第045話「第二の殺人 その三」
その3です。
続きは出来るだけ早く上げますので、楽しんでいただけたら幸いです。
■05月17日 午前:レオン死亡から二日経過
そして、フレイヤが私にした時と同じように自身の推理をレイに伝えること約十数分。
「――――つまり、あの状況から考えるにあの状況を作れるのは――――以外はあり得ない。
以上が私の第一皇子殺人事件の推理だよ」
フレイヤの説明が終わりを告げると、説明を受ける前は驚愕の色になっていたレイの表情は何処か納得したかのような色に変わっていた。
「なるほど。確かにその推理を聞けば犯人はその人物しかありえないな。
だが……」
「うん。レイも分かっていると思うけど私の推理はあくまで状況証拠でしかない。
だから例えここで犯人はお前だ! って言っても、しらばっくれるか何か嘘の情報で誤魔化して逃げかねない。
だから私はそれ以外の証拠が無いか調査していたんだけど……」
「何も見つからなかったと?」
レイの言葉にフレイヤは大きく頷く。
確かに私も犯人が言い逃れが出来る隙がある以上は、何か別の証拠を調査する必要はあると思っていたし、現に昨夜はそのことで延々とパンフレットを見ていた。
だが――――
「フレイヤ。
すみませんが一つ質問をしても良いですか?
調査していたこととそれが見つからなかったことは分かりました。
ですが、それがフレイヤが吊るされていたことと何の繋がりがあったのですか?
調査をするのなら普通なら犯行現場の周辺を見るのではないですか?
もしかして、何か別の証拠になりそうなものが見つかったので、それで調査していたと言う事ですか?」
調査しても何も有効な証拠が見つからないなんてことは、小説では良く聞くし、実際に新聞でもそう言ったニュースは良く聞くから、証拠が見つからなかったこと自体は理解できる。
しかし、どうしてもそれがフレイヤ自ら吊るされたことと上手く繋がらないのだ。
ゆえにフレイヤにどうしてそんなことをしたのかと私はフレイヤに問いただすと、フレイヤは顎を触りながら少し考えるような表情を浮かべた後、口をゆっくりと開き始めた。
「例えばだけどさ、リリー。
リリーは20メートル強くらいの高さから降りるとき、何の装備も無く無傷で降りれる自信はある?」
「……20メートルを装備なしで無傷ですか? いえ、そんな自信は微塵も無いです。
と言うより、不可能じゃないですか?」
「あははは、そうだよね。
私も流石に捻挫か骨折、最悪死ぬことくらいは覚悟するくらいの高さだと思うよ。
そう、20メートルの高さから降りて、無傷で降りるのはほぼ不可能なんだよ。
つまり、犯人が第一皇子の部屋から脱出する方法は大きく分けて二つ。
一つは何らかの方法で誰にも自身の姿を見られずに壁伝いに移動して脱出する方法。
もう一つは何らかの方法で五階から地上、もしくは自身の部屋まで降りて移動するかのどちらかしかない。
そして、私は犯人は後者の方法を選んだ可能性が高いと推察したの。
だから、証拠が無いかああやって吊るされていたの」
「? どういう事だ。フレイヤ。
前者で脱出した可能性もあるわけだし、何より第一皇子の部屋の上の階は顔合わせで使われた屋上だ。
あの日は顔合わせがあったことから考えるに第一皇子を殺した後、五階から移動して――――ああ、いやそういうことか」
恐らく途中でフレイヤが伝えたかったことを察したのだろう。
公爵は途中で自身が続きを語ろうとしたその口を閉ざし、フレイヤはそんな公爵へ向けて大きく頷き、そしてそれと同時に私もフレイヤの言葉の意味を察した。
「リリーもお父さんも気づいたみたいだね。
確かに少し力技だけど柵や窓を使えば、五階から屋上に登る形でも壁伝いに隣の部屋に侵入する形でも脱出をすることは出来る。
でも、それを実行するには大きな問題が二つあるのよ」
「二つ?」
オズルの疑問のこもったにフレイヤは大きく頷く。
「ええ、一つはあの日、「従業員」が全員が何時何分に屋上に来たかを事細かく記録していたこと。
まあ、恐らく犯人が従業員に命令したんでしょうね。
誰が何時何分に屋上に来たのか事細かく記載しろって」
「記録を付けさせる? それに何か意味があるのか?」
「大ありだよ。オズル。
何故なら、この記録がある以上、もし犯人が屋上からの扉以外の方法で出入りしていた場合、屋上に来ていない人間が何時の間にか屋上に来ていたと言うことになり、その事実が自分が屋上の扉以外の方法で屋上に来たと言う何よりの証拠になる。
まあ、アリスみたいな移動系の魔法を使えばその証拠を残さない芸当は出来なくはないけど、ここの結界がある以上は不可能だと思う。
つまり、この記録に一切不備。もしくは不審な記録の改竄が無いと言う前提だけど犯人は犯行現場の五階から屋上に上る形で脱出したと言う可能性は0存在しないと言う証明になる。
そして、その証明こそがこの事件で一番重要なこととなる」
フレイヤの言葉に私は大きく頷く。
「そうですね。
と言うのも、この事件はなぜ殺したと言う動機やどうやって殺したと言うことよりもどうやって犯人はこの疑似的な密室空間から脱出したのかと言う事の方が重要だからです。
何故なら、もし誰でも脱出できる空間であると言う証明がされてしまった場合、下手をすれば間違った推理でも犯人を特定することが出来、かつ言い逃れが出来なくなってしまう可能性があるからです。
だからこそ犯人は一番簡単な五階から柵伝いに屋上に昇ったと言う推理をさせない方法を取った。
そこについては私も先ほど気づいたのですがもう一つの理由は何ですか?
もしかして、そのもう一つの理由が先ほどの犯人は五階から何かしらの方法で降りたことと言う確信を得た話に繋がるのですか?」
私の言葉にフレイヤは笑顔を浮かべながら正解と言うかのように指を鳴らした。
「流石リリー、勘が良いね。
そう、私はそのもう一つの理由について推理した瞬間に逃走経路について確信を得たの。
そして、その理由と言うのが――――」
「フレイヤとタイム嬢、帝国第四皇子のヴラド皇子の出席時間でしょ? フレイヤ」
「お母さん。正解!!」
自身の娘の言葉を先に自身の口から出す公爵夫人。
そんな夫人にフレイヤは先ほどの私と同じようなリアクションを取った。
「さっきの話でも分かると思うけど単純に壁伝いに移動したくても左右の部屋は私たちとヴラド皇子の二人の部屋になっている。
そして、記録上、ヴラド皇子が会場に出席したのは18時30分と言う開始ギリギリの時間だった。
つまり、犯人がもし壁伝いに移動すると言う方法を取ろうとした場合、犯人は私たちとヴラド皇子が出席したことを確認してからでしか移動することが出来なくなってしまう。
何故なら、例え本人が部屋の中に居なくても、犯人はそのことを知る方法が無く、もし壁伝いに移動中にその姿を視認された場合、その事実が第一皇子殺人の何よりの証拠になってしまう。
つまり、上と左右。この二つが封じられている以上は犯人の残っている移動先は下しかない。
そしてそれを証明するかのように屋上の一角にロープか何かで鍍金が剥がれている箇所があって、その場所の下はちょうど犯行現場の第一皇子の部屋の露天風呂だった。
因みに剥がれている箇所とその大きさから考えると使われたロープは一本で、それ以外に第一皇子の部屋の柵と上下左右の部屋の柵に、ロープの跡のような脱出に関係あるような痕跡はなかったよ。
このことから考えるに――――」
「犯人は、屋上からロープを垂らして、そこから逃げたと言う事ですか?」
「うん。少なくとも私はそう考えている。
実際にロープが垂らされていたここだけは各部屋の死角になっていて、相当目立つ行動をしない限りは姿を見られないから逃走自体は簡単だと思う」
そう言って、フレイヤは自身が追記した赤丸を指さした。
「このことを考えると犯人が安全に脱出するにはここしかないのよ」
確かにここの幅はそれなりにあるし、相当下手をしない限りは誰かに犯行現場からの逃走姿を見られることはないだろう。
ゆえに、これは重要な証拠であり、逆に犯人を言い逃れ出来ない証拠を見つけることができる第一歩になると思ったのだが……
「フレイヤ、どうしたんですか?
何か釈然としない表情ですが……この証拠があれば」
「うん、だからもうこの密室はほぼ意味を成さなくなったんだけど……一つ問題と言うか……矛盾があるのよね?」
「矛盾ですか? 矛盾何て特に何もないと思うのですが……」
「……矛盾……矛盾……ッ!
いや、タイム嬢。そうとも限らないぞ。
フレイヤ。先ほど屋上以外に第一皇子の部屋の周辺に脱出に繋がるような痕跡はないと言ったな」
「流石お父さん。気づいたみたいだね。
そう、屋上以外に脱出に繋がるような痕跡はなかった。
それは、足跡も含めてのことだよ」
フレイヤがそこまで言った瞬間、私は彼女の言わんとしたことを察した。
「そうか!! 確かに屋上からロープを垂らせば簡単に部屋から脱出は出来ます。
しかし、急いで降りれば発生した摩擦熱やロープに触れていた体が擦れてしまいその痕がどうしても体に残ってしまい、それ自体が証拠になりますし、何よりも降りるときの摩擦の痛みでもし反射的に手を放してしまえば、墜落して下手をすればそのまま落下死します。
つまり、安全に降りるためには何か別の方法で安全に降りる必要があると言う事です。
その中で一番簡単に考えられるのは足を壁に着ける方法ですが……それを行えばどうしても壁に足跡がついてしまう。
にも関わらず、先の調査では屋上のロープで擦れた痕跡以外は無かった。
つまり犯人をここから脱出したと言う方法で攻めるためには、痕跡を残さずに安全に五階から数段下の階まで降りる安全な方法を提示しなければならない。と言うことですよね。フレイヤ」
私の言葉にフレイヤは大きく頷く。
「その通りだよ。リリー。
因みに安全性を度外視すれば……そうだな。
例えばだけど、ロープに複数の大き目の結び目を着ければそれを足場に壁に足を着けなくても脱出は出来ると思う。
でも、それでも結び目で出来る大きさには限度があるし、もし足を踏み外せばそのまま墜落するからその方針を取るくらいなら屋上に来た記録を改ざんした上で、別の方法で犯行現場から屋上に登った方がましだと思う。
他にも数点、脱出方法は思いつくんだけど……そのどれもが犯人は自分の身を犠牲にする覚悟を前提とした行動をする必要なんだよね……」
「まあ、普通はそんなことが出来るのは、死んでも良いから相手を殺したいと思えるほど相当な恨みがある時やその人物が死ぬことでバレた時のデメリット以上のメリットがある時だけだと思うが……
元第二王子として言わせてもらうが第一皇子は王国に対しては穏健派で、度々過激派と対立していたことと、平民と子供を作っていたことを考えれば恨みは持っている人間は一人も居ないとまでは言えないが皇族の血の価値を落とす可能性のある第一皇子の子を母体共に……ならともかく皇子本人を自分の命を使ってまでなんて人間は犯人含めて、流石に彼の周辺に居なかったぞ。
だから、もし今あげた情報だけでお前は犯人だって言っても言い訳されて終わるぞ」
言われてみれば確かにそうだ。
もちろん犯人がこちらの裏の裏をついてわざと危険な方法で脱出したと言う可能性も無いわけじゃ無いが、今の証拠も犯行動機も曖昧な状態で追い詰めても犯人は十中八九、『何で私がそんな危険を犯してまで第一皇子を殺さなければいけないの?』と逃げるに決まっていて、私たちはそれを言い負かすことは出来ない。
つまり――――
「だよね。オズルの言う通りそこは私も同じ意見だよ。
だから、最悪でも犯行動機か、脱出方法のどちらかを詳細まで明らかにする必要があるんだけど……うーん、分からない。
みんなは分かる?」
「いや、残念ながら分からない」
「私もです」
「だよね~。うーん、どうしよう……」
フレイヤの唸りに合わせるかのように、全員がそれぞれの頭の中で何か犯人側を追い詰めるような証拠が無いか思考を巡らせる。
そのせいか、先ほどまでの討論で満ちていた部屋の中は一気に静寂が包み込む部屋と化していた。
だからだろうか――――
「ヴラド!! ヴラド何処に行った!?」
「ヴラド!! ヴラド!!」
廊下から二種類の男女の叫びに似た声が私たちの耳に届いたのだった。
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