し出、大変失礼だと思いますが、恥を忍んでお願いします。
弟のヴラドを探すのを手伝っていただけないでしょうか!!」
部屋から突如として現れたアレクセイは私たちに向けて頭を深く下げるとまるで叫ぶかのような声を上げた。
よほど大切な弟の身が心配なのだろう。その体は小刻みに震えており、今にも倒れそうなほど顔色は青かった。
無論、そんな彼に向けて、嫌だなんて言葉を出すなんて選択肢はなく――――
「その申し出、承りました。
我々王国側も第四皇子、ヴラド・エンパイアの捜索に協力させていただくことを王国第一王子、レイ・ブラッドの名のもとに宣言させていただきます。
ソウル公爵家の皆さん、オズル、そしてリリー・タイム男爵令嬢もよろしいですね?」
「王国からの命令は嫌だけど、良いわよ。
ここで断った方が明日の寝覚めが悪くなりそうだし」
「フレイヤ、もう少し丁寧な……いや、ここでそんな説教をしている暇はないか。
受けたまりました。レイ・ブラッド様。
ソウル家、一家一同。全力を以て捜索に協力させていただきます」
「リリー・タイム男爵令嬢も受けたまりました。レイ・ブラッド様」
そう言って、私たちは全員で居なくなった第四皇子であるヴラド・エンパイアの捜査に協力するのだった。
しかし――――
「フレイヤ、第四皇子は居ましたでしょうか?」
「いいや、全然影も形も見当たらないよ」
トイレ、ベッドの下、部屋の工芸品の壺の中、果てには天井の裏と、私たち全員で部屋の中をいくら探しても第四皇子の姿形どころかその影すら見つけることは出来なかった。
「フレイヤ。ここまで探しても見つからないとなりますと、やはり第四皇子は外に出てしまったのでしょうか?」
「ありえなくはないけど……ねえ、第三皇子、ちょっと質問なんだけど。あなたが仮眠した時は大体何時くらい?」
「仮眠した時間? ……確か朝のあのぶら下がりを見た少し後に荒ぶった気を落ちつくために紅茶を飲んですぐ後だから大体九時前後くらいでしょうか」
「……九時前後か。となるとその時間帯は廊下にも日の光が零れているだろうから自分からは出れないか。
因みにだけど何分くらいなら第三皇子は外を出歩ける?」
「完全装備の状態で大体10分程度が限界なはずです。
それ以上は皮膚に何かしらの症状が出始めたはずです」
「……10分か。
となると行ける範囲はあの二つの部屋が限界か」
ブツブツと何かを呟いたフレイヤは突如、廊下を出て、廊下の奥にある部屋をノックする。
すると、少し待ってくださいと言う声と少しバタバタした音をした後、その扉は開き中から緑色のドレスを着た第二皇女のグリューン・エンパイアが現れた。
よほど焦って服を整えたのだろう。
体は少し汗が滲んでおり、その汗が少しドレスを湿らせていた。
「待たせてしまって申し訳ございません。皆様、何かご用でしょうか?」
「人命に関わるから手短に話すけど、今朝、第三皇子が貴方の部屋に来なかった?」
「確か貴方は……王国の公爵令嬢の……」
「そんなことどうでも良いから答えて、今朝、第三皇子が貴方の部屋に来なかった?」
「ヴラドですか? いえ、来なかったですけど……もしかしてヴラドの身に何か!?」
やはり昨夜のことを思いだしたのだろう。
その顔色は一気に悪くなり、まるで取り乱すかのような表情を浮かべる。
そんな彼女の様相から何かを感じたのだろうか、護るかのように自分の娘の前に立った公爵は落ち着かせるような口調で話し始めた。
「そこについてはまだ未確定なので何とも言えない何とも言えないです。
と言いますのも、まるで神隠しのように自室から忽然と消えてしまったので……
無論、ただの散歩の可能性も無いわけじゃ無いのですが、ただ彼の持病のことを考えると最悪なことも考えられるので、こうして我々王国含めて全員で捜索しているのですが……」
「……そうですか。
弟のためにありがとうございます。帝国の皇族として感謝の意を伝えさせていただきます。
それとお力添えに成れずにすみません。
先ほどもお伝えしたように今日はまだヴラドとは会っておらず……」
「そうですか。ご協力ありがとうございました。
では、失礼します」
そう言って、グリューンに向けて深く頭を下げるソウル公爵の姿を見たグリューンはゆっくりと扉を閉めた。
「手がかりなしかそれでは次は何処を探す……ってフレイヤは?」
「あ、お父さん。
ここ、ここ」
突如として居なくなったフレイヤの声が廊下の先から聞こえ、私たちはその方向に視線を向ける。
するとそこには、第四皇子のもう反対側の部屋の扉を半開にして、その扉から半分身を乗り出して手を振っているフレイヤが居たのだが……
「フレイヤ! お前、そこは第一皇子の殺人現場の――――」
「そうだよ。遺体の安置場所兼、殺人現場だよ。
でも、一応行動の範囲内だし、可能性はあるでしょ?」
「それは……そうだが……だが、お前倫理的にそれは……」
「すまないが、私は入るのは遠慮させてもらうわよ。
流石に息子の殺人現場に入って、その死体を見たら流石に捜索するなんてことは出来ないわ」
「それはそうですね。
では、女帝は何処かの部屋でお休みでも――――」
「貴方達愚鈍で怠け者な王国人と一緒にしないでもらえる?
第三皇子の部屋で捜索の続きをさせていただくわ」
そう言うな否や、颯爽と第三皇子の部屋に戻っていき捜索をする女帝。
まあ、そうだろう。幾ら――――とは言え、そう行動するのが普通だ。
とは言え、流石に私も死体が鎮座している部屋に入るのには抵抗があるのだが……だが、第三皇子の安否の確認と死体の部屋の部屋に入らずに外でただ待つこと。
そのどちらが重要かと言えば、答えは一つしかない。
「よしっ、フレイヤ。私も一緒に入るので待ってください!!」
思いっ切り頬を叩き、その痛みで抵抗感を吹き飛ばした私はそのまま静止させようとする他の人を無視して、フレイヤがそのまま消えていった部屋の扉を開けた。
その瞬間、まるで真夏の部屋を開けた時のような何処か甘いような。腐った肉のような臭いが鼻に入っていく。
その臭いに反射的に吐き気が喉から一気にこみ上げていく。
「はぁ、リリー。別に入るのは勝手だけどちゃんとこれで口を覆ってから入りなさいよ。
慣れてない人には死臭はきついんだから」
「フレイヤ……すみません。ありがとうございます」
まるで無理矢理その臭いを消すかのようにフレイヤは自身のハンカチを使って私の口と鼻を塞いだ。
「フレイヤは口を覆わなくて良いんですか?」
「別に? 私は死臭は慣れてるからこのくらいは別に平気だよ」
「慣れているって……一体どんな訓練をしているんですか?」
「えー、それは企業秘密だよ……って、そんなことしている暇はないか」
「そうですね。早く――――」
第四皇子を見つけなければと言おうとした瞬間。
「早く犯人が第四皇子の死体を使ってまたトリックを作る前にせめて遺体だけでも見つけなきゃ」
「……は? し、死体?」
フレイヤの衝撃的な言葉を前に私は思わず変な音を零してしまった。
しかし、そんな私のことなど知らないと言うかのようにフレイヤは私を一瞥せずに尻目で話を続けた。
「ええ、十中八九、もう第四皇子は殺されているわ。
で無ければ、女帝が部屋の探索をしているにも関わらず、第二皇女が第四皇子が居なくなったことを知らないはずがないじゃない」
「? どういうことですか別に不思議なことは何もないと思うのですが……」
「うーん。そうだな。
リリーさ、例えばだけどお気に入りの櫛が無くなった時最初誰に声をかける?」
「え? 櫛が無くなった時ですか?
それは……近くに居るメイドに櫛を知らないか聞きますね」
「そうね私もそうする。
じゃあ、それが下手をすれば死ぬかもしれない人間の安否だった場合どうする?
わざわざ隣に居る第二皇女じゃなく、自分よりも下の遠い階に居る女帝に声をかける?」
「いえ、そんなことあり得ない……って、フレイヤ!!
まさか!?」
「ええ、第三皇子は犯人の――――と繋がって」
いるのでしょうかとその口を開こうとした瞬間。
「きゃぁぁあああああ!!」
少し先の部屋から甲高い悲鳴が鳴り響いた。
「クソっ、遅かった!!」
そう言って、舌打ちしながら私の手首を掴んだフレイヤは、そのまま部屋から廊下に出ると叫び声が聞こえて来た第二皇女の部屋を入った。
するとそこには、部屋の主である第二皇女と、女帝を除いた先ほどまで探索に協力していた面々が既にそこにおり、全員が柵からまるで飛び降りるかのように身を乗り出し、遥か先の何処かを見ていた。
「あ、あの何があったんですか?」
「あ、あそこにひ、人が、つ、るされて! 吊るされていて!!」
そう言って、遥か先の光景に向けて指を指す第二皇女。
その指先に視線を向けるとそこには黒いてるてる坊主のような物体が前後左右に揺れており、明らかに何かしらの抵抗をしている風であった。
しかし、その抵抗は徐々抵抗しており、わずか1分と経たずにその抵抗は完全になくなったのだった。
その4です。
楽しんでいただけたら幸いです。




