第004話「呪いバチ」
あれから事件解決の誓いを交わした後、叩いたことで赤くなっていたフレイヤの頬を近くにある川の水で軽く冷やした私たちは話の続きをする。
「それにしてもあと三日間で暗殺の手段と暗殺する動機がある人を特定した上で暗殺を阻止する……ですか。
まず優先すべきはやはり暗殺の手段の特定でしょうか?」
普通に考えれば、当日に第二王子が死ぬ直前に飲んでいた葡萄酒に毒が怪しいのですが、どうやって毒見をクリアしたのか……
うーんと顎に手を置いて少し考える私だが、そんな私を無視してフレイヤはさらさらと手帳に記載し、それを私に渡した。
「いや、暗殺の手段については実はもうほぼ分かっていたの」
「え!? 本当ですか?」
もしそれが本当ならばかなり暗殺の阻止は楽になる。
「ええ、だから手帳に簡単に暗殺の方法を記載したの。
まあ、本当なら詳細含めて説明したいんだけどもうほとんど時間が無いから帰りの馬車でそれを確認して」
「え? あ、本当ですね」
フレイヤの言葉に顔を少し上げた私の視界の端には談笑しながら私たちに近づいているお父様とお母様、そしてソウル公爵と公爵夫人が居た。
「フレイヤ、そろそろ時間だがどうだった?
タイム嬢との時間は楽しかったか?」
「…………」
「フレイヤ? 聞こえなかったのか?」
「へ? え!?」
あ、そうでした。私は今フレイヤの体で、公爵は今私を呼んでいるんでした。
って、あれ? こういう場合は、私はフレイヤとして行動すれば良いのでしょうか。それとも今の状況を説明――――
「ソウル公爵。
本日はこのような時間を取らせていただきありがとうございました。
フレイヤ様との時間はとても貴重で楽しませていただきました。
心より感謝いたします」
混乱している私を見かねたのだろう。
フレイヤは暗にフレイヤとして行動しろと私に伝えるように胸を張り、堂々とした姿でまるで普段の私がする言動をそのまま真似をした。
その堂々とした姿に混乱した頭が少し元に戻った私は、額に汗をかきながらも後ろにいるソウル公爵へ顔を向けた。
「はい、とても楽しい時間だったよ。
リリーさん、今日はありがとう。
今度はぜひ私の家で遊びましょ」
「もちろんです。フレイヤ様。
それではそろそろ時間ですので、名残惜しいのですが私たちは席を外させていただきます。
本日は本当にありがとうございました。それではソウル公爵、公爵夫人、フレイヤ様失礼いたします」
「ああ、私たちこそ今日は本当にありがとう。
タイム男爵、男爵令嬢、タイム嬢。気を付けてお帰りください」
そう言って、両家互いに軽く頭を下げた後、私たちは背中を向けてそれぞれの馬車の元へ足を向けたのだった。
「それで、フレイヤ。
タイム嬢とは一体どんな話をしたんだ?」
帰りの馬車の中、頬に手をつき、娘のことを興味津々な表情で手帳の中身を見ているソウル公爵が私へ質問を投げた。
「ん~? 別に好きな紅茶とか、王妃教育をする際にこの人がきついからその人の姿絵でサンドバックでも作ると良いよとか。
ああ、あとジークとレ、レ、レイとの恋バナとか?
そんな感じのことを話していたよ」
あー、こうなるんだったらレイを呼び捨てにするのを慣らしておけば良かった。不自然なくらい噛んでしまいましたわ。
……二人にばれてないですよね。
「……まさかあのサンドバックを他所様のお嬢さんに教えるなんて。
淑女としてあのサンドバックのことは他言するなと言ったのに。
あのお淑やかなご令嬢がフレイヤと似なければ良いのだが……」
どうやらさっきの不自然な言葉に一切疑問を抱いていないみたいですね。
自分の娘の奇行を知られたことに深い後悔をするかのような溜息を吐いたソウル公爵。
まあ、確かにあの特に腹部がボロボロになった先生のサンドバックは誰にも見られたくも知られたくないですよね。
私も初めて見たときも、嬉々としてそれを殴るフレイヤの姿を見た時も本気で今日はもう帰ろうかなと思ったくらいですもの。
それが実の両親だったら頭抱えますよね。
「まあ、知られたものは仕方ないか。
楽しかったようならそれで良かったよ」
「はい、私も今日はとても楽しかったです」
そう言って、笑顔を浮かべる私だが、それと同時に娘が楽しかったというその様子を見て自分のことのように嬉しそうな公爵に嘘をついたことに少し罪悪感を抱いた。
何故なら、今日のことは楽しいことなんて少なかったし、それ以上に今ここにいるのはフレイヤの体ではあるが中身は私で、私が体が元に戻るまでの間はずっとこの娘想いの公爵の前では嘘をつき続けなければいけないのだ。
そのことを考えると今すぐにでも私の正体を話したいのだが……
『下手に動けば未来が変えられないどころか、あなたが狙われる可能性が高くなるわ。
だから、もし殺される覚悟も地獄を見る覚悟も無いのならここで手を引いて、全てが解決するまでフレイヤ・ソウルとして生きなさい』
そのことが頭に浮かぶたびに同時にあの時フレイヤに言われた一言が頭を過ぎ去り、そのたびに私は口を噤んだ。
「それにしても……フレイヤ。さっきからずっと難しそうに手帳を見ているが、何か分からないことがあるのか?」
馬車に乗ってからずっと手帳の一ページ。第二王子の暗殺の手段が記載されていた箇所をじっと見ていた私に違和感を抱いた公爵は突然隣に座り、手帳を見た瞬間、一瞬不思議そうな表情で私を見た後、理解をしたような表情を浮かべ、視線を手帳に戻した。
「呪いバチに、テイムの魔法?
随分と物騒な内容だな。もしかして、テイムの魔法が分からないのか?」
「ううん。テイムの魔法は一般的だから分かるけど……呪いバチが今一分からなくて……」
「……呪いバチが分からない?」
公爵と同じく不思議そうな表情を浮かべた夫人に向けて軽く頷く。
動物をリラックスさせたり、体調を維持させやすくできたり、通常よりも早く手懐けられる魔法であるテイムは数が多いながらも重宝されている魔法の一つで、特に畜産業ではテイムの魔法が使える家=超高級品と言う公式ができるほど有名な魔法だ。
対してもう一つの方の呪いバチと言うが分からない。
ただのハチならこの国でも良く使われているが、呪いバチと言う種類のハチは聞いたことが無かったからだ。
「だから出来ればこれが何か知りたいんだけど……」
夫人も分からないのだろうか、少し考えるような表情を浮かべていたが、軽く私の頭を撫でた公爵は知っているよと言うことを伝えたあと、呪いバチについての説明を始めた。
「呪いバチと言うのは、この世界で最も危険な死の呪いの魔法を使えるハチのことなんだよ」
「死の呪いを使える? って、そんな魔法があるんですか?」
「ああ、ハチには尻尾に針があるだろ?
呪いバチの針には刺すと死ぬ代わりに刺した相手に「二死一殺」と言われている魔法を流す効果があるんだ。
その針を使うことで、一回目の刺しでは呪いを発動する準備だけで、効果は無いんだが、呪いの準備が終わった後に刺されることで死の呪いが発動して、相手を殺すんだ。
もちろん他にも死の呪いを付ける存在はいるんだが、呪いバチの厄介なところはそれらの呪いに効果的な解呪、回復の魔法でも対処出来ず、諦めるしかないところなんだ。
加えて、その数も多くて、呪いバチの被害は毎年数万人居るとされているんだ」
「そんな危険なハチが居るんですか?」
「ああ、だがこの国には呪いバチの生息報告は無いが、隣の帝国の僻地にはあるし、現にジーク王子は帝国との交渉の際に刺されたことがあるからな」
「なるほど……因みにさされるとどんな感じで死んでしまうんですか?」
「基本的には体中に赤い点々のようなものが浮かんだ後に、腹痛や嘔吐をして、呼吸ができなくなったりして死んでしまうんだ」
「……なるほど」
その症状は確かに第二王子の死ぬ直前の症状に似ているし、ここまで分かれば暗殺方法も馬鹿でも分かる。
恐らくテイムの魔法を使って呪いバチを操って、第二王子を殺したのでしょう。
「なら、婚約パーティーでは、ジークの周辺とテイムの魔法が使える人には気を付けないといけないわね。
もしかしたら、テイムの魔法で呪いバチを操って暗殺するなんてことがあるかもしれないから」
「ああそうだな。一応、それについてはすでに対処してはいるが、当日はなおさら注意しないといけないな」
公爵の言葉に大きく頷いた私だが、それと同時に私は犯人の凄さに驚愕していた。
何故なら、公爵の言葉の通り死に戻り前も呪いバチの対処は完璧にしていたはずだからだ。
それにも関わらず、第二王子は殺された。
つまり、それほど相手の暗殺能力は高いのだ。
そんな相手に小娘二人が加わっただけで、対処できるのだろうか?
そんな不安が心に浮かんだが、瞬間、私は自分の両頬を叩いて活を入れる。
そうだ。今度失敗したら死ぬのは私ではなくフレイヤなんだ。
なら、フレイヤが弱気になるならともかく、私が弱気になるなんて許されるわけがないし、ましてやジーク様を見殺しにするなんてもっと許されるわけがない。
だからあの日、私の冤罪を晴らそうとフレイヤが命がけで動いてくれたように、私も全力を持って今度こそこの暗殺を止めて見せる。
そう自分の胸の中で今日何度目の誓いを立てながら、私は暗い外の景色を眺めたのだった。
設定についてですが、呪いバチや三話の記載内容で分かった人も居るかもしれないですが、呪いバチとスズメバチは同一種です。
また、回復の魔法でも効かない理由は回復の魔法はあくまで体力を回復するだけで、肉体の欠損はもちろん、スズメバチのような体反応によって死に至るようなものに対しては一切効果が無いです。
逆に毒を排出できる魔法なら効果はありますが、魔法がある世界や昔の人はスズメバチの症状を見たら呪いで殺されたと思いかねないなと思ったのと、これの原因が毒だとは気づかないよなと思ったので、このような設定にしました。
もし、感想等ありましたら、記載してください。