第029話「公爵令嬢の地獄(フレイヤ視点)」
■04月31日 深夜:帝国第一大戦当日
あれから帝国との戦いで出来た死体と捕虜の処理を全て終えた私は、軽くかつ遅すぎる昼食兼夕食を済ませると再び椅子と机を門の前に置き、紅茶を飲みつつ本を読んでいると、不意に門が開き、一人の王国兵が現れた。
「フレイヤ様。夜も更けたので、ここから先は自分たちが警備するので今日はもうお休みいただいても大丈夫ですよ」
「あー、まあ私もそうしたいのはやまやまなんだけど、どうせ敵が来たら起きることになるから遠慮しておくわ。
気持ちよく寝ている時に起こされて、すぐ戦闘なんて最悪だしね」
「そうは言っても、まだ幼いフレイヤ様一人に護衛を全部任せた上に、徹夜をさせるなんて無理をさせるのは我々としても……」
「うーん、でも一応この門の防衛を私一人で行うのは王命だからね。
流石に命令が命令だし、処刑って言う最悪な結果にはならないとは思うけど、私を休ませるためにあなたたちに王命を無視した責任を避けたいのよ」
「ですが……」
「良いの良いの。むしろ私のせいでそんなことになったら私の方が罪悪感で潰れちゃうから本当に私を心配してくれているのなら、私のことを放っておいてくれた方がありがたいわ。
それに期間も三日だしね。多少の徹夜くらいなら大丈夫よ」
「……分かりました。フレイヤ様がそうおっしゃるのなら、私はこれ以上言わないです。
その代わりと言ってはなんですが、こちらの疲労回復の薬だけはちゃんと飲んでください」
ポッケから取り出した固形状の薬を私に跪いて渡す王国兵に私は微笑むと、疲労回復の薬を受け取り、代わりにその空いた手に袋を握らせる。
一瞬、受け取ったただの袋に首を傾ける彼だが、その中身を見た瞬間、彼は驚いた表情を浮かべた。
「フレイヤ様! 金貨なんて、なんてもの渡すんですか! こんなのいらないです!」
「良いのよ。と言うよりこれからお願いしたいことがあるから受け取ってくれないっと困るんだけど」
「命令ですか? だとしても公爵令嬢であるフレイヤ様からの命令に金貨はいらないのですが……」
「良いのよ。ちょっと面倒な命令だと思うからその迷惑料と考えてくれればいいから。
むしろ、受け取らないとあなたの財布、空気よりも薄くなるわよ」
「……それはちょっと困りますね。分かりました。フレイヤ様がそこまで言うのなら、喜んで受け取ります。それでご命令と言うのは?」
「えーと、ちょっと待っててね」
そう言って、私は手帳を取り出すと紙に文字を走り書き、最後にソウル家の家紋が刻まれたハンコを押すととそれを兵士に渡す。
「北門に控えている全王国兵を使って、ここに書かれている本と大量の紙と便箋を買ってきて。
紙と便箋は商業組合に行けばまだ入手できると思うけど、本の方はもう大半の店が閉まっていると思うから、その時は入手できなかった本を一覧にしてソウル家に居るお父さんに私が欲しがっているから買ってきてくれって伝えてくれる?」
「はあ、それだけですか?
それで余ったお金は……」
「もちろんあなたが全部懐にしまってもいいし、協力した王国兵と山分けしても何でもいいわよ。
でも、私やソウル家に渡すのだけは止めてね。
と、言う訳でよろしく~」
「あ、あの、フレイヤ様! わ、分かりましたが、ちょっと!!」
説明を求めようとしてくる王国兵を私は魔法を使い、無理矢理門外へと移動させると私は再び味のしない紅茶を飲んで心を落ち着かせる。
そして紅茶を飲み終えると同時に再度魔法を使い、周囲の人の気配を確認するとどうやら私の命令をきちんと聞いてくれたらしく、周囲には誰も居なくなっていた。
「よし、ちゃんと言うこと聞いてくれてみたいね。
それじゃあ、準備始めようかな?」
私自身ももう我慢の限界だしね。
そんなことを思いながら私は服の中に小刀を仕舞うと徐々に呆然としてくる意識を何とか維持しながら、ゆっくりと門から離れていく。
そんな私の行動に違和感を覚えたのだろう。
少し先の木々でこちらを監視しているであろう帝国兵が少し驚いたような動きをしたのを、私の耳が捕らえるのとほぼ同時に私の意識は一気に熱に侵されたか時のように何も考えられなくなってしまった。
ふらふらと呆然とする頭と意識。
しかし、そんな私の意識とは裏腹に私の体は少し先に居る帝国兵の元へと真っすぐに向かっていき、相手が逃げるよりも先にその頭に刀を捻じ込んでその息の根を止めた。
手に流れる敵兵の血の熱さとその不快感と罪悪感を感じながら、私はあの国王と魂約書を交わした時のことを思い出していた。
「こちらが提示する条件は大きく分けてこの三つだ。
一つは明日から北門を三日間防衛し、その間近づく敵兵を全員全力を以て対処すること。
次にこの契約開始から終了するまでの間、この契約内容を誰にも伝えないこと。
最後に契約期間が終了するまでタイム男爵令嬢と体を入れ替えることを禁じること。
以上だ」
「はぁ、何そのクソみたいな条件。
私があんたとそんな契約交わすわけないでしょ。
もう少し考えて契約内容考えなさいよ」
そう言うと私はもう話を聞かないと暗に伝えるように男と体ごと視線を外して紅茶をすする。
まあ、元々いくら王命と言えど、私がこいつの言うことを聞く言われは無いしそもそも聞く気なんてさらさらなかったけどね。
そんなことを思っていた私だが、その考えは次の言葉で全て無力化されてしまった。
「そうか。なら、ジークを誘拐した罪と死を偽造した罪でソウル公爵家を捕らえなければいけないな。
流石に王国で最上位の家を失うのはかなりの損失だが、王家に害するなら仕方あるまい」
「…………」
「なんだその驚いた顔は。
まさか俺がジークが死んだことを秘匿する伝令を出したことで騙し通せたと思っていたのか?
だとしたら残念だったな。お前は俺がタイム男爵令嬢とお前が入れ替わっていることを知らないことを前提で行動していたし、実際俺がそのことに気づいていなかったら間違っていた人物を監視する命令を出していただろう。
だが、推測とは言えそのことを知っているなら、話は別だろう?」
「…………」
確かに私の行動はこいつに知られていないこと前提で行動していたし、実際そうでもしなければ自由に行動できなかった。
無論、細心の注意は払っていたが、それでも私とリリーが入れ替わっているなんてことを簡単に導ける人間は居ないと思っていた。特にこいつには知られないように諸々注意していたっていうのもあるが。
だが、その慢心がまさかこんな最悪な結果になるとは……
「現に俺はジークが死んだと報告された瞬間に、まずタイム男爵令嬢の体。
つまりお前を監視しろと部下に命令を出した。
その結果、一男爵令嬢でしかないはずのタイム男爵令嬢がソウル家の人間に無断で他貴族の領土の村人を村人にそっくりなゴーレムに入れ替えて公爵家の領土に移住させていることを知った。
まあ、恐らくこれから起きる帝国との戦争被害を少なくさせるための行動だろうが、残念だがその行動が仇になったな。
あれほどの精巧なゴーレムを作れるのはソウル家、タイム家の両家に関わる人間ではジークのみだ。
無論、他にジークと同じレベルで魔法を使える人間も居るかもしれないが、帝国との戦争開始までの期間を考えれば、そのレベルの人間を探し、用意するのは不可能だ。
このことから、俺はジークの死は偽装であり、かつソウル家がその死を隠蔽して誘拐したと判断した」
クソッ、ここまで知られているのならもう言い訳なんて出来ない。
「ゆえに、俺は他の貴族たちにジークの死に関して、長期間箝口令を敷かせてもらった。
何故なら――――」
「ジークの死を認めることを条件に私に帝国との戦争をさせるためでしょ?
箝口令も死の偽装を行う準備期間で、防衛期間が三日なのも私が魔法込みで全力で戦えば向こうが停戦の提案をしてくると想定したからでしょ?
ここまで言われたらもう言わなくても分かるわよ」
「そうか。話が早くて助かるよ。
それで、契約をするか? それとも公爵家を潰すか?」
こう言えば私が拒否できないと分かっていながらこいつは……
沸騰するほどの怒りとイライラを抑えながら私は大きく首を頷いた。
「……分かった。契約を結ぶわ。
ただ、こっちからもジークの死因は偶然呪いバチに刺されたことよる死亡でそれ以外の外傷、毒殺、病気による死因は存在しないと公式に発表させるのと、ジークの死に関してリリーと公爵家は一切関わっていないと報告すると言う条件を追加させてもらうわ。
あと、この体の……そうね。髪の色を黒に変える魔道具を用意して。
帝国に私たちの容姿を知っている人間は居ないと思うけど念のためにね。
本当ならこれにお前を100発殴るという条件も追加したかったけど、それだと拒否させられそうだからこれだけにするわ。良いわね?」
「ああ、構わない。
では、魂約書を出してもらおうか」
言われなくても出すつもりだったけど、毎度こいつに命令されると舌打ちしたくなるな。
そう思いながら私は魔力で作った紙を出すと眼前の男に投げて渡した。
「では、お前の名前を書いてもらおうか。
もちろん……」
「言われなくても分かっているわよ。
さっさと書いて紙を渡しなさい」
そうして、私は魂約書に自分の名前を書き、国王と契約を結び、そして――――
「…………体臭いな」
意識が元に戻ると同時に視界に映ったのは朝日に照らされる大量の帝国兵の死体と血溜まりだった。
「あ、ああ……ああ!!」
そんな中、私の視界の端に映る一人の帝国兵。
よほど恐ろしい光景だったのだろうか。私に完全に背を向ける帝国兵は、まるで生まれたての馬のような動きで必死に私と距離を取ろうとする。
無論、このまま逃がしても良いが……
「戦線復帰されてこられたら面倒よね。『偽神創造・付喪神』」
周囲に存在する適当な魂を一個選んだ私は、それをそのまま逃げた男の鎧に付与させる。
その瞬間、魂が付与された鎧は私の支配下に落ち、停止の命令を出すと同時にその鎧は持ち主諸共完全停止した。
この魔法は極東の国に古くから存在する古くから使われた愛着のある物には魂が宿ると言う伝承を再現した技で発動することで、魂を付与された物は自分の意志で動いたり場合によっては浮遊などもすることが出来る。
そのため、使い方次第では大量の武器を浮遊させて敵に向けて一斉掃射なんてことも出来る強力な魔法だ。
しかし、この魔法はあくまで動くのは自分の意志であり、私の意志ではないため、例えば魂自身に多少自我があった場合、こちらに牙を剥く可能性があるため、通常ならば諸刃の剣になりかねないのだ。
だが、もし魂を付与するだけではなく、魂を操ることまで可能なレベルまで達せば話は変わる。
付与された物質は自分の意志で独りでに動くことが出来る。
そんな物資の意志の根底である魂を無理矢理魔法で従わせることは言わば、付与した物質を私の手足のように動かすことが可能だと言うことだ。
ゆえに、空中に刀を浮かして他者を切ることも、鎧を持ち主の意志とは別方向に動かしたりなども出来るようになる。
なので、もちろんこういう使い方も可能だ。
「はい、捕虜へ連れて行ってね」
「ああ、嫌だ。いやだぁぁああああ!!」
付与された鎧に牢屋までの場所を記憶させたうえで、魔法で無理矢理従わせるように制御した私に向かって敬礼をした鎧は、鎧とは正反対に鼻水に涙まみれの持ち主と共にそのまま牢屋へ向かって進んでいった。
「はぁ、それじゃあ、私も捕虜の手続きに――――」
行こうかなと帰路に足を向けた瞬間、合わせないようにしていた死んだ兵士の視線と合ってしまった。
血だらけの帝国兵の顔面と開いた瞳孔。
自分が何で死んだか分からないと言うかのような帝国兵のその顔は、あの時ギロチンで殺されたあの人と全く同じで――――
「う、くっ、あがっ、はぁ、はぁ……」
こみ上げた酸っぱい感覚を口の中に感じた私は、反射的にそれを胃の中に戻した。
喉に感じる焼けたような感覚を抑えながら、彼らを殺した罪悪感と、その不快感が止まらない吐き気を作り、何度も登ってくる胃液を私はそのたびにそれを戻す。
「彼らを殺した私が、吐いて楽になるなんて言い訳が無い……でしょ」
自分の意志で手を出したのならもう少し楽だったかもしれない。
だが、私は、彼らをどんな風に殺したかを一切覚えていないのだ。
そう、これこそ互いの魂に違約不可能な縛りを行う魂約書の恐ろしさだ。
魂を縛るとは言ってしまえば、自我と体を縛ると同じ意味だ。
無論、契約に違反しない程度の行動であれば、少し体が動かしづらい程度で済むし、契約を違反する意思が無ければそもそも行動自体が制限されない。
だが、状況に関連することが条件となった場合この魔法は最悪なものになる。
例えば、今回のように敵を全力で全員を対処するが条件の場合、少しでも罪悪感や殺員の意志が低くなると同時に私の魔法は契約を違約したと判断し、意識は契約を達成するまで失われ、魔法によって体が効率的に動き出す。
無論、最初の戦闘のように敵自体が無意識化で戦闘を諦めれば、その時点で敵では無くなるため、解除されるが、そうでなかった場合、私は全滅するまで人を殺し続ける殺戮機械となる。
そして、その結果が無意識化の殺人とこの血溜まりの光景であった。
「う、ぐっ……」
キリキリと痛むお腹を抑えながら、私は彼らの死体に軽く手を合わせた後、再び北門へと戻る。
全身に感じる不快感と虚脱感に苛まれながらも、先ほどの捕虜の手続きを終わらせ、少しの休憩を終えると突如再び意識の喪失が起き、そして意識が戻ると同時に大量の死体が眼前に広がる。
そして、吐き気を抑え、再度北門にもどり、捕虜の手続きを行い、体を休めては再び意識が落ちていく。
そして、そんな殺戮だけを繰り返すこと三日。
役目を終えた魂約書が燃え散ると同時に、私の地獄のような三日間は終わりを告げるのだった。
これで必要な情報がそろったので、次回から事件が本格化していきますので、楽しみにしていてください!




