第042話「あーん」
今回は普段より少し短いですが、楽しんでいただけると幸いです。
■05月16日 午後:レオン死亡から一日経過
「さてと、これでこっちの安全は確保できたし、調査始めましょうか」
「はい、それは良いのですが……」
「ん? リリー、そんな渋い顔してどうしたの?」
「いえ……その……魂約書の性能の証明をするためとはいえ、指は大丈夫なんですか?」
そう呟いて、視線を下に向ける。
そこには包帯でぐるぐるに巻かれ更に添え木に固定されている指があり、痛むのか時折痙攣していた。
「指? うん。大丈夫だよ。
まー、確かにやった時は痛かったけどでも。拷問で全部の指の爪をはがされ……
はっ、ご、ごめん。リリー。
そうだったよね。この体はリリーの体なのに指を折るなんて、本当にごめん。
でも安心して、痕は残らないし何なら治った後は少し骨が丈夫になる折り方したから」
「いや、痕が残るのは別に気にしてないのですが」
と言うより、今さっき拷問がどうのこうのって、もっと気になる台詞を聞いたような気がするのですが。
「だったら本当に気にしなくて良いよ。リリーよりも私の方が痛みに強いし、魂約書を発動するのも使う交渉をするのも私しか出来ないんだから。
それに普通の方法じゃあ魂約書の強制力を信頼させるなんてことは不可能だし、だから術者である私が普通じゃできない自傷行為するって言う契約で発動させて、それを実施させることで帝国側に効力を信頼させたんだから」
「……そうですね。確かにあの行動で帝国側から効力を疑う言動は無くなりましたからね。
そのことを考えれば、あの行動は必須だったと思いますが……それでももう少し別の方法があったのではないかと思うと……」
「あーもー、だからリリーは気にしなくていいって。
むしろ私はこの交渉内で何時かは魂約書を使うために証明する必要があるって予想していたし、その時にある程度は私が傷つくことも許容していた。
だから、一切躊躇なくあんなことが出来たんだし、それにそれを予想していたからこそこの髪の毛を元の色に変える魔道具を使ったんだから」
「…………」
そうフレイヤは、初めから魂約書を使うことを予見していた。
何故なら、元々敵国同士である王国と帝国で決して破られない条約を結ばせるには魂約書を使うことは絶対であり、そして向こうにはフレイヤが黒髪の少女だと言う情報は既に伝わっている。
このことからフレイヤはこの会談が行われることを察したその瞬間にフレイヤは結界内でも使える髪の毛を変える魔道具を私の分も含めて用意して、そして魂約書の性能を証明するために多少は荒い手を使うことを覚悟したうえでここに来たとのことだった。
だから、例え指を折るなんてことになってもそれはあくまでフレイヤが想定していた範囲内のことであり、むしろそれで信頼されるくらいなら安い物とのことだった。
(まあ、確かにその理屈は分かりますし、私も逆の立場になったらそうすると思いますがそれでも……)
「あーもー、だから何度も言うけど本当に気にしなくていいって。
そこまで気にされるとこっちも罪悪感が……って、そうだ! そこまで気にするんだったら、これからしばらくの間、私ご飯食べるのに苦労するだろうから治るまでの間毎日あーんして欲しいな」
「あ、あーん? って何ですか?」
「あれ? 知らないの?
あーんって言うのはこういう風にご飯を口元まで近づけて、食べさせてあげる平民のカップルが良くやっていることらしいよ。
こんな風に。ほらほら、リリー、あーん」
そう言って、フレイヤは一口大に切ったスフレを私の口元へと近づける。
「か、カップルって、ふ、フレイヤ。そ、それはちょっと……恥ずかしいと言うか、ふしだらと言うか……やめてください」
「えー、別に同性の友達同士でやるのも普通らしいし、恥ずかしくないよ。
ほらほら、食べて食べて、じゃないとあーんの声をもっと扇情的なものに――――」
「いただきます!!」
「おお、凄い食いつき。そこまで扇情的な声は嫌だったか」
「当たり前です。
まあ、でも分かりました。
フレイヤがそれを望むのなら、その指が治るまでの間、私がそ、その……あ、あーんをしますから、ご飯を食べるときは私を呼んでください」
「よっしゃ、了解。
んじゃ、さっそくほらほらこのスフレ食べさせてリリー」
「はい。分かりました。フレイヤ。
大きさはこのくらいで良いですか?」
「うーん。もうちょっと小さめにお願い」
「はい、分かりました。
では、あ、あーん」
「あーん」
そうして、私は小さく切ったスフレのかけらをフレイヤに食べさせるのだった。
そして、その翌日。
私はある叫び声で目を覚まし、その後第二と第三の死体を見つけるのだった。
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