第034話「親友との最期の会話と第一の殺人(バサナイト視点)」
色々と試行錯誤したら更新が遅れました。すみません。
■05月15日 夕方:帝国との停戦協定初日 顔見せ直前
「10年間、帝国の年間の軍費と同じ金額を賠償金として王国に支払わせることで、帝国を強制的に貧困状態にさせて戦争を出来ないようにさせる。
確かにこの条件なら王国側にメリットがあるので受け入れやすいとは思いますが……ですが、逆に帝国のデメリットが多すぎて、提案自体が難しいのではないでしょうか」
「……言われてみればそうだな。では、こちらの条件はどうだ?」
「……その条件だと確かに王国、帝国の両方にメリットはありますが、王国と帝国との戦争を止められるほどの条件ではないので……フレイヤはどう思いますか?」
「うーん。私としてはむしろ帝国が首を縦に触れないレベルの条件を提示した方が良いんじゃない?
それで却下したらどんどん条件を下げて最終的には私たちにとって都合の良い条件を提示すれば良いんじゃない?」
「なるほど。確かに交渉ではそう言った方法はありますね。確か……ドアインザフェイスと言う手法でしたっけ?」
「そうそう、最初に難しい条件を出して断らせれば、その後に出したそれほど難しくない条件は相手が受け入れやすくなると言う方法のことだよ」
「なるほど……この方法なら確かに最初に出したこの条件も受け入れてくれる可能性もありそうですね。
ありがとうございます。フレイヤ」
帝国と王国が二度と戦争させないように試行錯誤している彼らの問答。
そんな彼らを見つめていたレオンからバサナイトと呼ばれている人物は心の中で、『そんなこと考えても、無駄だって言いたいな』と呟いていた。
確かに、この条件が提携されれば帝国と王国の戦争は止まるだろう。
だがしかし、そんな条件は決して飲まれることはない。
何故なら、この停戦協定で参加している人物の中で最も戦争を継続させたい人間は王国……いや、この停戦を協定することが出来る唯一の人である国王本人だからだ。
確かに国王は強力な魂の魔法を使える人間を三日間、参戦させたことで王国に恨みを持つ帝国を停戦協定のテーブルに着かせた。
だがそれはあくまで自国の被害をより軽減させるためだけであり、契約に設定した三日と言う期間もあくまで停戦宣言するまでの期間を予測した上で設定しただけであり、国王は最初から二年後の10月18日まで戦争を辞める気は一切ないのだ。
無論、終戦まで参戦させる契約も出来たが、見た目は完全な子供にそのような契約をしたことが露呈された場合に起きる民衆からの避難と国の権力と財力の中枢ともいえるソウル公爵家との今後の関係を考えた結果、停戦までの期間で我慢しただけであり、それさえなければ国王は恐らく終戦まで戦わせる契約を結んだだろう。
ゆえに彼らがいくら停戦協定について話しても意味はなく出来れば伝えたいのだが……
『……伝える方法が無いし、伝えても無駄だしな』
ゆえに、無駄だと判断しつつ、溜息を吐くと彼らの会話に再び耳を傾けていた。
そんな不毛な会話をしている中、不意にドアがノックされ、ノエルが扉に近づくと少しだけ開いた扉から顔を出したもう一人の従業員がノエルに耳打ちをする。
「お話し中のところ申し訳ござません。
そろそろ顔見せのお時間となりますので、移動の方をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、もうそんな時間か。
では、タイム嬢、ソウル嬢。話はいったんここまでにしようか」
「そうですね。
それじゃあ、行きましょうか……って、フレイヤ。どうしたんですか? お腹なんて抱えて」
「も、漏れそう……ト、トイレ……行きたい……」
「漏れそうって、はぁ、フレイヤ。レオンさんが居るのですからせめて淑女らしくお花摘みたいとかもう少し言葉を選んでくださいよ。
では、一緒にお手洗いに……あ、でもそうしたら遅れる可能性が……フレイヤ、顔合わせが終わるまで我慢出来そうですか?」
「む、無理……も、もう限界……」
「げ、限界ですか。それなら仕方ないですね。
レオンさん。すみませんが、私たちは遅れると伝えていただいてもよろしいでしょうか?」
そう言って、遅刻してでも連れていくことを選択したリリーだが、そんなリリーに必要は無いとレオンは、手を振って答える。
「いや、俺が代わりに、ソウル嬢をトイレまで連れて行くからタイム嬢は先に会場に行ってくれ。
あくまで客である二人よりも、第一皇子である俺が到着しない方が他の来賓も待ってくれるだろうしな」
「その理屈は分かりますが、ですがレオンさんにそこまでご迷惑をかけるわけには……」
「なに、そんなに時間もかからないだろうし、気にするな。
それでも気になるならそうだな……俺に協力をしてくれたそのお礼の一つだと思ってくれ」
「そうですか……では、お言葉に甘えて、フレイヤのことお願いします」
お礼の一つと言ってくれたレオンの顔を潰すわけにはいかないと判断氏のだろう。
レオンに向けて深く頭を下げたリリーはノエルと共に、顔見せの会場へ向かうのだった。
「少し話そうか。レオン」
その後、女子トイレへと向かい、その入り口近くで壁に寄りかかって、暇そうにしていたレオンの隣に立つと、小声で会話を始めた。
「なんだもう良いのか? ――――」
「その名前で言うなって言ったろ? レオン」
「ああ、そうだったな。ごめん。
で、俺はどっちの名前で言えば良い? バサナイトか? それとも――――か?」
「身を隠している以上はバサナイトと言う名前も危ないから――――でお願い」
「分かった。それじゃあ、そっちの方で呼ぶようにするよ。
まあ、確かにお前がバサナイトだと言うことと、バサナイトの本当の意味を知られたら、変な噂が立ちかねないからな」
「まあね。だから、面倒だと思うし、少し抵抗あるかもしれないけど、今後はそれでよろしく」
「了解。よろしくされました」
ケラケラとこちらに向けて笑いながら敬礼するレオン。
そんな初めて出会ったときから変わらない彼の表情に自分の口頭が少し上がったのを感じた。
「その子供のような返事と笑顔、お前は本当に変わらないな。レオン」
「そうか?
俺的には内面、外面含めて結構変わったと思っていたんだがな……お前的にはそんなに変わっていないのか?」
「まあ、そうだな。最後に出会った十数年前から変わっていないよ。良い意味でだが」
「そうか。だとしたら、良いか。
もし悪い意味で変わっていないと言われたら、これから生まれる子供に悪影響が出ないか心配だったからな」
「子供って、なんだ。お前、結婚したのか」
「いや、女帝に認められていないからまだ正式な結婚はしていない。
でも、既に相手のお腹の中には……まあ、そう言う訳だ」
「そう。おめでとうレオン」
「おう、ありがとう。―――――」
少し顔を赤らめながら嬉しそうに語るレオン。
そんな彼の様子に自然と自分の口からは祝福の声が漏れていた。
「それにしても、あの女帝が認めないってことは、相手は平民?」
「ああ、その通りだ。
だから、多分子供が産まれても認められることはないだろうが、それもあくまであの人が玉座についている間だけだ。
その期間も、この戦争で多くの犠牲を出しておきながら、成果を上げていないこの状況では長くないだろうし、他の弟妹には認めてもらっているから、上手くいけば数年の我慢で結婚できる予定だし、相手にもそれは受け入れてもらっている」
「……そう。お前がそう判断したのなら、頑張りなさい」
「ああ、将来の妻のためにも頑張るよ。
さてと、これ以上、相手を待たせる訳にも行かないからそろそろ顔見せの場に行こうと思うんだが……さっき、女帝から部屋に戻るようにって言う命令があってな。
ここに従業員を迎えに来るようにお願いしてもらったから、二人で居るところを見られないように、念のためにトイレに隠れてもらっても良いか?」
「了解。
ああ、そうだ。手紙にも書いたけど、顔見せの後にそっちの部屋に行くから諸々の準備よろしく」
「分かった。良い酒とつまみでも用意して待っているよ。じゃあな―――――。
あははは、本名言ったのにそんな怖い顔するなよ。じゃあな。バサナイト」
からかうような言葉を吐きながら自室へと戻っていくレオンとの久々の時間を楽しみにしつつ、トイレの個室に自分の身を隠しに足を進めるのだった。
だが、しかし、その時は思いもしなかった。
その約束は永遠に果たされることが無く、そしてこれが、レオンとの最期の会話だったと言うことを――――
■05月15日 夜:帝国との停戦協定初日 顔見せ
「フレイヤ。大丈夫ですか?」
「……ステーキ、プティング……食べたい……」
「あれだけ食べたのに……もう……」
涎を何度も飲み込みながら、テーブルを見つめる私を見ていたリリーは頭を抱えていたが、仕方ないだろう。
何故なら、ホテルの屋上かつ晴天の下開かれたこの顔見せの会場には、ステーキを始めに、サラダやワイン、デザートと豪華な食べ物が大量にあるのだから。
「フレイヤ。どうせ食べられるのだから我慢しなさい。
それに聞きましたよ。帝国の第一皇子に食事を大量に奢ってもらったことを」
「え~、な、何のことですか? お母さん。
わた、私、帝国の第一王子のレオンさんに奢ってもらった覚えも身包み剥いだ覚えも無いんだけど……」
しどろもどろになりつつ、公爵夫人に答える私だが、そんな私の解答にリリーは不味いと言う表情を浮かべた。
「ふ、フレイヤ! 私、そのことは教えて――――」
「フレイヤ。身包み剝いだって、どういう事ですか?
私、そのようなこと知らないのですが」
「うぐっ」
や、やばい。墓穴掘った。
ど、どうしよう……私を見つめる顔と視線が滅茶苦茶怖い。
「まあ、もう顔見せが始まるのですし、一旦その件は置いときましょう
それにしても……」
そう言って、視線を私から海側に座っていた帝国側に変えた公爵夫人は、扇で口元を隠しながら長いテーブルの中央に座る女帝に向けて言葉を発した。
「娘もそうとは言え、ギリギリで着席した「女帝」もそうですが、未だに来ない第一皇子はどうしたのですか?
娘が言うには、従業員から女帝に呼ばれて少し遅刻すると伝えられていたと言っていましたが、それでもいくら何でも遅すぎではないですか?」
「ふっ、遅れすぎって、まだ十五分程度でしょ?
その程度、王国の公爵夫人は待てないのですか?
それに呼んだ内容も万が一のことを考えて武装するようにと言う程度なので、そろそろ来るのではないですか?」
「なっ、武装って!」
驚きの表情を浮かべる公爵夫人。
それはそうだろう。幾ら敵国同士かつ顔見せ程度と言えど、この場は停戦協定を結ぶ和平の場でもあり、言わば互いに今は戦わないことを前提としている場であるからだ。
そんな場で防衛のためとはいえ、武装しろと命令することはその前提を否定する非常識な行為に他ならないからだ。
「何を驚いているのですか?
我が国の領土を奪った野蛮な王国と交渉するならば、その程度の準備は当たり前と言うもの。
それとも何ですか? あなたたちが私たちに危害を加えないと絶対な保証をしてくれると言うのですか?」
「なっ!?」
女帝のその言葉に驚いた公爵夫人の様相に王国の人間を言い負かしたと言う自尊心が満たされたのだろうか。
いやらしい顔を見せながら、ふんと鼻で笑う女帝。
そんな女帝の姿に、軽く頭に血が上がるのを感じた私は、自らの頭を冷静にさせるように深呼吸をする。
「とはいえ、これ以上待っているのも時間の無駄ですし、何より穢れた王国とこれ以上一緒に居るのは気分が悪いと言うものですので、第一皇子を除いた他全員の自己紹介でもしましょうか」
「――――ッ!」
女帝のその停戦協定を提案した側とは思えないほどの言動に更なる怒りが溜まっていくのを感じる。
それはどうやら私だけではないようであり、王国側の人間の大半が、それぞれ机の下で強く握りこぶしを握り、怒りを抑えていた。
「それでは、栄光ある帝国側のこちらから。
まず、第999代女帝である私から始めましょう。
私の名前は、エカテリーナ・エンパイア。国内では、歴代最優の女帝と言われているわ。
そして、私の後ろに居るのは、私の五人の夫たちよ。
これから数日間、王国の人間と話すのは嫌だけれど我が国民のためにより良い停戦交渉を行いましょう」
勝手に始まった自己紹介が終わるや否や、満足げな表情を浮かべる女帝と、そんな女帝の姿をかっこいいと言うかのように熱い視線を与えながら、軽く礼する程度で名乗りすら上げない彼女の五人の夫たち。
そんなありえない光景に私は怒りよりも呆れつついると、そんな私に共感したのか、ため息交じりの声を上げながら、女帝の隣に座っていた皇族の一人が立ちあがり、簡潔な自己紹介を始めた。
「皆様、初めまして。
本来なら、皇位継承順に紹介する予定でしたが、第一皇子のレオン・エンパイアがまだ到着していないので、先に第二王子の私からご挨拶させていただきます。
私の名前は、パーヴェル・エンパイア。帝国では裁判や法管理などの法務関連に携わっています。
この停戦交渉では主に誓約書などの機密書類の作成を行わせていただく予定です。
皆さま、これから数日間、どうかよろしくお願いいたします」
銀色の髪の毛と眼鏡を蠟燭の光で照らしながら、丁寧に頭を下げたパーヴェル。
その言動は先ほどまでの女帝とはうって変わり、その知的な顔にあったかなり丁寧なものであり、先ほどのありえない挨拶の反動だろうか、その印象はかなり良いものだった。
そして、そんな彼に倣うようにレオンと同じ金色の髪をした筋骨隆々の男が立ちあがった。
「第三皇子、アレクセイ・エンパイアです。
帝国では貴族兵士として、先の大戦でも参戦させていただきました。
よろしくお願いいたします。
では、次に……立てるか? ヴラド」
「は、はい、ありがとうございます。兄さん」
完結に、けれど丁寧な自己紹介を済ませたアレクセイは、そのまま流れるように、隣にいる白髪の少年へ声をかけると、慣れた手つきでそのまま自分の手を杖替わりにヴラドと呼ばれた少年を立たせた。
「ごほっ、初めまして、第四皇子、ヴラド・エンパイアです。
見ての通り、まだ子供なので、ごほごほ、現在は何も職務にはついてはおらず、今回のごほっ、停戦も
療養が目的でごほっ、来ました。
そのため、あまり、関わることはないとは思いますが、ごほっ、よろしくお願いいたします」
咳き込みながら自己紹介を終えたヴラド。
その肌は髪の毛と一緒で真っ白であり、一目で病弱と分かるほどであった。
そして、咳き込むヴラドをアレクセイがゆっくりと座らせるのを確認した後、今度は黒色の髪をした美女が立ちあがった。
「元第一皇女、アンナ・ペトロヴナです。
既にペトロヴナ家に嫁いでいる身ではありますが、帝国では主に財務関連の仕事をしており、今回の協定では賠償金等の支払いのために参加させていただきました。
皆様、よろしくお願いいたします。では、続きまして」
「第二皇女、グリューン・エンパイアです。
私は帝国では軍務についており、今回の交渉では第三皇子のアレクセイと共に捕虜の交渉などで参加する予定です。
よろしくお願いいたします」
黒髪の美女であるアンナに促されたグリューンはドレスの裾を掴み、頭を下げる。
その服装はドレスから手袋までその名前にあった緑色に染まっており、まるで自然の一部かのような清潔感を感じさせた。
「では、続きまして、私は、元第三皇女、ナターリア・アレクセーエヴナです。
私は現在、アレクセーエヴナ家の第一夫人として嫁いでおります。
そのため、本来はこの停戦協定に参加する予定ではありませんでしたが、このホテルはアレクセーエヴナ家が経営しているもののため、経営者かつ元皇女として、この顔見せに参加させていただきました。
よろしくお願いいたします。そして――――」
「同じく元第四皇女、エリザヴェータ・アレクセーエヴナです。
私もアレクセーエヴナ家に第二夫人として、嫁いだ身であるため、ナターリアと同じく参加する予定ではありませんでしたが、このホテルを使用するとのことで、この顔見せに参加させていただきました。
よろしくお願いいたします」
流れるように挨拶をしたナターリアとエリザヴェータは、まるで息を合わせたように二人同時に頭を下げ、こちらに挨拶するとそのまま、流れるように二人同時に着席する。
そして、帝国側の最後の人間である、一人が立ちあがった。
「最後に、第五皇女、リーネ・エンパイアです。
私は――――」
そう言って、口を開いた瞬間。
「!? な、なんだ!? 何の音だ」
「きゃぁぁぁああああああ!!」
「う、うわぁああああああ!!」
ガンガンと、硬いもの同士が数度ぶつかったような音が夜の闇の中に響き、それと同時に、女帝の後ろの方から男女入り混じった声が響いた。
「そこをどけ、女帝!!」
「なっ、きゃぁっ!」
只ならぬその悲鳴が耳に届いた瞬間、私の体は流れるかのように動き出し、テーブルの上の料理と女帝を弾き飛ばしつつ、屋上の柵から身を乗り出す。
(先ほど響いた悲鳴。長い間居ないある人物。武装をしろと女帝に命令された事実、そして硬いもの同士がぶつかった音から、考えうる最悪の答えは――――いや、そんなことはあり得ない。考えるな)
頭の中で浮かぶ最悪の答えを否定しながら、私の視界に映ったのは――――
何か紐のようなものに吊るされていた金髪の姿で――――
「レオン、レオン、あぁぁあああああああ!!」
階下の何処かの部屋から響く女性の声で、私は自分が考えていた最悪な答え。
レオンが殺されたことを悟ったのだった。
ついに最初の事件が起きました。
ここから一気に事件が進みますので、楽しんでください。
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