第040話「犯行動機の推理」
■05月16日 朝:レオン死亡から一日経過
「……ん、眩しい」
小鳥の鳴き声を聞きながら目を覚ました私の目に映る光景と、私に寄り添うように眠っている公爵夫人と言う想定していなかった光景に一瞬、何が起きたかと思ったが、すぐさま昨夜起きたことを思いだした。
昨夜、レオン第一皇子が殺された後、女帝の推理によってフレイヤが犯人に仕立てられそうになったが、その推理に矛盾によって誤解を解けたフレイヤは私に第一皇子を殺した犯人を教えてくれた。
しかし、それはあくまで状況証拠から浮かぶ推理でしかなく、まだどうやって密室となっていた第一皇子の部屋を脱出したのか、そして顔合わせの最中で遠隔から第一皇子の死体を完全に吊るしたか、その方法が分からず行き詰っていた。
そんな最中、私が自身の推理が外れたことを指摘され、かつ敵国である王国の人間であるフレイヤに頭を下げたにも関わらず女帝が笑顔を浮かべていたと言うことを伝えた瞬間、何かに気づいたフレイヤは何処かへ消えてしまった。
結果、一人となってしまった私は、恐怖のあまり何処にも行けなくなってしまった。
と言うのも、魔法が使えず、何時、何処から第一皇子を殺した犯人が現れるか分からないこの状況では、曲がり角を曲がった瞬間にその犯人が現れかねないからだ。
結果、私はソファーと壁の隙間に隠れ、震えながら、誰かの助けを心の中で求めると言う状態になっていた。
誰かに助けて、見つかりたくないと言う言葉を反芻しながら、隠れていた私。
そんな私を見つけたのは、フレイヤと私を探しにホテル内を駆けずり回ってくれていたソウル公爵と公爵夫人の二人だった。
その後は、誰でも想像出来るように、公爵と公爵夫人に保護された私は一人にさせる訳には行かないと二人の部屋で休むように言われ、私は公爵夫人に添い寝される形で眠り、そして、今に至ると言う訳だ。
「ふわぁ、うーん。眠い」
まだ寝足りないのか、大きな欠伸をしながら寝起きで上手く動かない頭と体を少しでもすっきりさせるために、私は洗面所に向かおうと寝室をでる。
その瞬間、私の視界は寝室の扉を護るかのように、廊下を立っていた公爵の姿がいっぱいに広がった。
仮眠でもしているのだろうか。壁を背に、両目を瞑る公爵。
しかし、その目は私が扉を開けて数秒後にはバッチリと開くと、私に向けて笑顔を向けつつ口を開いた。
「おはよう。リリー嬢。
昨夜はあんなことがあったが、ゆっくり眠れたか?」
「はい、おかげさまで安心して休めました。
ソウル公爵、公爵夫人。昨夜はベッドをお貸しくださり、ありがとうございます」
「いやいや、礼なんて要らないよ。
むしろ、ベットを貸す程度、第一皇子が殺された直後にも関わらず、リリー嬢を一人にした馬鹿娘の愚行に対する償いとしたら足りないくらいだよ」
だから、気にするなと言うかのように深く頭を下げた私に対して公爵は苦笑で返すが、私はそんな公爵の顔に疲労の色が混ざっていることに気づいた。
「あの……もしかして、ソウル公爵は昨夜寝ていなかったんですか?」
「あははは、流石にバレるか。
昔は二徹しても顔には出なかったからバレないと思ったんだけど……もう俺も歳かな?」
「それはやっぱり、あの事件が起きたからですか?」
私の質問に公爵は頭を縦に振る。
「ああ、暗殺事件が起きた直後だからな。
妻も自分も音がしたら寝ていても反射的に起きる訓練は受けているが、それでも完全じゃない。
だから少なくとも、誰か一人は寝ている間くらいは誰かが見張りをする必要があると判断したんだが……やはりこの歳で徹夜はきついな」
「そこまでして、私を護ってくださりありがとうございます。
では、私は十分寝たので、見張りを後退しますのでソウル公爵はゆっくり休んでください」
「そうか。では、ありがたく休ませていただく……と言いたいことだが死に戻り前に17年の経験があるとはいえ、その体はまだ未熟な十歳の娘の体で、しかもその様子からまだ寝足りないんだろ?
そんな体を万が一犯人が強襲してきた時に戦わせる選択をさせかない見張りなんて仕事はさせられないよ。
だから、むしろ犯人が強襲してきた時に、すぐ逃げられるように少しでも体を休めてくれた方がこちらとしては嬉しいかな」
優しくも真剣な声色で私に休むように伝える公爵。
そんな彼の優しさを感じた私はゆっくりと首を縦に振る。
「分かりました。
公爵がそうおっしゃるのならもう少しだけ休ませていただきます」
「ああ、そうしてくれ。
それじゃあ、お休み。リリー嬢」
「はい、おやすみなさい。ソウル公爵」
そう言って、眠気覚ましに向かいはずだった私の足はベッドの元へ向き、そのまま私は再び眠りについた。
その後、昼頃まで眠った私は起床すると少し先に起きていた公爵夫人と一緒に部屋内で食事をしつつ、先日にフレイヤに教えてもらったこの事件の推理について話をした。
「と言うことで、あの事件の状況を考えるに犯人は――――でほぼ間違いないと思います。ソウル夫人」
「……なるほど。確かに、あの状況ではそうとしか考えられないわ。
でも、状況証拠しかない現状では犯人の方で幾らでも言い訳が出来る……」
「はい、その通りです。なので、状況証拠以外の方法で犯人を追い詰める方法を夫人には聞きたいのですが、何かいい方法を知っていませんか?」
私の質問に、何かを考えるかのように夫人は瞳を閉じながらポンポンと顎を扇子で叩く。
「状況証拠以外で犯人を追い詰める方法か……正攻法を取るならやはりあの部屋から脱出するトリックを解くことが一番だと思うけど、正直言ってその方法はお勧めできないわ」
「え、そうなんですか?
推理物の小説では探偵は良く一番最初にトリックを解くことから始めているので、そうするのが一番だと思ったのですが」
「そうね。確かに物語では、一番最初にトリックを解くことから始めるのは王道だけど、それはあくまで犯人が探偵を殺さない。もしくは殺せないという絶対的な自信がある前提での行動なのよ。
もちろん、私たちもそう簡単には殺されないという自信はあるわ」
「なら――――」
トリックを解くために行動するべきではないか? と言おうとした瞬間、夫人は私に黙るようにと言うかのように、扇子を私の口元に置いた。
「タイム嬢。それはあくまで私たちの言動が国の状況を左右されない状況に居る前提で出来る行動だわ。
あの女帝の行動から考えるに、最低でも女帝。下手をすれば帝国自体が王国との戦争の継続を望んでいるわ。
でなければ、フレイヤを犯人だと言うような侮辱としか思えない行動は取れないわ。
つまり、犯人側はトリックを見つけられたとしても幾らでも口封じが出来る状態にあると言う事よ。
対して、こちら側はそうはいかない。
たとえ、自己防衛と言う前提があったとしても帝国側に何かしらの被害を与えたとしたら、最低でも戦争の継続。最悪、莫大な賠償金を払ったうえで、戦争を止められず、全ての罪をこちらに押し付けられる可能性があるわ」
「い、言われてみればそうですね」
言われてみれば確かにそうだ。
いくら停戦しているとは言え、帝国と王国は戦争状態だ。
そんな状況にも関わらず、誰の耳に入らない場所ならともかくとして、人の目があるどころか全員が居る状態でフレイヤを犯人扱いしたのは恐らく女帝自身が今回の戦争の継続を望んていたからだろう。
何せ、例えフレイヤが女帝の推理から逃れたら、冤罪をかけられたと言う理由で王国がこの停戦を止め再び戦争になり、例え推理から逃れられなくても、帝国は王国から第一皇子を殺した罪で多額の賠償金を得たうえで、戦争を再戦出来る。
つまり――――
「だとすると第一皇子を殺した動機は王国との戦争を継続させることですか?
だから、私にトリックを解くのが悪手だと言ったのですか?」
この事件はもし王国との戦争を維持させることを望んでいる人物であるのなら、一人勝ち出来る事件だと言うことだ。
だからこそ、この推理を解く人間を口封じすることも躊躇う必要が無いし、第一皇子を殺したのもそれを望んで行ったのだろうと私は推理したのだが……
「うーん。悪手だと言った理由はそうなんだけど、犯行動機の方はそれだけが動機とは限らないのよね」
しかし、私の推理に対しての夫人の反応は思ったよりも悪いものだった。
「え? どういうことですか?
それ以外に何か腑に落ちない理由があるんですか?」
私の言葉に夫人はええと呟きながら、首を振る
「私が腑に落ちない理由は何で殺されたのが第一皇子だったのかと言うことよ。
あの第一皇子は正直言って、王国に対して悪感情を抱いていないと言う帝国では良い評価を受けないという点を含めても帝国内で最も人気だった人物だった。
加えて、他国との貿易に関しても中心となっている人物で、あの国の経済がまだ崩壊していないのも彼の功績が高い。
そんな人物を殺したと言うデメリットと、王国との戦争を継続させると言うメリット。
この二つを天秤にかけた時、どう考えてもデメリットの方が傾くのよね。
むしろ、言い方悪いかもしれないけど他の皇族を殺した方がよっぽど理があるし、こちらとしても納得できる」
「レオンさんって、そんなに凄い人物だったのですね」
「ええ、現にソウル家が全面協力して帝国と王国との仲を取り持ち、講和条約を結ぶことを協力することを条件に、フレイヤと婚約させないかと言う話がソウル家に上がったほどにね。
まあ、結局年齢の問題でその話はなくなったのだけれどね」
もう少し彼が若ければ良かったのに。と、本当に残念そうな言葉を呟く夫人。
そんな夫人の言葉に、私は死んでしまったレオンさんが本当に凄い人だったんだと驚くと同時にそんな人物を殺してまで犯人は王国との戦争を継続させようとしたのか? と言う疑問が私の頭に浮かぶ。
何で、何のためにと言うぐるぐる回る私の思考。
その思考は、突然部屋に現れた二人の人物の言葉によって、解かれた。
「レオン第一皇子を殺した動機。
それはさっき言ったメリットの他にもう一つ。第一皇子の子を宿したある人物を子供と一緒に葬るためだと私は思うわ」
「フレイヤ!? あなた一体今まで何処に。いや、それよりも第一皇子の子を葬……ってあなたは!?」
「お久しぶりです。ソウル夫人。
そこの窓が開いていたので、二人で外から壁をよじ登って入らせていただきました」
「い、いえ。それは別にどうでも……良くないかもしれないですが。
それ以上に、ジーク様!? 何でここに!?」
少し息を乱しながらも突然部屋に現れたフレイヤと執事服を着たジーク様に驚いた私たちは、反射的に立ちあがり、礼の姿勢を整える。
そんな私たちに礼は良いとジェスチャーしたジーク様は、椅子を私たちの近くまで持っていくとそのまま椅子に座った。
「実は昨夜フレイヤから緊急で来るようにと連絡が来て、集合場所まで来たらフレイヤからこの事件に協力するようにと言われて、そのまま馬車に乗せられて気づいたらここに来たと言う事です」
「そ、そうだったんですか。
それは娘がご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。ジーク様」
「迷惑だなんて。フレイヤの突発的な行動には慣れているので、大丈夫ですよ夫人。
あと、夫人。俺はもう王国では故人で、王族とは関係のない人間なので、そんな畏まった行動はしないでください。あと、俺を呼ぶときはジークではなく、ただのソウル家に出稼ぎに来た平民のオズルでお願いいたします」
「平民のオズル? では、その服もそのためにですか?」
私の言葉にジーク……いや、オズル様は頷く。
「ああ、その通りだ。タイム嬢。
いきなり死んだはずのジークと似た人物が現れたとなったら周りが驚くだろ?
だから、あくまで俺はジークの影武者として生きていたオズルで、ジークが死んでお役御免となった今、平民として出稼ぎにソウル家に来て、ここにはフレイヤの身の回りの世話をすると言う名目で来たと言う設定で今ここに来ているんだよ」
「そ、そうなんですか。
ですが、何でフレイヤはそんなことをしたんですか?
ここは今殺人事件が起きているんですよ!? そんな場にジー……オズル様を連れて来るなんて危険以外のなんでもないんですよ!」
そう言って、私は視線をポットから紅茶をグラスに入れるのではなく、口の中に注ぎながら喉を潤すフレイヤに変えた。
よほど喉が渇いていたのだろう。少し待ってと手を前に出したフレイヤは喉を鳴らしながら数秒ほど紅茶を飲むと、そのままげっぷとおくびをすると、口を袖で拭いながら口を開いた。
「確かにここにオズルを連れてくるのは危険以外のなんでもないわ。
だけど、これから行うある事をするには、出来るだけ女帝の思考を削らせたいのよ。
そのためには、死んだはずのジークそっくり……と言うか中身は本物だけど、ジークそっくりな人物がいて、その人物がジーク本人なのかどうかに思考を割かせるのが効果的なのよ。
何せ、元々帝国はジークが死んだことで戦争を始めた疑いがある。
それが本当なら、その根底を否定する証拠が目の前にあれば、誰でもそこに思考を割く。
だから、ジークにはここに来てもらったのよ」
「それは……確かにそうかもしれないですが。
ですが、それはあくまでフレイヤがこれから行うことが終わった後にはもう意味が無いですよね?
それなら、それが終わった後のオズル様の身の安全はどうするんですか?
オズルの身の安全を脅かしてでもしたい事って、何ですか?」
フレイヤの他人の身を危険に晒すと言う身勝手極まりない台詞に思わず矢継ぎ早に告げた私に対して、フレイヤは少し驚いた表情をした後、にやっと笑みを浮かべると――――
「私がオズルの身の安全を脅かしてでもしたいこと。
それはこの魂約書を使用して、私たちの安全を保障させることよ」
そう言って、私たちに見せたのは『ここに自身の名前を書いた人物はこの交渉が終わるまでの間、王国の人物を殺傷、もしくはそれに類する行為を全て禁じる』と記載された魂約書だった。
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