第039話「ノエルの脱出(フレイヤ視点)」
■05月16日 深夜:レオン死亡から十時間経過後
「ふぅー、終わった。疲れた」
「お疲れさまでした。お嬢様。
こちら冷えた水です」
ホテルから少し離れた魔法が使える場所まで移動した私は二人……いやノエルのお腹の子を含めたら三人の脱出の準備を終えると逃走用の馬車に寄りかかりながら深いため息を放つ。
それと同時に、魔法で私の目の前に瞬間移動してきたアリスが現れると私に冷たい水を差し、私はそれを受け取った。
「ありがとう。アリス、水いただくね。
あと、今回は色々と迷惑と手間をかけてごめん。
このお礼はあなたの家族に送る仕送りの増加で良い?」
「いえ、お嬢様からの命令なら私は別に報酬は要らないのですが……」
「それは駄目だよ。アリス。
ソウル家に忠誠を誓っているアリスやアリスの家の人たちからすれば、報酬を貰うなんて恐れ多いかもしれないけど、家で働いている人が全員そうだとは限らないし、中には報酬の高さで働いている人も居るんだから。
そんな人たちに私がメイドにタダで仕事させる人間なんて風に思われたら……どうなるか分かるよね?」
私の言葉の意味を悟ったのアリスは深く頭を下げる。
「……お嬢様、申し訳ございませんでした。
私、もう少しで他のものにお嬢様を誤解させてしまうところでした」
「良いよ。今度から気を付けてくれれば。
さてと、それじゃあそろそろ二人が来るからアリスは公爵家に戻ってドレイン家の人にこの紙に書かれている人を連れてくるように伝えて、その人を一緒に書いてある場所まで連れてきて」
「承知いたしました。お嬢様。では失礼いたします」
私から紙を受け取ったアリスは深く頭を下げると、再び魔法にて私の目の前から姿を消える。
それを確認した私はアリスから貰った水を一気にあおりながら、適度に冷えた頭でレオンの事件の推理を始めた。
「まず、女帝の推理から考えるか」
女帝の推理は、殺したレオンの死体の首をレオンの部屋のドアに、足を私の部屋までロープで繋げて、足のロープの先端を炙ることで焼き切り、時間差でジークを吊るすと言うものだった。
もちろんあの女帝の推理の全てが真実ではないことは理解している。
しかし、逆に全て嘘だった場合、あれほど信憑性の高い推理は不可能だ。
「だから、重要なのはどこまでが真実か、嘘かを切り分けることだよね」
そう呟いた私は、真実であること。嘘であること。そしてそのどちらか分からないものに頭の中で分けた。
■真実
・死後かその前かは不明だが、レオンは鎧を着けていた。
・レオンの首はロープで扉と繋がっていた。
・足に着けられていたロープは異常なほど長かった。
・足のロープの先端が黒く焦げていた。
・部屋に入る扉の内鍵が壊され、外鍵も使用できない状態だった。
・部屋に入る扉は開くときに大きな音が出る。
・犯人、もしくは実行犯は扉からの脱出は不可能だった。
・推定の死亡時間と顔見せの開始時間から考えるに、レオンが殺されてから脱出するまでに時間はそれほど長くない。
・レオンの死体が見つかった時に、犯行に関わっている人間はレオンの部屋には居なかった。
・レオンの死体はあの衝突音が出るまで、死体は見つかっていなかった。
・屋上に来た人間の時間。
・屋上に来た人間は事件が起きるまでの間、一度も屋上から出ていないこと。
・鎧の重さからこの事件を行うにはある程度の力が必要だと言うこと。
■嘘
・レオンを殺したのは私だと言うこと。
・私とリリーの部屋は事件のトリックに使用されていたこと。
・レオンの死体が完全な形で吊る際に、足のロープを火で炙って焼き切ったこと。
■どちらか分からないこと
・レオンの死因が絞殺であること。
・レオンが死んだのは18時15分から18時45分の間であること。
・レオンが殺されたのが洋室だと言うこと。
・レオンが鎧を着た理由が女帝からの命令だったのかと言うこと。
・犯行に蝋燭が使われていたこと。
・露天風呂で見つかった灰は犯行で使われたものであること。
・部屋からの脱出方法が露天風呂の柵と窓の柵を伝っての脱出だと言うこと。
「こう考えてみると意外と真実が多いな。
と言うことは……女帝はもしかして、最初から実行犯を見捨てる前提で話をしていたと言うこと?
……いや、そう判断するのは時期尚早か」
何故なら、先に上げた私の真実はあくまでどれも状況証拠で分かることだけで、どうやって遠隔操作でレオンの死体を完全な形で吊るしたのかについては分からないからだ。
つまり、その方法が分からない限りこの事件の犯人は幾らでも言い訳が出来るということだ。
「でもそれは逆に言えばそのトリックさえ解ければ、犯人は言い逃れが出来ないと言う事か」
だとしたら、次に考えるべきはあの女帝の推理の中にある矛盾を探すことだな――――などと思考を巡らせる続けた私だが、その思考は目の端に映った二つのランプの光が映ると、その思考の奥底に置いた。
「ふ、フレイヤ・ソウル様。
お、お待たせしました。ノエルです」
「あのフレイヤ・ソウル様。
急に支度をしてここに呼びつけるなんて、何かあったのですか?」
草をかき分けるように森の中から、私の前に現れるノエルと一人の男。
その二人の手には大きいトランクがあり、ここまで走って相当疲れていたのだろう、ノエルも含めて私に必死に説明を求める男の息は荒れていた。
しかし――――
「ごめん。説明は馬車の中でするから、一旦二人とも馬車の中に入って。
もし尾行されていたら、ここで私たちが合っていることすら危険になるから」
「……は? へ?」
特に説明しなかったせいだろう男はその頭の上にはてなマークが浮かんでそうな顔になるが、事前に少しだけ説明をしたのと流石母は強しと言ったところか。
「分かりました。失礼します」
軽い礼をしたノエルはお腹の子を右手で守りながら、一切躊躇なく馬車の中に入っていった。
「へ? え?」
「すまないけど、時間が無いから無理矢理でも入ってもらうわよ」
未だに訳が分からないと言った表情を浮かべる男。
そんな男の姿に少し溜息を吐いた私は男の袖を握るとそのまま無理矢理、馬車の方へ引っ張り、中へ入った私は馬車の窓を少し開けると、業者に向けて顔を向ける。
「それじゃあ、出発して。
先も伝えたように、日の出までにある程度距離を取りたいから全力疾走でお願い」
「承知いたしました。お嬢様」
私の言葉に、馬車を引く御者が返事をすると同時に一気に揺れ始める馬車。
その馬車の窓から見えるホテルが小さくなるのを確認した私は、これから先に話す内容で受ける衝撃を少しでも減らすためになるべく優しく丁寧な口調を意識しながら話し始めた。
「急にこんなことしてすみませんでした。
これから何でお二人を呼んだかについて、説明を始めますが、まず結論から申します。
お二人は女帝に命を狙われている可能性が高いです」
「は? え? ……おい……冗談だろ? ……じょ、女帝が? な……何で……」
「…………そう……ですか……」
説明を受けていたノエルとは違い、私の言葉に一気に混乱し始める男。
そんな彼に落ち着くようにジュースを勧めながら、私は丁寧な口調で話を続ける。
「あくまで、推測でしかないですが、女帝が貴方たち二人の命を狙う理由は、殺されたレオン第一皇子の血を引く子の父親を別の人物にしたうえで、レオン第一皇子を殺した罪を二人に被せるためです」
「は? レオン皇子の血を引く子? そんなの――――って、まさか!?」
私の言葉に驚愕の表情を浮かべると同時にずっと腹部をさすっているノエルに視線を注ぐ男。
そんな視線に少し申し訳なさそうな表情を浮かべるノエルの代わりに私が答えを告げる。
「はい、ノエルさんのお腹の中には第一皇子との子が宿っています。
つまり、今、女帝にとって彼女の子は――――」
「次期、もしくはその次の帝国の王になる可能性があると言うことか?」
彼の言葉に私は首を横に振って否定する。
「その可能性はゼロではないですが、平民の血が半分流れている以上は次期皇帝の候補の座はおろか碌な権力も発言権も与えられないでしょうね。
しかし、問題になるのは例え平民の血が流れていてるとしても、そこから流れる血には帝国の皇族の血が確かに流れていると言う事です」
「皇族の血? そんなもの何か意味があるんですか?」
彼の言葉に私は首を縦に振る。
「ええ、貴族でないものにはこのような考えはないかもしれないですが、傲慢な貴族が『私たちは流れる血からして、貴方達とは違うのです』と言ったような言葉をよく使うように貴族にとって祖先から連連と通ずる自身の血は誇りであり、同時に権力の象徴です。
だから、貴族たちにとって、半分平民の血とは言え、自身の子や孫に王族の血が入る可能性があり、かつ上手く立ち回れば王族の一人になれる可能性がある第一皇子の子は喉から手が出るほど貴重な存在です」
現に王族の血が入ったと言うことで権力を増大させた人物がいることも確かだし、国同士が互いの王族の血を混ぜらせるのも、どちらかの国が残れば自身の威光と歴史は護られると言った考えがあるからだ。
だから、王族から婚約を申し込まれない限り王族に成れない貴族にとって、その存在と言うのは何よりも輝かしい宝に見えるだろう。
「加えて言うのなら、その子と結婚すると言うことは、権力と威光を手に入れられるだけではなく、亡くなった第一皇子の遺産と言う莫大な財力も手に居れることが出来ると言うことです。
だから、恐らくその存在が知られた瞬間に、貴族たちはその子を血眼になってでも探すでしょうね。
まあ、もちろんその子がきちんと産まれて、成長できたらの話ですが」
「成長できたら……と言うことはもしかしてその子が貴族に知られる……いや、産まれる前に母体ごと殺して、皇族の地位を安定させるって言う事ですか!?
確かにそう言った話は物語とかではよく聞きますけど、ですがそれに俺が何と関係があるんですか? 確かに彼女とは同僚ですが、俺は彼女とは殆ど接点は―――――」
「女帝はこの子を彼との間に生まれた不義の子として、始末するつもりだと言う事ですよね?」
彼の言葉を遮るかのように語ったノエルの答えに私は大きく頷いた。
「その通りです。
親子関係は高位の鑑定の魔法であれば可能ですが、恐らく女帝自身はその子が第一皇子の子だと確信しているのでしょうね。
鑑定されて、他の貴族にその存在が知られる前に、ノエルさんが不義を働いていたことが第一皇子にバレたから殺したと言う嘘の証拠で捕らえる可能性があります。
そして、王国の私たちならともかく帝国のそれも平民である二人は……」
「はい、女帝がそう言ったらその宣言に逆らうことは許されないです」
「……でしょうね。
そして、一度でも捕まったら、そこから先は出来レースと言う名の裁判が始まって、良くて無期懲役。
最悪、口封じを兼ねて一族郎党、処刑されますね」
「……処刑なんて……まじかよ」
流石にここまで来れば状況が分かったのだろう。青くなった表情を浮かべる二人を見ながら私は自分用に注いだジュースに口を着け、喉を潤す。
「もちろん、二人が本当に口封じされるかは推測に過ぎないから、もしかしたら二人を口封じしない可能性はありますが、逆にそうじゃない可能性も0じゃないです。
そして、もしそうじゃない可能性が起きた時に行動してからでは、手遅れになります。
だから、私はノエルさんと従業員の中でノエルさんと最も仲が良く、そして犯行時点でアリバイの無い人間を探して、その二人を逃がすために動いたと言う事です。
あれは本当に大変だったんですよ。
ただでさえ時間が無いのに、誰が不義の子の父親にされるか分からないから、男性の全従業員のアリバイを聞いたうえで、その中で最も可能性がある人間を推理し、その上でその人間に逃げるように伝えるために、鍵をピッキングして侵入したんですから」
「……あれは本当に驚きました。
いきなり鍵が開いた音がしたかと思って、玄関に向かったら首元に包丁を突き付けられて、『死にたくなかったら一時間後にここに来い。来なかったら殺されるぞ』って脅したかと思ったら次の瞬間には幽霊みたいに消えていったんですから」
「あの時は……本当に驚かせてごめんなさい。
私もそんなに時間を取れなかったので……」
「いえ、先ほどの話を聞いて、なんでそんなことをしたかについては理解しましたし、むしろ、俺の命を救うためにために頑張ってくれてありがとうございますと言う気持ちの方が強いです。
本当にありがとうございました。フレイヤ・ソウル様」
そう言って、深く頭を下げ感謝の礼を告げる彼に私は手を左右に振り気にするなと伝える。
「さてと、これで私が貴方達を逃がす理由の説明は以上なので、ここからは次のあなたたちのこれからについて説明するわね」
長く話したせいだろうか、少し乱れた息を整えた私は口調を元に戻しつつ、二人にある紙を渡す。
「今、私たちはある合流地点に向かっているわ。
そこには二台の馬車があるから、二人はそのどちらかに乗ってもらう。
行き先はそれぞれバラバラで、付いた場所には一軒家を用意しておいたわ。
そこには贅沢しなければ王国で20年ほど生活できる当座の生活費と食料を置いておいたので、しばらくの間……そうね。最低でも公爵家から戻っても良いと言う連絡が来るまではそこで新生活を送って。
それまでは、例え帝国内で二人の噂のほとぼりが冷めたと言う話を聞いても絶対に帝国には戻らないで。
もちろん、戻っても良いと言う連絡が来た後は、元の帝国との生活に戻っても良いし、王国での生活を続けても良いわ。
ただし、王国での生活を続ける間は、さっき渡した偽装した戸籍に書いてある人物として生活してもらうわ。
そして、ここが一番重要だけど、王国に居る間。もし二人が偶然王国内で顔を合わせても最低限の挨拶だけ交わす以上の接触は認めないわ。
理由は分かるわよね?」
私の言葉に二人は大きく頷く。
そう。レオンを殺した直後に姿を消した以上、この二人は帝国的には、レオンを殺したうえで愛の逃避行をしたものとして扱われるだろう。
そうなった場合、帝国的には二人は生まれた子と一緒に生活しているものだと認識するはずだ。
つまり、二人が赤の他人として一切の接触をしなければ、例え帝国がどちらか片方を見つけたとしても、二人が一緒に過ごしていないことから顔が似ている赤の他人と思うだろう。
もちろん、その後離別して、今は別々に暮らしているものだと思うものも居るだろうが、相当な馬鹿ならともかく普通の調査員ならば、周辺の調査、最悪留守の間に家に侵入したうえで、彼女たちがそうなのか判断する。
そうなった場合に、レオンが死んだ直後に引っ越したにも関わらず、複数人で暮らしていた痕跡が無いと言う事実は二人を上手く偽装出来るだろう。
ゆえに、私はこの二人に例え王国内で顔を合わせても最低限の挨拶だけ交わす程度にするように言ったのだ。
「話は以上よ。
それで何か質問や聞きたいことはある?」
私の言葉にいいえと二人は首を横に振る。
すると、まるでその返事を待っていたかのように、不意に馬車が止まると、業者から軽いノックが数度され、合流地点に着いたことを私に伝えた。
「さてと、どうやら着いたみたいね。
それじゃあ、二人はこの馬車から降りて、どちらかの馬車に乗って。
私はこのままホテルに戻るから」
「分かりました」
私の言葉に短い返事をした男は、荷物を持つとそのまま外に出る。
そんな彼の行動に倣うように、ノエルもまた荷物を持つと、立ち上がり、馬車の扉に手をかけた時、不意にその歩を止めた。
「なに? 何か伝え忘れていたことでもあった?」
「…………」
少しの間、何も言わずに立ち尽くすノエルは、数回深呼吸すると、私の方へ顔を頭を下げる。
「フレイヤ・ソウル様。
今回は私……いえ、私たちのために、ありがとうございました。
あなたが女帝の考えに気づき、私たちを逃がしてくれなければ私たちはきっと殺されていたでしょう。
この御恩は、何時か絶対に――――」
「返さなくて良いよ。
貴方たちを助けたのは私の自己満足に過ぎないから。
そんな自己満足的な行動に恩なんて感じられたら逆に私の方が罪悪感感じちゃうから」
「でも――――」
「でもも何もない……と言いたいけど、それじゃあ貴方達が満足できないのは分かるから……そうね。
本当に恩を感じているのなら、お腹の子を殺された父親の分も幸せにしてあげて。
それだけで良いから」
「フレイヤ様……」
まるで私の言葉をかみしめるかのように、口を動かすノエルは、その言葉を飲み込んだ後、私に向けて再度頭を下げる。
「分かりました。フレイヤ様。
この子の父親の分も、私はこの子を立派に育て、幸せにします」
「うん。そうしてあげて……」
そう言って、私は視線を手帳に戻し、もうこれ以上反応しないと暗に伝えると、ノエルは次の言葉を何も言わずに、今日何度目かの深い礼をするとそのまま少し先の馬車のいる所まで向かって行った。
そんな彼女の背中を目の端で見つめながら、私は彼女の後ろに付き添う半透明の人間を見つながら、口を開いた。
「……借りはちゃんと返したわよ。レオン。
私が出来るのはここまでだから、これから先は貴方がちゃんとお嫁さんと自分の子供を見守りなさいよ」
そんな私の言葉が聞こえたのか、こちらを振り向いたレオンの魂は軽い一礼をすると、彼の妻と共に夜闇の中に消えていったのだった。
どんどん更新が遅れて言っているのに、それでも何時も見てくださっている皆様、ありがとうございます。
皆様のためにも、これからも少しずつでも頑張って書いてきます。
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