第014話「犯人に気づいた男爵令嬢」
「はぁ、どこで時間潰しましょうか?」
フレイヤとジーク様から急いで離れ、嘘にならないように一応お手洗いで特に何もせずに数分過ごした後、私はお手洗いを出て一人パーティー会場を呆然と歩いていた。
「出来れば戻りたいんですけど、今そのまま戻ってもジーク様に会ってしまうんですよね」
時間を稼いでくれているであろうフレイヤには申し訳ないのですが、ボロが出ないように今はジーク様とは会いたくはないんですよね。
だから出来れば小一時間ほど時間を潰して、ジーク様が帰ったことを確認してからフレイヤと合流するのが一番いいのですが……
「おい、試食用で使う魚が腐っているぞ! 誰がこの魚の管理をしていた!
料理長が管理していた? 嘘つくな!
おい、そこのお前! 魚は処分しておいたから急いで店で買ってこい!」
「おい、この部屋のベッドの整理できてないぞ!
使わない可能性があるからしなかった? ふざけんじゃねえぞ!!」
「あなた! ここの掃除まだ終わっていないんですか!?
埃が溜まっていますよ!!」
「……やっぱり、パーティーが近いからかみんな忙しそうですね」
変に適当に歩いたら慌ただしく右往左往する皆さんの邪魔になってしまいますし、ここは変に動かずに邪魔にならないように休んだ方が良いですね。
そう判断した私は壁に寄りかかり、視線の先にある外の景色をボーと見る。
……それにしても犯人はどうやってジーク様を殺したんだろう。
最初はフレイヤの教えてもらった通り、呪いバチだと思っていたし、お父様がそれを利用して暗殺しようとしていた証拠を教えて貰ったことで、それはほぼ確信になっていた。
でも、フレイヤと一緒に話をするにつれて、徐々に呪いバチで殺す難しさと矛盾点を知った今ではその確信は薄まってしまった。
しかし、ならどうやってジーク様に呪いバチの存在を感知させずに殺したのか? いや、そもそも本当に呪いバチで殺したのか? なら、どうやって? と、頭の中で疑問が何度も反復する。
「やっぱり、誰かが呪いバチの症状を再現する毒を作ったのでしょうか?」
だからだろうか、そのたびに私の頭は最終的に誰かが呪いバチの症状を再現できる毒を奇跡的な方法で作って、それを使ったと言う都合の良い答え辿り着き、頭を振ってそれを否定してはまた同じことを考えるを繰り返す。
「はぁ、悩むと楽なところに行こうとするのは私の悪い癖ですね」
そう小さく呟くと私は両頬を強く叩いて、頭をリフレッシュする。
死に戻り前、フレイヤはずっと私の冤罪を晴らすために、今の私のようなことがあったに違いない。
だが、フレイヤは、最後まで楽なところに行こうとせずに頑張り、今もジーク様を殺させないと様々な手を使って頑張っていてる。
対して、私はと言うと……現状ただフレイヤの言ったことをただうんうん言って、偶に案を出すだけで現状何も出来ていない。
ゆえにそんなフレイヤに甘えて、私が楽な道を選ぶ権利なんて私にはない。
「……それに分からないなら、分からないなりに地道に行くしかないですよね。
取り合えず、今出来ることとしては……セバス!!」
「はい、何か御用でしょうか? お嬢様」
「うわっ、は、早いね。セバス」
「主のお呼びに一秒でも遅れることは執事の名折れですから」
「そ、そう」
私の呼び声がするや否や風のように私の目の前に礼をしながら現れたセバスさん。
その姿に若干引きながら、私は装いを正して、セバスさんに向けて口を開いた。
「セバス。あなたに一つ頼みがあるわ。
ここ数日の間にこの国で呪いバチのような症状で死んだ、あるいは倒れた人間の情報を出来るだけ多く集めなさい。
きついと思うけど、期限は明日の朝までに頼むわ」
「呪いバチの症状ですか?
この国では生息情報が無いので、容易な方ですが……一体何のためでしょうか?
やはり、第二王子のジーク様とのパーティーで懸念していると言う事でしょうか?」
「まあ、そういう事にしておいて。
取り合えず、急いで頼むわ」
「承知いたしました。
では、少々お待ちください」
そう言うや否や、すぐに私の目の前から居なくなるセバスさん。
そんなセバスさんに驚きつつも、私は壁に再び寄りかかり、大きくため息を吐く。
確かに呪いバチでジーク様を殺した可能性は今は低いうえ、呪いバチで再現されたと言う可能性も低い。
だが他の方法を取った場合、少なくとも何処かで検証した可能性はかなり高い。
だからもしかしたら、どこかでその症状が出たと言う情報があるかもしれない。
ゆえに、セバスさんにその情報を持ってくるように頼んだのだ……が……
「待って、今少々お待ちくださいと言いましたか?」
「お嬢様。お待たせしました」
そんな私の疑問に答えるように数分後、セバスさんは紙束を持って、私の前に現れたのだった。
それからしばらくしてセバスさんから貰った大量の紙を持ち、適当な椅子に座った私はセバスさんから紙束を受け取った。
「はぁ、それにしてもセバス。こんな短時間で良く持ってこれたわね」
「いえ、先も言いましたが、呪いバチの被害自体この国では少ないですから。
それにこの国では全てとは言いませんが、この国の医者はカルテの複製を王室図書館に提出する義務がございますから。
今回はソウル家の名前を使用して、特別に借りてきました。ですので汚すのはお嬢様でもなるべくお避け下さい」
「なるほど、分かったわ。
それじゃあ、資料を見させてもらうわね。
また必要になったら呼ぶからセバスはしばらくの間、前の場所で待機しておいて」
「承知いたしました。お嬢様」
「さてと、それじゃあ、読み始めましょうか」
そして、セバスさんが居なくなるのを確認してから私はパラパラと資料を見始めるのだった。
『名前:ユーリア
性別:女
年齢:32歳
住所:港町
症状:呪いバチに刺された症状とみられる。
経歴:昼食後、しばらくしてから突如体を掻き始め、倒れる。
その後、嘔吐、腹痛の症状が見られたため、当病院に来訪。
呪いバチと想定されるが、数時間ほど休むと完治した。
症状から呪いバチと想定されるが、発病者には自覚なし』
『名前:ケリン
性別:男
年齢:15歳
住所:港町
症状:呪いバチに刺された症状とみられる。
経歴:夕食後、しばらくしてから突如体から蕁麻疹が現れ、当病院に来訪。
その後、体のかゆみから呪いバチの一度目の症状と断定。
数時間ほど休むと完治した。
呪いバチに刺された否かを受診者に聞いたが、刺された覚えはなしと回答』
『名前:ガーリガン
性別:男
年齢:47歳
住所:港町
症状:呪いバチに刺された症状とみられる。
経歴:仕事の休憩中、突如体から口の周りや耳たぶが紅潮し、当病院に来訪。
その後、蕁麻疹のような症状が見られ、呪いバチの一度目の症状と断定。
数時間ほど休むと完治した。
呪いバチに刺された否かを受診者に聞いたが、刺された覚えはなしと回答』
一枚、また一枚と読むにつれて、時間、性別、年齢、その全てで違う人々の経歴の中で、私は一つの特定の共通点を見つけた。
「全員が港町に住んでいる。
……もしかして、港町に呪いバチが繁殖している? ううん、ありえないですね」
何故なら、呪いバチがもしそこで繁殖しているなら呪いバチの生息情報が知られているはずだし、何よりこのカルテでは一度目の症状だけで、死亡報告は出ていない。
例えば生息数が少ないから、自動的に遭遇する可能性も少ないと言う可能性は無いわけではないが……仕事場で症状が出ていることから少なくとも生息していたら毎日呪いバチとすれ違う人も居る可能性は高い。
そんな人が呪いバチに気づかずに、なおかつ二度も刺されなかったなんてそんな可能性はどれくらいのものなのか?
いや、呪いバチで死者が出た情報を隠すために、死者が出たら別の病気をでっち上げて……いや、一体医者側にどんなメリットがある?
まさか本当に呪いバチの症状を再現できる毒を作って、人が殺せるかどうかを呪いバチに刺されたことのあるジーク様で……いや、違う!!
「まさかっ!?」
その瞬間に浮かんだ答えに、同時に私はありえないと言う言葉が響いた。
ありえない話だ。だが、完全にありえない話じゃない!!
「セバスさん!」
「はい、お嬢様。
何でしょうか?」
「嘘偽りなく答えてください!」
「えっ? あ、はぁ、お嬢様の命令なら何でも答えますが……その口調は……」
「そんなのどうでも良いです!
それより答えてください! ――――さんの住所は!?」
「住所ですか? 港町ですけど」
「――――に来る前の――――先の場所は!?」
「同じく港町です」
ああ、これでほぼ確信した。
ジーク様を殺したのは彼だ。
「セバスさん!
私を今すぐ――――さんのところへ連れて行ってください!」
「は、はぁ……」
「早くしてください!」
「はい! 分かりましたお嬢様!」
そして、戸惑うジーク様を無理矢理従え、私はジーク様を殺した犯人の元へと向かい……
「その必要は無いですよ。
お二人さん」
「――――あなたはッ!」
「ああ、――――様。お久しぶりです」
背後から突然の声に、振り向いた私の目の前に居たのは犯人の――――だった。
突然の彼の出現に私の体は完全に硬直し、対してセバスさんは彼の様相から完全に油断していた。
だからだろうか……
「ああ、久しぶりだね。セバス殿。
さっそくで悪いのだが、お二人ともここ数時間のことは忘れてくれ」
彼の出した魔法を避けることは叶わず、私とセバスはその場に倒れてしまったのだった。
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