第031話「セバスの姉の出自」
■05月15日 昼:帝国との停戦協定初日
「おかーさん。
もう家を出てから結構経つけどまだ着かないの?」
「そうね……このスピードなら今日の夕方になるころには着くと思うから我慢なさい。フレイヤ」
「はーい」
公爵家を出てから馬車に揺られること約五日、停戦との交渉を行う予定の会場へ向かっていた私たちだったが、夜眠る時と休憩以外はずっと馬車いたせいか、私のお尻はジンジンと痛み何度も座る位置を調節する。
そんな私と同じでフレイヤもずっと曲げていた足が辛くなったのか、時折足を動かしたりながら私たちは何とか辛い馬車移動を耐えるのだった。
そんな辛い時間を数時間ほど耐え、日が沈みかけるころ、不意に馬車が停車すると、馬車を引く御者が壁越しに数度ノックした。
「旦那様、奥様、お嬢様方。向こうから帝国兵が止まるように手振りをしています。どうしますか?」
「……そうだな。帝国兵が居ると言うことは会場はもう近いのか?」
「はい、後は帝国兵の後ろにある橋を渡れば到着する予定です」
「分かった。なら事は荒げないようしよう。
万が一の場合は戦闘含めて許可するが、そうでない限りは大人しく従うようにしろ」
「承知いたしました。旦那様」
公爵の命令に従い、再度数秒ほど動いたあと、再度停止した馬車の感覚を体で味わうと、もうそろそろ到着することを悟ったのか、フレイヤは固まった体をほぐすように大きく伸びをし、私もそれに合わせて体を伸ばした。
「ふぅ、もうそろそろで着いたみたいね」
「そうみたいですね。死に戻り前もこんな長旅したことなかったからすごく疲れてしまいました。
確か今日は顔見せだけで、交渉は明日からですよね?」
「ああ、その通りだよ。タイム嬢。
だから、今日は顔見せの後はフレイヤもタイム嬢もゆっくり休んでも良いし、事件についての調査をしても良いぞ」
「了解。お父さん。
じゃあ、早速事件について調べたいんだけど……
うーん、これだけ疲れていたら頭働かないし、下手すると要らないことしゃべっちゃいそうだから今日はゆっくり休もうかな? リリーもそれで良い?」
「はい、私ももう体が限界に近いので、それが良いです」
そんなことを話していると不意に扉が数度ノックされた。
「中にいるのは誰だ。
ここから先は関係者以外立ち入り禁止だ。
関係のないものならばすぐに去れ。去らない場合は、帝国の法に則り拘束させてもらう」
恐らく帝国の兵士だろう人間の脅迫染みた声が扉越しに聞こえた。
「ああ、分かった。今扉を――――」
「お父さん、ちょっと待って。
リリー、今すぐにこれを着けて」
そう言って、フレイヤは扉を開けようとする公爵を止めると、私に金色の指輪を渡した。
「これは? 何ですか?」
「良いから何も聞かずに私の真似をして指輪を着けて」
「わ、分かりました」
私が頷くのを見ると同時に、同じ形の色だけが黒い指輪をフレイヤが着けるのを見た私は、彼女と同じように右手の中指に指輪をはめる。
すると、指輪の冷たい感触が伝わると同時に体の内から力が少し吸われるような感覚を味わうと、まるで頭からペンキを被ったかのように頭の上から一気にフレイヤの黒髪から、元の私の髪の色である金に変わった。
「まさか、これ魔道具ですか?」
「そう、髪の色を変えるって言うあまり使われないものだけど、少なくともこの交渉期間はずっと使えると思うから交渉中は常に髪の色を金にしておいて」
「それは構わないですが、何で――――」
「おい! いい加減に名乗れ!
早く名乗らないと不審なものとして拘束させて貰うぞ!」
このような変装じみたことをしなければいけないのかとフレイヤに聞こうとした瞬間、まるで私の言葉を殴って止めるような轟音が扉から響いた。
「色々聞きたいと思うけど、一旦は会場に入ることを優先しよ?
もちろん、話は後でちゃんとするから。良い?」
「はい、分かりました。
あとで、ちゃんと話をしてくれるのなら良いです」
「ありがとう、リリー。
お父さん、もう準備は終わったから開けて良いよ」
「ああ、分かった」
そう言って、公爵が窓を開けるとそこには明らかに不機嫌そうな表情をした兵士が一人立っていた。
「対応が遅れてすまない。
私の名前はニルド・ソウル。王国の公爵だ。
ここには今回の帝国と王国の交渉の場の仲介人として参加する手はずとなっているはずだ」
「……ちっ、王国の犬かよ。
分かった。今から確認するから、王国の犬らしくお座りしてお前らはここで少し待っていろ」
私たちが敵国の人間だと分かったからだろうか、憎々し気に礼儀が皆無な言葉を吐き捨てた兵士は私たちに背を向けて、何処かへ向かうのだが……
「いくら敵国と言えど、凄い口の悪さですね。まるで……」
「セバスみたいだと思った?」
「い、いえ、そうではありませんが……」
「え、そう思わなかったの?
私、凄く勘が良いなと思ったんだけど」
「勘が良い……って、どういう事ですか?」
「え? だって、セバスは帝国出身で、セバスのあの口の悪さだって、帝国の敵に対しては容赦はするなって言う教育を受けたのが原因なんだから、あの兵士とセバスの口の悪さを見て、セバスみたいに思ったんだ。勘が良いなって思ったのに」
「えっ!? セバスさんって帝国出身なんですか!?」
フレイヤから告げられた想定もしない真実に私は思わず軽く身を乗り出してしまった。
「あれ? リリーにセバスが帝国出身だって言うこと教えてなかったけ?」
「は、はい。先日の王との会合でセバスさんのお姉さまのセバスティアーナさんが、王国出身でないことは知りましたが、出身が帝国出身だと言うことは初めてしました」
「あー、そう言えばそうだったけ?
別に隠していたつもりは無かったんだけど、ごめん伝え忘れていたみたい」
「いえ、伝え忘れていたこと自体は問題ないのですが、セバスさんはどうして王国に来たんですか?
あとセバスさんが帝国出身と言うことはそのお姉さまのセバスティアーナさんも帝国出身という事ですよね?
先ほどの彼らの言動や帝国の王国に対する恨みの噂を聞く限りは、相当な理由が無い限りは王国に移住しようとする帝国人は居ないと思うのですが……
もちろん、話ずらいのならしなくても大丈夫ですが出来れば話聞きたいです」
「うーん、別に話すこと自体は問題ないんだけど、色々と複雑で詳細話すとなるとちょっと話が長くなるんだよな……」
長話になりかねないほどのセバスさんの話をするべきかしないべきかを腕を組みながら悩むフレイヤで彼女の迷惑になるなら聞かなくて良いかなと一瞬私は躊躇する。
しかし、セバスさんとセバスティアーナさんの人生を狂わせたタイム家出身の私にとっては彼らの人生を知り、それを壊した罪を背負って生きていくのは義務であると思っている。
だから、私は――――
「どれだけ時間がかかっても構いません。フレイヤ。
セバスさんとセバスティアーナさんのことについて話してください」
そう言って、深く頭を下げた私を見て、フレイヤは少し苦笑いを浮かべると「分かった」と小さく返事をし、彼らの人生を話し始めた。
全ての始まりは帝国で一人の少女が魂の魔法を持っていると言う噂から始まった。
初代ソウル家の当主、そしてフレイヤが持っている王国でも希少な魂の魔法。
その魂の魔法には大きな特性が三つある。
一つ目は、理由は不明だが魂の魔法を扱うことが出来るのはソウル家の血を受け継ぐもののみであること。
二つ目は、魂の魔法を使える人間は一時代に一人しか居らず、その人物が死んでも必ずしも血縁者の中に魂の魔法を使える人間が現れると言う訳ではないこと。
そして最後の三つ目は、当代の魂の魔法の使用者が死んだ時に、生まれたての子供がいた場合、極稀にその子供が本来使えるはずの魔法が使えなくなる代わりに魂の魔法が使えるようになると言う現象が起きるこの三つだ。
そのため、強力かつ希少な魂の魔法を継承できるソウル家は代々その血を外部に出さないように注意していた。
そんなソウル家の人物しか使えない魂の魔法を使える少女が帝国に居ると言う事実と、セバスさん、そしてセバスティアーナさんが帝国出身という事実、この二つのことを考えると。
「何処かでソウル家の血が帝国に流れて、その血で生まれたのがセバスさんとセバスティアーナさんだと言う事ですか!?」
頭に浮かんだ思いもしなかった真実に反射的に叫ぶように答えた私だが、その言葉を公爵は首を横に振って否定した。
「タイム嬢。それは半分正解で半分不正解だ。
ソウル家の直系の血を引いているのはセバスの姉であり、私の腹違いの妹のセバスティアーナだけだ」
「腹違いですか?」
私の言葉に首を縦に振った公爵は今度は自分の番だと言うかのように口を開けて、話を続ける。
その全ては歴代最低と言われていたソウル家の亡き前当主。つまり公爵の父親であり、フレイヤの祖父から始まった。
前当主の性格は一言で言えば気弱な人間で、プレッシャーに弱く、他人の言葉の真偽を判別できず、公爵家を一時期とは言え、お家潰ししかねないほど無能当主と呼ばれている人物だったらしい。
対してそんな前当主の正妻。つまり、公爵の母親にあたる人物はかなりの手腕を持つ人物であり、前当主のせいで潰しかけたお家を巻き返した事実と合わさり、実質ソウル家の全ての仕事は彼女とまだ現役であったフレイヤの曽祖父が行っていた。
そんな前当主がある日、帝国との交渉の仕事のため帝国へと赴いた。
無論、無能と言われていた彼に重要な仕事は来ず、ただ正妻から渡された書類にハンコを押すためだけに連れてこられた前当主だったが、一応当主と言う事もあり、彼は接待に呼ばれた。
おべっかにゴマすりと真偽の判断が甘い彼にとって都合の良い接待に気を良くしたせいだろう。
前当主は、接待に使われた女性の中で最も都合の良い言葉を言い続けた踊り子のことを気に入り、手を出し、相手も公爵家の間を取り持つと言う仕事からそれを受け入れた。
無論、王自体が愛人がいることが居るため、王国内では愛人の有無は黙認されていることが多い。
そのため、倫理観を無視すれば、帝国内に愛人を作ること自体は本来は貴族の多くがやっていることで、許容されるはずだった。
彼が強力な魂の魔法を自身の子孫に遺伝出来るソウル家の人間でない限りは。
そして、その愚行は最悪な結果を生み出した。
そう、帝国の一人の踊り子とソウル家の前当主との間に生まれた娘が所有する魔法は同じ魂の魔法だったのだ。
帝国内に魂の魔法を使う子供が生まれた事実は公爵家を驚愕させた。
本来このようなことにならないように、公爵家で幼いころから貞操観念の教育はかなり厳しく行われており、そのおかげか公爵家の血の管理は完璧に行われた。
それがここにきて強力な魂の魔法が帝国側に渡ってしまったと言う最も最悪な形で破られたのだ。
そして、早速、強力な魂の魔法の使い手である少女の対処についての話し合いが行われた。
何故ならソウル家の血には彼女自身がそうであるように、強力な魂の魔法を手に入れられる可能性があり、その可能性があるだけで時の魔法と同じように敵国である帝国の戦力が大なり小なり上がってしまうからだ。
だが、それ以上に王国に対して恨みの強く、戦力増強の案を常に立てている帝国のことだ。
多少の戦力の増強のためなら彼女が成長して子供が産める年齢に達したらソウル家の血を引く人間を増やす苗床としてその生涯を費やせると言う最悪な方法を取る可能性があるのだ。
ゆえに、不義の子と言えど、そのような人生を幼子に歩ませる訳には行かないと満場一致で彼女の保護を決めたソウル家は全力を以て王国、帝国の両方に内密で彼女とその母親の保護に向かった。
しかし、ソウル家と同じ考えに至ったのだろう。
彼女の母親は彼女が魂の魔法が使えることを知った瞬間に、幼い彼女を連れて帝国のスラム街へと向かい、帝国、王国、そしてソウル家の全員から消息含めて完全に消した。
帝国、王国、ソウル家の全員からその消息を探られる彼女だが、長い間その後も姿形すら見せないことからやがて帝国と王国の両方が彼女は母親と共に死んだと判断した。
「だが、ソウル家はその後も内密に彼女のことを探し、彼女が21の頃ようやく姿を見つけその弟と共にソウル家に迎えた。それが――――」
「セバスさんとそのお姉さまのセバスティアーナさんですか」
私の言葉に公爵は大きく頷いた。
「セバス自身は彼女の母親の後夫との間に生まれたらしく、最初は連れていく予定はなかったのだが、彼女自身が自分を連れていく条件にセバスを同行することを条件に加えたため、公爵家はセバスを連れていくことで、彼女を保護した。
因みに、母親とセバスの実父は残念ながら我々が発見したときには既に故人になっていたらしく、その遺骨だけ帝国を出る際に一緒に運び、彼らの望む場所に埋葬した。
その後は、本来は二人とも我々の養子にする予定だったが、二人の希望もあり使用人として働いてもらい、そして……」
そこまで言うと、急に口ごもる公爵だが、そこまで言われたら次に何と紡ぎたいか分かってしまう。
ようやくスラムから公爵家の使用人と言う平民からすれば喉から手が出るほどの素晴らしい生活を手に入れたにも関わらず、私の父に嵌められて公爵夫人に毒を盛ってしまい、最後には冤罪として処刑されてしまった。
そんな彼女の死に関わっている私がいる前ではその事実は確かに言いづらいことだろう。
「そして、彼女が処刑されてしまったことで、当時まだ生まれたてだったフレイヤが魂の魔法を使えるようになったと言う事ですか?」
「ああ、そうだ。実際に生まれた直後は水の魔法だったんだが、今はもう使えることは出来ないみたいだな。
因みに、フレイヤと言う名前も、魂の魔法が使えることが判明したのと同時にソウル家の慣習で初代ソウル家当主と同じ名前に改名したんだ」
「そうなんですか。それじゃあ、改名前の名前もあったんですか」
「うん。そうだよ。
改名前の私の名前は確か……えーと、ティアだったけな?
書類でしか見たこと無いからうろ覚えだったけど、確かそんな名前だったと思う。
私的にはフレイヤよりもティアの方が可愛い名前だからそっちの方が好きなんだけどね」
「そうなんですか。私はフレイヤも凛々しく感じるからそちらの方が好きですね」
そんなことを話していたら、不意に扉がノックされ、扉を開けると先ほどの帝国兵が居た。
「確認した。確かに今回の交渉の参加者に入っていた。
通行の許可を出したからさっさと俺の目の前から失せろ」
続く口の悪さに少し辟易とした私だが、そんな私とは反対に全く意に返さない公爵家の三人は分かったと軽く頭を下げると、そのまま扉を閉め、橋を渡り始める。
そして橋を渡ることおよそ十数分後、馬車が止まり、御者から着いたことを告げると、私たちは全員馬車から降りる。
するとそこにはもう随分先についていたのであろう、国王とレイ、そして豪華なドレスを着た一人の少女が乗っていた馬車が少し先にあり、私たちは挨拶をするべく彼らに向けて近づくと、フレイヤ以外は彼らに向けて跪く。
「国王、お待たせして申し訳ございません。
我々、ソウル家一同ただいま到着いたしました」
「いや、我々も先ほど到着したばかりだ。
あと……」
そう言うと、国王は唯一跪かず、かつ今にでも舌打ちをしたいと言うかのような顔をフレイヤへと視線を向ける。
「フレイヤ! 何時も言っているだろ! この場では――――」
「ソウル公爵、娘の無礼に対しては構わない」
娘へ叱咤するその声を片手を上げて制止させた国王は、そのままフレイヤに視線を向ける。
「フレイヤ公爵令嬢。この場に参加する以上は分かっているな?」
「ええ、言わなくても分かっているし、準備ももう出来ているわよ」
「そうか、分かった」
恐らく二人にしか分からないであろう会話に、思わず首を傾ける私だがそんな私たちの疑問を無視するかのように私たちに近づく足音が複数個耳に届く。
その方向に顔を向けるとそこには、豪華なドレスをした女性を先頭に、彼女と同じ年齢ほどの五人の中年の男性、そして八人の妙齢の男女がこちらに近づいてきた。
そして、ある程度互いに距離を取ると彼らの中から一人の男性がこちらに近づくと、手を差し出した。
「皆様、長い旅路お疲れさまでした。
初めまして、私は帝国第一皇子、レオン・エンパイアと申します。
これから停戦協定が終わるまでの期間、よろしくお願いいたします」
「ご丁寧なご挨拶ありがとうございます。
私は王国公爵のニルド・ソウルと申します。
良い協定が結べることを期待いたします」
先ほどの帝国兵とは正反対の丁寧な言動に少し驚きつつも第一皇子にゆっくりと近づいた公爵は、差し出された手を握ると、笑顔を浮かべる。
こうして、私たちの帝国との交渉が始まるのだが、この時私たちは思いもしなかった。
まさか、あんな下らない理由で三人もの人間が死んでしまい、そしてその原因が私とフレイヤなんてことは……
この話は26話と同じく、下手するとネタバレになりかねないところありますが、もし分かってもネタバレ厳禁でお願いします。
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