第023話「第二王子が死んだと偽装した理由(フレイヤ視点)」
前半はリリー視点、後半はフレイヤ視点になります。
■04月15日 午後:帝国第一大戦が起きる予定まであと16日
馬車に揺られながら公爵家から遠く離れた王国と帝国の国境間近の農村に着いた私を迎えたのは、死んだはずの第二王子のジーク様だった。
「やっほー、ジーク。農家になって一週間経ったけど調子はどお?」
「フレイヤとタイム嬢か。いらっしゃい。
生まれて初めてのことばかりで大変だが、王城に居た時よりかはストレスなく過ごせているな」
「そうなんだ。てっきり、もう王城の楽な生活に戻りたいと思っていたんだけど」
「まあ、最初はきついと思っていたけど、その代わりに生まれて初めて何も縛られていない時間を感じられるからな。
当分は戻りたいとは思わないだろうな」
「あ、そうそう。セバスは今日は馬車の都合で少し遅れて来るから昼食はその後にしてね」
「そうか。
それじゃあ、それまでの間にセバスが居たら出来ない話でもするか」
「そうね。それじゃあ、行きましょ。リリー。
リリー?」
「…………」
貴族たちに報告されていた死の報告とは正反対の少し汗をかきつつも畑を耕すジーク様の健康的な姿に私は思わず涙を流してしまう。
「もう、リリー。何で泣いているのよ。
ここは別に泣くような場面じゃないし、それにそもそもあなたそんな泣き虫じゃないはずだったでしょ?」
「ご、ごめんなさい。わ、私たちがやってきたことが、無駄じゃなかったて思ったら、思わず、出てしまって」
そう言って、私はフレイヤから差し出されたハンカチを受け取り、涙を拭いて、まっすぐに今を生きているジーク様と目を合わせる。
「ほ、本当に、良かったです。
ジーク様が死なずに、生きてくれて、本当に良かったです。
ありがとうございます」
「いや、礼なんていらないよ。こちらこそ俺の命を救ってくれてありがとう。感謝する」
王族なのに私に向けて目を合わせながら頭を下げるジーク様。
そんな二人を見ながらフレイヤは大きくため息を吐くと口を開いた。
「まったくもう、ジーク。
あなた、リリーにだけ礼を言って、ここに匿ってやっている私にはお礼一つないのかしら?」
「お前は命を救って、匿う代わりに俺を更に危険な目に合わせているからお礼貰う権利無いだろ」
「えー、お礼の一つでも言わせて借りを作ろうとしたのに……」
「お前ってやつは……」
イライラしたような。怒っているような。そんな二つの感情を混ぜつつ、フレイヤに向けて拳を握るジーク様って、フレイヤはまだ私の体で生活しているに、のジーク様は……
「そう言えば、ジーク様はフレイヤをフレイヤとして認識して、話しているけど。もしかして……」
「ええ、リリーがハロルドによって記憶を改ざんさせられて寝込んでいる間にパーティー当日になっちゃてね。
どうしても私がリリーの体でパーティーに出る必要があったから、その時に家のメイドと執事に教えるのと一緒にジークには私たちが入れ替わったことを話したのよ。
まあ、流石に死に戻り云々を話したのは、絶対に犯人じゃないジークだけだけどね」
なるほど。
ジーク様は暗殺された被害者であり、同時にジーク様が殺されたことで全てが動き出したこの事件では、ある意味私やフレイヤ以上に犯人である可能性は無いのだから、言われてみれば彼ほど犯人じゃないと断言できる人も居ないですね。
「まあ、と言うわけで、俺は二人の現状についてはある程度は知っている状態だ。
とはいえ、聞きたいことや言いたいこと、積る話もしたいだろうが、ここじゃあ何時どこで誰に聞かれているか分からないから、ここから先は家の中で話そう」
「ええ、そうね。リリーもそれで良いわよね?」
フレイヤの言葉に首を縦に振って答えた私を確認したジーク様は私たちをそのまま周りよりも少しだけ大きい家の中に招き入れてくれたのだった。
「それじゃあ、好きなところに座ってくれ」
「分かった。失礼するわね」
「失礼します」
そう言って、ジーク様に促されつつも、椅子に座った私は彼が今住んでいる家の中を見る。
ベッド二つに、椅子が四つに、食卓らしき机が一つ言う必要最低限のものしかないジーク様の家は殺風景ながらも少しだけ生活感のある落ち着いたものだった。
そんな私たちに紅茶を出してくれたジーク様は、あの事件の解決から今日までの間に起きたことを話してくれた。
何でも、事件を解決する前から、フレイヤは最初から暗殺事件がどのような結末になろうともジーク様には死んだことにさせる計画を立てていたらしい。
何故なら、この事件はジーク様の暗殺事件から全てが始まった。
つまり逆説的に言えば、ジーク様が生きている以上は黒幕は動かないだろうと判断したフレイヤはあの事件後、ジーク様とジーク様の従者の体(と何故か口)を拘束した上で秘密裏にこの村まで誘拐したらしい。
その後は、ジーク様と従者を農民として村に定住させるための偽の国籍を作ったり、自立できるまでと言う期限付きではあるが公爵家の支援の準備のために右往左往していたとのことだ。
実際にこの家も公爵家が用意したものであるし、ジーク様の安全確認も合わせて毎日公爵家の領民の一日分の食料を渡しているらしい。
結果、ジーク様は公的には死んだことにはなったが、その代わりに安全なこの村で伸び伸びと過ごすことが出来るようになり、今に至るらしい。
「まあ、そう言うことで、俺は今もこうして元気に過ごしているってことだ」
「そうですか。では、事件が全て終わった後はどうするのですか?
王族に戻られるのですか?」
「骨を埋めるかどうかは分からないが、母……いや、もう赤の他人だから王妃か。
王妃には悪いけど、少なくとも王族に戻る気はないかな? あそこには疲れたし、これからの余生は自由に過ごしたいと思っているよ。
そうだな……色々な面で厳しいけど生活が落ち着いて、金が溜まったら色々な国に行くことが直近の目標かな?」
まるでどこかの年老いた老人のような言葉だが、ジーク様の顔は苦し紛れの色は一切なく、むしろその顔は本当に嬉しそうな顔だった。
確かに、王族と言えば聞こえはいいが、その分色々なしがらみに縛られる人生は人によっては辛い人生で、そんな人の目の前に自由に生きられる道が急に出されたらそれに手を伸ばしてしまうのは、私も理解できる。
ならば、現状レイ様の婚約者候補でしかない私が……いいや、それ以上の地位に居たとしても、彼に王族に戻れと命令することも、彼の決めたことを否定する権利は私にはない。
「そうですか。なら、私からはこれ以上は何も言いません。
ジーク様のこれからの人生に幸が多いことを願います」
「ああ、重ね重ね。ありがとう。タイム嬢」
ゆえに、私は彼に頭を下げて、そんな彼の生活を応援するのだった。
あれから近況などを話し終えた私たちは、合流したセバスが持ってきた食べ物を使って料理をし、それを食べたり、その後、私が裏でジークの護衛を兼ねてこの村に定住させたジークの元従者だったドレイン含めた五人で雑談したりして過ごしていた。
因みに一番料理がうまかったのはセバスだったのだが、当のセバスは私の料理を食べるや否や感涙し、全員から引かれていた。
そして、夜となりジークと二人で話すことがあると言うことで、リリーとセバスを先に帰らせ、私は一人ジークの家に残った。
何も考えずに、私はぼーと外を見つめている。
そこには、数個の人影だけが外で何か動いているだけで、家には明かり以外何も着いていなかった。
「はぁ、またリリーに嘘ついたよ」
「まあ、仕方ないんじゃないか?
現状が現状なんだし、俺が生きていることを知られるのはまだとして、向こうに変な情報が入って、戦争が早まって、犠牲が出るのは避けるべきだろ」
「まあ、そうかもしれないけどさ。
あ、紅茶ありがとう」
ジークが差し出した紅茶を一口飲む私。
そんな私に見つめながらジークは、そのまま本題に入った。
「それで。話って何だ?
やっぱり、例の件についてか?」
「ええ、あなた達二人を除いて、この村の人間の全員避難完了したわ。
お疲れ様。今日はこの後次の村に行って、この村は放棄するからもう魔法解いて良いわよ」
「ふう、やっとか。
わずか一週間と言えど、ずっと魔法を使うのは疲れたよ」
本当に疲れていたのだろう。
深いため息を吐いたジークが指を鳴らした瞬間、外に居た人間、いやジークの魔法で作られたゴーレムが全員が砂に戻り、村は私たちだけの村になった。
私がこのような状況にしたのには理由がある。
戦争と言うのは、基本的に自国から遠くなればなるほど食料を置く補給地点や拠点が必要になるが、同盟もしていない国通しでは戦場近くにそのような場所はほぼ不可能だ。
ならばどうするか。
答えは単純で、戦場予定地近くにある村を秘密裏に滅ぼし、そこを拠点にするのが一番効率的で、かつ上手くいけば、そこから食料などの補充も出来る。
現に死に戻り前もこの村含めて五つの村を開戦直後に帝国は虐殺を行い、そこを拠点にしていた。
無論、死に戻りにてこのことを知った私がそんなことを許容する訳なく、私は村人の避難の方法について諸々考えていた。
しかし、そんな中で、一つ問題が起きた。
いくら拠点を作ると言っても何処に作るなどの下準備。特にその村にある戦力等を図る必要があるため、下見は必ず行われる。
そんな中で急に村人が全員いなくなったら帝国は必ず不審に思い、良くて戦争の未発生。最悪帝国が黒幕から離れて、予定されている事件の諸々の予定が崩れる可能性がある。
ゆえに私は各村に赴いては、農民を避難させつつジークの魔法を使って、村にはまだ人がいると誤認させつつ、避難を優先させる必要があった。
そのため、王族として普段忙しいジークを駆使させるためには誘拐は絶対必要でかつ、予定通り戦争を引き起こさせるために、ジークは死んだことにさせる必要があった。
「まさかそのために、わざわざフレイヤが俺と体を入れ替えるなんて思わなかったよ」
「仕方ないでしょ。死を偽装するには王族全員の目の前で、私の魔法を使って体から魂が無い状態。要は仮死状態にする必要があったし、それに偽装用の死体のゴーレムの準備のためにジークは隠さないといけなかったんだから」
「それは分かるけどさ。
まさか体を入れ替えている間、ロープと猿轡を使われるとは思わなかったんだよ」
「えー、だって、あなたこの将来ナイスバディーが確定している私と体を入れ替えさせたのよ。
絶対あんなところやこんなところ触るでしょ?
流石に……私でもそんなことされると恥ずかしい……し……」
「しねえよ! と言うか、そんなバレバレの演技染みた羞恥心を見せるな!」
「え、演技だなんて……ひどい……本当に……恥ずかし……かったからしたのに。
自分で、自分を縛るのも……猿轡を着けるのも……死ぬほど恥ずかしかったのに、そんなこと言うの酷い」
ジークに痴女のごとく思われていたなんて、と私は欠伸をして涙を流す。
そんな私の様相に驚いたのだろう、ジークは顔を赤くすると同時に困ったような、罪悪感のあるような顔を浮かべる。
「あ、そ、そうだったんだ。それは本当にごめん」
「ま、そんなどうでも良い事は置いといて、取り合えず、この村の住民は全員避難完了して、今はソウル家の領民として働いてもらっているわ」
「こ、こいつ、本当にふざけやがって……」
「だから、明日の早朝になったら、公爵家から馬車が来るからそれで次の村に移動して同じことをしてもらうけど大丈夫?」
「あ、ああ、問題ないよ。
あと、お前、俺をからかったこと覚えてろよ」
「えー、怖いよー。
まさか、偽装の婚約者なのに婚前前から家庭内暴力制限されるなんてー」
「こ、こいつ……」
けらけらと笑い、ジークをからかう私は、紅茶を飲み終えると、私たちをニコニコとして目で見ていたドレインに視線を向ける。
「それにしてもドレインもごめんね。
こんな面倒なことに巻き込んで」
「いえ、私自身は関わっていないとはいえ、ソウル公爵夫人の事件に関わった我がドレイン家である私を拾い、王族の従者にまで支援してくださったソウル家のご子息であるフレイヤ様の命令とあれば、喜んでお受けいたします」
「そう、なら尚更ありがとう。
流石のジークでも魔力が尽きるし、ソウル家の人間の中で信頼できて、魔力補充ができる魔法が使えるのはドレインだけだしね。
断れるとこっちも本当に困ったから。
それで後は、この村に帝国の密偵が来た可能性だけど、ここ数日でこの村に入ってきた人は私たち以外に誰が居た?」
「えーと、ここ最近入ってきたのはこいつらだな」
そう言って、再度魔法を発動したジークは人面のみのゴーレムを十体ほど作り、私はそれを一つずつ見ては、怪しい人間のみチェックを着ける。
「……この二人は王国に出入りしている正式な商人だから安全だけど、こいつは怪しいし、こいつと一緒に居たって言うこいつも怪しいわね。
って、あれ? 第八王女のノウビリティーもこの村に来たんだ」
「ああ、ちょうど昨日の夕方くらいかな?
必死の形相でこの村を通過していたから、よく覚えているよ」
「……昨日の夕方か」
時間的にはジークが死んだことを知って、ハロルドを殺したと言う時間と合致しているけど……
でも、あの純血派の彼女が黒幕はありえないし……何のために、こんなところまで来た?
ジークに扮している際は、そんな遠くのところまで行く公務は無かったはずだけど、まさか黒幕に会っていたとか?
となると、何時か彼女に聞く必要はあるかもしれないわね。
「それにしても、ジーク。さっき、昨日彼女を見たって言ってたけど、生きていることを知られてないでしょうね?」
「ああ、そこは本当に大丈夫だ。
本当に必死だったらしくて、逆に俺を引き殺そうとするくらい周りが見えてなかったから」
「そう。なら大丈夫か。
それじゃあ、残りの人だけど――――」
そうして、私とジークは迎えが来るまでの間、今後のことについて話しながら過ごすのだった。
今回から2章が始まりますが、序盤は一切推理要素は無いですが、代わりにバトルシーンがありますので、もし良かったら見てください。
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