第035話「必死な行動と実らない結果(フレイヤ視点)」
■05月15日 夜:帝国との停戦協定初日 第一の殺人直後
何でレオンが……吊るされている。誰に吊るされた。
あの衝突音からして、ここに居る人間以外か?
ぐるぐると回るかのように何度も何度も同じ質問が頭の中を巡る。
そんな止まらない思考と想定していたとはいえレオンが殺されたと言う思い描く最悪な答えを目にした私の体は完全に硬直していた。
「レオン、レオン、いやぁぁああああ!!」
しかし、その硬直は何度目か分からない女性の悲鳴で解かれると同時に私は自分の頬を叩いて、思考を完全にリセットした。
(しっかりしろ。私! 先ほどの鉄同士の鳴り響く音からして、レオンが吊るされたのはまだ数秒だ。
ならば、もしかしたら助かるかもしれない。そんな状況で硬直する訳には行かない!!
今は一秒でも早く行動しろ私!!)
頬を数度叩きつつ、自分に向けて叱咤の言葉を吐いた私は急いで後ろを振り向くと長テーブルに敷かれたテーブルクロスを掴む。
「きゃぁ! お前、な、なにをしているんだ!?」
「服に料理が!!」
その瞬間、豪華な料理が地面にばらまかれ台無しになるのも構わずにテーブルクロスを引っ張ると並べられた料理が地面に落ち、皿が割れ、小さな悲鳴が上がる。
そんな悲鳴を無視した私は、布の両端を私の胴体と柵に括り付けるとそのまま柵に足を着ける。
「フレイヤ、何をしているんですか!?」
「……まさか! フレイヤ、足を柵から離しなさい!」
身を乗り出した私の行動に次の行動を察したのか、公爵と公爵夫人が私に制止の言葉を吐く。
しかし、そんな二人の制止の声を無視した私は、柵から身を乗り出しそのまま屋上から身を乗り出した。
屋上から飛び降りたことで、私の体は文字通りに地面に向けて落下していく。
そんな私の体が吊られているレオンの近くまで近づいた瞬間、私は屋上の柵から伸びている布を強く握り、急ブレーキをかける。
「う、づぅ!」
しかし、幼子の軽い体重とはいえ一人の人間が数秒間落ちたスピードは簡単に止まるわけがなく、ブレーキによる摩擦熱によって生まれた痛みが手のひらから脳まで伝わり、私は思わず顔をしかめる。
痛い、痛いと言う思考と布が千切れたら死ぬと言う恐怖が頭の中を支配し、このまま自由落下して落下が止まった後に壁伝いに上って安全にレオンの元へ行け悪魔が囁く。
だがしかし――――
「一分一秒を争う中、そんな悠長なこと出来るか馬鹿ッ!」
再度、自分に叱咤した私は、強く布を握ったその手の力を更に強くする。
ギリギリと言う嫌な音と何かが焦げるような臭いが新しい痛みと共に脳に届く。
しかし、それでも一切緩めなかったおかげか私の体はレオンの体の目の前で止まった。
「リリー、あなたの体を傷つけてごめん」
この体の持ち主に小声で謝りつつ、ブレーキによる摩擦熱で少し赤くなった手で柵に手をかけるとそのまま、窓からレオンの部屋に入った。
瓶が転がったり、荷物が散乱したりと争った跡があるとはいえ、私たちの部屋と同じ構造のレオンの部屋。
唯一違うところと言えば、この部屋に入るドアからレオンの首元まで伸びているロープがあるくらいで――――
「馬鹿っ、観察している暇なんてないでしょっ!」
三度目の叱咤をした私は、窓に足を着け、鎧の隙間に指を入れると、全体重と力を使って鎧で重くなっているレオンの体を引っ張り、部屋の中に入れた。
「レオン、おい、大丈夫か!? 意識はあるか!?」
「…………」
意識があるかの確認のために虚ろな瞳をしているレオンの肩を数回を軽く叩くが、レオンの返事は一切なく、生気が戻る雰囲気も全くなかった。
そんなレオンの様子に本当に最悪な考えが頭を過った私はレオンの首元に右手の指を添え、心拍数を確認する。
「やばい、止まっている!! 心臓マッサージしないと!!」
結果、心臓が完全に停止していることをを知った私は、蘇生活動を始めた。
通常人体は心が止まっても一分以内に対処できれば高い可能性で蘇生は出来る。
しかし、その可能性も時間によって低下し、十分以上経過すれば蘇生はほぼ不可能になるらしい。
レオンがいつ心肺停止したかは分からないが、衝突音がしていてからまだ一分も経過していないことから、まだ蘇生する可能性はあるだろう。
ゆえに、今すぐ心臓マッサージを行えば、まだ蘇生できる可能性は高いのだが――――
「クソっ、鎧が邪魔すぎる!! この鎧どうやって脱がせばいいんだよ」
心臓マッサージをするには邪魔な胸プレートを覚束ない手つきで脱がそうとするが、完全に脱力しているそれも成人男性の体を浮かすのは、子供の肉体ではほぼ不可能であり、一分一秒を争っている状況にも関わらず、私は一向に心臓マッサージを始めることが出来ずにいた。
「ああ、もう面倒くさいッ! こうなったら魔法で――――」
そんな一向に進まない現状と、どんどん迫っていくタイムリミットに苛立ちを感じた私は魔法で脱がそうと魔法を発動させた。
「クソッ! そうだ。ここでは魔法が発動しないんだ!!」
しかし、救命のために発動された私の魔法は、本来このホテルに居る人間を護るはずである結界によって妨害され、胸のプレートは蘇生活動を妨害するかのようにそこに佇み続けていた。
魔法によっての着脱は不可能で、この子供の体で大人の体を動かしての着脱も不可能。
ゆえに、他の方法を模索するしかないのだが、蘇生のタイムリミットの都合で熟考する時間的余裕もない。
「どうすれば、どうすれば良い」
加速度的に混乱してく頭と、どんな案を考えてもレオンを助けることが出来ない自身の無力感に苛まれていく中、私の視界は涙でどんどんぼやけていく。
「ぐすっ、どうすれば……」
「フレイヤ、人が倒れているのに何を涙目で突っ立てる! 早く蘇生活動をしろ!!」
「だ――――お父さん!? 何で」
「話をする余裕なんてない! 彼を助ける方法が無いならさっさと退け!!」
まるでヒーローのように突如、窓から部屋の中に入ってきた公爵は邪魔だと手で私の体をどかし、脈が止まっていることを確認するとレオンの上体を浮かす。
「フレイヤ! 背中のベルトを外せ!」
「えっ、へっ?」
「人の生き死にが関わっている場で呆けているな! そんな娘に育てた覚えはないぞ!
良いから背中のベルトを外せ!」
「わ、分かった!」
公爵の言葉に大きく頷いた私は、先ほどの公爵の言葉に従い私はレオンが着ている胸プレートのベルトを外したのだった。
それから公爵に命令されつつ、何とか胸プレートや楔帷子などを脱がし、蘇生活動を始める私たち。
しかし、レオンの顔色は一向に変わらず、蘇生活動の最中に公爵と同じように窓からやってきた医者のマッドを含めた三人で、心臓マッサージ、人工呼吸、投薬など持てる全力を以て蘇生活動する私たちだが――――
「残念ながら、05月15日、20時レオン・エンパイア様、ご臨終です」
その努力は一切実らず、心臓マッサージを始めて一時間後、レオンの死は確定されたものとなったのだった。
「…………」
「に、兄さん……何で……」
「う、ぐっ、ぐす」
レオンが死が確定してからどれくらい経ったのだろうか。
一階のホールは帝国の皇族たちによる悲しみの声で満たされており、その中で私は壁に背中を預けながら蹲っていた。
「ふ、フレイヤ……だ、大丈夫ですか?」
「……リリー……か。ごめん……あんまり大丈夫じゃない……出来れば……しばらくの間ほっといて」
「そ、そうですか……分かりました」
私のことを気遣うように声をかけるリリー。
しかし、そんなリリーに対して、私は冷たくあしらう程度しか対応できなかった。
無論、出来るなら、気遣ってくれてありがとうくらいのことは言いたかった。
…………でも。
「う……」
先ほど見たレオンの死に顔と――――
『これで貴族の暗殺を企てた大罪人。セバスティアーナの執行は終わりだ』
「う、ぷっ、うぐっぅ……」
生首となった彼女を平民に見せつけるあの時の記憶が何度も浮かんでは消え、その度に吐き気がこみ上げてくるこの状況ではそんな気遣う台詞を出す余裕は一切なかったのだ。
「現場検証が終わった」
何度も繰り返される吐き気に耐えている中で、何時の間にか現場検証が終わったのか、国王、女帝、公爵、そして第二皇子のパーヴェルが階段から降りてきた。
何か分かったのだろうか、公爵の顔は暗いものとなっており、そんな公爵とは正反対にパーヴェルは怒りの色の顔をしていた。
「みんな、あることが分かったから、今すぐに全員集まってくれ」
やはり何か分かったことがあったのだろう。怒りが混ざった声を混ざらせながら命令を出すパーヴェル。
「パーヴェル、待ってくれ。
みんな泣き疲れて、体力が限界に近い。
一旦、全員を休ませて、続きは明日の――――」
「黙れアレクセイ! 第三皇子のお前が第二皇子の俺の命令に意見するな!!
王国の屑共も含めて、全員さっさとここに来い!」
周りを気遣う提案をしたアレクセイの言葉を怒気交じりに封殺するパーヴェル。
その口調は先ほどの顔見せの時の丁寧なものが嘘だったかのように荒々しく、そんなパーヴェルの怒気交じりの声に恐怖したのだろうか、私とリリーを除いた全員がビクビクしながらゆっくりと彼らの周りに集まっていく。
もちろん、私としても真犯人と協力者の確証と証拠を得たいから出来ることなら話を聞きたいのだが……
「……リリー、ごめん。私、気分悪いから部屋に戻る。
みんなには、体調が悪いから休むって、伝えておいて……」
「分かりました。私がフレイヤの分も話を聞いておきますので、ゆっくり休んでください」
「ありがとう。リリー」
リリーに礼を言った私は、そのままこみ上げる吐き気を抑え、壁に手を着きながら、ゆっくりと部屋へと戻ろうとする。
「おい、そこの女、集まれと言っただろうが!! 早くこっちに来い!」
「えっ、きゃぁっ!」
しかし、そんな私の邪魔をするかのように立ちふさがったパーヴェルは私の手を掴むなり、集まった人たちの周りまで引っ張ると投げ捨てるかのように手を振った。
無論、そんな乱暴なことをされれば、バランスを取れずに転ぶのは明白であり、地面に転んだ私は周囲の人に囲まれ、刺さるかのような視線を浴びせられた。
それは、まるでこれから断罪される罪人のようで――――
「う、ぐっ……痛い……」
倒れた痛みとキリキリと痛む腹痛で、私は立ち上がることが出来ず、地面に体を密着させるしか出来なかった。
「フレイヤ! パーヴェルさん! 何をするんですか!
フレイヤ、大丈夫で――――きゃぁっ!」
「何がきゃぁだ! 皇族殺しの犯人に手を貸しているんじゃねえよ! 汚い金髪女!!
それとも何だ? お前も共犯なのかッ!? ああ、そう言えばお前たちは同部屋だったな! そこでこの殺人計画を練っていたのか!?」
そんな私を支えようと手を貸そうとするリリー。
しかし、そんなリリーの行動を妨害するかのように、襟首を掴んだパーヴェルは怒りのままに引っ張ると強制的に私とリリーとの距離を引きはがした。
いくら人が死んだ直後。それも身内の死で苛立っていることを考慮しても許容できないその言動に一瞬驚くが、続いて言ったパーヴェルの言葉の衝撃でその驚愕も腹痛も何もかもが彼方に消えた。
「皇族殺し? 犯人? 誰が?」
想定していない言葉に私は思わずオウム返しする。
すると、そんな私の言動を鼻で笑った女帝は口を開き――――
「皇族殺し? 犯人? 誰が? だと? 白々しすぎるぞ。フレイヤ・ソウル!
いや、我が愛しの息子である第一皇子、レオン・エンパイアを殺した実行犯!!」
ありえない言葉を吐き捨てるのだった。
今回の犯人は現時点の情報だけで推理可能なほど分かりやすい人物にしましたので、誰が犯人か推理してみてください。
現にフレイヤはこの時点で犯人が誰なのか分かっています。
因みに犯人が誰かの推理はこの時点で推理可能ですが、トリックの方は現時点ではまだ推理不可能なので、こちらの推理はもう少しお待ちください。
(もし現時点で分かったら自分の頭を盗聴されていないか不安になるレベルで凄いです)
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