第027話「魂約書」
■04月30日 夜:帝国第一大戦が起きる予定まであと半日
「…………」
「…………」
「…………」
フレイヤと私が離れて既に6時間を超え、時計の音だけが響く部屋の中、私と公爵と夫人の三人はフレイヤの安全を願いながらただひたすら待っていた。
外は既に暗くなっており、公爵は落ち着かないのか偶に立っては窓へ行きそして戻るを繰り返し、夫人はそんな夫を落ち着かせようと自身も震えている手を夫に重ねていた。
そんな中、ついに7時間を超えたころ――――
「…………む゛ぐぅー、ただいまー」
「し、失礼します」
下唇を噛みながら不満な声を漏らすフレイヤは、なぜかレイと一緒に部屋に戻ってきた。
確かにレイとは国王との話が終わったら話をするとは言っていたが、まさか遅くなったのはレイと話をしていたからなのだろうか。
もしそうだとしたら、一体どんな話をしていたんだろうか。
天気やここ最近の他愛無い話をしたのだろうか。私たちの出会いの話だろうか。今後の私たちの関係についてだろうか。それともそれ以外の親睦を深める色々な話をしていたのだろうか。
そんな好きな人が親友と楽し気に話しているその様相を思い浮かべた私の胸は一気に締め付けられるような感覚を味わう。
無論、体を入れ替えているこの状況では仕方が無いと分かっているし、フレイヤもレイも悪くないことは分かっている。
だがそうとは分かっても、それでもやはり少しだけ私の胸はどこかもやもやとした苦しさが満ちていた。
……でも、今はそんな嫉妬する暇は無いわよね。ここはすぐに気持ちを切り替えて、フレイヤの真似をしなきゃ。
フレイヤなら、こういう場面ではきっとこの雰囲気を使って私を茶化すに違いないわ。
なら、恥ずかしけど少しだけ下品かもしれない内容を話に加えて、しゃべらないと。
そう判断した私は自分でも耳が熱くなるのを感じつつも、いやらしく口頭を上げた。
「お、お疲れ。リリー。まさか愛しの王子様と一緒に戻ってくるなんて思わなかったけど、もしかしてお熱い一時を――――」
「あ、レイには死に戻りのこと含めて話したから私の真似しなくて良いわよ。
あ、クッキーみっけ! いただきまーす」
「へ? は……はなした?」
HANASITA? はなした? 話した? 何を? 死に戻りを? 死に戻りを話した? って言うことは……つまり、レイは今……
「ああ、リリー。
フレイヤ公爵令嬢から聞いた。今はフレイヤ公爵令嬢の魔法で体を入れ替えているんだろ?
気づかなくて本当にすまなかった」
「あ、ああ、ああ」
そう言ったレイは確かに私に向かって頭を下げ居て、確実にレイは今目の前に居るいやらしい笑みを浮かべて、少し下品かもしれない話をしている私をフレイヤじゃなく私だと知っていて……
「あああああッ!!
お願い、忘れて! みんな忘れて!!」
「リリー、ここに記憶を消す魔法を使える人は居ないのだから無茶言わないでください。
それに別に将来の夫婦になるんですよ? 私の真似をしてお下品なことを言っても、きっと許容してくれますよ」
「私の真似するのは止めてぇぇぇ」
さっきの仕返しと言うかのように今度は私の真似をしながらニヤニヤと浮かべるフレイヤの言葉に、私は壁に向かって走り、顔をそのまま隠した。
「リ、リリー、君がどんなことを言っても、俺は気にしないし、君がそう言うなら頑張って忘れるよ。
確かにさっきのは少しだけ驚いたけど、それも俺が入れ替わっていることを知らなかったからそうしただけなんだから、それだけで俺の君への気持ちが変わることはないから気にしないでくれ」
優しく私の手を握りながら、はっきりと私の目を見て堂々と宣言するレイ。
その温かさと優しくも力強い言葉から私の顔はさっきとは別の意味で熱くなっていく。
そんな私の状況を知ってか知らずか、レイは唇を強く噛むと握った手を更に強く握った。
「それと死に戻り前はすまなかった。
フレイヤ公爵令嬢から聞いた。俺は君を冤罪から救えず、死刑にさせてしまったらしいな。
まだ今の俺は経験していないが、死に戻り前の俺の分も、謝らせてくれ。
君を救えず、申し訳なかった」
「レ、レイ。
良いの。あなたが十分に頑張ったのも知っているし、それにあなたは処刑される直前までずっと私を助けようとしてくれたことも知っている。
それに、悪いのは私に冤罪を押し付けた犯人なんですから、レイは何も悪くないですよ。
そんなレイに謝られたら、私困っちゃいますよ。
だから、謝らないでください」
「リリー、ああ、そうだな。
悪いのは君を冤罪にした犯人だったよな。
分かった。じゃあ、もう謝らない。
でも、その代わりに一つだけ誓わせてくれ。
俺は今度こそ君を処刑させない。
どんなことあっても君を助けて、二人で生きる道を作って見せる」
「はい、じゃあ、私も一つ誓わせてください。
私も今度こそ処刑されない。
どんなことあっても、頑張ってレイと一緒に生きる道を作って見せるわ」
そう言って、私たちは互いに手を強く握った。
すると、そんな私たちの様子を見ていたであろうフレイヤが咳ばらいをした。
「……お二人さん。お熱いところすまないけど、その体は私の体なんだから、大胸筋を触るくらいまでなら許すけど、それ以上のことはしないでよ。
流石に初体験を知らないうちで散らすなんてことはしたくないから」
「……フレイヤ、大胸筋も将来の夫となる人以外に触らせてはいけないのよ」
「えー、お母さん貴族界だとそうなの? じゃあ、唇と唇の合た――――」
「キスも駄目。全く、この娘ときたら令嬢としての常識が……まあ、そう言う訳でレイ様。愛を深めるのは二人の体が元に戻ってからにしてください。
これでもし万が一、ソウル家と王族との血が混ざったら今後が大変なことになりますし、三人の仲も悪い方向に行きかねないので」
確かに元々権力のバランスを維持するために、フレイヤと王にはならないジーク様は婚約したのだし、そこでもし王になるレイとソウル家の間に子供が生まれたり、それに付随する行為があった場合の権力のバランスは確実に崩壊するだろう。
そのことを分かったのか、レイは慌てて私の手を放すと、二人に向けて頭を下げた。
「あ、そ、そうですね。
ソウル公爵、夫人、ご令嬢の体に安易に触れてしまい申し訳ございませんでした」
「私の方こそ申し訳ございませんでした」
深く頭を下げる私たち。そんな私たちに良いよと言うかのように、公爵と夫人が手を振ってくれるのだった。
その後、時間も時間と言う事でルーカンさんに、今日は王城で泊まることを連絡した私たちはレイと一緒に夕食を食べ、豪華な風呂で汗を流した後、全員で部屋に戻ると適度に談笑していたが、不意に公爵夫人が真面目な顔になった。
「ところでフレイヤ。一つ確認させていい?
何でレイ様に死に戻りのことを伝えたの? やはり二人の仲から安全だと判断したの?」
「うーん。まあ、それが一番大きな理由だけど、実はもう一つあって、ほら以前今回の事件は全て繋がっているって言ったでしょ?」
「ああ、言っていたな。それがどうした?」
「実はさ。
事件の犯人として元婚約者だったリリーが捕まったこと。
まるで自分の都合の良いように次々と人が死んでいったり、最終的には私と婚約したことで、かなりの地位を手に入れられることが確定したこと。
それらが合わさって、王国全土で裏でレイが全てを操っていたんじゃないかと言われて評判が地の底に落ちて一時期は王位剥奪の意見も上がったくらいなんだよね」
「……そう言えばそうでしたね」
例えば、私とレイの婚約が正式に発表されたと同時に、王位でもかなり権力のある王女とその一家が死んだり、誘拐されたことで、必然的に王国全体は混乱し、その結果、レイの王位継承は確定したが、反面評判は地の底まで落ちて、誹謗中傷に苦しんで、私もその苦悩していた様子を実際に近くで見ていた。
「そのことから、レイは黒幕とは確実に関係ないと判断したから、死に戻りのこと含めて全部話したのよ」
「なるほど、そういう事なら確かにレイ様は犯人じゃないし、話しても安全だな」
「そうですね。それに私もレイのことは信頼してるし、協力もしてくれると信じているから話してくれてありがたいです。
……て、そう言えば、話と言えば、あのあと国王とは一体何を話したんですか?
レイに死に戻りの説明をしてたにしては、7時間は長すぎだと思うのですが」
「あー、そのことか……うーん、何というか。言いたいんだけど言えないと言うか、もう契約しちゃったし、どうしようもないと言うか……」
「?」
口ごもりながらも言ったフレイヤの分かるようで意味が分からない言葉に私は思わず、首を横に傾けるが、公爵と夫人はその意味が分かったのか、驚いた表情を浮かべた。
「まさか国王と魂約書を結んだのか?」
「あー、うん。そう言うこと」
「こんやくしょって、フレイヤ、あなた国王と結婚するの!?」
反射的に言った私の言葉を聞いた瞬間、フレイヤは頭に青筋を立てると私の肩に手を置きつつ口を開いた。
「リリー、額面通りの言葉で言ったって言うことは分かっているけど、お願いだからあの国王と結婚なんておぞましい台詞二度と吐かないでね」
「あ、はい。ごめんなさい」
口調はいつも通りで、顔もニコニコしているけど、明らかに笑っていないその目に私は思わず恐怖のようなものを感じてしまった。
そんな感じの私に助け舟を出してくれたのだろう。レイは私に魂約書についての説明をしてくれた。
「リリー、魂約書と言うのは、魂の魔法が使えるものだけが出来る魔法で、ソウル家が違約不可能な取り決めをする時にする際によく使う契約方法のことなんだ。
この魔法は基本的には普通の契約と同じで、魂の魔法の術者の魔力で作られた契約書に対象者自身が本名を記載したうえで発動すると、魂の魔法によって対象者全員の魂にその制約が刻まれて、違約行為、またはそれに準する行為を契約を解除するまで強制的に禁じることが出来る魔法のことだ」
「なるほど、違反行為が出来なくなるって言うのは、使い方によっては、雑な仕事もできなくなりますし、無理矢理相手の行動を制限出来たりと、確かに契約において相手への信憑性、信頼性ふくめてかなりの有利になりますね。
ですが、違反行為を禁じるって、具体的にはどんな感じなんですか?」
「うーん、口で説明しても分かりづらいし、ここは百聞は一見に如かずと言うことわざにならって今から私が実際に魔法を使うから、体験してみましょうか」
そう言うとフレイヤはテーブルの中心に手のひらを出すと、次の瞬間、魔力が形を作り出し気が付くと『下記に名前を記載したものは、1分間冷めた紅茶を飲むことを禁じる』と書かれていた一枚の紙が私に差し出された。
「契約内容はあなたはこれから1分間、冷めた紅茶を飲むことを禁じるにしたけど、これくらいなら特に影響もないし、良いわよね?」
「はい、大丈夫です。
名前はこの線が描かれているところに書けばいいんですよね」
「ええ、そこで大丈夫よ」
「……リリー・タイムっと」
差し出された紙を書いた瞬間、まるで契約完了を告げるように姿を消すが……
「契約したにしては特に何も感じないですね」
「まあ、契約破らなければ特に悪影響のない魔法だしね。
と言う訳で、さっそくこの冷めた紅茶飲んでみて」
「はい、分かりました」
本当に契約はされたのだろうかと半信半疑を感じながらも私は目の前にある冷めた紅茶に手を伸ばした。
「あれ? カップに触れない」
しかし、カップと私の間に結界でも張られているかのように、私の手はカップとあと数ミリで掴めると言うところで止まってしまい、それ以上は進めなくなっていた。
「そう、この紅茶は今冷めているから、触れない。そういう契約だからね。
でも、こうやって熱い紅茶を追加して、熱い紅茶に変えれば――――」
「あ、触れた」
フレイヤがポットで紅茶を追加し、湯気が立ちあがるや否や、紅茶と私の間にあった壁は無かったかのように触れるようになり、紅茶を飲むことが出来た。
そして、更にそこから一分ほど経過した後、フレイヤの手から突如私の名前が記載された契約書が独りでに燃えた。
「はい、一分経過したから契約終了ね。
じゃあ、この紅茶が冷めたらもう一度触ってみて」
「はい、分かりました」
そう言って、紅茶が冷めるまで少し待ち、カップに触ってみると、契約の効力が切れたせいか、一切の障害なく、カップに触ることが出来、かつ普通に飲むことが出来た。
「これが魂約書の効果よ。
これの強制力の凄さで公爵家は特に王家が他国との契約の際に重宝されていて、今日私は国王とこの魂約書で契約したんだけど――――」
すると、急にフレイヤの口がただパクパクとするだけになった。
「なるほど、国王との契約にこの契約内容を伝えることを禁じることが入っているのか」
「――――」
公爵の言葉に頷くでも左右に振るでも、返答するでもなく完全停止するフレイヤだが、その言動で私たちはその言葉が正しいことを察し、同時に私はその強制力を実感させられる。
「と言う事で、国王と契約したんだけど、まあそんなに重要でも危険でもないし、一か月拘束されるようなきつい契約じゃないから気にしなくて良いよ。
と、言う訳で明日からその作業があるから、私はもう寝るね。お休み」
「「「「お休み。フレイヤ」」」」
ふぁーと大きな欠伸をしたフレイヤは、立ち上がり、私たちの返答を聞くとそのまま部屋を出て自分の部屋へと戻っていき、そして重要な話をし終えた私たちもそのまま各自の部屋に戻り寝床に着くのだった。
そして、次の日。
何時までも朝食に来ないフレイヤを起こしに、部屋に行き、もぬけの空になった部屋を見て、私たちは自分たちの過ちに気づいた。
フレイヤは、国王との契約を重要でも危険でもないし、一か月拘束されるようなきつい契約ではないと言ったが、そんな契約内容に準する内容を伝えられないはずなのに、それを伝えられていた。
それはすなわち、フレイヤと国王との契約は北門を三日間護衛すると言う重要かつ、三日間と言う短いが危険なきつい契約だと言うことだった。
次回はバトルシーンです。もしかしたら厨二病なシーンも出るかもしれないですが、頑張ります。
感想、評価があるとやる気につながるのでもしよかったらお願いします。




