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第030話「公爵令嬢の帰還」

すみません。

更新が遅れてしまいました。

■05月03日 早朝:帝国第一大戦開始から四日目


「……フレイヤ」


 帝国との戦争が始まって、四日目。

 北門から少し離れた宿から見える大きくそびえたつ門を見つめながら、私は小さくその先に居る親友の名前を呟いた。

 本当なら今すぐにでも北門へ向いて、その安否を確認したかったのだが、フレイヤは私の体を使っているにも関わらず、フレイヤ・ソウルの名前を使って北門を防衛している。

 それはつまりフレイヤは自身の命を危険に晒してまで私と帝国との戦争を関わらせないようにしていると言うことだ。

 そんな私がただ親友が心配なだけでその気持ちを無下にして、自分の自己満足のために行動するのは言ってしまえば裏切り行為そのものだ。

 ゆえに、私はここ四日間、ほとんど眠らずにずっと宿屋の窓から北門が開いてフレイヤが現れるのを待つことと、彼女の無事をただ祈ることしか出来なかった。


「タイム嬢。心配な気持ちは嬉しいが、そんなに根を詰めても仕方ないだろ?

 これでも飲んで少しは休んだらどうだ?」

「ソウル公爵」

「そうですよ。

 フレイヤが無事に帰ってきても、もしあなたが倒れていたらそれこそフレイヤをがっかりさせてしまいますよ。

 大丈夫ですよ。あの子は強いですし、帝国の兵如きに負けるほどやわに育てていないですから」

「ソウル公爵夫人」


 そんな私を見かねたのか、紅茶を差し出して休憩を促す、公爵と夫人。

 しかし、その両手と声は明らかに震えており、目も明らかな心労の色を出していた。

 だが、それも仕方ないだろう。

 いくら彼女の強さを信頼しているとは言え、大事な一人娘が帝国との戦争に参加させられているのだ。

 そんな状態で、安らかに休めるわけもないだろう。

 しかし、そんな状態にも関わらず、私の体の心配までしてくれる彼らの優しさを感じた私は公爵の紅茶を受け取ると首を縦に振った。


「分かりました。

 それではお言葉に甘えて少しだけ仮眠してきますので、一時間経ったら起こしてください」

「分かった。ゆっくりと休んできてくれたまえ」

「はい」


 そう言って、紅茶をゆっくりと飲み、心が少し落ち着くまで待った後、ベッドに横たわる。

 瞬間に、うとうとと、瞼が重くなっていき、夢の世界に行こうとしたそのとき。


「――――門がッ!」

「「「フレイヤ!」」」


 鉄門が開く鈍い音が耳に届いた私の意識は一気に拡声し、ベッドから飛び起きると、少し先の鉄門に目を向けた。

 そこには大きく伸びをしながら、ゆったりと歩くフレイヤの姿があった。

 呑気そのもののその様子から特に体に大きな怪我はなさそうだと言うことは瞬時に分かったのだが……


「ソウル公爵! 早くフレイヤの元に!!」

「あ、ああ!」

「私も一緒に行きます!」


 何も見ていないかのような暗い瞳と髪の毛すら赤黒く染まっているその姿に私は反射的に公爵に彼女の元へ向かうように叫び、それに呼応するかのように公爵と夫人は一緒に娘の元へと向かうのだった。


 それから公爵のローブに血塗れの体を隠しながら、現れたフレイヤの体中にこびり付いた血を私と夫人の二人で協力して部屋に備え付けている風呂場で何度も何度も落とす。

 信じられないほどの大量の血を浴びたのだろう。どれだけ水を交換してもすぐに風呂場の水が真っ赤に染まっていく。

 こうして十数度目の水の交換でようやく風呂場の水がピンクになる程度まで血を落としたフレイヤは、もう大丈夫と言うと、すっきりした表情で恐らく魔道具であろう指輪を外す。

 すると先ほどまでフレイヤの体と同じ黒髪が私の髪の色である金に戻り、それを確認した後、フレイヤはすっきりしたと呟きながら風呂場を出て、タオル一枚を首にかけただけの姿のままベッドに座る。


「それにしても、こんな近くでずっと寝ないで待っていたなんて、みんな心配性なんだから」


 そんな普段なら、そんなはしたない姿に注意するはずの公爵と夫人はそれ以上の感情が心を支配しているのか、一切注意せずにフレイヤを見下ろす。


「まー、そりゃみんなに詳細を伝えなかったのは悪かったと思うけど仕方ないでしょ。

 魂約書の条件にみんなに契約内容を話さないことが入っていたんだから。

 それに、お父さんとお母さんからしたらまだ七歳かもしれないけど、死に戻り前は十七歳だったんだよ?

 その時の経験さえあれば、練度の低い帝国程度には傷一つつかないだろうし、もっと気楽に待ってくれれば――――痛ッ!」


 その瞬間、フレイヤの頬に公爵の平手が飛び、ぶつかった場所が一気に赤くなった。


「これだけ多くの人を心配させて何が気楽に待っていればだ!

 自分の子供が、知り合いが、友人が戦争に行って、心配しない親も気楽に待っていられる人間も居ないに決まっているだろ!

 そんな私たちの気持ちも知らずにお前と言う娘は……」


 拳を握りつつ自身の娘に対して全力で怒鳴る公爵。

 その顔からは多くの人に心配をかけた娘に対する怒りと、同時に安全に帰ってきたことによる安堵と言う矛盾した色が浮かんでいた。

 そして、そんな表情を浮かべる公爵に罪悪感を感じたのだろう。

 少し申し訳なさそうな表情を浮かべたフレイヤは公爵に向けて頭を下げた。


「お父さん、本当にごめんなさい。

 これ以上心配させまいと思ってのさっきの台詞だったんだけど、空気が読めなさ過ぎちゃった。

 本当に心配させてしまってごめんなさい」

「……分かってくれたのなら良い。

 あと、私もいきなり頬を叩いてすまなかった。

 フレイヤ。頬は痛くないか?」

「うーん、結構ジンジンしているけど、我慢できないほどじゃないかな?

 あ、でも、忘れているかもしれないけど、この体私のじゃなくてリリーの何だから今度は手加減してよね」

「あ、ああ。そうだったな。

 タイム嬢もすまない。反射的に君の体を傷つけてしまって」

「いえ、跡が残るほどじゃないですし、私もこのままフレイヤの話を聞いていたら叩いていたと思うので、気にしないでください」

「そうか。そう言ってくれると助かるよ」


 私と公爵は互いに頭を下げる。

 そんな私たちを見ていたフレイヤは突然思い出したかのような表情を浮かべた。


「あ、そうだ。言い忘れた。

 みんなただいま」

「「「お帰り。フレイヤ」」」


 そう言って、ようやくフレイヤの帰還を言葉を述べたことで、私たちは心身含めて完全にあの戦争の心配から解放されたのだった。

 あの後、お腹が空いたと宿屋で大量のご飯を注文したフレイヤと一緒に朝食を食べた私たち。

 そんな私たちに向けて、食後の茶を飲んだフレイヤは、重要な話があると言い、この数日で知ったことについて話し始めた。


「……つまり、帝国は未だに箝口令が敷かれているジーク様の死の情報を知っていたということか?」

「うん。私の魔法で死んだ帝国兵の魂の記憶を読み取って得た情報だから間違いないと思う。

 もちろん、魂の記憶は死んで時間が経過すればするほどあやふやになるし、読み取った魂が何時死んだかは分からないからどれくらい正確性があるかは分からないけどね。

 でもまあ、少なくとも大半の帝国兵。特に将軍クラスのほぼ全員がジークが死んだことと戦争の準備の完了がほぼ同時だったことを千載一遇って思っていた記憶があったくらいだから、信憑性は高いと思うよ」

「そうですか。となると、黒幕はジーク様の死を知らされた王国の貴族、もしくは皇族の誰かだと言うことが確定したと言う事ですか?」


 私の言葉に公爵は大きく頷いた。


「ああ、そうだな。だが皇族も可能性が無いわけじゃ無いが、勝っても王国からすれば小遣い程度の多少の賠償金を貰える程だから、万が一に敗ければ自身の地位どころか命まで危うくなるその危険性を考えると天秤が吊り合わないことから考えるとその可能性は皆無に近いだろう」

「まあ、そうだね。

 ついてでに言えば、賠償金(メリット)を貰えるのは実質、あの国王(クソ)だけで、報奨金とかを考えればむしろマイナスになりかねないのよね。

 それにあいつはジークが本当は死んでいないことを知っている……と言うより、私に参戦させるための条件にするために隠していただけだから、動機があるとすれば私を帝国との参戦をさせられる程度だけど……」

「いや、国王自身も帝国との戦争はフレイヤが参戦すればすぐに終わると判断したんだろう?

 なら、可能性があるとすれば、帝国との戦争をより少なくする……いや、タイム嬢がまだ時の魔法を完全に使えないことも知られていたことも考えると情報を流すことの方がよりデメリットが高いことから、ほぼ、王国貴族が黒幕であることは間違いないだろう。だが……」

「うーん、そうなんだよね。

 ジークが死んだと言う偽情報を知らされた貴族の人数が結構多いし、その中にはタイム家も容疑者の中に入っているのよね。

 ここでタイム家が容疑者の中に入っていなければ、一気にリリーが処刑される可能性も冤罪を背負わせる可能性も低くなるけど、そうじゃないからまだ安心は出来ないんだよね」


 渋い顔を浮かべながら、吐き捨てるようにフレイヤは呟いた。

 確かに現状はまだ黒幕が見つけられた訳でもなければ、これから起きる事件を止める方法もまだ浮かんでいない状態の今では、まだ安心はできないだろう。

 だが――――


「でも、少なくとも黒幕が一切わからなかった死に戻り前に比べれば、前進していますよね?

 なら、そんな眉をひそめるなんてフレイヤに似合わない表情はしないで、もっと嬉しそうな顔してくださいよ」

「……そうね。少なくとも痕跡は見えるようになったし、少しは前進しているし、こんな眉をひそめたていたら、リリーの体なのに眉間にしわが出来ちゃうかもしれないし、もう少し嬉しそうな顔をしておいた方が良いわね」

「た、確かに眉間にしわが出来るのは何としても避けて欲しいですね」


 先ほどまでの表情とは一気に変わってケラケラと笑うフレイヤの表情は彼女らしいものだった。


「それにこれはある意味チャンスだしね」

「チャンス? 何のチャンスなんですか」

「さっきも言ったけど、帝国はジークの死を知ったうえで戦争を行っていた。

 つまり、帝国と王国との戦争を仕掛けた人間。最低でも帝国の女帝は黒幕と接触した可能性があると言う事よ。

 つまり――――」

「なるほど、今回の戦争の終戦時、もしくは停戦時の交渉の時に女帝と接触して、ジーク様が死んだと言う情報を何で知っていたかを責めれば……」

「うん。もしかしたら黒幕の特定も出来るかもしれないわ。

 因みに、あの国王(腹黒)が言うには、私がこの戦争に参戦すれば三日後には停戦の話し合いがされると予想していたらしいわよ。

 と、言うことでお父さん。私ーお願いがあるんだけど……」


 猫なで声をしながらまるで甘えるかのような表情を浮かべたフレイヤはくねくねと体を揺らしながら公爵にお願いのポーズをする。

 そんなフレイヤの言動からお願いの内容を察したのか、少しだけ溜息を吐いた公爵は苦笑を浮かべた公爵は大きく首を縦に振った。


「ああ、分かった。

 帝国との停戦の交渉の際には、タイム嬢とフレイヤの二人を一緒に同行させるように、国王に頼むよ」

「さっすがお父さん! 話が分かる!

 お母さんもそれで良い?」

「ええ、停戦の交渉と言えど、場合によっては一か月以上の長期場になるかもしれないし、そんなに長い間、娘とタイム嬢を残しておくのは少々不安ですからね。

 それなら同行した方がより安全でしょう。

 ただし」

「分かってるよ。

 話を聞きたいだけだから、周りに敵国の人が多くいる交渉の場で危険なことはしないし、そこらへんは注意するよ」

「分かっているなら良いわ。

 あなたもそれで良いかしら?」

「はい、私のほうも大丈夫です。

 夫人、ありがとうございます」

「お礼なんて良いのよ。

 さっきも言ったけど、この交渉は長丁場になるかもしれないし、その間二人から目を離す危険性を考えればむしろ、一緒に連れて行った方が、心配しないで済むのですから。

 特に他所様の大事な一人娘で、レイ様の思い人のあなたは特にね。

 それじゃあ、私の方でも王妃に手紙を書いて少しでも二人の許可が出る可能性を上げておこうかしら」

「ああ、頼むよ。

 私の方も国王にこれからフレイヤを戦争に参加させたことを使って、交渉してくる」


 そう言うと、公爵は着替え、王城へと行くために部屋を出て、夫人は用意しておいた手紙を机に出すとサラサラと手紙を書き始め、私たちは帝国との交渉の場へ向かう準備を始める。

 こうしてその翌日には、帝国との停戦、もしくは終戦の交渉の際に私とフレイヤが参加することが決まり、そしてそれからおよそ一週間後、ついにその時は訪れた。

 

「さてと、それじゃあ、これから停戦の交渉の会場へと向かうが、フレイヤ。準備は出来たか?」

「ごめーん。まだもう少しかかる!

 うーん。この本はどうしよう……やっぱり必要かな?」

「全く、だからあれほど事前に準備しろと言ったのに……この娘は。

 そちらは……その様子だと、準備は万端みたいだな」

「はい、元々洋服と多少の暇つぶしのもの程度しか必要ないので、むしろこれよりも半分くらい小さくても良かったくらいで……」

「えー、じゃあ。リリーの鞄にはまだ荷物に空きがあるの? なら、これを一緒に入れて欲――――」

「フレイヤ! いくら友達の鞄と言えど、自分の荷物は自分が管理しなさいッ!」

「ちえー、はーい、分かったよ。お母さん」


 まるで祭りのように慌ただしく動きながらフレイヤは必死に荷物の準備をし――――


「うぐぐ、予想以上に……重い……」

「フレイヤ、大丈夫ですか?

 少し手伝いましょうか?」

「手を貸さなくても良いぞ。タイム嬢。

 これは自業自得なんだからな」


 パンパンになった鞄を重そうに引きずりながら、何とか馬車に荷物を全て載せたフレイヤは、まだ出発していないにも関わらず、額に汗を流し、肩で息をしていた。


「準備は終わったようだな。

 では、セバス。申し訳ないが、留守の間、諸々の対応を頼む」

「はい、承りました。旦那様、奥様。

 不肖セバス、お二人が留守の間、完璧にこの屋敷を護らせていただきます」


 そう深くお辞儀をしたセバスさんだが、私の顔を見るなり、かなり怒りのこもった表情を浮かべながら、こちらに近づいてくる。


「おい、タイムのクソ令嬢(おぶつ)、腐ったお前の頭でも分かっていると思うが、もしこの三人に何かあった時は、旦那様と奥様、そしてお嬢様を死んでも護れよ」

「え、あ……」


 セバスさんの憎しみにこもったその表情と体から出る殺気に思わず口ごもる私だが、そんな私を護るようにフレイヤが私とセバスさんの間に入ってきた。


「死んでも守れなんて……つまりセバスは私の体が傷ついても良いと言う事かしら?」

「い、いや、そう言う訳では……」

「でも、死んでも守れって、そういう事でしょ?」

「う……ぐっ……」

「そうだぞ。セバス。お前の境遇もタイム家への憎しみは分かるが、公爵……いや、お前の主としてタイム嬢への対応含めてその言動は流石に看過できないぞ」


 フレイヤだけではなく、主である公爵にまで注意させたせいだろう。

 まるで苦虫を潰したかのような表情を浮かべたセバスさんは私に頭を深く下げる。


「タイム男爵令嬢。先ほどの無礼な言葉を吐いてしまい、申し訳ございませんでした。

 私、セバスの代わりに旦那様と奥様、そしてお嬢様のことを頼みます」


 私に謝ると言う屈辱を味わっているからだろうか、プルプルと震えながら頭を下げるセバスさんに合わせるように私も彼に向けて頭を下げる。


「承知いたしました。

 もし何か起きた際はセバスさんの代わりに私が全力を以て、御三方を護らせていただきます」

「申し訳ございませんが、よろしくお願いします」


 そう言って、垂直になるまで頭を下げたセバスさん。

 そんなセバスさんに倣うようにもう一度私は頭を下げると、馬車に乗る。


「じゃあ、みんな。行ってくるね!」

「はい、お嬢様。

 皆さん、気を付けて行ってらしゃいませ」


 馬車から身を乗り出して、手を振るフレイヤ。

 そんなフレイヤと馬車に居る私たちへ向けて深く頭を下げたセバスさん含めた全執事は私たちを見送るのだった。

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